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シドの国  作者: ×90
三本腕連合軍
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170話 ドラゴンスレイヤー

〜三本腕連合軍 鳳島輸送 鳳島クロシオ工業地帯〜


 追手の気配が消え、再び車内には走行音だけが響く静寂が訪れる。しかし、車はパンクこそしていないものの窓ガラスは所々割れ、サイドミラーは片方が消し飛び、車体は傷と凹みでボロボロ。街中を走るにはあまりにも不審な見た目となってしまった。ステインシギルはギリリと歯軋(はぎし)りを鳴らし、ズレたルームミラーを調整しつつぼやく。


「ったく。何がモグラのような窃盗団だ。あれじゃあ強盗団じゃねぇか。おい、アンタ(ハピネス)。どうして追っ手が来てるのに気が付いた?」


 しかし、ステインシギルの問い掛けにハピネスは答えず、再び明後日の方向を見つめたまま沈黙してしまった。


「……クソっ。なあシスター。コイツ、いつもこんなんなのか?」

「い、いえ。いつもはもっとうるさいんですけど……」

「……まあいい。遠回りにはなったが、この先は”棚田“だ。土地勘のねぇ外国人なら余裕で振り切れる」

「”棚田“って何ですか? 普通の棚田ではないんですよね?」

「何だ。知らねぇのか。山の一部を切り崩して作った鳳島クロシオ工業、通称“棚田”。鳳島輸送名物の奴隷工場だ。山の斜面に、棚田みてーに階段状に工場が敷き詰めてあんのさ」

「奴隷工場……」

「別に良いところじゃあねーが、思ってるほど悪い所でもねーよ。ま、行けばわかる」



〜三本腕連合軍 鳳島輸送 鳳島クロシオ工場 通称“棚田”〜


 暫く工業道路を進んだ先、峠の麓に設けられた搬入出管理所で一旦停車し、身分提示のためステインシギルがひとり警備室であるコンテナハウスに歩いて行く。その後ろ姿を眺めつつ、シスターはハピネスに問いかける。


「ハピネスさん。貴方が何を知っているのかは分かりませんが、もう少し私達にも情報を分けていただけませんか?」

「……」

「……はぁ。無視ですか」

「くすぐってみますぅ?」

「大丈夫です。本当に頭にきたら、その時は遠慮なくブン殴りますから」

「それはハピネスさんをですよねぇ?」

「貴方もですよ」

「うへぇ」


 すると、警備室の方から突然銃声が鳴り響いた。


「えっ――――!?」


 続けて数回。銃声が闇夜の静寂を貫く。慌ててシスターが警備室の方を見ると、凄惨な剣幕でこちらへ走ってくるステインシギルの姿が目に入った。


「車出せ!!!」


 ただならぬステインシギルの怒鳴り声に、後部座席にいたレシャロワークが滑り込むようにして運転席へと座りエンジンをかける。


「おお〜いい音ぉ〜。エンジンが違うねエンジンが。分かんないけど」


 ステインシギルが後部座席の割れた窓に上半身を突っ込む寸前、レシャロワークがアクセルを思い切り踏みつける。急発進の衝撃でステインシギルは一瞬振り落とされそうになるも、荒い蛇行運転の反動を利用し何とか車内へと転がり込んだ。


 直後、背後の暗闇から凄烈な破砕音が木霊(こだま)する。バイクともトラックとも似つかぬモーター音と、地面が何かに削られるような音だけが響き渡る。


「う〜ん? 自分のとこからはよく見えませんけどぉ、でっかいなんかが追っかけて来てますねぇ。取り敢えず峠の上目指しまぁす」

「レシャロワークさん運転お願いします!! ステインシギルさん!! 大丈夫ですか!?」


 助手席のシスターが振り向くと、ステインシギルは頭から血を流してぜえぜえと息を切らしていた。


「し、心配すんな……。掠った場所が悪かっただけだ。見た目よりも酷くねー」

「今止血します! 傷を見せてください!」


 シスターはステインシギルの傷口に手を(かざ)し回復魔法を発動する。急な回復による痛みを堪えつつ、ステインシギルは苛立(いらだ)ちを抑えきれずに呟いた。


「クソっ……アイツら、最初っから分かってたんだ……!! 最悪の罠にかかっちまった……!! おいレシャロワーク!! 道分かるか!?」

「ばっちぐー。自分、このステージは”モーターサイクラー3“で鬼走ってますからねぇ。目ぇ閉じてても鬼ヨユー」

「ステインシギルさん、”最初っから分かってた“ってどういうことですか……!?」

「どうもクソもあるか……!! 待ち伏せされてたんだよ……!! アイツらは、俺達がここを通ることを分かってた……!! (おび)き出されたんだ……!!!」

「えっ……!? そ、それって……」


 ステインシギルは痛みで朦朧とする中、力一杯歯を擦り合わせた。


「何が”土竜(モグラ)叩き“だ……! アイツらは、そんなチンケな窃盗団なんかじゃねぇ……!!」


 曲がりくねった上り坂のヘアピンカーブを曲がる寸前、壁に埋め込まれていた案内灯が通電して明るく光り輝き、闇夜を照らす。


「笑顔の七人衆、”仇討ちエンファ“直属の殺し屋集団――――!! ”ドラゴンスレイヤー“だ!!」


 照らされた闇夜に、一機の巨大な人型ロボットが姿を現す。既に峠のヘアピンカーブを3回ほど過ぎたというのに、その巨大ロボットの頭部は丁度シスター達と同じ高さにある。よく見れば、そのロボットはアニメやゲームに出てくるような精巧な造りではなく、鉄板や配管を無理矢理固めたようなガラクタの塊であることが見て取れた。間違いなく、三本腕連合軍による製作物ではない。ロボットが片腕を大きく持ち上げるのと同時に、頭部の隙間からノイズ混じりの少女の声が聞こえてくる。


「んシシシシシシっ!! 今日はあたしが1番乗りっ!! 勝負だおらぁ!!」


 ドラゴンスレイヤー所属。リヨットランカ。異能、“人形使い(パペッティア)


 ガラクタで作られた巨腕が、車の目の前に振り下ろされる。峠のアスファルトが砕け、砂の城のように崩れていく。


「レ、レシャロワークさん!!」

「任せてくださぁい。ショトカしまぁす」


 レシャロワークは一瞬でギアをバックに入れ、崩れる峠をバックで走り抜ける。僅かに傾斜がかかった壁に横転寸前まで乗り上げ、藪の中へと飛び込んだ。すぐさまロボットの腕が掴み掛かりにくるが、間一髪生い茂った木々を遮蔽物に逃げ切る。


「”モーターサイクラー3“では、この辺に水道管が伸びてて登れるんですよねぇ」



 レシャロワークの予見通り、藪の中には太い工業用水パイプが山肌を覆うように幾つも並んでいる。車は無理矢理パイプに乗り上げ、タイヤをやや空回りさせながらも勢い良く斜面を登っていく。


「待て待て待てぇ〜い!! あーもー木ぃ邪魔っ!! 山嫌いっ!!」


 背後からは、リヨットランカの操縦する巨大ロボットがレシャロワーク達を捕まえようと、木々や排水管を破壊しながら追いかけて来ている。しかし、日頃の点検をサボりにサボられた鋼管は、ロボットが掴んだ側からボロボロと割れ、木の根のように引っ張ることは敵わない。生い茂る木々は視界と足場を閉ざし、一歩進むごとにロボットの全身にまとわりついて行手を阻む。


「うわーん!! イライラする〜!! ちょっと待ってよもぉ〜!!!」


 天然のバリケードを上手く利用し、車は何とか峠の中腹にある工場まで辿り着く。パンクした前輪はベコベコと情けない音を立てながらも、ハロゲンランプが明るく照らすコンクリートを進んで行く。


 シスターが後方を確認するフリをして、視界の端でハピネスを見る。ドラゴンスレイヤーは笑顔の七人衆直属の部隊。今ハピネスが正体を明かせば、鶴の一声であの異能者は味方につく。争うにしても逃げ切るにしても、レシャロワークひとりで敵う相手かは分からない。


 しかし、ハピネスは依然口を閉ざしたまま外を眺めている。シスターが記憶操作の異能で意思を共有しようと微かに手を差し出すが、何も映らない目玉をちらと向けただけで、一向に何かを伝える様子は無い。彼女の考えが読めないシスターは、せめて何かに気付いている彼女の足を引っ張らないよう接触を諦める。


 心の中では、あのハピネスが沈黙を保っているならばここで窮地には陥らないだろう。と唱える。しかし、ハピネスはどうせ、口さえ動くならば殆どのことは擦り傷と考えているだろう。シスターには、この先に待ち受ける窮地未満の災害が、手足を何本残してくれるかを想像することすら出来ない。


 洗車場を抜けて上に続く坂道に差し掛かった時、レシャロワークは奥の景色に気付いて急ブレーキを踏む。


「おっとぉ。すんません迂回しまぁす」


 ガクンガクンと車体を揺らし方向転換を試みるレシャロワーク。しかし、進路を90度回転させたところで、周囲の状況に気がついて転回を中止する。


「あっちゃあ。工場長どうしますぅ?」

「クソっ……!! 囲まれたか……!!」


 棚田の上方へ続く唯一の南上り坂、東向かう道。北への戻り道。西側の藪。全ての方向から、大勢の人影が姿を表す。緩慢な動きで亡者のように一歩づつ前へと足を踏み出し、各々手に持った鉄パイプやスコップを引き摺って不快な金属音を響かせている。その金属音や、呻き声に混じって、どこからともなく女性の声が聞こえる。


「来た……来た……来た、来た、来た、来た……!! アイツらだ……!! 俺達の薬を盗んだのは……!!」


 背筋を舌で舐め上げられるような不快感に、シスターとレシャロワークは青褪(あおざ)めた顔で身を悶えさせる。


「な、何ですか……!? これ……!!」

「うっひぃ〜鬼キモぉ〜! 勇者って目覚める時毎回コレされてんのぉ? でもイケボですねぇ。CV:ピートラッカロじゃん」


 声が頭に響く度、亡者達は呼応して呻き声を強める。


「殺せ……!! 奪え……!! アイツらが持ってる……!! アイツらが持ってる……!! 返せ……!! 返せ……!!」


「うぅ〜ん。埒が開きませんねぇ。どうせ悪い奴らなんですよねぇ? 轢き殺してもいいですかぁ?」

「だ、ダメです!! よく見てください!! あの人達、皆同じ作業服を着ています! ここの工場で働いている人達ですよ!! 一般人です!!」


「俺の薬……!! 俺の薬を返せ……!! 返せ……!! 返せ……!! 返せ……!! この泥棒めが……!! 殺す……!! 殺してやる……!! 殺してやる……!!」


 ドラゴンスレイヤー所属。ナガーバーク。異能、“耳打ち(ウィスパー)


 迫り来る工場従事者達は、皆虚ろな顔で焦点の合わない眼をギラつかせている。涎を垂らし体を引き摺るその姿は、まるでホラー映画のゾンビのようだった。


「どうしますかぁ? もう轢きましょうよぉ」

「ダメです!! 坂!! 坂の方へ行ってください!! 私が何とかして追い払います!!」

「りょかい〜」


 タイヤがゴリゴリとコンクリートを削り、再び進路を変更して坂の方へと走りだす。工場従事者達は唸りを上げる車の突進に臆する様子はなく、怯むどころか迎え撃とうと得物や拳を高く振り上げている。シスター達の頭にはまるで亡者達の心の声のようにラガーバークの声が響く。


「殺せ……!! 殺せ……!! 殺せ……!! 殺せ……!! 首に噛みついてやる……!! 眼玉を抉り出して、耳を引き千切ってやる……!!」


 工場従事者達の群れが進路を塞ぎ、唾を撒き散らしながら襲いくる。シスターは助手席の窓から上半身を乗り出し、群れの中心に魔法で作った光の球を投げ込んだ。


「お願い……これでどうにか……!!」

「眩しい」


 光の球が閃光と共に炸裂し、赤色の明滅と遠吠えのような警告音を発する。光魔法“レッドサイレン”は、グリディアン神殿では主に“警察への緊急通報”として使用される光魔法である。これはある程度の国で共通の概念として普及しており、国際条約によって使用が厳密に規定されている。言わば、“警察の代名詞”である。


「ひっ……!!」

「け、警察だっ……!! 警察だあっ……!!」

「あ、あたしはヤってない!! ヤってない!!」


 薬物の濫用により朦朧としていた工場従事者達は、赤色灯とサイレンの音を聞いただけで取り乱し、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「捕まるはずがない!! 警察なんて来てない!! 殺す!! 殺してやる!! 殺せ!! 殺せ!!」


 ナガーバークの異能(耳打ち)が引き止めようと響くが、工場従事者達は恐怖と焦燥で錯乱状態に陥っており声は届かない。その間に、散り散りになった群衆の合間を、レシャロワークが巧みなハンドル捌きですり抜けていく。


「あらよっとぉ。シスターさんやるぅ」

「これで終わり……な訳、ありませんよね」

「でしょうねぇ」


 坂を登り、棚田の2段目の工場をアクセル全開で突き進む。通路に放置された木箱やカラーコーンを弾き飛ばし、複雑な迷路のようになっている構造物群を抜け、3段目に続く登り坂を一直線に目指す。工場従事者は1段目に集まっているせいか、人の姿はどこにも見当たらない。だが、その静けさが返って不気味さを膨らませた。


「……静か、ですね」

「あのロボットも追って来ませんねぇ。イケボも聞こえなくなりましたし」


 3段目への坂を登り、荒廃とした工場を進んで行く。4段目、5段目。何事もなく、静まり返った工場を走り抜ける。


「……レシャロワーク」


 怪我から回復したステインシギルが、ボソリと呟く。


「6段目の最奥には、出口はねぇが出荷用のリフト発着場がある。この車なら、その真下をギリ抜けられるはずだ。そっからは、どうにかして”ヒナイバリ“工場長に会いに行け」

「はい〜?」

「待って下さいステインシギルさん」


 ステインシギルの物言いに、不穏な空気を感じたシスターが口を挟む。


「正攻法では無理だ。ヒナイバリが今回の騒動の黒幕だった場合、道中で別の刺客に消される可能性もある」

「ステインシギルさん! 馬鹿なこと考えないで下さい!」


 しかし、シスターの声には耳を貸すことなく、ステインシギルは淡々と説明を続ける。


「ヒナイバリには、溺愛してる一人娘がいる。最悪、そいつから先に落とすのも手だ。筋書きは任せる。どうせこの盲人(ハピネス)が色々考えてんだろ」

「貴方も一緒に行くんです!!」

「投げっぱなしで悪いが、上手くやってくれ。俺も必ず後で合流する」

「いけません!! 無茶です!!」

「それと――――」


 シスターが助手席から後部座席に手を伸ばし、ステインシギルの腕を掴もうとする。しかし、その手は虚しく空を切り、ステインシギルは割れた窓から外へ飛び出した。


「現場人()めんな」


 不敵な笑みでVサインを返すステインシギルの姿が、闇夜に溶け込んでいく。


「ステインシギルさん――――!!!」









「……さて」


 微かな月灯りだけが照らす、電灯一つすらない暗闇。ステインシギルは頭をガシガシと掻いて首を捻り、暗闇の先を見つめる。レシャロワーク達を乗せた車のエンジン音がどんどん遠ざかっていき、静寂が訪れる。そしてすぐに、工場の照明が通電し眩い光が“2人”を照らす。


「うふふ、ふふ」


 青と深緑が混じる長髪。黒い角膜。白い瞳孔。紫のマーメイドドレスに身を包んだ長身の女が、頬を染めながら恍惚(こうこつ)とした表情で怪しく笑っている。口の両端は頬を裂いたような傷跡が耳まで伸びており、歪に縫跡が付いている。女が笑う程に不気味さが厚みを帯び、空気が澱んでいく。


「素敵、素敵ね。お仲間のために、ひとり囮として残るなんて。素敵、とっても」

「そりゃどうも」

「皮肉とか、嘲笑とか、言葉の綾じゃないわ。本当に素敵よ。ステインシギルさん。その凜としたお顔も、心も。”子供の頃から、ずっと頑張って来たんだものね“」

「……脅しか? 俺の過去を知ってるなら、脅しが効かないことくらい分かりそうなもんだが」


 女のドレスの一部がリンゴの皮を剥くように剥がれる。


「脅し? いいえ、尊敬よ。貴女の人生は、本当に素敵なものだった」


 やがて脚や腰も紐状に(ほど)けていく。


「だからワタクシ、今とっても悲しいの」


 (ほど)けた紐となった女は宙を舞い、巨大な裁ち鋏へと姿を変えた。


「こんなに素敵な貴女を、この手で壊さなきゃならないなんて」


 ドラゴンスレイヤー所属。リイズ。異能、“変容(トランス)


「でもきっと、壊れる姿も素敵よ」

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[気になる点] 笑顔の国の刺客と黙り込むハピネス……なんか変だな
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