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シドの国  作者: ×90
天邪終・闇喰達
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186話 食物連鎖

天邪終(デンジャラス)闇喰達(アングラーズ) アジト深部 (ラデック・デクスサイド)〜


 見上げるほどに巨大な金網の奥に敷き詰められた大型ファン。恐らくは地下深くに酸素を供給するための設備と思われるが、今はその全てが静止画のように微動だにしていない。


「違和感ならずっとあった。それこそ、お前らがデクス達に喧嘩売ってきた時からずっとな」


 デクスはニトを睨み、それから足早にもと来た道を引き返し始めた。


「その辺の雑魚を脅して餌にし、獲物を湖の罠に引っ掛ける。別に特別難しいことじゃねーが、迷宮(ラビリンス)の異能のデメリットにも気付けねーガキ共だけで思いつけるとは考え難い。恐らくは、入れ知恵した奴がいる」

「い、入れ知恵……?」


 目に見えて図星を突かれた顔を見せるニトを、デクスは責め立てるようにして考察を続ける。


「ああ。その入れ知恵した奴は、あの空調を止めることができる。つまりは、インフラの管理権限を持ってる奴だ。ってことは、当然整備も修理もソイツがしてるだろうな。でもって、ソイツらはテメーらの使う“チケット”の管理もしてる。そうだろ?」

「うっ……な、なんで……?」

「テメーらガキだけで通貨の管理ができるかよ。それに、あのチケットはどう見ても“首輪”だぜ」

「首輪……?」

「さっきからやけに管理者を隠したがってるが……。真実を聞いてもしらばっくれていられるか、見ものだな」




 元のテント街まで戻ってきた3名。するとデクスは(いぶか)しげに辺りを見回し、先陣を切って進み出す。


「あっちの方が分かりやすいな。ついてこい」


 ニトは何をされるのか不安になってラデックを見るが、ラデックもデクスの意図を理解できず黙って首を横に振った。


 デクスは主に雑貨を売っているテント街まで来ると、2人の方を振り向いて口を開く。


「さて、経済のお勉強だ。あそこにかかってる札、見えるか?」


 そう言って指差した先には、比較的新目のテントが様々な商品を店先に吊るしている。小さいナイフ類が並べられた箱には“どれでも1本紫1”と書かれており、その隣には中古の弓が“紫2“と書かれてた札に吊るされている。


「次に向こうを見てみろ。あの黒い小屋だ」


 デクスの示す黒い小屋は空き家のようで、“入居者募集中。月額黄1、又は赤4”と書かれている。


「でもって……そうだな。確か、ラデックはバルコス艦隊で過ごした時間が比較的長いんだったな。おいラデック、バルコス艦隊で、フライドチキンは1本幾らだった?」

「ええと、場所によるが、安いのは1本300(せき)くらいだったかな。笑顔による文明保安教会は4ケルフぐらいだったのに……」

「小刀はどうだ?」

「それもピンキリだな……。大体500から800 (せき)くらいだったかと思うが……」

「弓は? 新品の値段でいい」

「それは覚えてる。さんざ押し売りをされたからな。安いのは2000(せき)で、一般的には5000 (せき)程度だ」

「じゃあ今ので、緑チケットと紫チケットの大まかな価値が分かるな?」

「ああ、成程。緑が大体300(せき)くらいで、紫が500から1000 (せき)くらいってことか」

「今見たがきりの情報じゃ、そうなるな。デクスはここに来てから、この計算をずっとやってた。で、今それを軽く纏めた表を作ってみた。見てみろ」


 緑チケット、100から500 (せき)

 紫チケット、1000から2000 (せき)

 赤チケット、5000から10000 (せき)

 黄チケット、35000から50000 (せき)

 青チケット、80000から100000 (せき)


「こ、これは分かりづらいな……。紫と黄色は無くしても良さそうなものだが……。あと小銭が無いのも不便だな……」

「不便どころの話じゃねーよ。今までこの通貨でやってこれたことが不思議だぜ」


 ふとデクスが顔を上げると、周囲のテントから住民達が物珍しそうにこちらを伺っている。デクスが表を書き込んだ紙を足下に大きく広げると、住民達はわらわらと集まってきてあっという間に人集(ひとだか)りができた。デクスは周囲の人間に分かるように、改めて説明を始める。


「最低通貨が緑チケットっつーのが何より最悪だ。例えば、手元に緑チケットが10枚あったとする。これが単純に5000 (せき)あるっつーなら不便は少ねー。500(せき)の小麦粉と、300 (せき)の塩。あとは水を200 (せき)ほど買っておけば、炎魔法さえ使えりゃたった1000 (せき)で3日は食える。5000 (せき) もありゃ最悪2週間は飢えねー。でもここじゃ緑チケット10枚だ。デクスが見た限り、緑チケットで買える腹持ちのいい食いもんは、緑チケット2枚で買える特盛焼き飯くらいだったな。これで3食補ったとして、1日分の飲料水を買うのに緑チケット1枚。つまり、緑チケット3枚でやっと1日飢えずにいられる。緑チケット10枚じゃ、3日凌ぐのがやっとっつーわけだ。このチケット制の致命的欠陥。それがこの、細かい支払いができねーっつー部分だ」


 辺りの若者達がウンウンと頷き、理解の追いつかぬ者は隣の者に解説を求め、次第に響めきが大きくなっていく。デクスは若者達の興味が自分に向いているうちに、わざと大きな声で解説を続ける。


「次に!! これも重要だ!! このクソ細けー通貨の分割には意味がある!! おいニト、これは飽くまでデクスの予想だが……このチケット。緑をどんだけ集めても、赤代りにはならねーんじゃーねーのか?」


 ニトは目を見開いて驚き、慌てて頷く。


「えっ……う、うん。上も下も、色を跨ぐ買い物はできないことになってる……。でも、どうしてわかったの……?」

「じゃねーと、小遣いしか稼げねー貧乏人が泡銭で高ぇ武器やら何やら買って暴れ出すだろ。同時に、高いモンが欲しけりゃ偉い奴に頭下げるしかねー。強い奴はより偉く、弱い奴は貧乏のまま。チケット制に縛られる馬鹿の中で上手く上下関係が保てるようにできてやがる」


 デクスを囲む若者達は、己の呆然とした顔が血流で熱気を帯びていくのを感じる。今まで感じてきた漠然とした不満が言語化されたことで、自分でも認識できていなかった(あら)ゆる感情が明確に形を成していく。


「このチケット制の欠陥は大量にある。偽造が容易、両替時に価値が大きく下がる。原価の概念が無くなる。窃盗品しか売れねーし、そのどれもが二束三文だ。商売で儲けるのは仕組み的に不可能」


 辛い、苦しい、嫌だ、怠い、分からない。それらの動物的な感情が、言葉で細分化され輪郭を帯びていく。


「青チケや黄チケットを大量に持ってても、緑チケットの支払いはできねー。かと言って不相応な両替をするわけにもいかねー。つまりは、偉い奴が自然と弱者を扱き使うシステムになってる。チケット制を決めた奴らにテメーらは支配されてるが、偉い奴らはテメーらを虐めるのに夢中で自分の首輪に気付かねー」


 毎日働いてもチケットが貯まらない。物価の高さに不満を言いたい。不公平な手数料を払いたくない。自分の頑張りをもっと高値で買って欲しい。差別的な制度を変えたい。


「第一、貨幣は人の暮らしを豊かにするためにあるもんだ。物価の全てを誰かひとりが勝手に決めるなんざ、人間の価値を勝手に定めるくらいありえねー冒涜だ」


 不満、悲しみ、劣等感、空腹感、今まで感じてきた不快感の全てが今、憤りの溶岩となって胸の内を埋め尽くした。


「これが経済の食物連鎖だ。王が愚民を支配し、その中でも強い愚民が弱い愚民を支配する。通貨の支配っつーのは、人の支配と同義――――」

「ふっざけんなよクソがあああああああああああ!!!」


 ひとりの若者の絶叫を皮切りに、今まで溜まりに溜まっていた弱者達の鬱憤が連鎖爆発を起こす。


「どーりで毎日苦しいわけだよ!!! 全部アイツらが悪いんじゃねーか!!!」

「変だとは思ってたんだよ!!! でもっボスがっ……ボスが何も言わねーから!!!」

「ずっとずっと頑張ってきたのにっ、バカみてーじゃねーかよっ!!!」

「死ねよマジで……!!! 死ねっ!!! 死ねよぉぉぉおおおおっ!!!」


 ある者は側のテントを蹴り飛ばし、ある者は看板を叩き割り、皆が皆抱えた怒りのぶつけどころを探して暴徒と化している。


「そもそも今回だって!!! “ラボ”の連中が何にもしねーから俺らが出しゃばる羽目になったんだ!!!」


 “ラボ”。その単語に、ラデックはまさかと思いニトの方を見る。


「ニト……。“ラボ”と言うのは……?」


 ニトは怖がって目を泳がせて胸に手を当てるが、何度かラデックの方を見た後に唾を飲んで口を開く。


「こ、ここの管理、デクスの言ってた、インフラとか全部管理してる連中だよ……。元はと言えば、このアジトは元々ラボの人の物だったの……」

「その、ラボと言うのは……」

「詳しくは知らない。でも、あいつらは自分達のことを“研究者”だって言ってた……。自分達に協力してくれれば、この地下施設を差し出すって……」

「研究者……か……」




〜氷精地方中部 冥淵(めいえん)の海〜


「さあて、ラルバちゃんとワクワクダイビング行きたい人! 定員は3名! はいバリアちゃん早かった!」

「私何も言ってないよ」

「いいねいいね! じゃあカガチゃんと〜、ハピネスで締切ぃ〜!」

「やだーっ!!!」


 ハザクラ達が湖に侵入して行ったのを見届けたラルバは、別口で侵入するためにバリアとカガチとハピネスの3名を選出した。しかしハピネスは絶叫しながら地を転げ回って拒否し、カガチに至っては最早相手にすらしていない。


「やだやだやだやだ海は寒いし冷たいし臭いから嫌ーっ!!!」

「ここ湖だよ」

「うるせぇーっ!!! 第一何で私なのさっ!! こういうのは武闘派連中に任せようよ!! ほらゾウラ君? 湖の底行ってみたいよね?」

「はい!!」


 ハピネスがゾウラを唆していると、背後から凄まじい速度でカガチが忍び寄り(あばら)折りを仕掛けた。


「死ね」

「があーっ!!!」

「わあ。すごいすごい!」


 芸術的なプロレス技にゾウラは手を叩いて喜び、ハピネスは顔中の穴という穴から粘液を垂れ流して泣き叫ぶ。


「おいラルバ。そんなに友達が欲しければ先日買ったばかりの玩具(おもちゃ)があるだろう。先にそっちを使え」

「玩具? ああー! そう言えばいたねぇ! おい、人のこと玩具とか言うなよ。可哀想でしょ」

「ばっ!!! ばばっ!!! がああああああっ!!!」

「ちょっとハピネスうるさいよ。静かに」

「あばーっ!!!」

 

 ラルバは魔工浮遊馬車に戻り、中で盗賊3人組にテレビゲームの相手を付き合わせていたレシャロワークの首根っこを掴む。


「ぐえっ」

「さあシャロ太郎! 家でゲームばっかしてないで、おんもで鬼ごっこしに行くぞ!!」

「いや鬼はラルバさ――――うっ」


 レシャロワークは有無を言わさず絞め落とされ、熊が巣穴に獲物を運ぶようにずるずると引き摺られていく。それを見た盗賊達は、もしかして自分達は助かったのではなく、より恐ろしい人間に捕まってしまったのではないかと身を抱き合った。




〜氷精地方中部 冥淵(めいえん)の海 (ラルバ・バリア・ハピネス・レシャロワークサイド)〜


 ラルバはバリア、ハピネス、レシャロワークを連れ、冥淵(めいえん)の海中央の大穴まで泳ぎ着くと、防壁魔法で自分達を包みエレベーターのように下降を始めた。


「“偉大なる墓場”……だっけか? 折角なら200年前の綺麗な時に見たかったなー。うわ、あそこらへんとかゴミだらけじゃん」

「環境保護なんて言葉が人の口から出るようになったの、ここ数年の話だからね。大戦争以降でエコロジーなんか気にしてるの、変人学者くらいだよ」

「これじゃあ偉大なる墓場じゃなくて偉大なるゴミ捨て場だよ。あ、見て見て。旧文明の戦闘機が沈んでる」

「式神式連結ティルトローターの……後継機? あれ多分まだ動くよ。壊しておく?」

「えー。いいよ面倒くさい。そのうちバルコス艦隊とかが竜の再来とか言って喜ぶよ」


 意識を失っているハピネスとレシャロワークそっちのけで、ラルバとバリアはブルーホールの風景を水族館のように楽しんでいる。すると、どこからか現れたチョウザメが、見慣れぬ物体に興味を惹かれて接近してきた。


「うお、鼻でっか」

「オノベラチョウザメ? こんな深いところまで来るなんて、もう200mは潜ってるのに」

「餌やろうか? ハピネスとレシャロワークどっちがいい?」


 オノベラチョウザメはその斧のように大きな口先で防壁を突き、体を興奮気味に擦り付ける。そして一際大きく仰け反ったかと思うと、水が澱むほど濃い波導を放出した。


「ラルバ」

「ありゃ」


 バリアが掛け声と共に防壁に強化魔法をかける。しかし、1匹のオノベラチョウザメの放った反魔法は、使奴が2人で組み上げた防壁を薄氷の如く叩き割った。


 突如水中に放り出されたラルバはすぐさまハピネスとレシャロワークに耐圧魔法をかけ、続いてオノベラチョウザメの腹部に手刀を捩じ込む。


 しかし、上からは続けてオノベラチョウザメの群れが雷魔法を帯びながら接近している。2人は突然凶暴化したチョウザメ達の撃退を諦め、煙幕と同時に水底へと姿を消した。




天邪終(デンジャラス)闇喰達(アングラーズ) C区画 (ラルバ・バリア・ハピネス・レシャロワークサイド)〜


 水深1000m付近で人工物らしき障壁を発見したラルバは、近くの岩を繰り抜き内部への侵入に成功した。


「あーもーびっちゃびちゃじゃないのよー。反魔法使う魚類って何よもー」

「西海には割といるよ。バクチフグとか、ヒョウザンクラゲとか」

「そういうことじゃないのよバリアちゃん」

「アンドンイソギンチャクとか」


 ラルバはその場で犬のように身体を回転させ水分を吹き飛ばし、死体のように微動だにしないハピネスとレシャロワークの方を向く。


「ハピネスー? シャロ太郎ー? 生きてるー?」


 意味もなく声を掛けて2人の体を揺さぶるが、2人とも無意識に水を吐き出すのみで返答はない。


「よし、元気! バリアちゃーん。索敵よろー」

「侵入はバレてないっぽい。でも、この施設……」


 バリアは浄化魔法で体を乾かしながら辺りを見回す。


 一見すれば、鉄骨とコンクリートで造られたシンプルな工業施設。天井を這う配管や目の前に鎮座するゴミ処理機構も、特別珍しい物ではない。そう。何の変哲もない、一般的な旧文明製品である。


「でもなんか古くなーい? めっちゃ石綿の臭いするし」

「うん。私も、こんなに古い施設は知らない。でも……」

「分かってるよ。私も”見た“し」


 ラルバは侵入の際、ブルーホールの底に微かに見えた光景を思い出して怪しげに口角を上げる。


「切り刻まれた使奴の死体の山。事情は知らんが、使奴研究所の類であることは間違いないだろうな。ああ(はらわた)が煮えくり返る思いだ。我が同胞の無念、はらさでおくべきか」

「おくべきじゃない?」

「そうじゃないのよバリアちゃん」

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