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シドの国  作者: ×90
釁神社
163/286

162話 世界でたった一人の魔法使い

シドの国 162話


(ちぬる)神社 下層 名もなき山麓〜


 露草茂る山の斜面を、生首の怪物“ッダァ=ラャム”は吐息を荒らげて登っていく。中に浮かぶ生首を激しく上下させ、溢れ出る(まだら)模様の粘液を撒き散らし、大地を抉る勢いで猛進する。


「あああああっ!!! ううっ……あああああああああああああっ!!!」



 発作のように絶叫を上げ、天を仰ぐ。太陽はとうに沈み、真っ白な満月が頭上に輝いている。


 白い満月は煌々と光を発し、明るく、大きく、大きく膨らみ、やがて夜空を埋める。それが満月ではなく、”落下する球体の何か“であることが分かったのは、回避する(すべ)が失われた後であった。


 空から降ってきた巨大隕石の如き”白いアルマジロ“が山々を押し潰し、緑豊かな山岳地帯を荒野に変える。その衝撃は空を押し除け、地平線の果てまで届く。大地を割り、その亀裂は断崖絶壁となり、川や湖の水を一滴残らず飲み干した。砂煙が天高く舞い上がり、凄烈な土砂の雨となって降り注ぐ。山を潰したアルマジロは僅かに身を震わせたかと思うと、巨大なクレーターだけを残して砕けるように霧散した。


「なんだ。もう終わりか?」


 どこからともなく、声が聞こえる。


 いつの間にかクレーターの中央に現れたカガチが、何もない地面に向かって再び口を開く。


「伝説の魔術師も、大したことないな」


 真っ平に均された地面に(ひび)が入り、斑模様の粘液が噴き上がる。罅割れは大きくなり、地面の下から生首の怪物、ッダァ=ラャムが這い出るように姿を表す。


「うううううっ……!!! ああああああああああああああああっ!!!」


 ッダァ=ラャムは全身を震わせて吼え、カガチに波導を集中させる。巨大なクレーターを埋める勢いで大量の魔法陣が展開され、身の丈4mはあろう巨人の群れが現れる。その数実に数千。巨人は各々が手にしている剣、斧、棍棒、弓を構え、地を蹴りカガチに向かって襲いかかる。


「――――(あや)流離(さすら)へ」


 カガチの呟きと共に、巨人達がピタリと動きを止める。


(うら)(くた)す、逆言(およずれ)の音に」


 直後、巨体を捻るように歪ませて、千切れ、破けるようにして四肢が飛び散る。


「流れ、流れ、流れ、流れ。せむすべもなし――――」


 否、瞬きよりも早く、人の背ほどもある”真っ白な蝸牛(かたつむり)が群れをなす巨人全てを轢き殺した“。


()の章、第3節。“逼塞(ひっそく)する賢者”」


 白い蝸牛の通った空間に、空気が吸い込まれて突風が巻き起こる。それから一拍置いて、遥か遠くの山に風穴が開き、ほんの僅か遅れて凄烈な破砕音が鳴り響いた。


 巨人であった肉塊の雨が降り注ぐ中、ッダァ=ラャムは歯を剥き出して息を荒らげ、目玉がこぼれ落ちそうなほど見開いた眼でカガチを睨む。しかし、カガチは目の前の怪物よりも、怪物が使った魔法に興味を惹かれて目を逸らす。


「……ふむ。珍しい魔法だな。……こうか?」


 カガチはッダァ=ラャムが放った魔法陣の残光を睥睨(へいげい)し、片手で空を撫でる。


「――――振り()へて、かしかましくも(ののし)るか」


 すると、地平線の彼方に一頭の白いキリンが現れる。火が灯るように現れたそれは、圧壊を免れた山よりも大きく、夜空というスクリーンに浮かぶ影絵のようだった。


()が異を聞きて、()が理を聞きて」


 キリンが小さく首を振る。すると、一頭、また一頭と数を増やし、地平線は瞬く間に(そび)え立つキリンの群れで覆い尽くされた。そのうちの一頭が(おもむろ)に脚を持ち上げると、勢いよく地面を踏みつける。すると、ッダァ=ラャムが突如“何者かに踏みつけられた”かのように轟音を上げて潰れた。


「――――――――――――っ!?」


 地平線の白いキリンの群れが、一様にして何かを踏みつける。その度にッダァ=ラャムは潰れ、ひしゃげ、斑模様の粘液を血のように噴き出し、悲鳴の代わりに悍ましい破裂音を響かせる。先程アルマジロに(なら)されたばかりの地面が更に凹み、蜘蛛の巣のように罅を広げる。その様をカガチは冷たく見下ろしながら、詠唱を続けて目を伏せる。


如何(いか)(いは)むや、消ゆといふに――――」


 地面にめり込んだ“斑模様の板”が、微かな痙攣(けいれん)を伴って脈動している。詰まりかけの排水路のように粘液を吹き、いじらしいほど弱々しく回復魔法の陣を描き始める。


「……(めつ)の章、第12節。“繁栄の末路”」


 カガチの最後の詠唱と共に、キリンの脚が地を突く。斑模様の板が真っ二つに割れ、描きかけの回復魔法の陣は虚しくも空間に溶けていった。




 使奴部隊“雨雲と盗人”所属。“カガチ”。異能、“魔法”。


 カガチが誕生するまで、この異能は“無能の異能“と呼ばれていた。この異能保有者は、魔力を帯びることはあっても”魔法を使うことが出来ない“からである。それを、使奴という人間の範疇(はんちゅう)を超えた演算能力を持つことによって、初めて異能の正体が判明した。


 魔法の異能者は、魔法を使えなくなる。厳密に言えば、”魔力の操作ができなくなる“代わりに、その”代替物を操作することが出来る“異能である。


 例えば、積み木を積んで小さな塔を作るとする。子供が作るような小さな塔を。この時、積み木は”魔力“。完成した塔が”魔法“である。積み木が何らかの形で規定された何かを構築した時、初めて”魔力“は”魔法“という目に見える形で変換され消費されるのだ。そして、この例をそのままカガチに適用すると、カガチにとっての魔力は、巨大な鉄骨。(ある)いはコンクリートブロック。そして、大小様々なボルトや鋼管。その他大量の工具や材料の山である。周囲の真似をして塔を作ろうにも、上手くいかないのは至極当然な話。


 積み木ならば円柱のブロック3つと三角形のブロックひとつで、誰がどう見ても立派な塔が出来上がる。しかし、鉄骨を積み、その上に鋼管を立てたところで、とても何かが完成したとは呼べない。つまり、魔法は発動しない。この材料の性質の違いこそが、魔法の異能が無能の異能と呼ばれてきた所以(ゆえん)である。


 そんな無能の異能を、カガチは使奴のスペックをフルに使い、研究し続けた。それこそ苦労の度合いで言えば、釘も、金槌も、家という構造物の存在すら知らない素人が、誰の力も知識も頼らず、たった1人で高層ビルを建築するのと大差ない。


 塔の大きさに応じて複雑になっていく設計図、つまりは”魔術式の公式や定理“も、ゼロから自分で考えなくてはならない。簡単な積み木程度には不要な補強材、”魔法式の詠唱“も、鉄骨を使った建築であれば必須。小手先の技術では到底カバー出来ない必需品。


 公式も、定理も、詠唱も。本来であれば、数千年、数万年という時間をかけて、数億、数十億人という先人たちが、天文学的な回数の挑戦と失敗を繰り返して見つけ出すものである。それらを、たかだか数千の失敗、数万の挑戦、数億の調整を経て、カガチはたった1人でモノにした。


 後にも先にも、カガチは唯一の”魔法の異能者“となった。






「私を異世界に飛ばしたのは悪手だったな。お陰で、”世界を壊さずに済む“。……元の世界でマトモに異能を使おうものなら、流れ弾で国が数ヵ国消し飛んでもおかしくない。何せ、最低威力の魔法でもコレだ」


 カガチが地面に埋まった”斑模様の破片“に言い聞かせる。


「……その様子じゃ、気づいてなかったようだな。なら安心だ。恐らくは歴史上最も優れた魔術師であろうお前が私の能力に気付けないのなら、私の擬態もそこそこ意味があったんだな」


 魔法の異能のデメリットは、通常の魔法が使えなくなることに加え、もう一つだけある。それは、”出力の制御が非常に困難である“ということ。魔法の規模は、使用した魔力とその複雑さに比例する。一般的な魔法の最低出力が微風(そよかぜ)を吹かせる程度であるのに対し、カガチの魔法の最低出力は”山をも削る烈風“となる。積み木であればブロック2つで小屋だと言えるのに対し、鉄骨等の建材ではガレージくらいが最も簡素な建築になってしまう。そして、当然ながら大きさや重さ、頑強さも、複雑さも、積み木では到底太刀打ち出来ない。


 故にカガチは、今まで(わざ)と”失敗した魔法“を用いて戦っていた。


 一瞬だけ魔法式を作成し、直後に自分から崩壊させる。その残った残滓(ざんし)で、新たに不出来な魔法を再構築することで、通常の魔法のように見せかけていた。言わば、杜撰な違法建築を行った直後に建物を倒壊させ、その瓦礫(がれき)で積み木をするような、極めて非効率的な方法。これがカガチに出来る唯一の擬態。魔法の異能者であることを隠す苦肉の策であった。


 地面に埋まる斑模様の破片が、力強く震え、黒と赤の煤煙(すすけむり)を噴き上げて地を割る。


「ん?」


 そのまま泡立つようにボコボコと体積を増やし、やがて元の生首の怪物へと姿を変える。復活したばかりのッダァ=ラャムは、相も変わらず目を剥きカガチを睨みつける。


「うん。まだまだ元気じゃないか。お前は腐っても神話の悪役だろう? 死んだフリなど、情けないマネをするな」

「っぐ……ぐぐぐぐぐっ……!!! がああああああああああああああ!!!」


 (さげす)嘲笑(あざわら)うカガチに、ッダァ=ラャムは大きく吼え、巨大な魔法陣を背負うように展開する。


「む……それは……」


 魔法陣から飛び散った“朱色の光”が、燃え盛る炎となってッダァ=ラャムの眼前へと集められ、ひとつの火の玉を形成する。それは決して巨大なわけでも、強烈な熱波を放つわけでも、直視できぬ光を放つわけでもない。朱色という特異な色以外は、何の変哲もないただの火の玉。それを見て、カガチは(いぶか)しげに目を細めた。


「それが、死の魔法か」


 使奴という完全無欠な生物。そも、定義的には生物と呼べるのかも不明な超常的存在。擦り潰しても、溶かしても、燃やしても、凍らせても、高濃度の放射能や負の波導に(さら)されても、使奴は死なない。


 しかし、この死の魔法のみは例外である。


 使奴に備え付けられ、唯一の処分方法として扱われる古の禁忌魔法。


「――――――――――――っ!!! あああああああああああああっ!!!」


 ッダァ=ラャムの絶叫と共に、朱色の火の玉がカガチに向かって放たれる。それをカガチは、あろうことか一切避ける素振りも見せずに胸で受け止めた。


「……………………ふむ」


 朱色の炎はカガチの全身に延焼し、ぼうぼうと唸り、(うね)り、火花を四方八方へと吐き出す。そして、唐突に風に吹かれるように鎮火した。


「成程。やはり効かないか」


 カガチは火傷ひとつない無傷。衣服や装飾品こそ燃えてなくなったものの、その引き締まった裸体には黒痣こそあれど、死の魔法による影響は一切見られない。


 ッダァ=ラャムは理解する。そして、戦慄する。


 魔法の影響分類は2つある。ひとつは氷魔法や風魔法のように、魔力自体が物体を模倣して変化し影響を与えるもの。そしてもうひとつは、混乱魔法や検索魔法のように、人体や物体内部に存在する魔力に影響を与えるもの。学術的には、前者を“形態魔術“。後者を”共鳴魔術“と呼ぶ。そして、義務教育等で頻繁に使われる手垢のついた例えとして、共鳴魔法は”相手に魔法を使わせる魔法“だという説明がある。


 そして、()()()()()()()使()()()()


「あ……あ、あ…………」


 ッダァ=ラャムの巨大な頭部から滴り落ちる粘液が、脂汗のように勢いを増して流れる。


「どうした? まさか、あれが全力じゃあないよな?」

 

 ッダァ=ラャムが後退した分以上に、カガチが歩み寄る。


「ひっ……ひっ……!! ばっばばばば…………」

「数千年を生きる伝説の魔術師なんだろう? 諦めるにはまだ早いぞ」


 ッダァ=ラャムは、堪らず身体を”逃す“。外見は“下層”に置いたまま、肉体を”上層に逃し“、物体をすり抜けているかのように見せかける複製魔法の応用。しかし、カガチもそれを見逃さない。


「――――寝覚め伏し」


 カガチの詠唱と共に、積乱雲と見紛うほどに巨大な白いエイが現れ、夜空の半分を覆う。


「夢こそ(うつつ)(おぼ)ほゆれ」

「いっ……いっ…………!!!」


 ッダァ=ラャムの視界が歪み、上下の感覚が、左右の違いが、温度が、感じる全てが曖昧になっていく。この大時化(おおしけ)の海で溺れるような錯覚のせいで、複製魔法の制御が利かず魔法式の構築を中断してしまった。


「がががっ……あがっ……!!! がっ……!!!」

「遠き恨みも、よに忘られず――――」


 白いエイが無音の鳴き声を上げる。その誰の耳にも聞こえぬ何かは、空を跳ね、地を跳ね、声の届く限り全ての物を揺さぶり掻き回す。ッダァ=ラャムはこの声に耐え切れず、反射的に防壁魔法を連発して、出鱈目(でたらめ)な詠唱を口にしながらその場に倒れ込んだ。


(しゅう)の章、第1節。“豊かなる凡夫“……。さあ立て化け物。夜はまだ長い。お前が夜明けを迎えられるかは別の話だがな」

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― 新着の感想 ―
[一言] カガチだけ移動させられたのは魔法が使えないからかな
[気になる点] すみません、2回コメント打っちゃいます〜 もしかしてッダァラャムにハピネスが襲われてたのって、あの人形を馬鹿にした何かで1人だけ受け取らなかったから...? 毎度調子に乗るとどうなるか…
[一言] かっちょいい...カガチに惚れ直しそう 死の魔法って共鳴魔法なのか。でも服が燃えてたし炎の形態魔法との複合かな? カガチに共鳴魔法使うとしたら、1人で鉄骨組めないといけないんだろうな〜(^^…
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