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シドの国  作者: ×90
狼王堂放送局
198/285

197話 あまちゅ屋

〜狼王堂放送局 居住区西部 鈍色の街 地下施設 (ラデック・バリア・レシャロワークサイド)〜


「はいプラチナ鬼余裕ぅ〜。ここは毒パじゃないとキツいですよぉ〜」

「うわーっ!! すごいすごいっ!!」

「やった!! やった!! あ〜!!」


 レシャロワークがゲームをクリアして見せるたびに、両脇の女性が手を叩いて歓喜の声を上げる。


「隠しステータスですけどぉ、ビッパレは楽器によってダメ減補正がかかるんでぇ、手数とバフだけ見てると鬼負けするんですよねぇ。ま、これはシステムが悪い」

「あー……これでミカズキ君のスチルが拝める……」

「うれしやな……。あなうれしやな……」


 そんな彼女らの背中を見ながら、ラデックはソファに腰掛けて差し出されたジュースを口にする。


「ん……? 知らない味だ。コレは何だ?」

「あ、コレ? 自家製の枇杷(びわ)ジュースです。苦手でした?」

「いや、かなり好みだ。そうか枇杷(びわ)か、確かに食べたことないな」


 ジュースを持ってきた女性はラデックの対面に座り、ガスマスクを外して頭を下げる。


「先程は失礼致しました。てっきり他の勢力が侵入してきたのかと……」


 目にかかるほど長い前髪の奥には黒縁のメガネがチラリと見えるが、それ以外には肌が薄く色付いている程度しか窺えない。俯きがちな彼女はハッとして姿勢を正し、改めて頭を下げる。


「あ、自己紹介が遅れました。私たち、こういう者です」


 女性は名刺を取り出し、頭を深々と下げてラデックに差し出す。


「丁寧だな。えー……同人サークル“あまちゅ屋”代表、“ピリ・サンキォン”……? あまちゅ屋の方はさておき、同人サークルってのは何だ?」

「あ、それはですね、あの〜説明が難しいんですけど、こう、二次創作中心の創作家と言いますか……」

「二次創作? って何だ?」

「あ、え〜二次創作と言うのはですね。あの〜、実在する作品のイフストーリーやなんかを手掛ける非公式活動でして……あ、別にイフストーリーだけでなくグッズ化とかパロディやオマージュなんかもその範疇だったりするんですけど、パクリとはまた違くて、こう、飽くまで作品をリスペクトした上で作るってのが理念なので、あ、だから言って別に合法かと言われると微妙なんでそこはまあ公式様に迷惑をかけずひっそりこっそりと非営利で楽しむことを忘れない精神で……」


 早口に延々と語り続けるピリを、背後から別の女性が近寄ってきて制止する。


「ちょいと、ピリさん。オタクの悪い癖出てるよ」

「え?あ、ああ。ごめんなさい! すみません私すぐ前が見えなくなっちゃって……」


 ピリがソファを詰めて隣を空けると、比較的背の高い女性がガスマスクも取らずに腰かける。そして、ピリが改めて自己紹介を再開する。



「あ、じゃあ改めまして……。私が“あまちゅ屋”の代表やってます。ピリ・サンキォンです。こっちはケイリさん。ウチの事務全般を担当してもらってるの」

「ケイリさん……ああ、経理さんか……」

「どうも」

「それで、お兄さん達は何者なの? 敵じゃないのは確かみたいだけど」


 ピリとケイリは共に眉を(しか)め、2人揃って部屋の奥でゲームをしているレシャロワークを見る。


「この立ち絵、実は面白いバグがありましてぇ……。ここでこうするとぉ……カクト君の赤面が全ての立ち絵に適応されます」

「にゃっ!!! か、かわわわわわっ……!!!」

「アカン、死ぬでこんなん」

「さらに同じ手順を踏むと参照データがズレて……この通り半裸になります」

「わーっ!! わーっ!! わーっ!!」

「因みにここで編成をヤン爺と入れ替えると……赤面半裸のカクト君に覆い被さるジジイが見れます」

「戻して」


 敵対していたことなどとっくに忘れ、数人のあまちゅ屋メンバーと共にモニターの前で和気藹々(わきあいあい)としている。レシャロワーク含めて誰もラデックのことなど気にも留めず、モニターに映る男性キャラクターのグラフィックに釘付けになっている。ラデックはほんの少しだけ考えた後、すぐに疲れて思考を放棄してジュースを啜る。


「俺達はタコを呼び出した犯人を探してる。何か知らないか?」

「タコ? タコって、あのでっかいタコよね? 私達は――――」

「もしウチらだって言ったら?」


 ピリの口を塞いでケイリがラデックを睨みつける。ガスマスク越しで表情は読み取れないが、その目からは明らかな敵対の意思と疑心が伝わってくる。ラデックは悠長にジュースを飲み干してから静かにグラスを置く。


「まずは意図を聞きたい。処遇はそれからだ」

「なら先に正体を明かせ。上は国か? 世界ギルドか?」

「俺達は旅人だ。上も下もない」

「ならば何故タコを追っている」

「先に俺の質問に答えてもらおう。お前達が犯人か?」

「答えたくない」


 2人が険悪に押し問答をしていると、倉庫側の扉がガチャリと音を立てて開く。


「彼女達は犯人じゃないよ」


 そこには、調査を終えて戻ってきたバリアが立っていた。続け様に現れた突然の来訪者にあまちゅ屋の女達が再び武器を構えるのを、ラデックが慌てて制止する。


「俺達の仲間だ。心配しなくていい」


 バリアは黙って部屋に入ると、本棚から適当に漫画本を手に取ってパラパラと捲る。ケイリはバリア越しに本棚に腕を突いて寄りかかり、真上から見下ろして挑発するように問いかける。


「犯人じゃないと、何故分かる?」

「裏口の配線口を兼ねた排気トンネル。丸鋸の罠。アレ、タコの侵入を阻む迎撃装置でしょ?」


 バリアの指摘にケイリは押し黙る。


「勿論人間の侵入者を阻む目的もあるだろうけど、通路内に血痕は無かったし、鋸の隙間が大き過ぎて隅っこでしゃがんでいるだけで躱せる。実績のない罠が今も稼働しているってことは、他の目的があるってこと」

「……お前、使奴か?」

「分かっても言わない方がいいよ」

「頼みがある」

「対価は?」

「タコの正体」

「乗った」


 バリアは手に持っていた漫画本をラデックに渡し、ケイリと共に部屋の奥へと姿を消した。ラデックは理解する前に始まって終わった交渉を漠然と振り返りつつ、何の気なしに漫画本をパラパラと捲る。


そこには、ついさっき排気トンネルの中で見た首の取れた人間のイラストが描かれていた。漫画のタイトルは“()不死(ぷし)!!デスゲーム高校”。ラデックはあまちゅ屋メンバーの方に振り返りつつ口を開く。


「……何故漫画のイラストを壁に?」

「えっ……分かんない……考えてやってないから……」

「モニターの上とかにアクスタ飾ったりするじゃん……? しない……? しないか……」

「オタクの習性、ですかね」


 沈黙しているラデックの後ろからレシャロワークがやってきて、したり顔でポンと肩を叩く。


「オタクって言うのはねぇ、辛い現実を自分色に塗り替えて自我を保つ生き物なんですよぉ。当然じゃあないですかぁ」

「よく分からない」

「じゃあ分からせてあげましょう。皆の者!! 布教の準備だ!!」


 レシャロワークの鶴の一声で、あまちゅ屋の女性達が本やディスクを手にゆらゆらと近づいて来る。


「な、なんだ」

「“銀神”を読もう……3巻まででいいから……ネッ……ネッ……」

「“ビッパレ”はいいぞ……“ビート・ラップ・パラダイス・レゾナンス”。君の求める世界がここにある……」

「貴方は”were鳥“を摂取するべきです。私のサイドエフェクトがそう言っています」


「怖い怖い怖い」


「“逆探”やろうよ。ねえ。楽しいよ。やろうよ」

「“エコリス”やって……お願い……お願いだよ……」

「とりあえず“ケモ牧”をしましょう。そうしましょう」


「うわーっ!!」






 遠くから聞こえるラデックの声を背に、バリアはケイリの案内で奥の部屋へと進む。通されたのは壁一面が本棚になっている書類が(ひしめ)く小部屋で、パソコンデスクの上にはデュアルモニターと大量の書類が山のように積み重なっている。


「不法入国なのに、こんな量の書類どこに出すの?」

「いつか必要になるだろ。帰ったにしても、逮捕されたにしても」

「準備がいいね」

「準備が良くねぇから散らかってんだよ」


 ケイリは机の上の書類を無造作にひっくり返し、幾つもの紙束を床に撒き散らしながら目当ての資料を漁る。


「あったあった。これだ。ピリさん達に見つかると厄介だからな。見つかんないように奥の方入れといたんだ」

「教えてあげないの?」

「知らない方がいいこともある。どうせ知ったところで、ウチらに出来ることはない」


 そう言ってケイリがバリアに差し出した資料には、タコの細かな外見と特徴。出没地点のデータが事細かに記されていた。


「使奴の目にあのタコがどう映ってんのかは知らないが、恐らく奴は異能生命体だ」

「根拠は?」

「無い」


 バリアはケイリの目をじっと見つめる。ガスマスクの向こうに浮かぶ山吹色の瞳は、作り物のように動かず佇んでいる。バリアはすぐに視線を書類に戻し、パラパラと捲りつつ問いかける。


「異能生命体って、何を指してる?」

「……言葉の通りだ。異能によって造られた生命体。意思を持ち、呼吸し代謝する細胞の集合体。性別は雄っぽいけど、繁殖まで出来るかは知らない」

「生命体ってことは殺せるってことだね」

「多分。ただ、そもそも蛸自体の生命力が高過ぎて太刀打ちが出来ない。足の一本捥いだとこで、頭足類にとっちゃどうせ擦り傷だろ」

「やってみたら?」

「馬鹿言え。先にこっちの手足が捥ぎ取られる」


 バリアは資料の最後のページに目を通し終えると、机の上に資料を戻して部屋を出て行く。


「おい、もういいのか? タコ操ってる異能者探すんじゃないのか?」

「うん。大体わかった」


 バリアが返事と共に足を止め振り返る。


「貴方達は大量の電子機器を動かすために、あちこちから電気を盗んで引っ張ってきてる。つまりは、他の勢力の位置と規模を推測できる」

「……渡した資料にはタコのことしか書いてない筈だが。現にウチらは他の団体をあまり知らない」

「材料なら揃ってるよ。タコの出没範囲から比較的外れた場所且つ、盗電が国にバレなさそうな大型施設の中で、貴方達が線を繋いでいない場所を探せばいい」

「なら……恐らく、東区だ」

「ふーん。心当たりでも?」


 ケイリは少し唸った後、頭を掻きながら答える。


「……いや、確信はないんだが。規模も種類もまるで違うが、前に東区で別の”異能生命体“を見たことがある」

「どんな?」

「ちょうどその時はタコの襲来で碌に観測は出来なかったが……。多分、”アリ“じゃねえかな」

「”アリ“?」

「ああ。何の変哲もない、地面を這うだけの普通のアリだ。だが……恐らくはアレも異能生命体だ。”根拠は無い“けどな」

「ふーん……。タコの次はアリか……」









〜狼王堂放送局 居住区東部 鈍色の街 (ラルバ・シスター・ゾウラサイド)〜


「うえっ……おえっ……」

「も、もう許してっ……うっ……」

「ゾウラくーん!! じゃんっじゃんっ!! じゃんっじゃんっ“おかわり”持ってきて〜!!」

「はい!」


 鈍色の街の一角。無謀にもラルバに喧嘩を売って返り討ちに遭い、成す術なく追い詰められた荒くれ者達は、ゾウラが無限に運んでくる真っ白なスポンジを無理矢理食べさせられていた。無味無臭の固形物を絶え間なく口に押し詰められ、その内の1人はとうとう限界に達し盛大に胃の内容物を撒き散らして倒れ込んだ。


「うぇぇぇぇっ!!! もっ、もう許してくでっ……!!! 出てく……!!! もうこっから出て行くからっ……!!!」

「おやおや、まだご飯残ってるよぉ〜? 勿体無い勿体無い!」


 尻這いで後退る男を、ラルバは無理矢理立たせて元の場所に座らせ、ゾウラが新しく運んできたスポンジが大量に積まれた皿を目の前に置く。


「遠慮しないでどんどんお食べ!! はいあ〜ん!!」

「や、やめっ、もががっ」

「全部食べ切ったらちゃあんと帰してやるから!! ゾウラくーん!! あとどのくらいあるー?」

「はい! あとダンボール30箱くらいあります!」

「おっ、もう半分か。ほらほら皆!! あともうちょっと、頑張ろ〜!! お、君手が進んでないねぇ。お姉さんが食べさせてやろう!!」


 ラルバは涙目で首を左右に振る男の口に、スポンジを無理矢理捩じ込む。


「もがっ、がっ、おえっ」

「たぁ〜んとお食べ! まだまだいっぱいあるからね〜!」

「ラルバさーん! 奥にまだダンボールありました!」

「マジぃ? ノルマ増えちゃったねぇ〜」

「頼む……もう許してっ………!! 何でも……何でも言うこと聞くから……!!」

「世界には食べたくても食べられない子が沢山いるんだよ? 恵まれてるんだから文句言わないの!」


 シスターは惨状を視界から外すため、彼等の悲鳴が聞こえない場所で大きく溜め息を吐く。


「っはぁ〜……。無理にでもナハルと留守番をしておくべきでした……」


 そんな彼の視界の先には、地平線を這う巨大なタコの姿が映っている。遠目に見てもわかる異質な生命体は、暫く漫然と這い回った後にふっと消え去った。


「……一体誰があんなものを。………………ん?」


 そして、彼はふと足下に目を向けた。地面では小さな“アリ”が行列を成して進み、必死に小さな粒を運んでいる。


「これは……」


 その内の1匹に手を伸ばす。アリはどの個体も一切逃げる素振りを見せず、シスターは易々と捕まえることができた。その瞬間、シスターは異常に気が付く。


 シスターが捕まえたそれはアリではなく、“砂粒を抱えた蠢く黒い糸屑のような何か”であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 90さん心なしか今回楽しそう
[良い点] 同人サークルって世界観的に大丈夫なんですか(褒め言葉) [気になる点] パッと読めないので枇杷に振り仮名をつけた方がいいかも
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