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シドの国  作者: ×90
狼王堂放送局
200/285

199話 タコ

 タコに遭遇したのは今までに3回。


 最初は歩いている姿を遠くから見ただけ。物資を探しに上へ出た時に、仲間が偶然見かけたんだ。あの巨体からは想像もつかないような狭い隙間にも入れるみたいだから、警戒はしていたんだ。


 次は坑道の入り口付近に出現した時。オレ達を探しに来たって訳じゃなさそうだったが、好んで狭い隙間を潜っている様子だった。だから、坑道に現れるのも時間の問題だと思った。


 そんで3回目だ。タコはとうとう坑道に姿を現した。事前に予測できていたから、ばら撒いた防犯魔法で侵入位置を特定してなんとか逃げ切った。だが、その時にちょっとしたトラブルがあった。タコの侵入で道が幾つか崩落しちまって、急遽脱出口を掘削しなくちゃならなくなった。突貫工事の時間稼ぎのために、やむを得ず俺の指揮(プログラム)の異能でタコを足止めたんだ。


 もしオレの真似事をしてる奴がいるって言うなら、恐らくこれが切っ掛けだと思う。





〜狼王堂放送局 中央施設 “狼王堂” サーバーフロア (ハザクラ・ジャハル・イチルギ・デクスサイド)〜


「――――だそうです。正直、大明陽消(だいみょうひけし)から聞いた報告と大差無いですね」


 目覚まし時計経由でラルバから報告を受け取ったハイアが、ハザクラ達に内容を伝える。


「それと、バリアちゃんからも報告があったのです。バリアちゃん、ラデックちゃん、レシャロワークちゃんが出会ったのは、贋作出版団体“あまちゅ屋”。彼女らが言うには、タコは異能生命体じゃないかってことらしいですね。それと他にも異能生命体を見たそうなのですが、こっちは反抗夫(たんこうふ)のノノリカちゃんの異能の方ですね」


 報告を受けたハザクラは、顎を摩り少し思案してから口を開く。


「……あまちゅ屋、反抗夫(たんこうふ)、それ以外の奴ら含め、どれも特別警戒するような団体ではないな。反抗夫(たんこうふ)以外にも地下を掘削している奴らがいるなら、そいつらを犯人と見て間違いないだろう。イチルギはどう思う?」

「ええ。私もそう思うわ。メギド、通信の異能の範囲を地下まで広げられる?」

「う〜ん……。できるっちゃあできるが、電子機器の反応は少ない。会話まで聞き取るとなると本業に支障が出る。可能な範囲でやってみるか」


 そう言ってメギドは目を閉じて動かなくなる。その様子を見て、ジャハルはイチルギに(かね)ての疑問を投げかける。


「なあ。夢の異能もそうだが、通信の異能とは具体的にどういう異能なんだ?」

「う〜ん。結構特殊なんだけど、意識対象の操作系ってとこかしら。通信ってのは今の状況からわかりやすく言ってるだけで、使奴以外が使うなら“雑音”の異能って感じになるんじゃないかしら」

「雑音? 通信から大分遠いな」

「意識的な情報伝達にノイズを混ぜることができる異能。会話とか電波通信とかね。その副次的な効果として、情報の内容も知ることができる。ほら、ジャハルも負荷交換の異能の条件的に、相手の負荷度合いを知ることができるじゃない?」

「ああ、そうだな」

「メギドはこのサーバールームで世界中の通信を傍受して、不都合な情報を妨害する役割をしてくれてるの。でも普段は電気信号の読み取りに注力してもらってるから、他のことを並行で処理するのは厳しいみたい」

「聞いている限り難しそうなのは分かるんだが、世界中の情報傍受ができているなら近距離の盗み聞きくらい、大した差じゃないような気もするが……」

「じゃあジャハル、10人からいっぺんに話しかけられてる時に足し算できる?」

「ごめんなさい」


 ジャハルはしょぼんとして俯き、開く必要のなくなった口を塞ぐ為に菓子を詰め込んだ。次に、今度はハザクラがハイアに問いかける。


「俺としては、ハイアの異能の性質を知りたい。強力なのもそうだが、発動条件も気になる。聞いてもいいか?」

「あんまり良くないのです。そうですね……私も意識対象ってことだけは言っておくのです。でもメギドちゃんみたいなことを期待しないで下さいね。私のは相手が異能の影響下にあるかどうか、生きてるか死んでるかくらいしか分からないのですよ」

「それは、盲目者にも夢の景色を見せられるのか?」

「ノーコメント」

「……発動条件は? 俺達全員、接近、接触、直視のどれにも当てはまっていないように思えるが」

「企業秘密」

「……それ以外は?」

「トップシークレット」

「そうか……」


 すると突然、メギドが声を上げた。


「おいおいおい、不味いんじゃねーのかコレ」

「どうしたのですか? メギドちゃん」


 メギドはハイアの呼びかけに辛うじて反応するも、異能で得た情報に顔を歪ませ譫言(うわごと)のように言葉を溢す。


「なんでタコがいるんだ……? いや、そいつは誰だ? どこにいる。何のために? これは……何があった? どうなった?」


 ハザクラが疑問を口にしようとすると、イチルギが咄嗟に口を塞ぐ。そして「静かに」とジェスチャーをしてメギドを見守る。メギドは変わらず支離滅裂な言葉を垂れ流しつつ、目を閉じたまま眉を(ひそ)めている。


「これは違う……違う……生贄……生贄……? 知らないのか? いや、わざと? 終わり、破滅? いや、もしそうなら……」


 そしてカッと目を開き、ハザクラの方へ詰め寄る。


「質問と報告がある。まずは質問からだ。イエスノーで答えろ。お前の国で、行方不明になった異能者はいるか?」


 突然の意図不明な質問。しかしハザクラは己の疑問解決よりも迅速な解答が優先と判断し、迷いなく答える。


「イエスだ」

「過去20年内に1人のみ、か?」

「……イエスだ」


 ハザクラは奥歯をギリリと擦り合わせ、ジャハルは声を押し殺して青褪(あおざ)める。この質問の示す意味を、2人は容易に推測した。メギドは2人を気の毒に思いつつも、イチルギに目配せをしてから続ける。


「……次に報告だ」


 僅かな逡巡を挟む。


「ナハルがタコに(さら)われた」






〜狼王堂放送局 北西部 鈍色の街 (ラデック・バリア・レシャロワークサイド)〜


 不気味な鈍色の街を、無骨な6輪駆動車が黒煙を噴き上げて疾走している。運転席に座るガスマスクの女性は、あまちゅ屋の代表“ピリ・サンキォン”である。


「どーよこの車!! ウチのメカニックが廃材で作ってくれたんだよ!!」

「廃材でコレを? それは凄い」

「吐きそう」


 後部座席に座るラデックは、青い顔で口を固く結ぶレシャロワークを介抱しながら外の景色を眺めている。ピリは巧みなハンドル捌きで街行く群衆を避けつつ、助手席のバリアに問いかける。


「しっかしタコが異能生命体とはねー。使奴ってそんなことまで分かるのねー」

「使奴による」

「一応ウチのメンバーがタコの動向を調べてくれたことはあるんだけど、結局よく分かんなくてデカめの魔法なんじゃないかって結論に落ち着いたんだよね。ゴツめの反魔法装置も作ったのに、無駄になっちゃったー」

「そう」


 車に揺られながら、バリアはあまちゅ屋のケイリと交わした約束を思い出す。


「タコの情報含め、全部アンタがひとりで導き出したってことにしといてくれ。ピリさん達には戦って欲しくないし、何より心配かけたくないんだ。……あと、色々黙っておいてくれると助かる」


 面倒臭いことを請け負ってしまったと少し後悔しつつ、ピリに指示を出して案内をする。


「進路もう少し左。10度くらい」

「細かっ! 頭の中に方位磁石でも入ってんの?」

「まあ、そんな感じ」

「へえ、鳥みたい。便利〜」






 そうして車を走らせること数十分。4人は居住区の隔壁までやってきた。高さ数十mの隔壁はまるで世界の行き止まりのように立ちはだかっており、細かな(ひび)割れのような模様がところどころに入っている。


 ピリが興味津々に隔壁に手をつきペタペタと触り始めると、ラデックも真似して隔壁を撫でてみた。


「いつ見てもすごいな〜コレ。自己治癒コンクリートらしいよ」

「自己治癒ってことは勝手に直るのか?」

「そうそう。どういう仕組みなんだろ〜。コレ作れたら定住も夢じゃないのにな〜」

「密入国で定住は不味いと思うぞ」

「それはそう」


 2人が雑談をしていると、バリアが間に割って入るように顔を覗き込ませる。


「バリア、このコンクリート凄いらしいぞ」

「私の勝手な推測なんだけど」

「うん?」


 バリアはラデックの話を遮って推測を語り出す。


「タコは現れたり消えたりする。でも、最初に現れた時が1番長く姿を現していた。どう? ピリ」

「え、ま、まあ。そうだね。今は長くても1時間くらい、早いと5分くらいで消えちゃうけど、最初は丸一日いたかなぁ……」

「そして、最初に現れたのがこの辺だった」

「え、そこまでは覚えてないけど……まあ……確かに北だったような……ケイリさん覚えてたりしないかな……」


 バリアは暫し目を閉じ、やがてゆっくりと目を開ける。


「間違ってたらごめん」

「え、何が?」

「…………バリアまさか」


 ラデックの気付きは一歩遅く、バリアは隔壁に勢い良く右ストレートを放った。コンクリートが爆音を上げて吹き飛び、5m以上の厚さがあった壁にぽっかりと風穴が開く。突然の轟音と暴挙に唖然としているピリに向け、バリアは振り向くことなく声をかける。


「大丈夫、加減したから。壁が崩れるなんてことはないよ」


 そう言ってバリアは貫通した壁の中をテクテクと歩いて行く。それを見て、ピリはラデックにボソリと呟く。


「……あの人、いっつもこんな感じなの?」

「……かもしれない」






 外へ出ると辺りは地平線まで荒野が続いており、先程までの鈍色の街から打って変わって赤褐色の景色が広がっている。バリアはキョロキョロと辺りを見回すと、外壁に沿って歩き始めた。どこかに向かって歩くバリアの後ろを、3人は黙って追いかける。それから暫く歩き続けると、バリアが不意に立ち止まって口を開いた。


「…………ピリ。ここから1番近い国って、どこ?」

「え? えっと、西の”崇高で偉大なるブランハット帝国“……は山を越えなきゃいけないから……多分、北の”キュリオの里“かなぁ……?」

「そう。じゃあ、”そこの子“かもね」

「えっ……?」


 そう言ってバリアが指差した先には、壁に寄りかかるひとつの人影があった。


 ピリは血相を変えて駆け寄るが、途中で足を止めて膝を突く。続いてラデックとレシャロワークが人影に駆け寄り、しゃがみ込んで顔を覗く。


 ボロボロの衣服を身に纏った、5歳ほどの子供。その遺体。


「……死んでから随分経っているな。餓死だろうか」

「少なくとも、3日くらいは経ってるっぽいですねぇ。使奴ってどの辺まで蘇生できるんでしたっけぇ?」

「できても半日が限度だ」


 子供は座り込んで壁に寄りかかった状態で亡くなっており、足元には一冊の絵本が落ちている。ラデックは絵本を拾い上げ、タイトルを読み上げる。


「……“タコくん、おたんじょうびおめでとう”」


 表紙には、笑顔のタコがそれぞれの足に果物やぬいぐるみを抱えた姿が描かれている。中を開くと、タコが色々な人から誕生日プレゼントを貰い、一個ずつ足に抱えていく様子が描かれている。最後のページは、タコが海底の狭い(ひび)割れから自分の家に帰り、母親のタコと共に眠りにつくシーンで締め括られている。


「異能は恐らく、“妄想(ロング)”」


 バリアが悲しむ様子もなく、淡々と話し始める。


「このタイプの異能者は大きく特徴的な被害を出すから、歴史に残り易い。過去にも4人、同じ異能を持った人間がいた。自分の願望や妄想を異能生命体として具現化し、己と同一の存在として扱う。自己対象の生産系。変身できる幽体離脱みたいな感じだね。異能者の死後も暫くは異能生命体が残存することが確認されてる」


 ラデックは絵本を眺めてから、隔壁に目を向ける。


「……夢の国の噂を聞いてここまで来たものの、入り方が分からなかった。それで、タコになれば隙間から入れると思ったのか……?」

「かもね。だけど、中は夢の異能がなければただの廃墟。夢の国を探して彷徨(さまよ)っているうちに、本体の方が事切れた。ってとこかな」


 ピリはラデックの手から絵本を取り、一枚一枚ゆっくりとページを捲る。


「……ごめんね」


 ポタリ、ポタリと、涙が絵本のページに落ちていく。


「ごめんね……!! 追い出して、ごめんね……!!! 最初に出会った時、もっと、もっとちゃんとよく見てあげれば……!!! もしかしたら……!!! 助けてあげられたかも知れないのに……!!!」


 声を震わせて涙を溢すピリに、バリアは素っ気なく答える。


「外に出る術がないんじゃあ無理じゃないかな。それに、移民の受け入れは狼王堂放送局の役目だよ」


 しかしピリはバリアの言葉には何も返さず、子供の遺体を抱き抱えて何度も謝罪を口にする。


「ごめんね……!!! ごめんね……!!! 私が、私が悪かった……!!! 怯えてごめんね……!!! 逃げてごめんね……!!!」


 ラデックは何も言わずにピリの背中を摩る。だが、レシャロワークは訝しげに子供を見つめ、やがてバリアに問いかける。


「……じゃあなんでまだタコがいるんですかぁ?」


 ピリはハッとしてバリアの方を振り返る。


「そ、そうだよ……!! あのタコは……この子じゃないの!?」

「言ったでしょ。異能生命体は、異能者の死後も暫くは残るって。……でも、それだけじゃないだろうね」


 バリアは子供の遺体に近づき、そっと頬を撫でる。そして、ケイリに見せてもらったタコの出没地点と移動経路をまとめた資料を思い返す。


「……恐らく、タコは2匹いる」

「2匹……!?」

「タコが街を壊すと、次に現れたタコは比較的街を破壊しないルートで同じ道筋を辿っているような気がした」

「それって……どういう……」

「どういうわけかわからないけど、タコには偽物がいて、この子は自分の偽物を追いかけてる」






〜狼王堂放送局 居住区西部 ミラクルコナーベーション リゾートホテル“新月” (ナハル・カガチ・ラプーサイド)〜


 何やら大きな地響きが聞こえ、ナハルは目を覚ました。


「んん……何だ……?」


 ベッドから身体を起こし、客室のバルコニーから顔を出す。その時、部屋にカガチがいないことに気が付き、部屋の隅に鎮座していたラプーに尋ねた。


「ラプー、カガチはどこへ?」

「あっちだ」

「そうか、ありがとう」


 ナハルは部屋を出て、気怠そうに後頭部を摩りながらラプーが示した方へ歩いて行く。


「放っておくと死人を出しかねないからな……。いや、流石にもう弁えたか……」


 そんなことを呟きながら外へ出た途端、身体に“触腕”が絡みついた。


「は――――?」


 体が宙に浮き、高速で移動を始める。視界の端にこちらを見上げて驚いているカガチの姿が映る。


 そしてタコはナハルを抱えたままホテルを離れ、地平線の彼方へと走り去っていった。

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