148話 ハザクラ&バリア対バシルカン
「畜生が……。惜しかった筈なんだがなぁ〜……」
デクスは仰向けに倒れたまま太々しくぼやく。優秀な性質を持つ技の多くを把握され、今後は使奴との純粋な読み合いを強いられる始末。事実上の敗北。そんなデクスにとっては、手番の異能を解除しないことが唯一可能な悪足掻きだった。そんなデクスを見下ろしてラルバが怪しんで眉を顰める。
「何故”惜しかった“と思うんだ?」
「はぁ〜? どう見ても惜しかっただろ〜。デクスの異能はイチルギも初見じゃクソ手こずってたんだ。今はあの頃より技も腕も磨けてる筈なんだがなぁ〜」
「イチルギが、手こずった?」
「あ、疑ってんだろ」
「いや、そうじゃない」
ラルバは目を伏せて思案する。彼女の脳裏には一際大きな疑問が浮かんだが、それは唐突に響いた轟音に塗り潰される。平凡な日常を送っていればまず耳にしないであろう、巨岩を穿つような鈍い音。
「うおっ。ありゃ死んだんじゃねぇか?」
寝転がっていたデクスも思わず上体を起こして音の方を見やる。そこでは、丁度ヴェラッドとゾウラの戦いに終止符が打たれた所であった。ゾウラが糸の切れた操り人形のように倒れ込み、ヴェラッドが確実にトドメを刺す為に再び三節棍を構えている。ヴェラッドの虚構拡張による暗闇を割いていた海中の景色が、切れかけの蛍光灯のように点滅しながら消えていく。
「マズいな。デクス、邪魔するなよ」
「無茶言うぜ」
ラルバが不機嫌そうに歯を擦り合わせ、デクスそっちのけでヴェラッドに向かって走り出す。ヴェラッドは咄嗟に構えを切り替えラルバに向き直る。しかし、対応がやや遅かった。ヴェラッドは近づいてくるラルバの姿が僅かに歪んでいることに気付いた。だが、それが眼前にまで迫ってきている”ガラスのように透明な鯨“によって光が屈折しているからだと気付くことは出来なかった。“静寂に 喞つ鯨魔法“が音もなくヴェラッドを飲み込み、体内に満ちた混乱魔法の海に沈める。ヴェラッドは何が起きたのかも理解出来ないまま、痛みもなく眠るように意識を手放した。
辺りの景色が“塗料が滲むように”流れ落ち、元の街路樹と街灯が並ぶアスファルト舗装の駐車場が姿を現す。ラルバがすぐさまゾウラを治療して蘇生させると、ゾウラは昼寝から覚めたように目を開け、キョロキョロと辺りを見渡す。倒れたまま動かないヴェラッド、尻を地につけたまま立ち上がらないデクス、黒痣に覆われたラルバ。それらを見て、ゾウラは少し困ったように笑った。
「あちゃ〜。私、負けちゃったんですねぇ」
「いや、ゾウラがヴェラッドを追い詰めたお陰で勝てた。“私達”の勝ちだ」
「あ! それいいですね!」
「楽しそうなところ悪ぃんだが、ちょっといいかー?」
ラルバとゾウラに、デクスが声をかける。彼は暢気に缶ジュースを飲みながらラルバ達の元へと歩いてくる。敵意こそないものの、一方的に間合いまで踏み込んできたデクスにラルバが怪訝な顔をする。
「なんだ負け犬。ヴェラッドの蘇生ならもう少し待っていろ」
「あーそうじゃねぇよ。お前らが“私達の勝ち”とかって言い方をするならよ、俺らもまだ“俺達の勝ち”が残ってるかもっつー話よ」
そう言ってデクスは上空を見上げる。南中を少し過ぎた太陽を背負い、3人の人影が激しい攻防に火花を散らしている。
「あのバシルカンとか言うお前達のリーダーのことか? そんなに強そうには見えないな」
「はっ。使奴っつーのも案外節穴なんだな。バシルカンはクソ強ぇーぜ」
ラルバはデクスとゾウラと共に、中を舞う3人を眺め口を開く。
「ああ、そうだろうな」
バシルカンの蹴り上げが、ハザクラの鼻先を掠って空を切る。攻撃で軸がブレたバシルカンに、バリアがタイミングを合わせて手刀を放つ。しかし、音よりも速い使奴の一撃を、バシルカンは無理な体勢から身を捻って難なく避けて見せる。そして同時に、握っていた小石をバリアに向かって弾き飛ばす。すると、何の変哲もない小石が突然急加速する。その上小石が命中したバリアはまるで大砲の直撃でも喰らったこのように大きく吹き飛び、地を揺るがす轟音と共にアスファルトに叩きつけられクレーターを作り出した。
ハザクラはその攻撃の隙に短剣による追撃を試みるが、バシルカンはまたしても崩れた姿勢をものともせず小手で防ぎ、空中に作り出した足場を蹴って踵落としをハザクラに打ち込む。
「ぐがっ……!!」
魔法で作った透明の足場から叩き落とされたハザクラは、バリアの隣に落下し辛うじて受け身を取る。バリアはバシルカンの方を向いたまま片手間でハザクラに回復魔法をかける。
「す、すみません先生……」
「アレ相手じゃ仕方ない。ハザクラじゃちょっと勝てないかも」
ふとバリアが視界の端に目玉を動かす。戦闘が終わったであろうラルバが、ゾウラ、デクスと共にこちらを見ている。ラルバの眼差しは何かを問いかけているようで、訝しげに、それでいて心配そうに目を細めてている。バリアはその問いに答える為目線を前方に戻す。バシルカンは空中の足場に片足立ちしたままこちらを見下ろしており、その表情に感情らしきものは見受けられない。高揚も、敵意も、哀れみも、焦りも。ただただ機械的に、或いは事務的に戦い続けている。
何一つとして事態は変わっていない。だが、バリアは顔を前方に向けたままラルバにVサインを見せ、声には出さず「余裕」と口を動かした。
「ハザクラ、バシルカンの異能が分かったよ」
「え?」
バリアの発言に、ハザクラ、そしてバシルカンも驚きの声を上げる。
「ほう。鋭いですね」
バシルカンは疑問も否定もせず、ただただ素直に感心を露わにした。バシルカンには一度だけ見せた“油断”があった。それはジグソーパズルの1ピースにも満たないような些細なものであったが、彼女はそこから異能の性質を紐解かれるのではないかと危惧していた。そして、その想像が見事に的中した。
バリアが足元に巨大な魔法陣を展開して、既存の魔法式を基に新たなる魔法の構築を開始する。バシルカンは、この目測で砂漠の砂を数えるような芸当を目の当たりにしながらも動かない。否、動けない。バリアは己の推測が正しかったことを確認し、ハザクラに解説を始める。
「バシルカンの異能は、恐らく“速度対象”の強化系。言うなれば、“速度模倣”の異能」
「速度模倣……?」
ハザクラは棒立ちのバシルカンを警戒しながらバリアの言葉に耳を傾ける。
「移動している物体Aの速度を、物体Bにコピーする。ただそれだけの単純な異能。バシルカンが私達の攻撃を悉く回避して見せたのも、反撃をしてこなかったのも、全ては私達の衣服や手についた塵の速度をコピーしていたから。バシルカンが身につけているゴーグルや籠手は、速度コピーの受信先として機能している。だから無理な体勢からも容易に回避が出来たし、あまり体力を使わずに素早い動きが出来る。反撃の回数が少ないのも、動いていない使奴相手に速度模倣ナシで自分から動くのは分が悪いから。現に今も攻撃してこないでしょ?」
「そうか……先生と同じ物理法則を歪ませる異能なら、異能同士の鍔迫り合い次第で先生を弾き飛ばすことも出来る……」
「その辺彼女は上手いよ。私が防御の異能を衣服にまで適応させなければ衣服を対象に引っ張るだろうし、そうでないなら服が固まって私自身が動けない。場数踏んでる証拠だね。だからこそ――――」
バリアの魔法陣が魔法式の構築を終え、鮮血のような紅に染まる。
「この星の自転なんて分かりやすい速度は、コピーしたくはなかっただろうね」
「ほ、星の自転を……!?」
「私が“瓶詰めの鼠魔法”を発動した時、バシルカンが今までで一番速い速度で逃げた。速度対象の異能でも、コピー元の物体には制限があるんだろうね。瓶詰めの鼠魔法の波導粒子を異能の性質で感知した。でもコピーは出来なかった。だから、兎にも角にも速く動いている物質を探して速度をコピーするしかなかった。あの時逃げたバシルカンの速度は、多分時速1000km以上。今近くでそれだけの速さで動いている物体と言えば、星の自転くらいじゃないかな。でも、奥の手を使うのが早過ぎたね。普通はただ速く動いているようにしか見えないだろうけど、私達使奴にとっては値千金の情報だったよ」
魔法陣が発動待機状態になり赤と黒の波導煙を噴き出す。雷魔法と土魔法を融合させた即興の複合魔法。魔法陣の中心からルビーのように紅く輝く樹木が生え、その枝を触手のように蠢かしている。
「タネが分かれば対処は簡単。速度を参照するなら、移動しない魔法で捕らえればいい。この樹木魔法なら、さっきのバシルカンよりも速い速度で枝を伸ばして攻撃できる。何か対処法はある?」
バシルカンは静かに頷き、身を低く屈めて突進の姿勢を取る。
「実に的確な推測でした。仰る通り、私は“匹敵”の異能者。イチルギ様には自転公転の参照には注意しろと再三言われていたのですが、少々焦り過ぎました」
「あれ? 降参しないの?」
「真剣勝負、況してや私から始めた勝負。降参はマナー違反と心得ています」
「ふぅん。真面目だね。あ、褒めてないよ」
「では、参ります」
バシルカンが星の自転の速度をコピーしてバリアに突進を始める。消失現象か、はたまた瞬間移動かと思えるほどの速度でその場から姿を消した。次の瞬間。バシルカンがバリアの眼前に現れたかと思いきや、身体は樹木魔法の枝に断ち切られ真っ二つに割れる。異能が解除されたバシルカンの死体は、そのままバリアの背後へと緩やかな放物線を描いて転がっていった。
「改めまして、私、世界ギルド“大河の氾濫”所属。バシルカンと申します。この度は突然の襲撃、大変失礼致しました」
バリアに胴体を繋げてもらったバシルカンが、腰を90度曲げてラルバ達に深く頭を下げる。しかし、後ろにいるデクスとヴェラッドは頑として頭を下げない。
「なぁんでバシルカンが謝るんだよ! おかしいだろ!? なあヴェラッド!」
デクスの物言いに、ヴェラッドも賛同して何度も頷く。バシルカンが2人に説教をしようと口を開くが、それを遮ってバリアが問いかける。
「別に気にしてない。イチルギから諸々の話は聞いてる。でも、気になるのは“タイミング”の方。どうして“今”なの?」
「あぁ?」
デクスが眼光鋭く一歩前に出るが、バシルカンがデクスの肩を引いて自分が前に出る。
「どう言う事でしょう」
「爆弾牧場ではパジラッカ、ラドリーグリスの2人が襲撃を仕掛けてきた。でも、あの2人はラルバにしか手を出さなかったし、爆弾牧場の悪政を暴く任務も兼任してた」
「そう聞いています」
「でもバシルカンは違う。私はともかく、イチルギの味方であるはずのハザクラまで襲った。それどころか、まるでハザクラ達が“ホウゴウとの会談を断られるのを見越してきたかのようにタイミング良く現れた“。偶然じゃあないよね」
バリアの目に敵意が浮かび始める。ハザクラの邪魔をする大義を問う怒りを宿した眼光に、バシルカンは冷淡に答えた。
「仰る通り、偶然ではありません。私達は、“ホウゴウ様から皆様を始末するよう命じられました”」
バシルカンの発言にハザクラが目を開く。
「なっ……!? 何故――――!!」
「一つ、私達“大河の氾濫”の目的、ラルバ・クアッドホッパーの討伐という目的を包含していた為。二つ、ホウゴウと取引をしたからです」
「取引……?」
「はい。私達が皆様を始末するのと引き換えに、ホウゴウ様は世界ギルドとの和平協定を結んで下さると約束してくれました。そうなれば、世界ギルドや多くの国が差別思想を気にせず安心して診堂クリニックを訪れ治療を受けられるでしょう」
「……意味がわからない。世界ギルドと人道主義自己防衛軍は協定を結んでいる。俺はその幹部だ。俺を殺すと言うのは、世界ギルドと敵対するのと同義だぞ」
「いいえ。私達“大河の氾濫”は世間に知られていない秘密部隊。私達が何をしようと、世界ギルドの体裁は守られます」
「明らかに釣り合っていない条件だ。俺達を殺したら、人道主義自己防衛軍は世界ギルドと敵対する。それにイチルギだって黙っていない」
「三つ。私達は皆様に勝てないからです」
「は?」
「えぇ!?」
ハザクラに続いて、デクスも大声を上げて仰天する。デクスはバシルカンの胸倉を掴み、激しく前後に揺さぶった。
「おいバシルカン!! そうならそうと言えよ!! デクスが怪我でもしたらどうする!! 勝つ見込みあったんじゃないのかよ!! おい!!」
「デクス。貴方はもう少し自分という人間を理解して下さい。貴方に正直に作戦を伝えては全てが台無しです」
「嘘はマナー違反だろうが!!」
「マナーは欺瞞と詭弁で保たれるものです」
バシルカンはデクスの引き剥がし、ラルバの方に目を向ける。
「これでホウゴウ様は私達という武器を無くしました。そして、今回用意していた武器を私達に頼っていたせいで、本来の後ろ盾であるハグれ旅団“キャンディボックス”も“存在しない村”も留守にしています。今ならホウゴウ様と直接話し合うことが出来るでしょう」
そしてすぐにハザクラに視線を戻す。
「イチルギ様から“破条制度”については聞いていますね? 私達“大河の氾濫”が提示する評価方法は、ラルバ・クアッドホッパーそのものではなく、手綱を握る者、協力している者、信頼されている者の振る舞いから推察する“善管注意義務の精査“です。ハザクラ様。貴方は、ラルバ・クアッドホッパーの手綱を握るに相応しい、善良なる管理者として注意義務を遵守出来るか。私達に見せて下さい」




