191話 夢の国
〜狼王堂放送局 城壁前〜
見渡す限りの荒野の中に、まるで地中から生えてきたかのように場違いな黒色の牙城がひとつ。隙間なく石が敷き詰められた城壁、その奥に聳える幾つもの巨塔、辺りにはアンテナのような鉄塔が牙城を守るようにして地面から無数に伸びており、それらは地平線の遥か先まで世界を分断するかのように立ちはだかっている。
「うお〜! でっけぇ〜!」
浮遊魔工車を置き去りに1人走ってきたラルバは、城壁の前で楽しそうに感嘆の声を上げる。それからすぐに城壁を攀じ登ろうとしたところを、後を追ってきていたイチルギに引っ叩かれて落下する。
「痛ってぇ!! あにすんの!!」
「そりゃこっちのセリフよ!! 流れるように密入国しない!!」
「だって入口ないじゃん」
ラルバの言う通り、地平線の先まで視認できる範囲にあるものは全て石壁と鉄塔だけであり、門のような出入りできる場所は見当たらない。
「東西に門がついてるのよ。東門に回るわよ」
「えぇ〜遠いよ〜」
「うるさいっ!」
「あだっ、何ですぐ叩く!?」
〜狼王堂放送局 東門〜
ラデック達と合流したラルバが浮遊魔工馬車で東門まで来ると、先に着いていたイチルギが手を振って合図をした。大きな門の前には衛兵が2名ほど立っており、浮遊魔工馬車を怪訝そうな顔で睨んでいる。
パスポートを見せるため一行が車から降りてくると、衛兵は全員に向けて話し始める。
「では、“夢の国“に行かれる方はあちらの衛兵に、”狼王堂放送局“に行かれる方は私にパスポートを見せて下さい」
衛兵の言葉に、ラデックが首を捻って質問をする。
「ん? 狼王堂放送局が夢の国なんじゃないのか?」
「正確には、国王様の居られる中央施設とその他で分けています。分かりやすく言えば、入国目的が政治的かどうかってことです。後からでも出入り自体は出来ますので、深く考えなくて結構ですよ」
「そうか。……夢の国の人間も、自分たちの国を夢の国と呼んでいるんだな」
「皆さんに合わせているだけですよ。居住区って呼んでもいいんですけど、分かりづらいでしょう?」
「まあ、それは確かに」
ハザクラはジャハルとイチルギと共に中央施設入口の方に進みつつ、ラデック達の方へ振り返る。
「前に話した通り、俺達は情勢の確認のために中央施設へ行ってくる。特に用事がない者は居住区で時間を潰していてくれ」
「おっしゃラプー! なんかオモシロまで道案内よろしくー!」
「んあ」
ラルバはラプーを頭上に担ぎ上げ、意気揚々と居住区入口の方へ走っていってしまう。
「あ、ちょっ! パスポート!」
それを衛兵が慌てて追いかけていく。イチルギは衛兵に頭を下げて詫びるが、衛兵は彼女の隠しきれていない怒りに怯えて黙って半ば反射的に頭を下げた。
結局、中央施設へはハザクラ、ジャハル、イチルギ、デクス、ハピネスの5名が。その他のメンバーは居住区で待機することとなった。
中央施設へ向かう通路の中、ハザクラがハピネスの方を見て不思議そうに首を捻る。
「珍しいな。お前が俺達についてくるなんて」
すると、ハピネスは乾いた笑いを溢しつつ、怪しげな笑みでそっぽを向く。
「消去法だよ。私は“スポンジを食べる趣味はないし”、そもそもまだ“信用していない”んでね」
「……スポンジ? 信用していないって、レシャロワークのことか?」
「そんなわけあるか脳留守。それより、“アレ”の答えは分かったのかい?」
「……いや、まだだ」
「ふぅん。私相手に隠し事とは、いい度胸だ」
ハザクラは平静を装いつつ、ハピネスから視線を外して前を向く。
「…………お前に何が見えてるのか知らないが、口に出すものは選んだほうがいい。お前は人より目玉が多いんだから」
「私がどう見えてるのかは知らないけど、真実と信じたいことは区別したほうがいいよ。君は私より目が少ないんだから」
〜狼王堂放送局 居住区東部 みらいタウン 東ゲート前〜
「うおーっ!!! すげぇーっ!!!」
入国用列車で進んだ先、入国ゲートのすぐ目の前に広がる光景に、ラルバは興奮して感嘆の声を上げる。
街には球形や八面体といった見慣れぬ形の、カラフルで近未来的な建物が乱雑に立ち並び、角錐や楕円形のビルがところどころに聳え立つ。彩雲浮かぶ青空にはアニメーション作品を映し出す飛行船の他に、翼の生えた流線型の乗用車が幾つも飛び交っている。遥か遠くには巨大な観覧車に絡まるこれまた巨大なタコの姿もあり、ここは本当に現実なのかと思わせる。抜けかけた意識を戻して近くの街並みに目を向ければ、幅の広い遊歩道には大勢の人が行き交い、虹色の煙を吐き出す屋台があちこちで声を張り上げ客を呼び込んでいる。平和ではあるが、穏やかではない。ここは果たして幻想的な夢の国か、はたまた空想的で奇怪な国か、そんなことを考えてしまうほどに、目の前の光景は受け入れがたい異様さを放っていた。
「うははははっ! 見ろラデック! 車が空飛んでる!」
「凄いな。あんなの映画でしか見たことない」
「たかが数人を運ぶのに鉄の塊ごと空に飛ばすならヘリコプターでいいじゃん!」
「夢がない……」
少なくとも、この2名に限って言えば間違いなくここは夢の国だろう。
無警戒で燥ぐ2人の姿を、シスターがどこか呆れて眺めていると、どこからかやってきた上半身だけの人型ロボットがキャタピラを軽快に軋ませ近付いてきた。
「ヨウコソ、オ越シクダサイマシタ。何カ飲ンデケ」
ロボットが背負っていたジューサーからカップを取り出すと、シスターは遠慮が手に手のひらを向ける。
「あ、すみません……私達まだこの国のお金持っていないので……」
「オ金ハ不要デス。飲ンデケ。ソレカ何カ食エ、痩セッポチ」
「や、痩せっぽち……」
ロボットはくるりと向きを変え、街の方を指差す。
「映画ナラアッチ。遊園地ハ奥ノ方。ゲームセンターナラ右側デス。歩キジャ遠イ。バス乗レ」
「ゲームセンター!!! 詳しく!!!」
レシャロワークは手にしていたゲームをポーチに突っ込み、興奮気味にロボットに擦り寄る。
ラデックは遠くに見える彩雲と、空飛ぶ車や飛行船、巨大タコを呆然と眺めてから、自分に言い聞かせるように頷く。
「……バルコス艦隊じゃあ碌に遊べなかったし、存分に楽しむか。 ラルバ! 映画行くぞ!」
「うわあ。急に大声出すな」
〜狼王堂放送局 居住区東部 みらいタウン 映画館“みらいシネマ” (ラルバ・ラデック・ゾウラ・カガチサイド)〜
「ダメよ!! ジャードゥ!!」
「俺なら大丈夫だ……セッカ! ここは俺に任せろ! お前達は先に!!」
溶岩が絶え間なく噴き出す火山の中腹で、ラデック達は椅子に腰掛けて男女の顛末を見守っている。振り返れば溶岩に呑まれる街が、見上げれば山頂から龍のように立ち昇る火山雷がけたたましく鳴り響いている。
それから1時間後。
「この度は、ご来場ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
館内アナウンスと共にダウンライトの薄明かりがつき、ラルバは円形の部屋に備え付けられた椅子から立ち上がって大きく背伸びをする。
「んん〜っ! 映画っちゅーよりはVRアトラクションって感じだったね。あ、ラデックはVR知らないか。……ラデック?」
「ん? ああ、そうだな」
「どったの。映画好きなんじゃなかったの?」
「いや、映画は好きなんだが、違うんだよ。映画っていうのはこう、限られた画面を、カメラワークや音響効果を用いてどう扱うか魅せるものであって、いや確かにああやって全方位をモニターにしてしまう方が没入感や臨場感自体は評価できるんだが、かといってそれに甘んじて映画たる演出を――――」
「その話長い? 今度でいい? ゾウラちゃん楽しかったー?」
「はい! すっごい楽しかったです! こんなの初めて見ました!!」
「よかったねぇ。カガちゃんはどうかなー? 楽しかったカナー? 痛っ。なんですぐ腕折るん?」
〜狼王堂放送局 居住区東部 みらいタウン ゲームセンター“パラレラ” (レシャロワーク・シスター・ナハルサイド)〜
色とりどりの眩いスポットライトが薄暗い暗闇を切り裂き照らす。数十基のゲーム筐体が乱雑に立ち並び、宛ら迷宮のように複雑に入り組んだ大型の遊戯場。その一角で、リズムゲームの筐体が“Perfect”の文字を七色に輝かせて激しい点滅とファンファーレを鳴らす。
「飽きた」
たった今店内最高点を叩き出したばかりのレシャロワークは、冷めた目でゲーム筐体に背を向けてポーチから携帯ゲーム機を取り出す。後ろで呆然と見ていただけのシスターとナハルは、自由気ままなレシャロワークの態度に呆れた様子で顔を見合わた。
「……飽きたって、レシャロワークさんが来たいと言ったんじゃありませんか」
「夢の国のゲームセンターって聞いちゃぁゲーマーの血が騒ぐのは不可抗力ですよぉ。でも期待外れでしたねぇ。全体的にヌルい」
「じゃあなんで私達を呼んだんですか。1人で来ればいいのに」
「初見プレイを後方腕組みしながら観覧することでしか得られない栄養素があるんだなぁ〜。シスターさんかナハルさん、何かやってくださいよぉ」
「私は結構です」
「私も遠慮しよう」
「えぇ〜……偶には遊ばないと体に毒ですよぉ。特にナハルさん、趣味何もないでしょぉ」
「余計なお世話だ」
「娯楽を享受しない人生なんて、鎧核3を初期機体縛りしてるようなもんですよぉ。いや待てよ、それはそれで楽しいのでは……?」
「帰っていいか?」
〜狼王堂放送局 居住区南部 幻想シティ スポーツ施設“ブチカマシ” (ラルバ・ラデック・レシャロワークサイド)〜
「次ボクシングやろうボクシング!!」
遊戯施設の中を、ラルバはラデックとレシャロワークの片足を引き摺って楽しそうに闊歩して行く。ラデックとレシャロワークは抵抗はせずとも従う様子はなく、無気力なままズルズルと床を引き摺られて行く。
「サバイバルゲーム、ジョスト、フェンシングと来て、次はボクシング……? 何で俺は余暇でも戦闘訓練をされてるんだ…………?」
「そりゃあこっちが聞きたいですよぉ……。どうせ遊ぶならボーリングとかスケートとかにしましょうよぉ……」
2人の譫言に、ラルバは一切気を配ることなくへらへら笑う。
「馬鹿だなあ。使奴との模擬戦なんて、滅多に味わえるもんじゃないぞ!」
「俺は実戦やってるからいい」
「自分は予定ないんでぇ」
「大丈夫大丈夫! 手加減するから!」
「そういう問題じゃない……」
「シスターさん助けてぇ〜……」
〜狼王堂放送局 居住区北部 ミラクルアベニュー (シスター・ナハル・ゾウラ・カガチサイド)〜
「おいナハル、その情けない態度をやめろ」
「そ、そんなのしてない……」
とあるアパレルショップで、ナハルは胸元に大きなリボンのついたワンピースを身に纏い、ツバ広帽で紅潮した顔を隠している。
「ナハルさん綺麗です!」
「そうですね! やっぱりナハルもちゃんとオシャレしたほうがいいですよ!」
目の前ではシスターとゾウラが満足そうに笑っており、ナハルは褒められたことで余計に恥ずかしくなって顔を伏せる。
「カガチも似合ってますよ! その服!」
「ありがとうございます」
カガチはと言うと、アイドルの衣装のような大量のフリルがついたチェック柄のスカートとブラウス、そして一際目を引く大きなリボンでツインテールを結っており、衣装のラブリーさに似つかわしくない堂々たる仁王立ちで腕を組んでいる。シスターはカガチの方にも顔を向け、全く他意のない感想を溢す。
「カガチさんもお綺麗ですよ。細身だから大きなシルエットが映えるんですね。あっ、次はあのコートとか……」
「おい貴様。何を勝手に――――」
「あっいいですねそれ! カガチ! 次はあのコート着てみて下さい!」
「畏まりました」
一切表情を変えず試着室に入って行くカガチ。ナハルがそれを見届けていると、シスターが困ったような笑顔で近づいてきた。
「シスター……? もしかして……」
「あ、はい……。あの、上の方にかかってる白いエプロンドレス……着てみませんか……?」
シスターが指したのは、如何にもといった感じのメイド服。ナハルの目に映るは、申し訳なさそうにしながらも心の奥から湧き上がる好奇心を隠せないでいるシスター。ナハルはメイド服姿の自分を想像してからじっとりと汗を浮かべ、唇を強く真一文字に結びつつ酷くゆっくりと首を縦に振った。
〜狼王堂放送局 居住区東部 みらいタウン 東ゲート前 (バリア・ラプーサイド)〜
「何カ食エ。何カ飲メ。チビッ子、デブ」
「………………」
「んあ」
「何カ食エ。何カ飲メ。遊ビニ行ケ」
「………………」
「んあ」
「……セメテドッカ行ケ。邪魔」




