16話 命を大切にしない奴はこうだ!
笑顔による文明保安教会の七人衆と言えば、名のある戦士なら誰もが聞いたことがあるだろう。
『仇討ちエンファ』
『逆鱗グドラ』
『収集家ポポロ』
『残飯喰らいのガンマ』
『黙りボルカニク』
『元先導の審神者シュガルバ』
『寵愛ファムファール』
笑顔による文明保安教会が他国からの侵略や反発を受け付けなかったのは、殆どが彼らの功績によるものである。並外れた魔力。獣じみた身体能力。そして何よりも、万人を殺しても揺らぐことのない悪意。大功成す者は衆に謀らず。下に就く狂信者達も部隊長には口出し無用であり、さらに言えばワンマンプレイで今の地位を作り上げたとも言える。
俺は何年も前に“一匹狼の群れ”からこの国に亡命してきたガ、まさか幹部を殺しタ事が功績になるなんて思いもしなカッタ。”残飯喰らい“なんて二つ名カッコ悪くて好きじゃナイケド、まあ何ヤっても無罪放免だから文句言わナイ。聞けば部隊長はミンナ俺みたいな腕の立つ“気のイイ“奴らばかりらシイ。
エンファは少し頭がイってル。何かにつケテ難癖因縁ふっかけテ誰でも殺スから危なっかシイ。殺すナって言われてモ自分勝手に拷問おっぱじメルから手がつけらんナイし、いっつモ死にカケを最後にブチ犯すから後始末が大変ダ。
グドラはスンゲ怒りっポイ。目が合うだけデ俺にも喧嘩腰になンノはヤメテ欲しいケド、そのお陰デ雑魚はみーんなぶっ殺シテくれっから楽ちん。そういヤこの国の王がグドラの娘っつったっケ。頼んだらヤらせてくんねぇかなんて思うケド、グドラに本気で目ぇつけラレたらケッコー困るから、いつかナイショでヤろうと思ウ。
ポポロはイイヤツ。集めたモン盗ると怒っケド頼めば何でも貸してくレル。俺の“食べ残し”モ喜んデ持ってってくレルから後先考えなくて済ム。“ペット”の女の子達もポポロに“懐いテル“からしつけ要らズで面倒がナイ。今度は誰を借りようかナ。
ボルカニクはよくわかンネ。肌と目の色から使奴だってことはわかんだケド、かわいーのに何聞いても二つ名通り黙り。他の国からの貸し出シ品らしいケド、俺らと肩並べテルのは意味わかラン。つえーからイイのカナ。
シュガルバはグドラの娘が王になる前の王様だったらシイ。あんな旨いポジション譲るとか気がしれナイナ。マアそのお陰デ俺らも動きやすくなったカラ、口には絶対ださないケド。笑葬の儀ん時の笑い方がめっちゃ気持ち悪リィのが毎回吹き出しそうになっちマウ。
ファムちゃんは正直超気持ち悪リィ。可愛くもねーのに振る舞イばっかあざとくシテ、敵にも味方にも変に優シイのがマジで気持ち悪リィ。喋り方も気持ち悪リィし、俺らとも付き合い悪クて好きじゃナイ。
ミンナ嫌いなトコは多いケド、それでもおんなじ部隊長。無理に仲良くはしナイケド、程々には付き合ってヤロウと思ウ。
「いつまで寝ているっ!この軟弱デブめ!!」
〜笑顔の巨塔 上層〜
突然の罵声にガンマは目を覚ました。世界がボヤけているのは、自分の目が半開きになっているからということに気づくのに少し時間がかかった。そうだ、脱獄者を捕まえなければ。あの赤いツノの使奴を殺さなくては。さっきは油断して遅れを取ったが、その程度で我ら天下無双の七人衆が負けるはずがない。ファムファールこそ居なかったものの、たった一人相手に、七人衆一人の不在など何てことはない。脱獄者は今頃エンファの八つ当たりを受けているか、シュガルバのオモチャにされているか……
しかし、件の使奴が目の前に仁王立ちをして不満そうにしているのを見て、脳味噌が凍ったような感覚がガンマを襲った。
「まあ現実逃避したいのはわかるが……気絶する程か?まだお前には何もしていないぞ?」
ガンマは朧げな記憶を朦朧としながら辿る。少し視界がハッキリしてくると幾つか分かったことがあった。自分が少し地面から高い場所にいること、それは地面から伸びた柱に縛られているからだということ。そして、部屋の隅に5人の人影が無造作に積まれているのがわかった。そのうちの一人、見知った顔がだらりと垂れ下がっている。
「ポ、ポポロ……!!」
あのボロボロの衣装はエンファのものだろうか、グドラと同じ腕輪をつけた黒焦げの右腕、シュガルバと同じ白髪が焼け焦げ、ボルカニクの真っ白な背中がピクリともせず横たわっている。
「まさかお前覚えていないんじゃなかろうな。気絶した上に記憶喪失とは、部隊長なんだからもう少し強い精神をだな……」
呆れるラルバを他所に、ガンマの頭の中で忘れかけていた惨劇が映画の如く鮮明に浮かび上がる。見ようと思えば、マグマに飲まれ業火に焼かれ悶え死んでいく仲間の眼が、今でも自分を恨めしそうに睨むだろう。
「忘れているようならもう一度だけ説明してやろう」
ラルバが持っていた分厚い紙の束を叩く。
「これはハピネスが書いた覗き見の内容だ。各国の弱みや国民の隠し事。そしてお前らの悪事も尽く記されている。そこで!今まで殺した人数くらいは当然覚えているよな?その中で10人の名前と殺害方法を答えることができれば!命を重んじる心を考慮し!情状酌量の余地ありということで助けてやろう。ただし!」
ラルバがパチンと指を鳴らすと、ガンマの真上の天井から溶岩がボコボコと沸き始める。
「ひっひぃぃぃいいいい!!!」
「結構粘っこいヤツだからすぐには落ちん。焼き殺される前に全員言えるかな?」
ガンマはまだ溶岩の熱を感じていないにも拘らず、全身からは滝のような汗を流し手足をバタバタさせてもがく。虚をついた反撃、舌先三寸の姑息な口車、幻覚魔法での逃亡。この状況ではそのどれもが徒労に終わることは先の戦いから分かっていたが、今の地獄絵図にその場凌ぎの籠絡を考えずにはいられなかった。
「ほぉら、早く答えんと丸焼きだぞ?私はどちらでも構わんが……」
「ごっ……ゴウラン失血死!マレッタ失血死!」
「ほう?」
「マンバーク絞殺!オルダラ内蔵破裂!カラガダンタ内蔵破裂!ケルダニ窒息死!ジュヅスバ中毒死!イラー餓死!ゲンソウス窒息死!マルグレット圧死ぃい!」
「これは……たまげた」
丸々とした巨体をまるで鯨の心臓のように膨らませ息を切らすガンマ。唖然としていたラルバが、小さく拍手をしながらガンマを柱に縛っている縄を千切る。
「いやあ疑って悪かったな!意外や意外。お前にも命を大切にする心があったんだなぁ!」
ガンマは部隊長の中でも人の死に際を楽しむ人間だった。気に入った見た目の人間を甚振り、犯し、愛し、この世から去るときには自らが最も興奮する方法でトドメを刺した。残飯喰らいの名の通り、見た目さえ気に入れば他の部隊長の獲物も、死にかけであろうが意識があろうがなかろうが構わず持ち帰った。故にガンマは自分が今まで殺してきた人間の大半を、事細かに、鮮明に覚えていた。子供が好きなおもちゃや食べ物を大人になっても覚えているように、お気に入り達の最期の顔を思い出しては悦に浸るのがガンマの趣味であり日課であった。
ガンマは拘束を解かれると液体のように地面に倒れ込んだ。ガンマの縛られていた柱に溶岩が流れ落ちて、白煙と焼け付く音を響かせる。ラルバが優しくガンマの背中を叩き、出口の鍵を開けようと背を向けた。
「他の部隊長共はだぁれも答えられなかったが……いやあ期待に応えてくれて嬉しいよ!うん!人殺しはいけないことだからなぁ!」
鍵を開けながらガンマを褒め称えるラルバに、ガンマはふらふらと千鳥足で部隊長達の死体に近づき、一本の巨大な剣を引っ張り出して後ろからラルバ目掛け大きく振りかぶる。
振り下ろされた剣は石の床をバターのように抉り、避けるのが遅れたラルバの右腕を吹き飛ばした。ガンマはそのまま片足を軸に回転しラルバを連続して斬りつける。体勢を崩したラルバは這いずり回りながら斬撃を避けるが、ガンマの猛攻から逃れきれず身体中に深い切り傷を負い、右脚を切断され地面を転がる。
「ふざけヤがっテ……!ふざけヤがっテ!!なんでっ!!なんデ俺が説教されナキャいけねーんダッッッ!!」
倒れ込むラルバに、再び大剣が振り下ろされる。なんとか腕を交差するように防御するが、さほど鋭くないはずの刃は腕の骨近くまで食い込む。
「俺がッ!何したっテ!何シヨウがッ!!勝手!!俺のッッ!!勝手ダロッッ!!」
恨み節と共に、何度も、何度も、何度も剣が振り下ろされる。その度にラルバの腕は滝のような血を流し、防ぎきれなかった刃は顔面や頭蓋を斬りつける。
「お前みたいナッ!!偽善者がッ!!一番ンン!!いっち番!!ムカつくっっっ!!!」
トドメと言わんばかりに剣がラルバの腹部目掛けて突き刺さる。大量の血を吐き出し、暫く痙攣した後に動かなくなったラルバを見て、ガンマは肩で息をしながらモゴモゴと口を動かし、血の混じった唾をラルバに吐きつける。
「フゥーッ!フゥーッ!フゥーッ…………フー…………ふへっ……ふえへへへへっ!!」
怒りが収まると、今度は突然に笑い出した。そのまま腹を抱えながら部屋の出口へ向かうガンマ。頭の中には醜悪な妄想が広がっている。
今度は俺の番だ。部隊長はみんな死んだ。先導の審神者も殺せば俺がトップ。俺が先導の審神者。全部俺に従う。うるさいことを言う邪魔者も、俺のお楽しみに水を差す馬鹿も、可愛い子達を独り占めするドケチも誰もいない。俺が一番だ。俺が一番。俺が
「悪い子だ」
聞こえるはずのない声に振り向くと、立てないはずの人影が仁王立ちしていた。切断したはずの右腕と右足は歪に繋がっており、大量の血を吹き出していた裂傷は真っ黒な痣になって塞がっている。真っ白な肌に真っ赤な血を滴らせる不死身の化物がコチラを睨んでいる。
「お前っなんでっ」
慌てて手に魔力を込めるも、瞬きの間に距離を詰めたラルバに腕をへし折られた。
「ぎゃああああああああっ!!?」
「悪い子だねぇ」
ラルバはガンマの折れた腕を握りしめ、雑巾を絞るように捻る。
「ぶあああああああああああっっ!!!」
ぐるぐるに絞られた腕からは肉の裂ける音と骨のへし折れる音が唸り、鋭く突き出た骨の破片がまた肉を裂く。
「やめっ!!やめへっ!!はなひてっ!!」
「せっかく見逃してやろうと思ったのになぁ……」
今度はガンマの反対の腕を握り、指先の関節を一つ一つ曲げてはならぬ方向へ折り曲げる。
「びゃああああっばっばあああああっ!!!やめけけっ!!あばああああああっ!!!」
「命を大切にしない奴はこうだ」
親指、人差し指、中指、薬指、小指。もはやガンマの悲鳴は、声と言うよりは金属の擦れるような音に変わっている。それでも呼吸困難になりながらも必死に鼻水を啜り息を吸う。
「ゆっゆうひへっ!!ゆうひへっ!!」
「ほう……許して欲しいか」
ラルバがガンマの胸に指を刺し入れ、土に埋まった木の根を掘り上げるように、皮膚をバリバリと破りながら肋骨を引っ張り出す。ガンマの叫び声が衝撃波のような塊になってビリビリと空気を揺らすが、その声に応える者はいない。
「じゃあ……笑え!とびっきりの笑顔で!!」
破けた皮膚を摘み、日焼けを剥がすように剥き続ける。
「むむむいっ!!むいいいいいいっっっ!!!」
「笑顔でないものは笑顔によって何たらかんたらだぞー」
皮膚が剥がされた腹部は皮下組織を曝け出し、そよ風すら激痛を伴ってガンマを貫く。
「おえんははい……おえんははいぃぃ……」
痛みと恐怖と憤怒で感情をぐちゃぐちゃに掻き回しながら呟くガンマ。流した涙は裂けた肉や剥き出しの内臓に触れては激痛を呼ぶ。その度にガンマは喘ぎ、再び涙を流す。
「飽きちゃったなぁ……流石に。リアクションがワンパターン」
一条の希望が差し込んだ。怪物は気怠そうに立ち上がり、大きく伸びをする。ここを耐えきれば逃してもらえるかもしれない。ガンマには回復魔法の心得があった。そして、何より人一倍負けず嫌いだった。涙と鼻水と涎に塗れた、子供の描いた油絵のような顔にも、拷問で雁字搦めにされた今にも捻れて切れてしまいそうな意識にも、復讐心はメラメラと燃え盛り、猛り、ガンマの乱れ切った吐息に熱を持たせる。
「じゃあ〜さいご!さいごだ!」
これさえ乗り切れば。
「問題!子供への躾や、親子や恋人のコミュニケーションとしても行われる。人間の自律神経を使ったイタズラはなんでしょう!!」
もう少し、もう少しで。
「正解は〜?くすぐりの刑!!」
「あぎゃああああああああああっっっ!!!」
剥き出しの皮膚や内臓。腐った藁のように裂けた肉。その至る所から飛び出た鋭い骨の破片。そんな状態のガンマをくすぐれば、到底人間には耐えられない苦しみが脳味噌を握り潰す。
「こちょこちょこちょ〜」
そしてラルバのくすぐりは、次第に一般的なイタズラのくすぐりではなくなっていく。爪を立てて脇や腹を掻き毟り、掻き混ぜ、ミキサーのように肉を切り裂いた。
「こちょこちょこちょ〜こちょ?」
人並外れた精神力、筋力、魔力を持ち、無意識下ですら生存のための呼吸法や精神制御の最善策を選択したが故に、この拷問の最後まで生き延びてしまったガンマ。しかし、そんな強者もとうとう意識を手放し動かなくなった。呼吸困難で悲鳴すら上げず、防御反応としての痙攣すら見られない。
「ああかわいそうに……安らかに眠れ……」
ラルバはガンマの前で祈りを捧げ、首根っこの肉を部屋の壁に引っ掛けて死体を吊るした。
「おっ洒落〜」
親指と人差し指で長方形の窓を作り、片目で覗き込む。すると突然部屋の扉が勢いよく開かれ、一人の狂信者が入ってきた。
「脱獄者はどっ!!ど……こ……」
突然目に飛び込んできた無残に吊るされた、天下無双の部隊長“残飯喰らいのガンマ”の死体。血塗れの歪な脱獄者。状況が飲み込めず放心状態の狂信者に、返り血に塗れたラルバは眉間にシワを寄せ小刻みに手を振る。
「私が来たときにはこうなってました」
次回17話 【笑葬の儀!】




