172話 ドラゴンスレイヤー対真吐き一座
〜三本腕連合軍 鳳島輸送 鳳島クロシオ工場 棚田5段目〜
「真吐き一座、アサガオ劇団所属!! 花形“タリニャ”!! 今日の演目は特別回だよっ!!!」
紺色混じる水色のウェーブ髪。使奴と同じ白い肌と黒い目玉。額から伸びる2本の傷跡。派手な踊り子の衣装を身に纏った美女、“タリニャ”が、リイズに向け高らかに名乗りをあげる。
「うふふ」
リイズが小さく笑うと、巨大ロボットのスピーカーからリヨットランカの声が流れてくる。
「えぇ〜!? 真吐き一座って、あの雑魚狩り専門の英雄気取りでしょ〜!? やめときなって〜! 君じゃ私らに勝てないよ〜!」
「あはは。やっぱり?」
タリニャが照れ臭そうに頭を掻くと、巨大ロボットが手の甲を向けて振り、追い払うようなジェスチャーを取る。
「そうそう! 見なかったことにしてあげるから帰んなよ!」
「お、意外と寛容」
タリニャの足元で這い蹲るステインシギルも、瀕死ながらも眼光鋭く睨みつける。
「助太刀はありがてぇが……、役者なんかが……アイツらに勝てんのかよ……!?」
「う〜ん。ドラゴンスレイヤーって、笑顔の七人衆直属の戦闘集団だよねぇ……。真吐き一座がマトモにやり合ったことある強めの相手って言ったら“空嫌い”か“根無し森”ぐらいだし……。まあ、確かに実力差考えたら敵うはずないんだよね。あはは」
弱気な言葉とは裏腹に、タリニャは四つ足の獣のような構えを取り下半身を高く持ち上げる。
「でもねぇ……ウチの座長が、“イケる”って言ってるんだよね」
「雑魚はいいや! あたし知〜らない!! リイズちゃん後よろしく!!」
「……ランカさん待って!!」
タリニャが素早く地を駆け、その場を立ち去ろうとした巨大ロボットの脚目掛けて“回し蹴り”を放つ。
「んぎゃっ!?」
「ランカさん!!」
巨大ロボットの片脚が”弾け飛ぶように“破壊され、バランスを崩して大きく蹌踉ける。タリニャは回し蹴りの勢いを殺さず回転し、倒れかけるロボットの突起を蹴って上空へと飛び上がる。
「もうっ!! 怒るよ!?」
「天狗、第二幕――――!!」
タリニャの掛け声で、四方の暗闇から他の座員による雷魔法の矢が放たれる。感電によって怯んだリヨットランカの頭上でタリニャが丸鋸のように回転しながら落下し、ロボットの頭部に踵落としを打ち込む。
「”始まりの箒星”!!!」
ロボットが焼き菓子のように砕け、不出来なプラモデルのように四肢がバラバラに崩れる。瓦礫となったロボットの残骸からタリニャが立ち上がると同時に、手裏剣に変容したリイズが烈火の如く襲いかかる。
「わ、おっと、うわっうわうわうわっ! ちょ、は、速いって!」
踊り子ならではの身体の柔らかさでなんとか猛攻を避け続けるタリニャ。しかし、相手は百戦錬磨の怪傑。その上、”仇討ちエンファ“という超弩級の狂人の部下。任務の失敗は仇討ちエンファによる叱責、元い“極上の拷問死”を意味する。如何なる敗北も死に直結する。恐怖と決意で研ぎ澄まされた覚悟が、幾千の凶刃となってタリニャを追い詰める。
「ワタクシ達も負けられないんです。ごめんなさい」
「あ、謝ることはないさ。危なっ! あの仇討ちエンファが後ろに居たんじゃ、毎日気が気じゃないよね」
リイズの連撃を躱し続けるうちに、タリニャは意図せず背後へ下がり過ぎてしまう。
「か、返せぇぇぇぇええ……!!!」
「あっ、ヤバっ!!」
いつのまにか自分達を取り囲んでいた亡者達が、朦朧とした意識のまま腕を伸ばしてタリニャに群がる。
「ウチの花形に、気安く触るな!!」
暗闇から大勢の武芸者達、アサガオ劇団の面々が現れ、タリニャと亡者の間に割って入る。
「皆ナイスタイミング!!」
「素人はウチらに任せて下さい!! タリニャさんはギフテッドを!!」
闇の中から次々に人影が飛び出し、工場従事者を包囲していく。
「ハナミズキ劇団!! 行くぞ!!
「アヤメ劇団、参る!!」
「キキョウ劇団、前へ」
「アマリリス劇団も続け!!」
幾ら半洗脳状態とは言え、相手は奴隷紛いの工場従事者。武術に関してはド素人。真吐き一座の劇団員達は舞と見紛う華麗な武術で立ち回り、拘束魔法を用いて無傷で捕らえていく。しかし――――
「死ね……!! 死ね……!! 死ね……!! 死ね……!!」
頭の中に響き渡る亡霊の耳打ちが、劇団員達の動きを怯ませる。
「ぐあっ……!!」
「こりゃ……きっつい……!!」
「は、花形は無事か……!?」
単独リイズの相手をしているタリニャも、脳を震わせる声に怯んで防戦を強いられている。その間にもリイズは容赦なくタリニャを追い詰め、ナガーバークの怨嗟が蝕んでいく。
「死ね……!! 死ね……!! 死ね……!! 死ね……!!」
「こ、この声止めねーと……!!」
「死ね……!! 死ね……!! 死ね……!! 死ね……!!」
「サ、”サルビア“と”アネモネ“はまだか……!?」
「死ね…………!!! 死ね…………!!! 死ね…………!!! 死ね…………!!!」
「頭が割れる……!!」
「死ね…………!!! 殺せ…………!!! ふざけやがって…………!!! ブチ殺してやる…………!!!」
その時、タリニャ達のいる棚田5段目より、ひとつ下。棚田4段目の工場の一角にある倉庫。閂のかかった錆びた扉が、雷のような音を立てて真っ二つに割れる。
「殺す……!!! 殺す……!!! ブチ殺して……あ?」
中に隠れていたナガーバークは、扉の正面に立つ大太刀を構えた細身の女性に目を向ける。
「ごきげんよう、ドラゴンスレイヤー。ここからは拙者、“キジカミ・サジロオ”がお相手仕ろう」
「〜〜〜〜っ!!! 死ね……!! 死ね……!! 死ねっ!!!」
ナガーバークは両手に草刈り鎌を持ち、キジカミに向かって突進する。キジカミが返り討ちにしようと大太刀を構えるが、その刃が振られるよりも速くナガーバークが跳躍してキジカミの傍を擦り抜ける。
「むっ……逃し、た、か」
すれ違いざまに肩を斬られたキジカミが、傷口に付与された毒魔法を反魔法で中和し膝をつく。その隙にナガーバークは倉庫の外へ飛び出し逃走を図る。
しかし、倉庫を出た瞬間に足に激痛が走り地面を転がった。
「ぐぎっ!? あっ……!?」
焼けるように鋭く、潰れるように鈍い痛み。続けて地面が2回音を上げて石を吹き、今度は大腿部に激痛が走る。
「痛っ……!!!」
ナガーバークは漸く痛みの正体を理解し、”棚田6段目の電波塔”を見上げる。
「ちょっと監督〜! 何発外してんのさぁ〜!」
「オレらがこんだけ補助魔法やってんのにありえんくね? 代わっていい?」
「うるさいうるさいっ! 私だって頑張ってるんだよっ!」
塔の上には2人の男女。そして、その間でスナイパーライフルを構える小太りの男性。ナガーバークの視線に3人が気が付くと、男女が決めポーズで戯けて見せる。
「イェーイ! ドラゴンスレイヤーさん見てるぅ〜? 俺達は! 真吐き一座、アネモネ劇団所属! ”ミクリビリ“とぉ〜?」
「”チャノシフ”でぇ〜っす! 足元のおデブはウェンズ監督〜。ヨロシク〜!」
「ちょ、補助やめないでっ! 照準ずれちゃうから!」
ウェンズの放つ弾丸がナガーバークの髪を擦る。防御魔法で弾こうにも、隣で補助する者の魔法で並の魔法では軌道を逸らせない。そして、足止めをされたせいで背後にいたキジカミが治療を終えてしまった。
「アネモネの連中か。今回ばかりは助けられたな。さて、続きをしようか。ドラゴンスレイヤー」
「死ね……死ね……死ね……死ね……!! 死ねっ!!!」
ナガーバークが異能を強め、キジカミに向かって吼える。最早爆心地のような轟音となった耳打ちが、キジカミの“頭蓋骨”を激しく揺さぶる。
耳打ち。他対象の操作系の異能。ナガーバークの声は感知出来ない波となって広がり、対象者の“頭蓋骨”を直接揺らしナガーバークの声を届ける。弱く発すれば盗聴されない一方通行の情報伝達を、強く発すれば聴覚と平衡感覚に混乱を与え、更には意識が朦朧とした人間には深層意識を騙る幻聴として洗脳作用を発揮する。そして、ナガーバーク本人の至近距離では”頭蓋骨を直接揺らす“ことで対象への物理的ダメージを発生させる。全力を出したナガーバークの耳打ちは、頭蓋に罅を入れ脳味噌を崩す死の絶叫と化す。
「おっと……。至近距離だと……これ程に、喧しいものなのか」
しかし、常人であれば卒倒するような振動にも、キジカミは涼しい顔で感想を述べる。
「だが、もう”慣れた“」
真吐き一座、セルビア劇団所属。“キジカミ・サジロオ”。異能、“順応”。
「拙者の相手があのブリキでなくてよかった。さらばだ、ドラゴンスレイヤー」
絶叫を続けるナガーバークに、キジカミが大太刀を振るう。ナガーバークは躓いたかのように倒れ込み、両断された腹部をそっと撫でる。
「あ……。エ…………エン……ファ……………………」
「……心頭滅却すれば火もまた涼し。……静寂に揺蕩う心の騒がしさに比べれば、身を這う痛みのなんと慎ましきことよ」
「声が、止んだ?」
「サジロオ先輩、勝ったんだ!」
棚田の5段目。ナガーバークの耳打ちが止んだことで、劇団員達は味方の一勝を察する。工場従事者達は糸が切れた操り人形のように次々に倒れ込み、錯乱して暴走し始める者も真吐き一座の劇団員がすぐさま鎮圧する。その最中にも、劇団員達は花形の方へ不安そうにチラと目をやる。
「サジロオ……上手くやったんだね。流石ぁ」
タリニャは手裏剣の猛攻を凌ぎつつ、他の劇団員達を巻き込まぬよう器用に位置を移動し、工場の中心から端の林の方へとリイズを誘導する。
「優しいのね。タリニャさん」
「何が?」
「お仲間を攻撃されぬよう、ひとりでワタクシの相手をして、誘導までするなんて」
「分かっててついて来てくれるアンタも、中々優しいんじゃない? うおっ! そのギュルルンって回るの禁止!!」
「うふふ。ワタクシまで褒めてくれるの? 嬉しいわ。嬉しいけど、ごめんなさい。優しさじゃないの」
突如タリニャの背負っていた林から鳥が一斉に飛び立ち、巨大な蜘蛛が体躯を持ち上げた。そして、聞き覚えのあるスピーカー越しの声が工場に響き渡る。
「じゃっじゃじゃ〜っん!! 見て見てカッコいいでしょぉ〜!!!」
「蜘蛛さんですね。素敵ですよ。ランカさん」
2対の脚と1対の触腕を掲げる鉄屑の怪物、リヨットランカの操縦する第二のロボットが、工場のハロゲンランプに照らし出された。
「パイプスパイダー捌式!! 蜘蛛っぽく捕縛機もつけたよ〜っ!! そぉれっ!!」
ロボットの頭部から2本のワイヤーが射出され、タリニャの足に絡みつく。
「んも〜強いなら早く言ってよね!! あたしと最強勝負だ〜っ!!」
ロボットが触腕に装備した電動鋸を回転させ、それからワイヤーを高速で巻取りタリニャを手繰り寄せる。
だが、タリニャは不敵に笑って手裏剣の刃に側面から指を突き立てた。
「うっ!?」
タリニャの指が鋼鉄の手裏剣にめり込み、”見るからに不自然な“勢いで罅割れが手裏剣全体に広がっていく。
「――――――――っ!?」
「ごめんね、アタシのも優しさじゃないんだ」
タリニャが手裏剣に指をめり込ませたまま、ワイヤーは巻き取られて2人はロボットの頭部へと引き寄せられる。
「えっ、リイズちゃん!?」
「お友達、返すよ〜!!」
タリニャは手裏剣をロボットに思い切り叩きつけ、その反動で腕一本で跳躍しワイヤーを千切りつつロボットの頭上へと飛び上がる。そして触腕についた電動鋸を鷲掴み、触腕ごと捥ぎ取る。
「うわあ馬鹿力ぁ〜!?」
捥ぎ取った触腕を蹴ってロボットに近づき、思い切り腕を振りかぶって頭部にめり込んだ手裏剣ごと力いっぱいに振り抜いた。
「正義っパンチ!!!」
ロボットはミサイルが命中したかのように潰れ、ひしゃげ、爆発するように崩壊する。そして罅割れた手裏剣も同じく吹き飛ばされ、瓦礫となったロボットの上に叩きつけられた。想定外のダメージに、思わず変容を解除して人間の姿に戻るリイズ。しかし外傷はリイズの人間形態にまで引き継がれ、全身に夥しい稲妻模様の裂傷を残した。
「こ、これは……、は、破壊の、異能……!?」
内臓にも大きなダメージを負ったリイズが吐血し、瓦礫の凹みに血溜まりを作る。タリニャはドヤ顔で鼻を鳴らした後、少し気恥ずかしそうに頭を掻いて見せた。
「いやあ。そんな上等なモンじゃないよ」
そして、Vサインをリイズに突き出し勝ち誇る。
「私達、実力差はあっても異能の相性が悪かったね。私のは道具対象の劣化系。“不器用”の異能さ」
リイズは少し驚いた顔をした後、「素敵ね」と口を動かして意識を失った。




