198話 反抗夫
〜狼王堂放送局 居住区東部 鈍色の街 (ラルバ・シスター・ゾウラサイド)〜
「ここから来てるみたいですね」
「ひひひひっ。随分回りくどいことするじゃぁ〜ねぇのよ」
ラルバ、シスター、ゾウラの3人は、砂粒を一心不乱に運ぶ“アリ”の巣を探して一軒の建物に辿り着いた。背の低い建物の側溝から這い出てくる“アリ”は皆一様に砂粒を抱えており、水をかけられようが踏み潰されようがお構いなしに目的地を目指す。
そして、それはよく見れば蟻の形を模しただけの糸屑であり、明らかに生物の体を成していない。ラルバはアリを1匹摘み上げ、紐状の体の両端を持って左右へ引き伸ばす。糸屑はある程度引き延ばされた段階で動かなくなり、煙のように身体を霧散させ消失した。
「機械的な命令のみを熟す使い捨ての兵隊かな? シスターちゃん、これ見たことある?」
「いいえ。初めて見ます」
「あ、ゾウラ君ダメよー? ばっちいから触んないよ!」
アリを触ろうとするゾウラの肩をラルバが引き寄せる。
「ごめんなさい!」
「もしアレが全身に群がってきたら敵わないよ。全く、君に何かあったらカガチんにミキサーかけられちゃうんだから」
「気を付けます!」
「もう大分手遅れだと思いますが……」
アリは以前として3人の行動など気にすることなどなく、規則正しく只管に砂粒を抱えて何処かへ向かっている。ラルバは楽しそうに笑って徐に歩き出す。
「意味もなく亀裂に潜ってみたりパイプを伝ってみたり……、まるで“僕は怪しくないです”って言い張ってるみたいじゃないか。そんなに探されたくないなら、探すしかないよねぇ」
アリが這い出てくる側溝。その罅割れの隙間。そこからは、人間の耳には到底聞こえないほど微かな“爆発音”が漏れ出ていた。
〜狼王堂放送局 居住区東部 鈍色の街 地下の洞穴~
薄暗い湿った洞窟。コの字型の坑木が等間隔で並び、上方に這わされた電線からぶら下がったランプの橙がぼんやりと辺りを照らしている。時折聞こえてくる爆発音が巨人の遠吠えのように坑内に響き渡り、足元に敷設された金属製のレールが微かに震える。
狼王堂放送局東区の大型建造物の地下。あちこちから盗電のために引っ張ってきたであろう電線が向かう先には、隠蔽魔法で巧妙に隠された地下道への入り口がぽっかりと口を開けていた。
「坑道……でしょうか。地理にあまり明るくないのですが、この辺は鉱脈があったりするのでしょうか?」
シスターの呟きをラルバが笑って否定する。
「まさかぁ。石油か天然ガスならまだしも、このへんにゃ金も鉄もありゃしないよ」
「隠蔽魔法の解析結果はどうだったんですか?」
「解析するまでもないね。警報装置が剥き出しの初等防犯魔法だ。侵入物の大きさと魔力量だけをざっくり計測するタイプ……。でもあれじゃあバレバレだ。ワイヤー張って鳴子でもぶら下げてた方がいいんじゃないかね」
「侵入者対策ではないのでしょうか……。あ、ゾウラさんが戻ってきましたよ」
レールの上をもこもこと脈動する液体が這ってきて、ラルバ達の目の前で人型に変形する。
「ただいま戻りました!」
「おかえり〜。水状態でも動けんの便利だねぇ。海に溶け込んで大陸飲み込んだりとかできない?」
「大きい水は難しいので頑張ります!」
「変なこと吹き込まないで下さいラルバさん。ゾウラさんも頑張らないで」
「はい! っとそうだ、この先にも防犯魔法が張り巡らされていました! でも、どれも入り口の魔法と似たような感じですね」
ゾウラの報告を聞いたラルバは少し怪訝そうに眉を顰め、坑道の奥を睨んで尋ねる。
「ふーん……。人は居た?」
「はい! たくさん!」
ゾウラの返事と同時に坑道の闇から殺気が溢れ、隠蔽魔法で身を隠していた2人の男が掘削用ドリルを片手に、ラルバを挟撃する形で飛びかかる。ラルバはドリルの刃を鷲掴みにして攻撃を受け止め、男達を前方へ投げ飛ばす。
「殺る気満々だねぇ。初っ端水責めでもした方がよかったかい?」
ラルバがそう言って睨むが、男達は怯まず、それでいて逆上もせず、冷静に暗闇へと身を溶け込ませる。そして返事と言わんばかりに、続け様に坑道の奥から殺気が押し寄せる。
「貫け」
女性の呟きを聞き取ったラルバが、前方に防壁魔法を展開する。直後、防壁に何かが衝突し突き刺さる。それは、細長い鳥のような姿をした“異能生命体”であった。外にいたアリと同じく形態を模しているだけで、使奴の目を凝らせばそれが糸屑の集合体であることが見て取れる。
トリの弾丸は無数の雨となって防壁に突き刺さり、段々と防壁に罅を入れ始める。
「やってくれるじゃあねぇの」
ラルバは防壁を前方に押し出し、わざと破壊させる。細かな破片となった防壁は無数の刃となって敵に降りかかるが、咄嗟に1人の男が前に出て手を翳す。その瞬間、坑道内に凄烈な破裂音が響き渡り、爆風で防壁の破片を跳ね除ける。ラルバは跳ね返ってきた破片を片手で軽くいなし、へらへら笑って挑発する。
「大層な出迎えじゃあないの? こんな狭いところで暴れたら生き埋めになるぜ」
「元よりそのつもりだ。当然、お前らだけな」
集団の最奥にいたリーダー格らしき女性。先ほど異能生命体のトリを呼び出したであろう異能者が、数歩前に出て売り言葉と共に大口径のハンドガンを構える。それを合図に部下の男達もそれぞれ得物を構える。ツルハシ、大鎚、スコップ、ドリル。本来岩石を砕くために作られた道具に、敵意剥き出しの波導が蛇のように絡みつく。
「ひゅーっ! かっくいいーっ! ゾウラ君、準備いいかい?」
「はい!」
ゾウラもクロスボウとショテルを構えて朗らかに笑う。
「シスターは隠れてていいよ。それとも参加する? 止めないけど」
「遠慮しておきます……」
ラルバ達が暢気に打ち合わせをしていると、敵の女リーダーは何かを思い出して口を開いた。
「……シスター?」
ふと名前を呼ばれて、シスターは女リーダーの方を見る。目が合うと、女リーダーは反射的に数歩前に駆けてランプの灯りの下に出る。
「やっぱりシスターか!! 久しぶりだな!!」
照らし出されたその顔を見て、シスターもハッキリと思い出した。
「……ノ、“ノノリカ”さん!?」
〜狼王堂放送局 居住区東部 鈍色の街 地下坑道〜
狼王堂放送局の地下に掘られた坑道の最奥。居住用に設けられたアリの巣構造の一部屋。硬い地層をくり抜いて作られた部屋と一体化している円卓に、無色透明の液体が入った鉄容器が運ばれてくる。
「まぁさかこんなところでシスターに逢えるなんてな! 何年振りだよオイ!」
「3年ぶりですね。“ノノリカ”さん。“カヒロ”さん。他の皆さんもお元気そうで」
和かに笑うシスターの隣、背の高い女性“ノノリカ”が豪快に笑って鉄の杯を呷り、小柄な男性”カヒロ“は杯を両手で持って穏やかに微笑んでいる。
ラルバも鉄の杯を受け取り、顰めっ面でノノリカを睨む。
「何でい、悪者じゃないのか」
シスターはノノリカとラルバとでは相性が悪いと思い、若干前のめりになったノノリカを宥めてラルバに説明する。
「ノノリカさんはグリディアン神殿での知り合いです。私がまだナハルと2人で修道女の真似事をしていた時、ノノリカさんのお仲間を治療したことがあるんです」
「ふーん」
「アレからもう3年ですか……。あの人たちの怪我はその後どうですか?」
ノノリカが顎をしゃくって後方を示す。そこには仲間の男達が数名、皆腕や足を見せつけるように衣服を捲り、歯を見せて笑っている。その身体には、皆うっすらと残った縫合の痕が見て取れる。ノノリカは鉄の杯を傾けつつ、のんびりと思い出話を始めた。
「シスターと別れた後オレ達は、グリディアン神殿を潰す為にこの氷精地方を目指したんだ。決して楽な旅じゃなかったが、無事に誰も欠けることなく何とかやってるよ。今は“反抗夫”って名前で、旧文明の遺産を発掘するトレジャーハンターをやってる。意外と儲かるんだぜ」
「“反抗夫”ですか……聞いたことありませんね」
「特に悪名が立つようなことはしてないからな」
ラルバは不満そうに文句を言いながら鉄の杯に口をつける。
「不法入国は立派な犯罪だろうよ……。うわーっ! 何コレ!! めっちゃ不味い!!」
「え? 酒だけど」
「メタノール?」
「エタノールだよバカ」
「うえぇまっずい。ゾウラ君飲んでみ。びっくりするぐらい不味いよ」
「おいしくないです!」
「わざわざ言わせるな」
シスターも一口飲んでから唇を固く結び、話題を変えるために視線を泳がせる。
「……でも確かに、密入国は立派な悪行ですよ」
「固いこと言うなよ。地盤沈下起こしてる訳でもないんだしさ」
「大陸真ん中だからそうそう地震なんて起きないでしょうけど……。万が一はあるんですよ? それに、こんな大きな坑道。どうやって掘ったんですか?」
するとノノリカは、隣にいた大人しい男性“カヒロ”の首に腕を回し、誇らしげに笑って見せる。
「ふふん。 オレらの異能のコンビ技よ!」
「へへ……」
カヒロも合わせて恥ずかしそうに笑い、遠慮がちにピースサインを向ける。
「シスターになら言っちまってもいいか。オレたち2人は異能者でな。オレの異能は”指揮“だ。命令を聞く小さい生き物を作り出せる。ただ、単純な命令しか聞けないし、役目を果たすと消えちまう。コイツで砂や石、旧文明の遺物とかを外へ運び出すんだ」
ノノリカは続けてカヒロを指差す。
「で、カヒロが”破裂“の異能者。物でも人でも、膨らませて破裂させることができる。コレで岩をくり抜くんだけどさ……、何と面白いことにこの破裂の原理がさ、物体の中に空気を発生させることで破裂させてたんだよ! コレに気づいた時はテンションマックスだったね! 坑道内の換気問題が一気に解決しちまったんだから!」
その後もノノリカは高揚した調子のまま思い出話を語り、シスターはそれを楽しそうに聞いていた。それをじっと静観していたラルバは、時間が経つごとに抗議の意を示す下唇を前方へと突き出していった。
「――――ってなワケで、意外と便利なんだぜこの異能。崩落しそうなところはすぐ補強できるし、使い方次第じゃ地盤そのものを固定できる。地下水が溢れてきたってへっちゃらだ! まあ、全自動で掘削とかは疲れるからやらないんだけどさ。出来るようにはなったほうがいいよなぁ〜……」
「あのさあ」
上機嫌なノノリカの一人語りに、嫌気がさしたようにラルバが口を挟む。
「ん? ああ、悪い悪い。つい長話しちまったな」
「それもある。だがそれはそれとして、南東の”硬山“。アレはお前らのか?」
「硬山?」
ノノリカが「はて」と首を捻る。
「掘った砂や岩でできた廃棄物の山だ。この国に来る前に見た」
厳かなラルバの物言いに、ノノリカは少しムッとした表情で答える。
「……ああ。確かにそこに運んでるが、それがどうした?」
「地面を掘って、異能で土砂を運び出してるってのは、最初から分かってた」
ラルバはノノリカから視線を外し、何かを疑うように中空を睨む。
「あの硬山の斜面は滑らか過ぎる。重機や人間、魔法で運んでいたなら、運んだ跡が残る。当然道だってできる。でも、斜面は砂時計に溜まった砂山のように滑らかだった。だから、何らかの異能で硬山を形成していることは分かっていた」
ノノリカは少し遅れて気が付く。ラルバが疑っているのは、自分ではない。
「……オレの異能では、砂を決められた座標まで運び出すよう指示させてたからな。実質、真上からずっと砂を落とし続けるのと変わらない動きになっていたとは思う。砂時計と似るのは当然だ」
「いや、そこは似てないんだ」
「は?」
「硬山の頂上は、2つあった。ぱっと見は気が付かないが、よく見ればわかる。山の頂点が僅かに縦長だった」
ノノリカは鉄の杯を握る手に力を込める。心のざわめきが、毛を逆立てる。
「誰かが、お前らの不法投棄に便乗している。それも、お前の指揮の異能を把握した上でだ。お前の異能を知っているのは、反抗夫の他に誰がいる?」
「…………タコ」
そう呟いたのは、ノノリカの隣で大人しくしていた男性。カヒロであった。
「一回だけ、ここをタコに見られた」




