181話 新たな被害者
〜三本腕連合軍 黒雪崩騎士団 北区 県道6号〜
「おうち帰してぇ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「ここが君のお家だよ〜」
「ここはデクスの車だろうがっ!!」
浮遊魔工馬車のリビングルームの中央で、子供のように大声をあげて泣き叫ぶレシャロワークを、ラルバが楽しそうに無理矢理肩を組んで踊らせている。シスターとラデックは呆然と立ち尽くし、ハザクラとジャハルは頭を抱えて椅子に凭れかかっている。
「ハザクラ……ど、どうする……? これは……」
「……まず、誘拐ではないということにしよう。キャンディ・ボックスは、一応笑顔の七人衆直下の組織だ……。捕虜という名目で同行を強制することは、まあ……」
「うわ〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!! おうち帰りたい〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「おーよしよし。オムツかな? ミルクかな? それともロボトミーかなぁー?」
「うわあぁ〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!!」
絶えず泣き続けるレシャロワークと、頭を抱えるハザクラ。デクスは2人を交互に見てボソリと呟く。
「……こりゃあ減点対象だろ。手綱握れてねーじゃん」
「ま、待てデクス……。どうにか、どうにかするから……」
「どうにかしたところで悪行が帳消しになる訳じゃねーんだが……」
その時、困惑の渦を裂いてイチルギが部屋に入ってきた。
「いいんじゃない? 別に。これに関しては」
「え」
普段の正義心溢れるイチルギとは思えない発言に、デクスは思わず言葉を返す。
「おいおいおいおいおい脳味噌イかれたのか!? おいラルバ!! ウチのボスにロボトミーしたんじゃねえだろうな!!」
「頭に穴開けて従順になるならとっくにみんな蜂の巣だよ」
「おいイチルギ!! お前自分が何言ってんのか分かってんのかよ!? 拉致監禁に犯罪教唆だぞ!!」
「ちょっと!! 犯罪教唆はまだしてないでしょ!!」
イチルギは詰め寄るデクスを軽く押し返し、レシャロワークに向かって人差し指を突きつける。
「貴方、ニクジマ・トギのところでアルバイトしてたらしいわね」
「そ、それがなんですかぁ?」
「臓器売買に違法賭博、死体遺棄と隠蔽。多分、殺しも相当数やってる。とても善良な国民を名乗れる立場じゃないわね?」
「や、雇い主に言ってくださいよぉ……。自分はやれって言われただけなんでぇ……」
「脅されてたなら善処するけど?」
「……おうち帰してぇ」
「はいっ! じゃあ新しい家族も増えたところで! レシャロワークちゃんの為に、改めて自己紹介と行きましょうか!」
ラルバが機嫌良く手を打って音頭を取ると、その場にいた全員が顔を見合わせて"家族"という表現に首を捻った。しかしラルバは一切を無視して両手の親指で自分を指す。
「じゃあまず私から! 第四世代の使奴、ぴちぴちの0歳! ラルバちゃんでーっす! 好きなものは愛と平和! 嫌いなものは悪人! よろしくね! じゃあ次ラデック!」
「え、あー……。ラデックだ。27歳の人間。好きなものは映画と釣り。嫌いなものは登山と魚味のチョコレート。よろしく。あ、今運転席にいる男はラプーだ。……加入順で言うと、次はバリアか?」
「……バリア。使奴。好きなものは……特にない。嫌いなものは意味もなくうるさいデクス」
「んだとぉ!!」
「次、イチルギ」
「あ、次私なのね。元世界ギルド総帥で、今は退陣して特別調査員ってことになってるわ。使奴のイチルギよ。好きなものは美味しいご飯で、嫌いなものはラルバ」
「何だとぉ」
「どうも、ちょっと前まで世界の支配者でした。ハピネス・レッセンベルクだ。年齢は27。好きなものはお金と力。嫌いなものは嫌なこと。次は〜、そうだな。ジャハル君から行こうか」
「……人道主義自己防衛軍、軍団“クサリ”総指揮官。ジャハルだ。年齢は25。嫌いなものはラルバ」
「何だとぉ」
「同じく人道主義自己防衛軍、軍団“ヒダネ”総指揮官ハザクラ。年齢は22。嫌いなものはラルバ」
「それ毎回言うのやめない?」
「次はシスターか?」
「え、あ、はい。えっと、魔導外科医のシスターです……って、もう知ってますよね。一応シスターは修道女って意味じゃなくて本名です。年齢は22。好きなものは辛い料理で、嫌いなものはラルバさんです」
「またまたぁ」
「ナハル。嫌いなものはラルバ」
「……流石にちょっと傷つく」
「ゾウラ・スヴァルタスフォードです! 年齢は15! 好きなものは綺麗なもの! 嫌いなものは……特にありません!」
「ゾウラちゃん私のこと好きー?」
「はい! 好きですよ!」
「あ〜良い子」
「カガチ。ゾウラ様に何かしたら全身の皮膚を剥いで海に沈める」
「世界ギルド所属、デクスだ!! 今はコイツらの行動を監視――――」
「お前はいいよ。仲間じゃないし」
「あぁん!?」
「じゃあ最後! レシャロワークちゃん張り切ってどうぞ!」
レシャロワークは口を真一文字に結んで黙り込み、何かを待つようにラルバを見つめる。
「……どったの」
「いや、Aボタン押さなきゃイベント進ませずに済むかなぁって」
「それもうゲーム脳じゃなくて馬鹿って言うんだよ」
「意外と有効なんですよぉ」
「ここじゃ無効。はいどうぞ」
「えー……。えー……キャンディ・ボックス所属、レシャロワークでぇす。年は20くらい。多分。好きなものはゲームと漫画とアニメと映画。嫌いなものはハピネスさんとラルバさん。……よろしくお願いしまぁす」
「……14」
「15!」
「17」
「18だ」
「19です!」
「30ぅ」
「チェック」
ラデックがレシャロワークを指差し、それと同時に皆が額に当てていたカードを下す。それぞれのカードには数字が記されており、その合計値は31を示していた。
その瞬間、ラデックは下唇を噛んで俯き、レシャロワークは小躍りを始めた。
「はい残念〜ラデックさんの負けぇ〜。やんややんやっ。やんややんやっ。ほら、ゾウラさんもぉ」
「やんや! やんや!」
「やんややんやっ」
「やんや!」
ラデック、ラルバ、バリア、デクス、ゾウラ、レシャロワークの6名は、親睦会と称してリビングルームでボードゲームに興じていた。負け込んでいるラデックはチップ代わりのクッキーを数枚手に取り、渋々レシャロワークに差し出す。
「これで何勝目だ……? なんでこんなに勝負強いんだ……」
「ゲームなら負けませんよぉ。ボドゲやギャンブルだって例外じゃありませんからねぇ」
「そういう異能か?」
「すぐ異能を疑うの、ミステリーのトリックで真っ先に偶然を疑うくらいセンス無いですよぉ」
「酷い言われようだ」
レシャロワークはクッキーを受け取るなりバリバリと頬張って、次戦を始めようとカードを全員に配る。
その時、デクス、バリア、ラルバの3人が同時に顔を顰めた。
「あぁ……?」
「ん……」
「おっ! きたきた!」
ラルバは配達ピザでも届いたかのように目を輝かせリビングルームを飛び出し、運転席の方へ駆け込んで行く。中で運転をしていたハザクラが呆れた顔で振り向き、フロントガラスの向こうの景色を親指で示す。
浮遊魔工馬車の正面では、3人の人影がこちらに武器を向けて立ちはだかり、降りろとジェスチャーをしている。
「ラルバの好きな“チンケな小悪党”だぞ。どうする」
「そりゃあもう! 憐れに惨めに正当に! 正義の鉄槌をぶちかましたりますよぉ!」
しかし、ラルバが車を降りるよりも前にデクスが飛び出して行き、野盗相手に啖呵を切る。
「おいおいおいおい誰の車に武器向けてんだゴラァ!! かすり傷一つ修理すんのに幾らかかると思ってんだ!! テメーらの腎臓ぐれーじゃ消費税にもなんねーぞ!!」
野盗の3人は互いに顔を見合わせ、銃口をデクスに向けて大声を出す。
「金!!! 全部!!! 置いてけ!!!」
少女の命令にデクスは舌打ちをして眉を顰め、野盗からは見えぬよう掌に魔法陣を描く。
「……喧嘩は安く売るもんじゃねーぜ。勉強代が高くつくからな!!」
「お前が言うな!!」
「いでっ!!」
魔法を発動しようとしたデクスを、ラルバが後ろから引っ叩いて中断させる。
「さあさ小鼠ちゃん達! お金ならたんまりあるよ! 欲しければ奪ってみせな!」
ラルバが堂々と両手を広げ野盗の方へにじり寄ると、野盗達は不気味さに気圧され一目散に逃げ出した。
「うんうん! 逃げるも結構! さあ君達の親玉のところまで案内しておくれーっ!」
罠魔法を乱発しながら逃げる野盗を、ラルバはご丁寧にわざと全ての罠に引っかかりつつ追いかける。
「おい待てラルバ!! 折檻なら見えるところでしろ!!」
それを、ハザクラが慌てて追いかける。険しい岩山方面へ駆けていく2人の後ろ姿を、デクスは後頭部を摩りながら呆然と見つめ、馬車に戻りながらぼやく。
「……何で山の方に逃すんだよ。ジャハルー! 迂回路探せー!」
〜氷精地方中部 冥淵の海〜
「あはははー! 待て待てー!」
「ひっ! ひぃいっ!」
野盗3人組はラルバに追われ、必死の思いで逃走を続ける。ラルバは野盗が逃走を諦めないよう追いかける足を態々緩め、罠魔法を故意に踏み抜き怯んだ素振りを見せて希望を煽る。
「おわぁ! やったなコンチクショー!」
「ま、まだ来るよぉ!!」
「休むなっ!! 走れっ!!」
「た、助けてぇ!!」
3人は見渡す限りの海――――否、巨大な湖まで追い詰められるも、躊躇いなく水をざばざばと音を立てて掻き分け膝を濡らし駆けていく。ラルバは迷いなく逃走経路に湖を選んだ野盗を訝しげに眺め、追いかけつつも首を捻る。
「えー普通湖の方行くぅ? 逃げるの下手くそかぁ?」
すると、突如湖の水が津波の前兆かと思うほどに勢いよく引いていく。
「お? おおおお?」
丁度ラルバに追いついたハザクラが、その奇妙な光景を目の当たりにして思わず足を止める。
「な、なんだ……? これは……!?」
「すげー!! すごいぞハザクラ! “湖の栓”が抜けた!」
遥か地平線まで伸びていた湖面が、僅か数秒という短い時間で、数十mもの深さまで下がっていく。湖の内壁全面が滝のように水飛沫を上げ、水草に覆われた荒い水底が露わになり、目の前にあった海とも思えるほどの広さの湖は一瞬にして刺々しい斜面と化した。湖面は深さ数百mほどのところでピタリと停止し、露出した刺々しい湖底には水位の下降についていけなかった魚がビチビチと身を捩り藻掻き苦しんでいる。
「い、一体何が……!?」
「ハザクラ! ここで待ってろ!」
「あ、おい! ラルバ!!」
ハザクラが止めるも聞く耳を持たず、ラルバは湖の底へ逃走していく野盗を追いかけていった。
「全く……。待ってろって何だ?」
一瞬で死角に入ってしまったラルバの姿だけでも追いかけようと、ハザクラが干上がった浅瀬を急勾配直前まで近付き下を見る。
急勾配は最早崖と言っても差し支えなく、その眼下には更に幾つもの崖が折り重なるように広がっていた。莫大な量の水を抜かれた湖はまるで露天掘りの採掘場のようで、遥か遠くで小さくなった湖に向かって逃げる野盗をラルバが追いかけているのが見える。
その時、小さくなった湖面が大爆発のような水飛沫を上げた。
ハザクラが息を呑む間も無く湖面が膨れ上がり、轟音と共に水位がみるみる上昇してくる。
「な、何が、起こって――――」
明らかに不自然な勢いで上昇してきた水の塊はあっという間に湖底を覆い、大津波を伴って再び地平線を水で覆い尽くした。
間一髪防壁を張って津波を防いだハザクラが魔法を解除すると、遠くの水面にラルバが顔を出すのが見えた。
「へい!! パス!!」
「あ――――? うおっ!!」
威勢のいい掛け声と共に、空から野盗3人組が降ってくる。ハザクラは慌てて風魔法を発動し、突風で3人を巻き上げ着地の衝撃を緩和させる。
「あだっ!」
「いでっ!」
「うがっ!」
よく見ると野盗3人組は皆20歳にもならぬような子供ばかりで、皆打ちつけた箇所を押さえて痛みに悶絶している。
そこへ湖から上がってきたばかりのラルバが犬のように全身を震わせて水を弾き、楽しそうに腰に手を当てて笑った。
「いやぁ〜面白い罠だね! 湖の中にアジトがあんのかな? “水の街”なんておっしゃれ〜!」
「水の街?」
「うん。チラッとだけど、なんか人工物っぽいのが湖底に張り付いてたよ。あそこが根城だろうねぇ」
ラルバは怪しくニヤアっと歯を輝かせ、頬で下瞼を持ち上げる。
「さあ、鼠の巣穴に爆竹投げ込んでやろうぜ」
【水の街】




