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シドの国  作者: ×90
笑顔による文明保安教会
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14話 先導の審神者

 笑顔による文明保安教会は、決して驕ってなどいなかった。数々の大国と同盟を結び、反乱の芽を根こそぎ潰しても尚、信者達は怠ることなく己の武力を磨き続けた。

 イチルギの手腕により侵略の進まぬ世界ギルド“境界の門”や、鎖国により未だ同盟に加わらぬ世界一の軍事大国“人道主義自己防衛軍”への対抗策として、少数精鋭の戦闘部隊を育成し世界中を巻き込むであろう大戦に向け備えていた。

 ラデックの喉元を狙って突き出された槍は、僅かに混乱魔法を帯びて(きっさき)をボヤけさせる。少ない魔力で確実に命中させる、殺戮(さつりく)に特化した魔法槍術。しかし、ラデックの喉を貫いたかに思われた刃は、異能により飴細工の如く曲がりくねる。

 それでも喉を突かれた衝撃で、ラデックは若干の嘔気(おうき)を覚えながら、なんとか槍を掴み軟化させ引きちぎった。徒手空拳の信者はすかさず距離を詰めて、手に魔力を集中させてラデックの顔に押し当てる。

 しかし、ラデックは肌が触れると同時に異能を発動させ、信者は紐が切れた操り人形のように膝から崩れ落ちた。

「服越しだったら危なかった……」

 異能により“改造”を施された信者は、ひょっこひょっこと奇妙な動きで床を這い回る。

「流石に“両手両足の操作がごっちゃになった”時の訓練はしていないだろう」

 まだ違和感を感じる喉を少し(さす)って、ラデックは振り向きながら叫んだ。

「気を付けろラルバ!」

 信者は相当な実力者だ。そう続けようと思ったが、10人近くいたはずの信者は1人残らず倒れ込んで動かなくなっていた。

「案ずるなラデック。そう心配しなくても手加減ぐらいはしている」

 腰に手を当てVサインを掲げるラルバを見て、ラデックは「そうか」と一言だけ返して肩の力を抜いた。

「お前研究員の癖に戦えるんだな。弱っちいけど」

 ラルバがラデックの腕を掴み、筋肉を確かめるように指で押す。

「異能での自己改造だけだから武術とかは無理だ。人間が鍛えても届かないぐらいの身体能力はあるが、使奴には到底敵わない」

「難儀だなぁ」

 あまりに信じがたい光景を目にした国民達は、呑気な侵入者をただただ茫然と見つめていたが、突然我に帰りラルバに向かって叫んだ。

「こっこの国を……!この国をたっ助けてくださいっ!!」

「頼むっ!!アナタ方しか頼れない!」

「どうか……!どうかお願いします……!」

 縛られた者達は縄を解いて貰うことを願うよりも先に国の未来を案じ、椅子に座っていた者たちは(ひざまず)いてラルバ達に擦り寄る。興味のない善人の好意に、ラルバが怪訝(けげん)そうな顔をして「しっし」と追い払うジェスチャーをした。

「勝手になんとかしろ。私は忙しいんだ。ラプー!先に行ってろ!」

「んあ」

 国民の拘束を解いていたラプーは、ラルバの命令に返事一つで走り出す。ラルバが「ついてこい」と顎をしゃくってラデックとバリアに(うなが)す。

「おっお願いします!お願いします!」

「どうか……!どうかお願いします!!」

 両膝をついて祈るように手を握り懇願する国民達。ラデックは去り際に一言だけ言い残す。

「教会が滅んだ後どう(まと)めるか、助かるかどうかはアナタ方次第だ」


 “教会が滅ぶ”


予想外の言葉に硬直し、懇願どころか涙さえ止める国民達。一行が出て行った後の扉のきいきいと軋む音だけが、薄暗いホールに響いていた。


 真夜中だというのに行手を阻む信者達の行動に緩みはなく、巨塔の内壁から()り出した狭い螺旋階段に、油虫のように(たか)り続ける。先頭にラルバ、間にバリアを挟みラデックが最後尾を務め登る一行を、上から下から絶え間なく襲い続ける。ラルバの遥か先で、ラプーが迫り来る信者の手から丸々とした図体を流水のような滑らかな動きで華麗に(かわ)しているのが見えた。

「捕まえろーっ!!」

「脱獄者発見っ!脱獄者発見っ!」

 下水路に蔓延(はびこ)る鼠の如く湧き続ける信者達を、ラルバが次々に蹴落としていく。

「お前は悪!お前はいいや、お前お前お前!お前は悪だっ!」

 悪と決めつけた信者の頭を殴り昏倒させ、それ以外の信者をラデックの方へ放り投げる。それをラデックが階段から落ちないようキャッチして、眼前に人差し指を突きつける。

「死にたくなかったら消えろ。ラルバはきっと二度目は殺すぞ」

「ひっ……!だ、脱獄……者は……」

「何も言わずに飛び降りろ。着地くらい出来るだろう」

「……っ!………………っ!!!」

 女信者は笑顔を顔に貼り付かせたまま、目に涙をいっぱいに溜めてラデックを見つめる。そして意を決したように螺旋階段から底の見えぬ暗闇へ飛び降りた。

「……そろそろ危ないか?バリア、降りて他の信者から彼女らを守ってやってくれ」

「ん」

 ラデックにそう指示されたバリアは、ふらりと倒れるように暗闇へ頭から落ちていく。

「…………飛び降り自殺みたいだな」



〜笑顔の巨塔 下層〜


奈落の底では、ラルバに見逃してもらった裏切り者の元信者達と狂信者達が争いを繰り広げていた。

「謀反者に笑福の罰を!笑顔による制裁を!」

「うるさいっ!!あんなのに勝てるかっ!!」

「裏切り者を粛清せよ!裏切り者を粛清せよ!」

「うるさいうるさいうるさいっ!!!」

 そこへ突然の落下物が地面を叩き割る。土煙の奥から人影がひょっこり立ち上がり、服についた埃をはらう。

「裏切り者?裏切り者?」

「おいっ!アンタ!早く戦わないと殺されるぞ!」

 土煙に走っていく狂信者と大声で警告する元信者。しかし土煙が晴れると、走って行った狂信者は地面に突っ伏しており、代わりに眠そうな顔をした白い肌の人外が突っ立っていた。

「…………助けってまだ必要?」

「え……ひ、必要…………です?」

「そっかぁ…………」

 不満そうに小さくため息を漏らしたバリアは、頭を掻いて狂信者達に歩いて近寄る。戦闘中だった別の元信者は余りに無防備なバリアを見てギョッとした。

「きっ君!危ないよっ!!」

 狂信者の放った光弾が勢いよくバリアの顔を直撃する。

「粛清粛清っ!!!」

 チャンスをモノにしようと、光弾がトドメを刺すように連続で放たれる。元信者は必死に防御魔法でバリアを守ろうとするが、上位階級の狂信者の猛攻に障壁はあっという間に砕け散る。放たれた4発の光弾がバリアの上半身に命中し、轟音と共に壊れ波導煙(はどうえん)を上げて消滅する。

 しかし、バリアは依然として眠そうな顔で狂信者へ歩き続ける。

「しゅ、粛清っ!!!」

 一瞬だけ恐怖に囚われた狂信者が、より魔力を凝縮させて光弾を放ち続ける。しかし暖簾(のれん)に腕押しバリアは鬱陶(うっとう)しそうに眼前を手で払うだけで、ダメージどころかボタン一つ傷つかない。

「しゅ、粛……せ……」

 狂信者は堪らず(きびす)を返し逃げ出そうと背を向ける。そこへバリアが少し早足で近づいて張り手を頭部へ打ち込んだ。武術も魔術も伴わぬただの少女の張り手。しかし、異能によって物理影響を殆ど受け付けないバリアの体は鋼鉄のように堅く、反動さえ無視する。そんな奇怪な少女のただの張り手は、(さなが)ら樋熊の殴打に匹敵する破壊力を有していた。

 頭から血を吹き出し倒れ込む狂信者。その一部始終を見ていた他の狂信者達は思わずたじろぎ、慌ててバリアを取り囲む。バリアは面倒臭そうに(うつむ)き視線を下げる。

「あっらぁ?ケッコーかぁわいいじゃなぁいぃ?」

 一角から聞こえた野太い女性口調。声の主は石の床をけたたましく踏みつけ、大樹の根のような掌を擦り付けて舌舐めずりをする。

「こんばんわぁバリアちゃぁん?だったわよネぇぇえ?」

 長身であるラルバよりも頭ひとつ大きい筋骨隆々の大男……ではなく大女は、もはや服というよりは模様のように体に張り付いた宗教服越しに筋肉を脈動させる。背の低いバリアを覗き込むように腰を大きく屈め、顔を90度横へ倒すことで(ようや)くバリアと目線が合った。

「初めましてぇぇ……ワァタシはファムファール・ファラクシール。ココの部隊長ヤってるのヨぉおお、ファムちゃんって呼んでぇぇ?」

 独特のイントネーションと訛りでぐちゃりと笑いながら粘液のようにドロついた言葉を垂れ流すファムファール。あまりにも異質な剣幕に、仲間であるはずの狂信者達までもが笑顔を痙攣(ひきつら)らせながら一歩後ずさる。

「アァナタい〜いわねぇぇさっきの張り手。ケッコーな力自慢なのねぇん?」

「ううん」

 この巨体に睨まれたものは、まるで鯨の舌の上にいるような恐怖に(さいな)まれる筈だが、バリアは子供や老人と話す時と変わらぬような自然体でファムファールに返事をした。それを見てファムファールは再び歪んだ笑顔に更に皺を寄せる。

「アァナタいいわぁあとぉっても素敵!謙虚で物静かで可愛くって強いなんてッッッ!!アナタ、ウチにこなぁい?歓迎するわヨォ?」

 ファムファールはゴツゴツとした岩壁のような手をバリアに差し出す。少し間を置いてバリアはファムファールを見上げた。

「イヤ」

 その場にいた者全員が背筋を凍りつかせた。笑顔のまま動かないファムファールの心の内を想像し、誰もが乾き切った口内をへばりつかせて息を飲む。

「………………そう。じゃァ……仕方ナイわネぇ…………」

 ファムファールがゆっくりと立ち上がり、半身の構えをとる。

 魔法や科学技術の発展により、純粋な肉弾戦を極めんとする者は非常に少ないが、生まれつき膨大な魔力と強靭な躰に恵まれたファムファールにとっては、強大な雷魔法や超圧縮された重力魔法よりも、魔法による肉体強化から繰り出される武術の方が何倍も破壊力があった。溢れんばかりの魔力を躰に纏い、龍のように強靭な筋肉はより堅く、しなやかに。鉄すら腐ったトマトの如く容易に握り潰し、家すら軽々持ち上げる膂力(りょりょく)を得る。使奴顔負けの馬鹿げた身体能力は、バリアにも一目で理解できた。

「規則なのよネぇ…………ヤりましょっか?」

 青白い波導煙(はどうえん)を蒸気機関のように鼻からを吹き出し、口からもわもわと狼煙(のろし)のように吐き出しているファムファールに、バリアは顔色ひとつ変えず答える。

「うん」

 ファムファールを真似してバリアも同じ構えをとった。信者達は数分前までの死闘をも忘れて、地獄の怪物(ファムファール)少女(バリア)を遠巻きに見守る。

 終始淡々としたバリアの態度に、ファムファールは再び笑顔をぐちゃりと捻じ曲げて笑った。



〜笑顔の巨塔 上層〜


「んー……ふぅむ……ほぉん……?」

 ラルバは暗い部屋で木の椅子に腰掛けながら書類を読み(あさ)っていた。横ではラデックとラプーが置いてあった干し肉を食べている。

「なにか分かったか?」

「んー……イチルギの資料とそんな変わりないが……とりあえず幹部どもが悪者だっていうのは分かった」

 ラルバは後ろの黒板にチョークで図を書きながらラデックに説明する。

「天辺が先導の審神者(さにわ)。だがこいつはぶっちゃけお飾りだろう。次にいる幹部7人、こいつらが親玉だ。先導の審神者の異能で他国の弱みを握って強制同盟。先導の審神者が得た有益な情報と引き換えに資源や人材を、国民達へは恐怖での弾圧と豊かな暮らしを。飴と鞭の使い方がはちゃめちゃに荒い」

「ここの兵士達はそれを知らないようだが……」

「マジの狂信者なんだろう。「先導の審神者について行けば全部平気なんだ〜!」って馬鹿面下げてる気狂い共と、幹部に(そそのか)されたオツムの弱い馬鹿と」

「じゃあその幹部と狂信者が悪人か」

「そうですよ」

 突然割り込んできた声に、ラデックは驚いて顔を向ける。部屋の入り口には一人の女性が優しそうに微笑みこちらを見ていた。

 他の信者達とは違う宗教的な衣装に、腰まで伸びた輝く金髪。薄い灰色の瞳と、ごく僅かに赤みがかった色白の肌。女性にしては高い身長とスレンダーな薄い肉付き。額には目をモチーフにした笑顔による文明保安教会の紋章が彫られている。

 ラルバがチョークをクルクルと回しながら首を傾げた。

「お前が先導の審神者か?」

 女性は静かに(うなず)く。

「はい。私がこの国の長にして先導の審神者を務めさせていただいております。ハピネス・レッセンベルクといいます」

 ハピネスは丁寧にお辞儀をして3人に挨拶をする。

「どうも、ラデックだ」

「私はラルバ・クアッドホッパー。まあ知ってるだろうが。あっちはラプー」

「初めましてラルバさん。ラデックさん。ラプーさん。来ていただきたい場所があるのですが……少々お時間よろしいですか?」

 唐突な誘いにラデックは警戒する。

「もう牢獄は勘弁してほしい。……まあ今は確実に重罪だが」

「行く行くー」

 ラルバは上機嫌に席を立って歩き出す。

「行くのか……」

「今更何を怖がるか」

「ではどうぞ此方(こちら)へ……」

 ハピネスが扉に手を差し出して先導する。廊下へ出ると、先程ラルバが倒した狂信者達と6人の幹部が転がっていた。それに無反応のまま歩き出すハピネスに、違和感を覚えたラデックは歩きながら問いかける。

「……仲間を介抱しないのか」

「ええ。もとより仲間ではありませんから」

「ほう……」

「私が先導の審神者になったのは5つの時です。自らのおかしな力を父に話したことで教会に招待されました。父は教会の幹部だったので話はトントン拍子に進み、()ぐに王位継承の儀が行われました」

「ハピネス。アンタの異能……その“おかしな力”ってのは……具体的にどういうものだ?」

「“覗き見”ですよ」

 ハピネスは立ち止まってラデックの方へ振り返る。

「皆は“祝福”とか“神託”と呼んでいます。私はそんなもの信じていませんが……精神体みたいなものを飛ばすことができるんですよ。幽体離脱に近いかもしれません。見たり聞いたり、飛んだり潜ったり。遥か遠くの国も、地下深くの要塞も、空飛ぶ機械の中も、魔法障壁に阻まれたギルドも、私に行けないところはありません。誰にも見ることはできませんし」

「それは……便利だな。とても」

 顎に手を当てて感心するラデック。後ろではラルバがイチルギに貰った資料を見ながら笑みを浮かべる。

「なるほどなぁ……よその国はそれで弱みを握れるが、世界ギルドはそうもいかなかった訳か。他の国のお偉い方は利権のためにアレコレ姑息な姦計(かんけい)を用いるが、イチルギは突かれて弱い部分を作るほど馬鹿でも強欲でもない」

 ハピネスは再び歩き出しながら困ったように笑う。

「はい……彼女の手際は素晴らしい物でした。正義を(おとし)めるわけでもなく、弱者を煽るわけでもなく、全ての責任を一人で背負い全ての利益を誰かのために使う。ウチの幹部が必死にデマと憶測を絡めて陥れようとしましたが、世界ギルドの民のイチルギさんへの信頼は決して揺ぎませんでした。彼女の自己犠牲と誠実さの賜物(たまもの)です」

 廊下の奥には大きな木製の門があり、その横に小さな木の扉が付いている。ハピネスが小さな木の扉を開けて中へ入っていく。



〜笑顔の巨塔 神託の間〜


 部屋の中は蝋燭(ろうそく)が十数本置いてあるだけの薄暗い石造りの部屋で、正面の壁には大きく笑顔による文明保安教会の紋章が描かれている。

「少し長くなりますが……私の話をさせてください」

 ハピネスは紋章を見上げ、目を細める。

「私は、私は教会に囚われてから、1日のほとんどの時間をここで過ごしてきました」

次回15話【扇動の審神者】

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[一言] まだハピネスが綺麗だったころ
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