193話 傀君“ドロド”
〜狼王堂放送局 中央施設 “狼王堂” 地下資料室 (ジャハルサイド)〜
頑強な鋼鉄の本棚が分厚い書物ごとバターのように切断される。土魔法で生み出された三日月型の刃が、踊るように資料室を駆け巡る。その隙間をジャハルは華麗な身のこなしで躱しつつ、切断された資料の切れ端を掴んでは流し見て放り捨てる。
「キュリオの里の調査記録……黒猫荒野の地質調査……花咲村の住民リスト……纏め方が随分大雑把だな。微妙に古いし」
「それは、狼の群れの資料、の引用。ウチのは、あっちの棚」
「それを先に読みたいな……一回刃を納めてくれないか?」
「無理」
狼王堂放送局の戦闘部隊、大明陽消所属の戦闘員”キユキスク“は、刃の嵐のを平然と避け続けるジャハルの神業に眉ひとつ動かさず槍を振い続ける。ジャハルはこれ以上資料室を荒らすわけにもいかないと思い、比較的開けた場所である中央の机が並んだスペースにキユキスクを誘き出す。
ジャハルが斬撃を飛んで躱し机の上に片足を乗せた瞬間、背後に飛ばされた刃が土魔法ではない種別の波導を放ち変質する。
異変に気付いたジャハルは咄嗟に防壁魔法を展開するが、刃に刻まれた魔法陣からは炎魔法による熱波が大風となって全方位に放出される。それは資料室中に散らばった紙片に引火し、大火の大渦となってジャハルを包み込んだ。
炎の海と化した資料室でキユキスクは一歩離れて槍を構え、強化魔法を何重にもかけて肉体を強化する。波導光の糸がキユキスクの全身を編むように這い回り、槍自体にも推進魔法による円環の光が浮かび上がる。同時に炎には高位の検索魔法の粒子が舞い、ジャハルの反撃を先読みしようと甲高い電子音を響かせている。
そして、炎のカーテンに閉じ込められたジャハルに向け、音速に匹敵する衝天の一撃が放たれた。
「感心しないな」
直後、キユキスクの腹部を灼けるような激痛が襲う。キユキスクは腹部に空いた“弾痕”に気付き防御魔法を構えるが、発動タイミングを読まれて反魔法で容易く打ち破られる。そして続け様に銃弾が4発放たれ、キユキスクの両肩と骨盤、そして眼窩を撃ち抜いた。
「強力な魔法を警戒するのは当然だが……、光弾だろうと木の枝だろうと、当たりどころが悪ければ死ぬのは同じ。当然、銃弾もだ」
竜巻のように荒れ狂う炎の中からジャハルがハンドガン片手に現れ、もう片方の手に持ったキユキスクの槍を倒れ込む彼女のそばに放り投げる。
「魔法に頼り過ぎて鈍ったか? 忘れているかもしれないが、一応コレだってメジャーな武器の一つだぞ」
キユキスクは残った片目でジャハルに目を向けると、不貞腐れるように目を閉じて動かなくなった。
〜狼王堂放送局 中央施設 “狼王堂” 食堂 (デクス・ハピネスサイド)〜
悲鳴をあげて食堂内を逃げ回る衛兵達。しかし、彼等は部屋の外へ駆けて行こうとはするものの、出口付近まで来ると騒ぎの原因に目を奪われ足を止める。
大明陽消所属の戦闘員”キギマル“と、同じく大明陽消所属の戦闘員“ゴースティー”。2人の太刀筋は尽くデクスに読まれ、防壁と反魔法に阻まれ有効打になることはない。しかしその逆も然り。防戦一方のデクスに反撃する余裕はなく、2方向から互い違いに攻撃されるせいで下手に深追いが出来ない。機械のように精密で隙のない猛攻が徐々にデクスの精神力を削っていく。
「だークソがっ!! やりづらいったらありゃしねぇ……!!」
デクスが視界の端でハピネスの方を窺うが、彼女は依然として熱々のシチューを一生懸命に息を吹きかけ冷ましており、戦闘に参加する素振りは全く無い。デクスは苛ついて舌打ちを鳴らし、キギマルの刺突に合わせてショートソードを蹴り上げる。それをゴースティーが跳躍してキャッチし、ハンドアックスとの二刀流で頭上からデクスに斬りかかる。デクスはそれをショートソードを蹴り上げた足で受け止め踏ん張るが、すぐに力負けして後方へ転がるように飛び退いた。
直後、着地したゴースティーは仲間と引き離されたハピネスに標的を変え目を向ける。
その時、ハピネスはシチューを掬ったスプーンを口に運ぶ手を止め、灰色の目玉でゴースティーを見た。恐怖でも、敵意でも、怒りでも嫌悪でも無い無機質な眼差し。本当にただの注意の為だけに向けられた色のない視線に、ゴースティーは何故か頭が揺さぶられるような錯覚を感じる。時間にしてほんの僅か、1秒にも満たない刹那の硬直――――
「ゴースティーさん!!!」
キギマルの叫びより少し早く、光る円盤がゴースティーの顔面を斬りつける。2人がかりの猛攻から抜け出したデクスによる炎魔法の丸鋸。ゴースティーは咄嗟に身を翻し頭蓋骨ごと両断されるのを回避するが、避けた先に予め放たれていた光の刃に身投げする形になってしまい、右腕と左肩、そして胴体を三等分するように切断され地面を転がった。
仲間が細切れになる瞬間を目の当たりにしてキギマルも一瞬気を取られるが、すぐさま意識をデクスに戻して身を捩る。無数に放たれた光の円盤を全て躱してステップを踏み、吹き飛んだゴースティーの右腕からショートソードを回収しデクスに突進する。高純度の霊合金の刀身に波導光が稲妻のように走り、術者の手をも焦がして揺らめく青白い炎魔法を纏う。
「舐めプ出来る立場かよ」
デクスは足元に落ちていたハンドアックスを拾い上げ、キギマルを迎え討つ姿勢をとる。ハンドアックスが雷魔法によって翠緑に輝き、劈くような金属音と共に細かく振動する。
互いに得物を持った腕を大きく振りかぶり、手に魔力を集中させる。互いの波導光が閃光となってギラギラと輝き、青と緑の波導煙が2人を中心に渦を巻く。
そして、倒れた食堂のテーブルの裏に設置された魔法陣から、一縷の稲光が放たれキギマルの心臓を貫いた。
「――――えっ」
渾身の一撃を振りかざそうと魔力を漲らせていたキギマルは、魔法陣の繊細な波導に気付かず急所を突かれた。心臓が張り裂けるような激痛と共に呼吸は止まり、全身が硬直して走り出した勢いのまま地面を転がる。
「真っ向勝負なんて今時流行らねーぜ。チンピラ共の背比べじゃあるまいし」
デクスは魔法を解除しハンドアックスを肩に担ぐ。キギマルは魔法を唱える余裕もなく、床に這いつくばったままデクスの捨て台詞と不規則に脈動する心臓の音だけを聞いている。ショートソードに付与された炎魔法は腕を焼き、やがて全身に燃え広がっていく。
そこへハピネスがシチューとバゲットを手に小走りで駆け寄り、キギマルを包む炎でバゲットをトーストし始めた。
〜狼王堂放送局 中央施設 “狼王堂” 団長室 (ハザクラサイド)〜
「あよいしょぉっ!!!」
威勢のいい掛け声と共に、波導体の剛腕が石床を叩き割る。その衝撃で天井が再び崩れ落ち、砂煙が舞い上がる。
ドロドは、波導を練り上げた波導体で出来た両足と右腕に更に魔力を込め、左腕から伸びる波導の刃には闇魔法紋様を浮かび上がらせる。御伽話に登場する巨人のような体躯を上機嫌に身を震わせ、心底嬉しそうに目を細め笑う。
「い〜いねぇ!! やるじゃん!!」
ドロド。大明陽消の団長であり、狼王堂放送局の“国刀”。傀君の二つ名で知られる、異形の女傑。若い頃に爆撃によって四肢を失いかけ死の淵を彷徨うも、人道主義自己防衛軍の軍医“フィズリース”に救われる。その後、右腕と両脚を失ったはずの彼女は、日常生活どころか軍事訓練に復帰するまでに劇的な回復を見せ、現在では狼王堂放送局の戦闘部隊“大明陽消”団長を任されるほどの実力者となった。
ドロドの左腕に構えられた、巨大な波導の刃がハザクラに振り下ろされる。それをハザクラが避けようとすると、刃に施された闇魔法により視界が暗転し世界が闇に包まれた。しかしハザクラもすぐさま反魔法でこれを打ち消し、斬撃を飛んで躱し、続けて巨腕の追撃も避ける。だが――――
「バゴーンッ!!! ドンピシャ!!!」
避けたはずの巨腕の薙ぎ払いは何故か命中し、ハザクラは壁に叩きつけられ床に落下する。異能で肉体を強化していなければ、一発で壁のシミにされてしまう致命の一撃。更にそこへ飛び跳ねたドロドのフットスタンプが追い打ちをかける。
「ガッ!! シャーン!!!」
当然ハザクラも身を転がして回避を試みるが、先のダメージで異能による自己暗示が強制的に解除されており、身体が言うことを聞かず踏み潰される。厚さ数十センチの石材がクッキーのように砕け、罅割れが壁や柱にも伝播して部屋が崩れ始める。どこからどう見ても明らかな過剰殺傷だが、ドロドは上機嫌に飛び跳ね、地団駄を踏むように何度もハザクラを踏みつける。
「ダンッ!! ダンッ!! ダンッ!! ダンッ!! おりゃおりゃおりゃおりゃ!!!」
天井が抜け落ち、数階上の部屋の床と家具が落雪のように降ってくる。壁は崩壊し、隣の部屋にいたであろう衛兵達が悲鳴を上げて逃げていく。それでもドロドはお構いなしに暴れ続け、その度に上階から本棚や石材が落下してくる。
「せーのっ!!」
そしてトドメと言わんばかりに彼女が足を振り上げると、ハザクラのいた場所から土魔法の刃が現れ、銀色の刀身でドロドの波導体の足を貫いた。
「ドッカーン!!!」
それでもドロドは止まらず、殆ど真っ二つに裂かれたままの足でハザクラを踏みつける。直後、ドロドが踏み潰した場所から爆発するように凄烈な熱波が吹き荒れ、不意を突かれたことで巨躯が退け反り押し倒される。
「うおっ! あちちちちちちっ!!」
瓦礫の中から人影が立ち上がり、恨めしそうにドロドを睨みぼやく。
「っはあ……はぁ……。クソッ……。随分と、性格の悪い戦い方をするんだな……」
「んー? まさか、正々堂々と代わりばんこに殴り合うとでも思ってたのか?」
「同僚からは、真っ向勝負しか頭にない腕力馬鹿と聞いていたからな」
「クククク。ミステリアスな方がモテるって聞いてね、隠し事の多い女ってのを練習中なんだ」
「似合ってないからやめた方がいいぞ」
「そりゃ残念」
ドロドは暢気に返事をした後、目にも留まらぬ速さで斬撃を放つ。ハザクラはやっとの思いでこれを避けるが、またしても避けたはずの斬撃を喰らい吹き飛ばされる。万が一のことを考え防御の姿勢を取っていたのが幸いして両断はされなかったものの、ガードに使った両腕は骨が圧し折れ血を噴き上げた。
しかし、ドロドが追撃を放とうとした瞬間、ハザクラが折れたはずの両腕を構え毒魔法の飛沫を放出した。
「うわっぷ!! いででででででっ!!! 何で腕治んだよ〜っ!!」
「成長期だ」
ドロドは咄嗟に刃で顔を防御し、右腕を消滅させて回復魔法を発動させる。隙が生まれたのをハザクラは見逃さず突進すると、ドロドはニヤリと笑って舌を出す。
「なんつって」
「分かってたさ」
ドロドの回復魔法がハザクラに向けて照射される。出力が異常に引き上げられた眼圧を低下させる回復魔法が、色鮮やかな光の帯となってハザクラに向かっていく。それをハザクラはモロに浴びるが一切変化はなく、ドロドの懐まで飛び上がって側頭部に回し蹴りを放った。
「痛ってえ〜!!! 靴になんか仕込んでんだろー!!」
「何も?」
「いーや絶対仕込んでるね。それ、シークレットブーツだろ! クククク」
使奴並の膂力から放たれた一撃を頭部に喰らっていながらも、ドロドは余裕綽々に冗談を言って見せた。無論強がりなどではなく、嘘偽りない余裕の表情。一発一発が即死級の猛攻を掻い潜って、やっと与えた渾身の一撃が一笑に付された。
だが、ハザクラも懐に潜り込んだことで新たに情報を得ることができた。ドロドの身体を支えている波導体、あれは彼女が独自に編み出したであろう絡繰魔法である。現代では、魔改造された高位の念動魔法程度にしか判別はできないが、旧文明では非常に良く似た形式の魔術が確立されていた。
絡繰魔法。主に造形魔法と念動魔法の複合魔法で、波導を実体化させ物理接触を可能にさせた波導体を操作する魔法である。原理的には単純な魔力をぶつけるだけの攻撃魔法と同一であるものの、その複雑さと応用範囲の広さから全く別の魔法として扱われている。
ハザクラが訝しんだのは、ドロドが絡繰魔法を“独自に編み出したであろう”という点。彼女の絡繰魔法には、旧文明に考案された絡繰魔法には無い、本来であれば修正すべき無駄のある術式が採用されている。複雑に、不格好に。丁寧に編まれたマフラーが、ところどころ団子状に絡まっているような不自然さ。
ハザクラはドロドから距離を取り、簡素な風魔法を部屋中に展開する。
「ありゃ……」
時間にして3秒もなかったが、ドロドはこの光景を見ただけでハザクラの狙いを察し、唖然として立ち尽くした。
中空に幾つもの小さな光球が出現し、靄の様な細かい粒を放出した。辺りを灰色の靄が包み、やがて“ドロドの正体”を炙り出した。
巨大な腕、両脚、刃。“ドロドと全く同じ姿をした透明な存在が、彼女からほんの少しズレたところに重なるようにして立っている”。目の焦点が合っていないボヤけた状態のように、透明な巨体と目に見える巨体が浮かび上がった。
「お前の手品は異能じゃない。ただの小細工だ」
ハザクラの違和感の正体。それは、ドロドの絡繰魔法が物体と外見を別々に生成していた点。本来、波導体とは目に見えないものであるため、外見を設定するのは当然である。しかし、外見を設定するならば造形と同時に紐付けて行うべきで、外見を設定しないのであれば造形設定のみを術式に組み込むべき。それが書き易く、読み易く、使い易い、効率の良い模範的な術式。それをわざわざ別々に行うというのは、本を綴じてから漫画を描き込むような面倒で手間のかかる不自然さ。
この不自然の利点。それは、造形物と外見を別の場所に配置できるということである。
「お前は最初に巨体の全容を見せて相手を威圧し、わざと瓦礫を壊すことで実体があるものと認識させた。頻繁に土煙を上げることで透明な実体の可能性を遠ざけ、ここぞという場面でのみ僅かにズラす。陳腐な小細工だが、異能を秘匿にされるとそっちが気になって中々ここまで気が回らない」
「小細工って言うなよ。大分立派な大細工だろ?」
最早隠す気がないのか、ドロドは透明な波導体をわざと靄に突っ込ませ頓狂な踊りを踊ってみせる。
「単独で念動魔法と造形魔法を、それも投影魔法が混ざった異質な術式を使い熟すのには驚いた。並行して幾つもの演算を常時行わないといけないはずだが……」
「クククク。アタシに言わせれば、手足なんつー複雑なモンを4本も使い熟してるアンタらの方にびっくりだよ」
「そうか」
「……もしかして、こういう冗談は嫌いか?」
「嫌いだ」
「ふーん。つまらん」
ドロドは口先を尖らして不満を漏らし、すぐに笑顔で問いかける。
「……で、それが分かったところでどうするの? 奥の手でもあるのかい?」
「それは見てのお楽しみだな」
「おっ。じゃあ楽しんじゃおうかな!」
突如、辺りに重苦しい波導が吹き荒れる。ドロドは巨躯を完全に透明にさせ、風魔法による靄を吹き飛ばして威圧する。挑発とも取れる威嚇にハザクラは応えることなく、緩慢な動きで短剣に手を伸ばす。
『……“耐えられる”』
ハザクラは先程のドロドの猛攻で解除された、常時発動させ続けている自己暗示のひとつを再び掛け直す。己の意思外で解除されてから掛け直された暗示は前回より一層強力な暗示となる。これで耐久の暗示が強制解除されたのは、トール戦とディンギダル戦を含めて3度目。今のハザクラの肉体強度は、最早使奴をも凌駕している。
ハザクラがそのまま愚直に突進を始めると、ドロドはこれを迎え撃とうと見えぬ波導体に魔力を込めて迎撃の構えを取った。それでもハザクラが一切避ける素振りを見せず飛び上がると、ドロドはニイっと歯を見せて笑った。
「降参だ」
「なっ――――!?」
左腕を真横に伸ばした無抵抗のドロドが降参を宣言したのは、ハザクラの短剣が彼女のこめかみを貫通した直後であった。




