表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シドの国  作者: ×90
診堂クリニック
156/285

155話 敗北者の轍

〜診堂クリニック 第三診堂総合病院 カジノバー“ 兎ノ鹿蝶(うのしかちょう)”〜


 臓器ギャンブル”ダークネス・ポーカー“二回戦。シスターの、カードを全てオープンしてニクジマに不戦敗を押し付ける暴挙は通らず、自動的に山札の底の2枚で勝負がついた。後攻であるニクジマが山札の一番下のカード。出目は12。シスターはその上のカード。出目は2。


 またしてもシスターは3倍以上の差で敗北。総賭け金は2。シスターは倍の4を支払えるよう、提出した1の他に3を支払わなくてはならない。


「全く……。景気良く勝負に乗ってくるから、どんな秘策があるかと思えば……!! そんなガキ見たいな言い訳、通用する(はず)が無いだろっ!!」


 ニクジマの主張に、シスターは力無く視線を落とす。それはまるで欲しいおもちゃを買ってもらえなかった子供のようで、どこか()ねているような、不貞腐(ふてくさ)れているような、そんな風に感じられた。そんな甘ったれた態度に、ニクジマは怒りと共に強い疑念を抱いた。ふとハピネスの方にも目を向ける。彼女はぐったりとしたままソファに横たわり、血塗れのタオルを口に押し付けている。生きているのが不思議なほどの瀕死状態。


 ニクジマの頭から疑念が晴れかけた直後、彼女は信じられない光景を目の当たりにする。


「ハピネスさん」


 シスターに名前を呼ばれ、ハピネスはぼんやりと目を開ける。そして、意識を保つのがやっとな筈の彼女が、自らの足で立ち上がった。


「はぁ。全く、どうかしてるよ。君」

「お願いしますね」


 ハピネスは不機嫌そうに顔を(しか)めて、足早に手術室へと入って行く。続いてシスターが入ろうとして、振り向きざまレシャロワークに呼びかけた。


「レシャロワークさん、手伝って下さい」

「え? な、何を?」

「何って、“私の手術”ですよ。“ハピネスさんは執刀経験なんかありませんから”」


 この日、初めてニクジマの頬を汗が伝った。老化で鈍くなった発汗反応を刺激する程の狂気が、理屈を置き去りに押し寄せてきた。






「さあて、見様見真似で頑張るかな」


 ハピネスは手術痕と股から血を流しつつも、涼しい顔で指を鳴らそうと拳を揉む。シスターは黙って手術台に寝転がり、服を脱いで腹部に消毒液をかけている。2人の異常な態度と行動に、レシャロワークは理解が追いつかずシスターを問いるめる。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよぉ! マジ? マジでコイツに腹裂かせるつもりぃ!?」

「唾飛ばさないで下さい。今から切開するんですから」

「いやいやいやいやおかしいって!! 鬼狂ってるってぇ……!!」


 頭を抱えるレシャロワークなどお構いなしに、ハピネスがシスターに手を(かざ)す。部屋中に魔法陣が浮かび上がって発光し、中央から白い触手が姿を現す。やっていることはシスターと同じだが、素人目に見ても魔法陣は杜撰(ずさん)で、触手の動きは緩慢。それらはシスターの腹部へ手を伸ばすと、勢いよく腹を裂いて血飛沫(ちしぶき)を撒き散らした。


「ぐっ……!!!」

「我慢だよシスター君。やらせたの君なんだから文句言わないでね〜。あれ、この次の術式って代入係数何倍だっけ?」

「ご、5.483です……!!」

「そんな細かい波導制御できないよ。要するに5と6の間らへんでしょ?」


 触手の先端が鉤爪のように形状を変え、砂を掻くようにシスターの肉を引き剥がす。


「ううううっ!!!」

「シスター君呼吸止めてくれない? 出来れば心臓も止めて欲しいんだけどさ。動いてるとやりづらいんだよね〜」


 全身から滝のように汗を流すシスターの腹部から無造作に一つの肉塊が持ち上げられ、隣に置いてあった保存液入りのバケツに放り投げられる。


「まず1個目〜。これ胃袋だよね? 合ってる? 何かもう全部一緒に見えるわ」

「あーもうっ!! 見てられないっ!!」


 傍観していたレシャロワークが、すぐさま血管を縫合して回復魔法で結合させる。麻酔を追加してシスターの苦痛を和らげ、胃袋を保存パックに手早く詰めた。


「あと何取るのぉ!? もう目玉とか行っときなってぇ! 取るの楽だしぃ! 2個あるしぃ!」

「じゃあ大腸取ってー」

「フォーク取ってみたいなノリで言うなぁ!」


 しかし、ハピネスの口で咥えた筆で絵を描くようなぎこちない作業とまではいかないものの、レシャロワークの技術も決して上手いとは言えない。それでも、足らない技術を高位の回復魔法でカバーしつつ臓器を取り出していく。


「ふぅん。期待してなかったけど、本当に期待外れだね。ゲーム知識しかないってのは事実か。残念」

「喋ってないで手動かしてよぉ!!」

「いいの? 私が変に動くと大動脈引っこ抜いちゃうよ? 君全部やってよ」

「アンタの味方でしょうが!!」


 事故車の修理をセロハンテープで行うが如く杜撰な手術は、意外にも、主にレシャロワークの頑張りによって30分程度で終了した。





 その様子を、ニクジマが手元の電子パッドで伺っている。監視カメラの映像には一切の細工はなく、ハピネスも特に不自然な動きは見せていない。しかし、そんなことではニクジマの疑念は晴れない。それは、数多のギャンブラーを(ほうむ)ってきたニクジマの直感による警告。ニクジマは電子パッドの画面に目を向けたまま通信機を取り出し、外にいる警備員に小声で尋ねる。


デブ(ラプー)の様子はどうだ?」

「いえ……気味悪いくらい微動だにしません。本当に、瞬きと呼吸以外は何も」

「そうか。絶対目を離すんじゃないよ」


 シスター達が何か仕掛けてくるなら、まず疑うべきは外にいるラプーの存在。次に外部の協力者。それらの可能性を排除すべく、ニクジマは今動ける人間を総動員して賭場を封鎖し監視している。状況は至って平穏。何の不安要素もない。それでも、彼女の疑念は収まらない。


 何かがおかしい。その疑念だけが、彼女の首に絡みついて離れない。そうこうしているうちに手術が終了し、手術室の扉が開かれた。


「……くくく。ざまぁ無いね。負け犬にはお似合いの姿だ」


 手術室から現れたシスターを、ニクジマが余裕を装い(あざけ)って(ののし)る。


 一歩進むごとに血を流し、貧血で唇は青白い。ただでさえ色白のシスターは、それこそ死人のように(くす)んだ身体を必死に引き摺っている。傍ではレシャロワークが輸血パックのぶら下がったスタンドを引いて、シスターに回復魔法をかけ続けている。


「シスターさぁん。この辺でいいですかぁ? ぶっちゃけ自分中立の立場なんでぇ、あんま片方に肩入れ出来ないんですけどぉ」

「はい……あ、ありがとうございます……」

「じゃあ離しますよぉ? さぁん、にぃ、いち」


 レシャロワークが緩やかに回復魔法を閉ざして手を離すと、シスターは倒れ込むようにして椅子にしがみついた。吐血に喘ぎ苦しむシスターの背を、ハピネスがニヤニヤと笑って撫でる。


「全く、たかだか臓物の2つや3つ抜かれたくらいで大袈裟だよ。私を見習い給えよ。ああ、そうだ。これ追加分ね」


 そう言ってバカラテーブルの上へ雑に箱を置く。プラスチックの箱の中には、保存パックに詰められた臓器。胃袋、大腸、腎臓の3つが入っていた。ニクジマは険な表情でそれを眺め、静かに溜息を吐く。


「ふん。ま、いいだろう」


 そして、それを足元へと放り投げ、勢いよく足で踏み潰した。保存パックが破裂し、中の物体がニクジマの靴底で擦り潰されていく。だが、シスターにはもう何か物を言う気力などなく、必死な思いで取り出した自分の臓器が無意味に潰されていく様子を眺めることしかできない。


 ニクジマはしたり顔で満足そうに笑みを浮かべるが、内心は決して穏やかでは無い。(むし)ろその逆。瀕死寸前のシスターとハピネスを前にしながらも、その真意を読み解けない焦燥と怒りが脳髄に焦げ付き(くすぶ)っている。


 こんな敗北者共に、勝者である自分が翻弄されている事実が、ただただ憎たらしい。ここへギャンブルをしに来るのは、法律社会で敗北した犯罪者だけ。前科の烙印こそが敗北の証。負けた者が何かを成し遂げようと思うなど、思い上がりも(はなは)だしい。勝利至上主義者であるニクジマにとって、この不可解な状況は何よりも受け入れ難い。だからこそ彼女は、らしくもなく勝利を急いでしまった。


「さ、次の勝負といこうかい」


 ニクジマがレシャロワークにジェスチャーを送ると、シスターは血相を変えて制止した。


「ま、待って下さいっ……! も、もう……!」

「もう? もう、なんだい? まさか、この程度で諦めるのかい?」

「だ、だって……もう、私には、賭け金は支払えません……!」


 嘘。ニクジマは瞬時にそれを見抜いた。と言うより、嘘しかあり得ない。今までさんざ仲間の臓器を引っこ抜いてきて、折角の先攻も子供じみた揚げ足取りに終え、挙句自分の腹も裂き、このまま尻尾巻いて帰るなど、支離滅裂の局地。この狂気入り乱れる不条理の嵐に残された唯一の道理。それどころか、ここまで狂気に染まっておいて今更怯える方が不自然。この下手な演技については何もかも不明ではあるが、分かっていることはただひとつ。シスターは最初から最後まで一貫して、一発逆転の何かを狙っている。


「賭け金ならあるじゃないか」


 ニクジマがじっくりとシスターの全身に視線を這わす。魔力は枯渇寸前。持ち物に魔袋(またい)や魔力タンクの類はなかった。代替臓器の追加は不可能。絶命間近。少し手を伸ばせば、確実に刈り取れる命。


「まだ目玉もあるし? 金玉も膀胱(ぼうこう)も取ったって死にゃあしないさ。まだ道半ばもいいとこだろうよ」

「そ、そんな……」

「あのぉ〜」


 シスターを脅すニクジマに、レシャロワークが(おもむろ)に手を上げて割って入る。


「なぁんだいレシャロワーク!」

「いやぁ。そのシスターさんなんですけどぉ。キャンディボックス(うち)で貰っちゃダメですかねぇ?」

「あぁ?」

「こんな鬼優秀な魔導外科医、殺すには勿体無いじゃないですかぁ。この短時間で魔導臓器もりもり作れる鬼魔力にぃ、自分の腹も裂く鬼度胸にぃ、それでも勝負事に食ってかかる鬼精神力ってぇ、こんな鬼猛者そうそう居ませんよぉ」


 ニクジマはレシャロワークの申し出を聞き流しつつ、シスターを品定めするように睨む。


「ね? いいでしょぉ? お金なら払いますからぁ」

「…………フン、却下だ」

「えぇ〜?」

「こんな奴生かしておいたら、いつ寝首を掻かれるかわかったもんじゃない……」

「いや、そりゃそうですけどぉ」


 そう。生かしておくわけがない。力関係を教えるならまだしも、臓器ギャンブルなんて(おぞ)ましい勝負にも臆さない輩が暴力に従う筈がない。そんなことは当然分かっている。分かっているのだ。だからこそ、ニクジマの疑問がより鮮明により大きく心に立ちはだかる。


 何故シスターは逃げようとした?


 一回戦の終わりでも、二回戦が終わった今も、何故シスターは立ち去ろうとしている? ギャンブルの誘いに乗り、一発逆転の秘策を持つシスターが、何故勝負を降りようとする? 秘策があるなら、勝負を続けてもらえないことの方が厄介な筈。にも(かか)わらず、シスターは一度ならず二度までも、下手な演技をしてまで勝負を降りようとしている。メリットは無い筈。その答えが。幾らたっても見当すらつかない。


 だがそれも考える必要はない。次はニクジマの先攻。契約魔法で定めた絶対のルール。次でありったけの賭け金を提出し、ジョーカーを選べばゲームセット。腹の中身を全て奪うことが出来る。


 ニクジマはレシャロワークにジェスチャーをして、新しい臓器を持って来させるよう指示を出す。何も不都合はない。心配要素もない。全て順調。どう足掻(あが)いても、次のジョーカーを退ける手をシスターが持っている筈が――――――――






「――――――――待てっ!!!」


 発作のようにニクジマが叫ぶ。静まり返っていたカジノバーに声が響き渡り、羽を休めていた蝿達が一斉に飛び立つ。そのうち数匹がニクジマの腕や頬に当たるも、彼女は全く意に介さず目を見開いたまま数秒硬直する。


 勝負事とは言いつつも、内心ニクジマは(あなど)っていた。犯罪者などという敗北者の知能など、高が知れている。その知れている高を基準として、相手の思考を読み計っていた。


 なんたる愚考か。それこそ、敗北者の理論。侮り、驕り、信じ、疑わない。美酒と猛毒の区別も付かぬ愚か者が(あお)る筈の(さかずき)。己が今まさに手にしている盃。なんたる愚考。なんたる愚行。敗北者の真似事。敗北者の(わだち)


 先攻がジョーカーを選ぶ。どんな馬鹿でも予想出来る未来。そして、“イカサマ”をしているニクジマにとっては確定した未来。カードをシャッフルしている装置は、カードの絵柄を判別して決められた順番に並べ替えるイカサマ装置である。ニクジマはそのパターンを暗記しており、どんな状況でも最良手を選べる。つまり、ニクジマが次の先攻でジョーカーを選ぶことは確定している未来。


 その確定した未来が穴。付け入る隙。シスターがもし何らかのイカサマを仕掛けてくるならば、これほど操作しやすい未来はない。カードの入れ替え。装置への細工。手段は無数にあれど、目的は確実に“ニクジマの引くカードの操作”。そして、問題はそのイカサマをするタイミングだが、それも今しかない。シスターはもう負けられない。賭ける臓器も底を尽き、残すはシスター自身とハピネスの目玉くらいである。次は確実に勝利してくる。ならば――――


 今回は絶対に、入れ替えられているであろうジョーカーを選んではならない。


「おい、レシャロワーク。用意してある臓器は何個だ?」

「え、えーっと、2個。ですねぇ。はい」

「あいつらから奪ったのも合わせて11個か……」

「数えるんなら何でさっきの踏んじゃうんですかぁ……?」

「追加でもう5個……いや、10個用意しろ。それと、その時遺児(ガキ共)の体調に変化が無いかも確認しろ」

「……はぁい」


 レシャロワークはニクジマに臓器の入った容器の残りを手渡すと、気が進まないながらも渋々部屋を出て行く。ニクジマは電子パッドを操作し、遺児(いじ)のバイタルチェック画面を呼び出す。表示はオールグリーン。問題なくドナーとして扱える。賭け金の心配は晴れた。そして、残る心配事はシャッフル装置とカードのみ。


「さ、こっちの賭け金は1だ。お前らもさっさと出しな」


 しかし、ニクジマは装置のチェックをしなかった。もし装置に施された細工が目で見てわからないものだった場合、シスターにイカサマを警戒している姿を(さら)してしまう。ならば、敢えて一度イカサマを使わせ、その手段を確実に把握する方法へと切り替えた。


「………………本当にやるんですね」

「当然だろう。どうせ、眼球の一つや二つ失うのなんて惜しく無いくせに」

「では、所持臓器リストに……“眼球”の項目を追加します。いいですね?」

「ああ、いいだろう。ディーラー役のレシャロワークが居ないからね。私が代わりに受け取ってやるよ」


 シスターは所持臓器リストに“眼球”とだけ記入し、ニクジマに背を向ける。


「少々……お待ちを」


 そしてシスターは単独で手術室へと入っていき、十数分後に眼帯を着けて戻ってきた。


「……どうぞ。賭け金は、眼球一つです」


 創造魔法で作られた小さな白い箱。保存液に満たされた中には、紅蓮の瞳孔が輝く眼球が、ぽつんと一つ浮いている。ニクジマはそれを一瞥(いちべつ)した後、目を指差して眼帯を取るよう指示する。


「眼帯外しな。コレは本当にお前のだろうね」


 シスターが黙って眼帯を(めく)る。ニクジマは確実に眼球が抜かれていることを確認すると、創造魔法の白い箱を足元に置いてからカードのシャッフル装置を起動した。


「レシャロワークが居ないが、先に始めるよ。お前らもその方がいいだろう?」

「……そう、ですね」


 シスターは重苦しく肯定する。素人の摘出手術を経て座っている彼にとっては、この返答一つすら苦しいことこの上ない。ニクジマがシャッフル装置のスイッチを押すと、装置は目にも留まらぬ速さでカードを混ぜる。そのカードの動きにぎこちなさは見られず、至って正常に稼働している。それでもニクジマは訝し気にシャッフル装置を睨み続ける。装置によるシャッフルが終わり、カードを一つの束にして排出した。それをニクジマがテーブルの中央に置こうと手を伸ばすが、契約魔法の制約に阻まれ手を弾かれる。


「っ! ああ、そういや山札の一番上しか触れないルールだったね。ちょいと取りづらいが、このままやるよ」


 ニクジマが1枚目を捲る。ダイヤの4。もう一枚。ダイヤの8。もう一枚。クラブのクイーン。


 ジョーカーは出さない。出さないが、だからと言って敗北などもっと有り得ない。


 スペードのエース。ハートの5。クラブの2。ハートの10。ダイヤのキング。


 少なくともジョーカーと3枚のキングを公開した上で、最後のキングを選ぶ。そして、ジョーカーが自分の予想した位置とどれだけズレているかを知る。今選べる最良の手。


 ハートの4。ハートのジャック。ダイヤの5。スペードのクイーン。ハートのエース。


 もうすぐ。もうすぐジョーカーの場所。ニクジマの推測が正しければ、そこにジョーカーはない。何らかの方法で、位置を操作されている。今のところカードの並び順に工作の後は見受けられない。それでも、絶対に隙は見せない。


 クラブの3。クラブの10。スペードの3。スペードの9。ダイヤのクイーン。


 次、次だ。次で全てが分かる。もし仮にジョーカーがあったとしても、まだ手元に臓器は11個ある。負けやしない。


 オープン。ジョーカー。


「ぐっ……」


 ニクジマが顎に力を込める。読み違い。否、僅かな必要経費に過ぎない。寧ろ、イカサマがないことの証明は大きな進歩。確実な益。結末を先延ばしにして苦しむのはシスター達であって、ニクジマに損は一切ない。今ニクジマを(むしば)んでいるのは、己の腐った自尊心によるもの。なんてことはない。ここから、ここからが肝心――――――――


「一つ」


 シスターが口を開く。


「お願いがあります」

「……? なんだい急に」

「これで、勝負を最後にして下さい」

「……はぁ!?」

「今まで言うのをずっと先延ばしにしていました。けど、(ようや)く決心がついたんです。これで止めましょう」


 シスターは、またしても哀しげな表情。恐怖でも、怒りでも、後悔でもない。哀れみの目。ニクジマは憤慨した。己の安全策を見透かされたような気がして、度胸の無さを咎められた気がして。「ここでジョーカーを選んでいれば勝てたのに」と煽られた気がして。


 ニクジマは鬼気迫る表情をカードに移し、一心不乱に次々とカードを捲っていく。


 スペードの8。クラブのキング。スペードの2。ダイヤの3。スペードのキング。スペードの10。スペードの7。ハートの8。ダイヤのエース。そして、ぴたりと手が止まった。


「ふざけるな……ふざけるなっ……!!! お前のような敗北者が!!! 逃げられると思うかっ!!! キープだっ!!!」


 ニクジマの怒号と共に吐き出された唾がシスターの顔にかかる。シスターは静かに目を閉じて、意を決して口を開く。


「………………キープ」


 互いに札を捲る。ニクジマ、ハートのキングと、シスター、スペードの6。


【ニクジマ、13。シスター、6。シスター1の支払い】


「誰が、誰が帰すもんかっ……!!」


 すると、ニクジマは間髪を容れず臓器の箱をバカラテーブルに叩きつけ、カードをシャッフル装置に()じ込みスイッチを入れる。カードが高速で掻き混ぜられ、山札が排出される。


「殺すっ!! 殺してやるっ!!! お前みたいな敗者が、お前のような(クズ)がっ!!! よくも私を憐れんでくれたなっ……!!! お前のような犯罪者がっ!!!」


 シスターはニクジマの罵詈雑言を背に、椅子から黙って立ち上がって手術室に入って行く。するとそこへ丁度、臓器の容器を抱えたレシャロワークが戻ってきた。


「あれぇ? シスターさんはぁ?」


 レシャロワークが手術室の方かと顔を向けると、シスターが扉を開けて部屋に戻ってきた。そして、レシャロワークに白い箱を手渡すと同時にこう告げた。


「賭け金は2。山札の上から42枚をオープン。43枚目をキープ」

「え?」

「は?」


 ニクジマの首筋を、生暖かい滴が伝う。何故なら、43枚目は紛れもなくジョーカーのある場所。


「ニクジマさん。あなたの負けです」


【シスター、39。出目に関わらず、ニクジマ総賭け金の倍額の支払い。追加で5の支払い】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] まさかここまで計算通り?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ