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シドの国  作者: ×90
三本腕連合軍
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173話 周知の侵入計画

〜三本腕連合軍 鳳島輸送 クロシオ港〜


「止まれ」


 ハピネスが小声で呟く。車を運転していたレシャロワークは緩やかにブレーキを踏み停車させる。


 棚田の裏手に広がるコンテナ港。その一角。辺りは真っ暗闇に包まれていて、ぽつりぽつり設置されたと切れかけのランプが、辛うじて足元がコンクリートであることを示している。緩やかな(さざなみ)の音と、ガラスの割れた車窓を潮風が潜る音だけが耳を撫でる。


 レシャロワークが暇潰しにゲーム機を取り出そうとした時、暗闇から1人の人影が現れ車に近づいてくるのに気が付いた。


「ん? おっさん、何か用ぉ?」

「後ろ、乗ってもいいかな?」

「え、怖。そういう幽霊?」

「失礼するよ」

「うわあ乗ってきやがった」


 そう言って、壮年の男性が後部座席の扉を開いて座席に腰掛ける。その時、助手席に座っていたシスターの方からは初めて男の顔が見えた。


「シ、シガーラットさん……!?」

「やあ。久しぶりだね」

「ど、どうしてここに……」

「それはこっちのセリフでもあるね。運転手さん、車出してくれるかい?」

「出したくねぇ〜」


 嫌がりながらもレシャロワークがアクセルを踏むと、車は再び三本腕連合軍官邸に向け緩やかに加速を始める。


「さて、私がここにいる理由だが……別に珍しいことじゃない。世界ギルドに定住する前に“ベアブロウ陵墓”に寄ろうと思ってね。“べしゃりサーカス”と“デラックス・ピザ”には世話になったから、一言挨拶をしておきたいんだ。君達と別れた後、ゆっくりココを目指していたわけだが……。何故だか途端に私のギフト(異能)が騒ぎ出してね。星の導きの通りここで待っていたら、君達が来たというわけだ」

「じゃ、じゃあもしかしてタリニャさん達も……!?」

「ああ。今頃棚田で悪者退治をしているよ」


 それを聞いて、シスターは顔色を変えて詰め寄る。


「えっ……い、いけません!! すぐに連れ戻して!! 相手は仇討ちエンファ直属の戦闘部隊です!!」

「大丈夫だ」


 シガーラットは焦燥に駆られるシスターを冷静に宥める。


「星は出ていない。真吐き一座の勝利は揺るがない」

「で、でも……!!」

「それより、心配なのは君達の方さ」

「……はい?」

「君達は、このままヒナイバリ工場長のところへ行くんだろう?」

「どうしてそれを……」

「人道主義自己防衛軍の方から、大まかにだが君達の旅の目的は聞いている。それで、君は誰をどう懲らしめようとしているんだい?」

「……今はまだ、何も。三本腕連合軍の不況、ティスタウィンク工場長とステインシギル工場長を襲った刺客、その目的……。分からないことだらけです。まずは、今何が起きているのかを知らなければ」

「そうか。なるほど……では……いや、そうだな……。しかし……まあ、うん。まずは、ヒナイバリ工場長の御息女、“ホルカバリ”に会うといい」


 長い独り言を呟いてからのシガーラットの言葉に、シスターは(いぶか)しげに目を細める。シガーラットは静かに首を振って、少し恥じるように微笑んだ。


「ああ、すまない。君達の行く末が、私のギフト(異能)の対象になるか不明瞭だったものでね。この導きが、私にとって都合が良いものなのか、君達にとっても都合が良いものなのか……判断しかねる」

「……いえ、充分です。ありがとうございます」

「我々は用事が済んだら世界ギルドに定住するつもりだ。余裕ができたら、是非ともまた公演を見に来てくれ」

「ええ、是非とも」




〜三本腕連合軍 鳳島輸送 三本腕連合軍官邸〜


 官邸から少し離れた場所にある民家の駐車スペースに、レシャロワークが車を駐車停める。それと同時に民家の住民が違法駐車を咎めようと玄関から出てくる。


「オい!! アんだお前ら!!」

「あ〜、こういうモンです〜」


 レシャロワークが百機夜構のバッジを見せると、住民はビクッと体を震わせて一歩後退(あとずさ)る。すぐさまシガーラットが住民の歩み寄り、数枚の紙幣を手渡して小声で囁いた。


「君は寝ていて我々の侵入に気付かなかった。そうだろう?」


 住民は戸惑いつつもシガーラットと紙幣を交互に見つめ、何も言わずに金を引ったくり家へと戻っていった。


「じゃ、私はこれで。ああ、そうだ。官邸には西側の出入り口から入るといいよ」

「ええ。どうもありがとうございます」

「幽霊のおっさんばいばぁーい」




 シガーラットと別れた3人は、彼の指示通り官邸の西側に回って茂みから様子を伺う。


「……確かに、誰もいませんね」

「スニキングミッそン……!!! 鬼ヤバい、テンションぶち上がってきた」

「静かにして下さいね?」

「任せとけぃ……!! (おる)ぁ世界ギルドじゃ“サイレント・メテオ”って呼ばれてたんだぜぇ……!!」

「行ったことないでしょ?」

「ない」


 2人が無意味な会話をしていると、ハピネスが無言で立ち上がり真っ直ぐに入り口へと向かい始めた。


「ちょ、ハピネスさん!?」

「おいおいおい、戦場じゃ愛しの大地に頬擦りが原則だぜぇ。地獄って奴ぁ嫉妬深いんだ」


 狼狽(うろた)えるシスターとテンションの狂ったレシャロワークに、にハピネスは僅かに振り返って目線を送る。その「ついてこい」と言わんばかりの目に、シスターは意を決して茂みから立ち上がりレシャロワークと共にハピネスの後を追う。


 白塗りの角張ったシルエットの官邸入り口。上部には対に構える監視カメラ。しかし、ハピネスは隠れる素振りもせずその真正面から中へと入っていく。薄く色付いた内壁、淡い茶の絨毯(じゅうたん)。入ってすぐの突き当たりに並べられた絵画と観葉植物の他に3人を出迎えるものはなく、どこからか聞こえる音楽の音だけが微かに漂っている。


「……無人?」


 シスターがそう呟くと、突き当たりの陰から2人の人物が現れる。1人は警備員と思しき制服姿の若い大柄の女性。そしてその隣で腕を組んでいるのは――――


「ラ、ライラさん……!?」

「どうも。お久しぶりですね」


 真吐き一座の男娼、ライラだった。


「あの……ここで一体何を……?」

「見ての通り、ハニートラップと言うやつです」


 そう言ってライラが制服姿の女性にそっと抱きつくと、警備員らしき女性は頬を染めつつも気まずそうに目を逸らす。


「あ、あの、流石にこれ以上は……」

「まあまあ、内緒にしておいて下さい。ね?」

「あ、いや、で、でも……」

「もっとサービスしてあげますから……いいですよね?」

「う、うう……」

「そうだ。さっき彼女から聞き出したのですが、ヒナイバリ工場長はご在宅だそうですよ。娘のホルカバリさんも」

「ちょ……! それは秘密にって……!」

「まあまあ。ホルカバリさんのお部屋は3階の突き当たりです。正面階段よりも、非常階段から登って行くことをお勧めしますよ」


 ライラは警備員の女性の腕を強く抱きしめ、「では」とそのまま警備室の方へと強引に誘導していく。そして、去り際にシスター達の方へ振り向き一言だけ言い残す。


「貴方達が何をするのか詳しくは知りませんが、頑張って下さい。ただ、無理はしないように」


 ライラが捨て台詞を言い終わらないうちに、ハピネスが反対方向の通路へと歩き出す。ライラの登場に唖然としていたシスターは、慌ててハピネスを追いかけつつも何か言い返そうとライラの方を振り向く。しかし、その時にはすでにライラは警備室へと姿を消してしまっていた。


「シスターさん、知り合いですかぁ?」

「……ええ、まあ」

「凄いですねぇアレ。生ハニトラ、初めて見ましたぁ。あんな堂々としてていいんですねぇ」

「いや……アレは彼の手腕というか何というか……」


 足早に奥へと進んでいくハピネスを追いかけつつも、シスターはライラの言葉が胸に刺さって痛むのを強く感じていた。「無理はしないように」という一言が、深く、鋭く、シスターの心の底を抉っている。診堂クリニックでの臓器ギャンブルで負った傷は、使奴であるヒスイ達によって跡形もなく消えている筈。しかし、シスターが茨の道を這い摺って来たことを、彼は察していた。


 見透かされている――――――――


 シスターは今まで自分のことを人畜無害で非力な人間だと評価していた。スヴァルタスフォード自治区で戦ったヘレンケルの挑発を鑑みても、この自己評価は間違っていないことは確かだろう。確かに自分はひ弱な雑魚であった筈。しかし、どうやら今はもうそうではないらしい。良くも悪くも、小魚は成長してしまった。もし今後強敵と出会えば、自分の内に芽生えた無自覚な狂気は容易く見抜かれてしまうかもしれない。ライラに忠告されなければ、この勘違いはいつまで続いていただろうか。この勘違いのせいで、どんな窮地に陥っていただろうか。その先を少し考え、シスターの首筋を冷たい汗が伝った。


「……ありがとうございます、ライラさん。貴方には、助けられてばかりですね」


 先陣を切っていたハピネスが官邸の非常階段を登り、3階にある廊下に出て奥の扉の側で振り返る。「扉を開けろ」と言わんばかりのハピネスの視線に、シスターは深く息を吸ってもう一度ライラの忠告を思い返した。すると、レシャロワークがシスターの背中をポンと叩いた。


「……レシャロワークさん」


 シスターが彼女の顔を見つめると、レシャロワークはいつもと変わらぬ無表情のまま暫し見つめ返し、(おもむろ)に口を開いた。


「…………あのぉ、自分扉開けるの怖いんでぇ、先行ってもらえますぅ?」

「……応援してくれてるんじゃなかったんですか?」

「え? シスターさんて応援でバフ入るタイプなんですかぁ? ピュア〜痛ぁい!!」


 レシャロワークの脳天に拳骨を振り下ろしてから、シスターは扉を数回ノックする。


「……だれ?」


 弱々しい少女の声。シスターは意を決して扉を開き、部屋の中へと入る。


 ポップでカラフルな壁紙。毛の長いふわふわのカーペット。沢山の大きなぬいぐるみと抱き枕に、大小様々なビーズクッション。壁を覆うような大画面テレビとスピーカーに、棚から溢れかえるおもちゃゲームの数々。そして、カーペットの上で本を読んでいる10歳前後と思しき淡い紫のショートヘアの少女。


「……ホルカバリさんですね? 驚かせてしまってすみません。私はシスターと言います」

「自分、レシャロワークっていいますぅ。うわあすっげ、テレビでっか」


 シスターは入り口から一歩以上部屋に入らず、ホルカバリに深く頭を下げる。


「私は魔導外科医……お医者さんなのですが、今回ホルカバリさんのお体の調子を確認しに来ました。ほんの少しだけ、検査に付き合ってもらってもいいですか?」

「…………検査?」


 結論から言うと、シスターの嘘は完璧であった。三本腕連合軍では富裕層が定期検診のため病院を訪れるという文化はなく、殆どが巡回検診によるもの。また、検診は日中の通常業務の後に行われることが大半で、今回のような深夜に巡回検診が行われることも少なくない。更にはホルカバリの月一検診はまだ済んでおらず、時期的にも医者が訪ねて来てもおかしくない状況にあった。


「はい。すぐに済みますので、ほんの少しだけ――――」

「うそつき」


 ただ一つ悔やむならば、シスターの襟についていた“百機夜構のバッジ”の存在を、ホルカバリが知っていたことだろう。ホルカバリが首からぶら下げていたペンダントをぎゅっと握ると、廊下の方から「ビーッ」という不穏な電子音が聞こえて来た。


「えっ――――!?」

「お医者さんなら“関係者用の赤いバッジ”で来るもん。“青いバッジはお客さん用”でしょ」

「あ、あの! 私は本当に医者で……!!」

「ママの邪魔しないで」

「話を聞い――――!!!」


 言いくるめようとしたシスターが、突如「ゴッ」という鈍い音とともに大きく吹き飛ぶ。シスターは地面に叩きつけられた直後、立ち上がるよりも早く声を張り上げた。


「行って!!!」

「え? あ、ちょっ!?」


 ハピネスが呆然としているレシャロワークの首根っこを掴み、急いで(きびす)を返し部屋を出て行く。シスターは頭部からダラダラと血を流し、カラフルなカーペットに真っ赤な血溜まりを作る。回復魔法で傷口を塞ぎつつ何とか立ち上がると、シスターが入って来た部屋とは別の出入り口から、見覚えのある人影が姿を現した。


「よぉ。また会ったな」

「……ピンクリーク、さん…………!!」


 筋骨隆々な巨躯にタンクトップ一枚を纏い現れたのは、昼間にシスター達を出迎えた百機夜構の総長“ピンクリーク”であった。ピンクリークは紺色の髪で隠した左目越しにシスターを睨み、咥えていた煙草を素手で握り潰し消火した。


「顔見知りだからって、見逃して貰えると思うなよ。この仕事、歩合制なんでな」

「……それは、この不景気には厳しいでしょうね」


 シスターは蹌踉(よろ)めきながらも姿勢を立て直し、余裕の笑みでピンクリークを睨み返す。


「労災出ないなら、今からでも転職をお勧めしますよ。どうせ貧乏だから保険なんか入ってないでしょう?」

「……うるせえ虫ケラってよ、羽と脚だけ()ぎたくなるよな」

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