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シドの国  作者: ×90
釁神社
160/285

159話 空の器

(ちぬる)神社 社下町 (ナハル・ハザクラ・ジャハルサイド)〜


「おっ、魚屋じゃねぇか! 今朝の礼にコレ持ってけ!」

「あっはは、いつも悪りぃなラバシリさん!」

「はいはい胡瓜(きゅうり)の漬物出すよ〜! ほら旦那! 胡瓜要らない? ねっ!」

「キリザカさん金は取りなってぇ〜! こんな良いもんタダで配っちゃ八百屋が可哀想だよっ!」


 土壁の門で区切られた形だけの門を抜けると、そこは古風で異国情緒溢れる商人街であった。瓦屋根の木造建築が規則正しく並び、踏み固められた細かい砂の通りが中央に伸びている。右を見れば漬物が、左を見れば味噌が、丁寧に店先に並べられ売られている。それらを通り行く人は楽しそうに眺め、時折立ち止まって商人と交渉を始める。この賑やかさ、そして長閑(のどか)さが、幸福と平和を雄弁に物語っていた。


「……今までの国とは、大分様相が違うな」


 ジャハルがそう一言呟く。道行く町人達の着物や下駄、植物油で整えられた髪型を見て、不愉快ではないにしろ一抹の疎外感を覚えた。隣にいたナハルとハザクラも似たようなことを感じていたようで、3人は集落の入り口で数秒立ち止まった。


 すると、ナハル達の存在に気付いた1人の男が、周囲に「おい見ろ!」と声をかけて駆け寄ってくる。大勢の人間がこちらに駆け寄るのを見て、ナハル達が何事かと身構えると、町民達は一斉に笑顔で腰を屈めた。


「ようこそいらっしゃいました〜!!」

「ようこそ! (ちぬる)神社へ!!」

「遠路遥々ようこそ!!」


 何故か町民達に歓迎されたナハル達。理解が追いつくのを待たず町民達に取り囲まれ、半ば押し出されるように案内される。


「あ、ちょっ……ど、どこへ連れて行く気だ?」

「先程来られた赤角の御仁のお連れ様ですよね? ささ、どうぞこちらへ〜!」

「まあ背が高いのねぇ! 羨ましいわぁ〜!」

「いんや“久しぶりの客人”だぁ! 皆失礼のないようになぁ!」


 1人の男が漏らした一言に、ナハルは思わず足を止めて顔を寄せた。


「おい待て、今、“久しぶりの客人”と言ったか?」

「ん? ああ! 前に旅人さんを出迎えたのは、もう3年も前になるかなぁ……。なあ皆んな?」

「んだなぁ!」

「そうそう!」


 他の町民達も笑顔で頷き肯定を示す。


「シスター達は村に来ていないのか……?」


(ちぬる)神社  空供釁現大社うつほのともぬりうつしおおやしろ


「お、おい。どこに連れて行くんだ?」

「もう少し! もう少しでさぁ!」


 町民達に押され引かれるがまま歩みを進めるナハル達。辺りは雑草や木々が多く生い茂るようになり、石灯籠(いしどうろう)と石畳だけが続く下り坂になって行く。


「ここじゃここじゃ!」

「さあさ、お客人! 中へどうぞ!」


 ナハル達が連れてこられたのは、森の奥に鎮座する大きな古い社であった。茶褐色の建材と(くす)んだ灰色の瓦。しかし、所々真新しい補修の跡もあり、決してぞんざいな扱いをされているわけではないことが見て取れる。その正面に大きく開かれた両開きの扉の中には、壁の棚に並べられた蝋燭(ろうそく)が淡く照らす板張りの空間が広がっている。しかし、そこから漂ってくる波導。そして血の臭いが、ここがただならぬ場所であることを告げている。


「なんだ……ここは」

「オレ達はみんな、毎月ここで“神様”に挨拶すんだ」

「お客人もどうぞぉ。やり方教えますんでねぇ」


 半ば強引に社の中に押し込められる3人。すると、先程は蝋燭の明かりだけでは見えなかった社の内部が鮮明になる。社の内部正面に祀られている、否。“積み上げられている”のは、大きさ15cmほどの歪な白い人形だった。粘土のようなソレは辛うじて人の形をしており、顔は3つの窪みだけで表現されている。それが、2mを超えるナハルの身長よりも高く無造作に積み上げられている。


「どれでも好きなのを選んでくだせぇ」

「これは何だ?」

「”神様の分身“でさぁ」

「分身?」

「オレ達を守ってくれるのさぁ」


 ナハル達は顔を見合わせて訝しげに思いながらも、渋々人形を手に取る。


「それを、手で捏ねて自分そっくりになるようにするんじゃ」

「え、神様の分身じゃないのか? 何故神様の分身を自分に似せるんだ?」

「さあ? 昔っからの決まりなんじゃ。ホレ、やってみい」

「そ、そう言われてもな……」


 ナハルは嫌な予感がして目を泳がせる。そしてジャハルの方を見ると、彼女も案の定(いぶか)っているようで、かと言って町民を追い払うことも出来ず言われるがままに遠慮がちに粘土を指先で捏ねている。


「わ、私はこういうの苦手なんだが……」

「まぁずはやってみいよ! やればわかっから!」

「そう言われてもだな……」


 ジャハルは困り果てて人形を見る。しかし、ジャハルが適当に捏ねているにも関わらず、粘土は次第に長身の筋肉質な女性の姿になっていく。


「……!? な、なんで……!?」

「うんうん、上手上手ぅ」


 隣で町民の女性が笑顔でジャハルを褒めている。しかし、ジャハル本人には自身に似せるつもりなど一切なく、適当に粘土に指を押し付けているだけである。それでも、粘土は次第に精巧な人間の形に加工され、数分も経たぬうちにジャハルそっくりの姿になった。


「これは……一体どういう……!?」


 ジャハルが慌ててハザクラの方に顔を向ける。すると、丁度ハザクラも困惑してジャハルに目を向けたところで、その手には精巧なハザクラの人形が握られていた。2人の様子を見て、ナハルもハッとして手元を見る。そこには、驚くほど自分によく似た人形が出来上がっていた。


 それを見て、町民達は皆満足そうに(うなず)く。


「皆さんお上手ですなぁ!」

「良い出来じゃ、良い出来じゃ。これなら神様も満足して下さるじゃろう」

「ま、待ってくれ! これは一体どういうことなんだ!?」


 恐怖と困惑に駆られ声を上げるナハル。しかし、町民達は聞く耳を持たない。皆一様に笑顔のままナハル達を見つめ、儀式の成功を喜んでいる。


「いやあ、良かった良かった」

「上手くいって良かったなぁ!」

「うん、これで一安心じゃ」

「お客人、村にいる間は、その人形を肌身離さず持ってて下さいね!」

「無くしちゃいかんぞ!」

「良かったねぇお客人さん」

「本当に良かった!」

「ああ良かった!」

「良かった!」

「良かった!」




(ちぬる)神社 大社入り口〜


「……とは言われたものの」


 住居が乱立する居住区まで戻ってきたナハルは、怪訝そうに人形を見つめる。意図せず出来上がった、自分そっくりの石膏像のような白い人形。同じようにしてジャハルとハザクラも人形を見つめ眉を(しか)める。強い魔力を帯びているものの、その性質は不明。例えて言うならば、激しい駆動音だけがしている鉄の箱。微かに不規則な振動をしている卵。中から削るような音が聞こえる石。それらを足して割ったような異質さ。


 どうしようかと決めあぐねているナハルの脇腹を、ハザクラが肘でつつく。


「取り敢えずは使奴に会おう。俺達に襲いかかってきた“ヒスイ”と、仲裁してくれた“コハク”。そのどちらかに話を聞けば分かるだろう」

「あ、ああ。だが、この人形が罠ならば、すぐに会うのはやめた方がいいと思って」

「相手はホウゴウの味方だ。そう邪険にすることもないだろう」

「……そう、だが」

「今決めあぐねているのは、使奴の判断力によるものか? それとも、ナハル自身の心配性のせいか?」

「…………ハザクラ。お前、少し勘が良くなってきたな」

「仲間思いと言ってくれ」


 ナハル達は、権力者がいるであろう、村の奥に見える坂の上の大きな建物を目指すことにした。一方その頃――――


(ちぬる)神社 社下町 餅屋“てんてこ” (ラルバ・バリア・イチルギサイド)〜


「えー!? このお金使えないのー!?」

「ごめんねぇ」


 申し訳なさそうに微笑む看板娘に、ラルバは頭を抱えて仰反る。イチルギは呆れて溜息を吐き、冷たい眼差しを向ける。


「そりゃそうでしょ。診堂クリニックの通貨ならともかく、世界ギルドの通貨が使えるわけないじゃない。診堂クリニックのお金はどうしたのよ」

「ラデックが全部持ってるー……。でもそんな両替しなかったからなぁ。お嬢さんお嬢さん。お団子と何か物々交換しない? 爆弾牧場で拾ってきたショットガンがあるよ」

「しょっとがん?」

「やめんか!!!」


 そこへ、どこからともなくカガチが現れた。珍しく単独行動をしている彼女に、ラルバが「丁度いいところに」と駆け寄る。


「へいへいカガちゃん! 診堂クリニックのお金余ってなーい? お団子買えんのよ」

「無い。それより、“大社”には行ったのか?」

「んえあ? ああ、行ってきたよ。ほら見てラルバちゃん人形!! 可愛いでしょ!!」


 そう言ってラルバはポケットから自分そっくりの白い人形を見せびらかす。角こそないものの、顔立ちや体型はそっくりそのまま小さくしたような精巧な人形。カガチはほんの1秒だけ人形を見つめると、目にも止まらぬ速さで掠め取り握り潰した。


「ああーっ!! 馬鹿っ!!」


 しかし、人形は(ひび)だらけになりつつも、磁力でくっついているかのように形が崩れることはなかった。


「成程。ならば……」


 カガチがラルバ人形を両手で持ち()じ切ろうとすると、ラルバは慌てて人形を取り返しカガチに頭突きを入れた。


「馬鹿モン!! 可哀想でしょうが!!」

「人形に可哀想もクソもあるか」

「ラルバちゃん痛かったねぇ〜。イタイイタイ! カガチノバカ! アホ! ウンチ!」

「本体の方を捩じ切ってやろうか?」


 ラルバが腹話術で人形に罵倒をさせていると、その後ろにいたバリアがカガチに目を向ける。


「カガチが1人でいるの珍しいね。ラデックとゾウラは?」

「向こうでデクスと観光をしている。暫くは戻らないだろうな」

「ふぅん。そっちは大社で人形作らなかったの? 私達は3人とも作らされたけど」

「いや、こっちも作らされた」

「そう……。カガチはコレ、何だと思う?」


 そう言ってバリアはポケットから自分の人形を取り出す。


「そこそこ強い魔力を帯びてるけど……これは何の意味があるんだろうね。中を開けてみたいけど、今の時代には珍しく“マジックロック”がかかってる。独自の暗号方式っぽいし、使奴でも解くの数週間はかかるよ」

「力づくでは無理そうか?」

「家の鍵開けるのに放火するようなものだよ」

「そうか。じゃあ頑張れ」

「手伝ってくれないの?」

「私はやることがある」


 若干突き放すように告げると、カガチは3人に背を向け立ち去っていってしまった。その背中を見送りつつ、バリアは少し強引にラルバの手を引いた。


「…………ラルバ。そろそろ使奴を探そう」

「えぇー。お団子食べて行こうよー」

「いいから」

「お団子ー!」










(ちぬる)神社  空供釁現大社うつほのともぬりうつしおおやしろ


「おや、どうされました? お客人」


 大社の番をしている女性が、ひとり尋ねてきたカガチに声をかける。


「……この神社について、少し文献を読ませてもらった」

「それはそれは、大社に興味がお有りで?」

「お前らが言う“神様”と言うのは、何を指している?」

「はい?」


 カガチの静かな気迫に気圧されながらも、番の女性はなんとか答える。


「何って言われましても……神様は神様ですからねぇ……?」

「神の偶像となる人形は毎月作り、肌身離さず持ち歩く。そして、(ちぬる)神社は一神教だ。だが、“何故偶像崇拝が推奨されている一神教の神が、姿形名前全てが不明“なんだ?」

「え、えぇと……」


 女性は何も答えられず目を泳がせて困惑している。これ以上の尋問は無意味だと悟ると、カガチは舌打ちをして大社の中へと足を踏み入れた。


「入るぞ」

「あ、はい! よ、汚さないでくださいねぇ!」


 壁を覆うように並べられた蝋燭の火は全て消えており、辺りは暗闇と漆の匂いに包まれている。外からの日光で辛うじて窺える人形の山は、カガチ達が訪れた時と同じく何の変哲もなく佇んでいる。カガチがその一つを取ろうと手を伸ばした時、ふと背後に気配を感じた。カガチが振り返ると、大社の参道を歩いてくる1人の老人の姿が見えた。その老人の意識が自分に向いていることに気がつくと、カガチも大社を出て老人の方に歩みを進める。


 丁度大社を出た直後、カガチはあることに気がつく。


 先程までそこにいた、番の女性が居ない。


「お客人」


 老人に声をかけられ、カガチが顔を向ける。


「ひょっとして、”神様“をお探しで?」


 ”お探しで“。調べているんですか、とか。お聞きになりたいそうで、などではなく。”お探しで“。その言葉選びに強い違和感を覚えつつも、カガチは老人に尋ねる。


「そうだ。お前らが言う”神様“とは、一体何を指している?」


 老人はにっこりと笑い、カガチに背を向け空を見上げる。


「神様の名前はねぇ」


 老人の頭上の空間が揺れる。


「ッダァ=ラャム」


 老人の上半身が(まだら)模様に覆われる。それが、”斑模様の巨大な怪物に捕食されている“からだと気が付くのに、使奴のカガチでもコンマ数秒を要した。


「――――っ!?」


 成人男性すら丸呑みに出来る程に巨大な人の顔が浮遊している。しかし、首から下には手足と呼べる部位は存在せず、首からは溶けているかのように粘液を滴らせて大地に大きなヘドロの山を形成している。そして、その表皮から粘液から、眼球以外の全てを燻んだ斑模様が覆っている。紫、赤、黄、青。御伽話(おとぎばなし)に出てくる毒虫のように不気味な紋様を脈動させ、それと連動するように苦しそうな呻き声を上げている。


「……っう、……だ、……だり、ない…………」


 生首の怪物は老人を二口で平らげ咀嚼(そしゃく)し、ゴリゴリと噛み潰しながら(おもむろ)にカガチに目を向ける。そして、カガチと目が合うや否や全身を震わせ突進してきた。


「あああああああああああああああああああああっ!!!」

「ぐっ……!!」


 カガチはその場で勢い良く跳躍し、身代わりに真っ黒な鰐を作り出して反撃を試みる。黒い鰐は胴をも裂いて口を大きく広げ、生首の怪物に齧り付いた。


「ああああああっ!!! ああっ!!! あああああああああああああああああっ!!!」


 しかし、生首の怪物は逆に鰐に噛みつき、粉々に噛み砕いて突破する。一切勢いを緩めることのない生首の怪物に、カガチは村にいるゾウラを危険な目に合わせまいと来た道とは反対方向に走り出した。


「クソっ……!! ゾウラ様だけは、必ず守り通さなければ……!!!」

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