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シドの国  作者: ×90
診堂クリニック
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147話 ゾウラ&ラルバ対ヴェラッド&デクス

 古びたコンクリートの地面と見渡す限りの闇が立ち込めていた虚構拡張の世界に、幻想的な海中の世界が覆うように展開されている。広大な珊瑚礁(さんごしょう)の大地に君臨するは、スヴァルタスフォード自治区の元皇太子、ゾウラ・スヴァルタスフォード。


「久しぶりの戦闘です! 負けませんよ!」


 ショテルとクロスボウを双剣のように構え、屈託のない笑顔を向けるゾウラ。相対するは、世界ギルド“大河の氾濫”所属、ヴェラッド。彼は手に刺さった2本の矢を無理やり引き抜き、恨めしげにゾウラを睨む。そして回復魔法で手の出血を止めると、運搬魔法で三節棍を回収しつつゾウラに向け突進する。


 風魔法を纏った三節棍が、まるで生き物のように不規則な軌道を描いてゾウラに襲いかかる。ゾウラはこれを大きくしゃがんで(かわ)し、水魔法によるジェット噴射でヴェラッドに切り掛かる。ヴェラッドが三節棍で防御しながら反撃を試みると、ゾウラはジェット噴射の“飛沫に溶け込んで”姿を消してしまった。


 虚構拡張によるゾウラの異能の変質。本来はバケツ一杯ほどの水にしか溶け込めない“同化(メルト)”の異能だが、虚構拡張による制限緩和で一滴の水にも溶け込めるようになる。


 ヴェラッドの振り回す三節棍に仕込んだ風魔法を、ゾウラが故意に強化魔法で威力を上げ勢いを増幅させる。その凄まじい風圧で水が余計に飛沫をあげ、ゾウラがその飛沫(しぶき)の間を同化と解除を繰り返して飛び回る。その様子は(さなが)ら瞬間移動を繰り返しているようで、ヴェラッドは少しずつショテルの斬撃を喰らい体力を減らしてしまう。


 余裕を感じたゾウラが、一歩深く踏み込んだ一撃を放とうと地に足をつけると、ヴェラッドの長い前髪で隠れていた目玉と目が合ってしまった。


「およ?」


 瞬間。ゾウラの身体が土に埋まったかのように硬直する。そこへ、ヴェラッドが三節棍による渾身の一撃を打ち込む。しかし、間一髪のところでゾウラは身体の自由を取り戻し飛び跳ねて距離を取る。そしてすぐにまた水魔法を発動しつつ、変わらぬ気迫でヴェラッドに突進した。


「えっ」


 ヴェラッドは予想外の出来事に対応が一瞬遅れる。確かに自分の異能は発動した(はず)。しかし、当のゾウラ本人はほんの少し怯んだだけで恐れを感じている様子は微塵もない。ゾウラが過去の事件を境に恐怖を感じないことはヴェラッドも知っていたが、恐慌(パニック)の異能はそれを上回ると確信していた。しかし、結果は火を見るよりも明らかである。


 ただ一つだけ救いとするならば、恐慌(パニック)の異能による行動の停止は、恐怖由来のものではなく異能そのものの特性だったということ。これにより、恐慌(パニック)の異能の弱体化は“相手を一瞬だけ怯ませる”能力になる程度で済んでいた。


 再び周囲に水魔法が放たれ、今度はゾウラ自身がそれを蹴飛ばして水飛沫を発生させる。ヴェラッドは慌てて三節棍を構え直し、ゾウラの無軌道な連撃に備える。高く打ち上がった飛沫の断片。それが地面に落ちるまでの僅か数秒。ショテルとクロスボウの弓がヴェラッドの肩を裂き、肘を裂き、頭蓋を撫で、足の腱を断ち切る。真っすぐ立てなくなり姿勢を崩したヴェラッドだが、激痛に怯みつつも氷魔法で自分の足を凍らせ無理やり構えを保つ。しかし、(ひるがえ)ってゾウラは無傷のまま。ゾウラは次こそ確実に仕留めようと速度を上げ、ヴェラッドの視界から外れた瞬間を狙って死角の飛沫に身を溶け込ませる。そして態と一定のリズムで行っていた連撃に一瞬のディレイを加え、ヴェラッドを後方から切り上げる。その直前、再びゾウラの全身が凍りつく。


「あっ――――!!」


 ヴェラッドの方が一枚上手。罠を仕掛けていたのはゾウラだけでは無かった。恐慌(パニック)の異能の発動条件は“一定時間の接近”。連発こそ出来ないものの、他者対象にも(かか)わらず直視も化学的接触も要さない優秀な発動条件。それをヴェラッドは、ラルバと戦っていた時から“目を合わせること”が発動条件と見せかけていた。まんまと勘違いしたゾウラはヴェラッドの思惑通り視界から外れた。それはゾウラにとっては異能の届かぬ安全な死角に見えただろうが、ヴェラッドからすれば縦横無尽に駆け巡るゾウラの連撃の中で”唯一攻撃のタイミングが測れる“絶好の機会となった。


 理想的な形で加速した三節棍が、音魔法と風魔法を纏ってゾウラの側頭部に致命の一撃を与える。頭蓋に(ひび)が入り、頚椎が歪む。池に石を投げ込んだときのように脳味噌が波打つ。象すら昏倒させる一撃にゾウラは意識を失い、その場で崩れ落ち倒れ込んだ。






 時同じくして、ラルバとゼクス。


「チッ……オラオラァ!! 避けてばっかじゃジリ貧だぜ!! 灼熱地獄の煤煙ヘル・スモッグ・バーニング!!」


 デクスの手から放たれる火炎弾を、ラルバが身を(よじ)って避けようとする。しかし火炎弾はまたしても不自然に軌道を変え、ラルバの足を(えぐ)り焦がした。ラルバはすぐさま足に回復魔法をかけデクスの追撃に備える。デクスの攻撃。ラルバの回避失敗からの回復。この一連の動作が何度も繰り返されるが、ラルバは隙があろうとも決して反撃には転じず、コールタールのようにドロっとした陰湿な眼差しでデクスを睨むばかりである。その不気味な態度に、デクスは“まさか”と思い唾を飲んだ。


 異能がバレている?


 ” 絶対征服の魔手インペリウム・オーバーロード“。デクス自身で虚構拡張をするフリをして、ヴェラッドに行わせる異能の内容を誤解させるミスリードの合図。だが、それはもうとっくに、下手すれば最初から見破られていただろう。しかし、デクスの異能は複雑怪奇な劣化系の異能。全く同じ異能を知りでもしない限りは、入隊試験を監督したイチルギでさえ手がかりすら掴めなかった独特な仕組みを持つ。しかし、先程ラルバが”態と攻撃に当たりにきた”ことから、この”もしも”が頭から離れない。


 デクスは足の裏に棘が刺さったような気分だった。その棘を抜く為に、彼は珍しく功を急ぐ。大胆不敵と思われるデクスだが、その態度とは裏腹に本質は実に冷静で合理的。粗暴な言動とはまるで正反対な質実剛健な戦闘スタイル。しかし、今回ばかりはそうは行かなかった。


 使奴という計り知れない実力を持つ敵。そんな使奴に唯一通用する盾であり矛である異能が看破されたかもしれないという疑念。そして視界の端に映るヴェラッドとゾウラの激しい攻防。これらの不安要素ひとつひとつが、デクスの冷静な判断能力を軋ませた。


「小賢しい奴だ!! そんなら……コイツも防いで見せろよ!! ”崩壊する亡霊の聲(コラプション・ロア)!!!」


 デクスの背後に巨大な魔法陣が浮かび上がり、青白い閃光と共に人型の魔法弾が生成される。混乱魔法によって生み出されたそれは亡霊のように空を飛び回り、蛇行しながらラルバへと襲いかかる。


「それが“一回休み”か」


 ラルバの独り言のような問いに、デクスの背筋が凍り付く。ラルバの魔法が発動し、“ 細かい六角形の鱗で形成された半透明の防壁”が亡霊を弾き飛ばす。


「ぐっ……!!」

「嘘を吐くのは苦手か? 顔に”しまった”と書いてあるぞ」

「ハッ!! デクスの猿真似如きでいい気になるなよ!!」


 デクスは虚勢を張って強気に振舞うが、ラルバは傷と黒痣だらけのまま冷たく微笑む。


「猿真似……ね。確かに一回見ただけじゃ不安だが、こういう感じだったか? “ 神速の邪牙(ソニック・ファング)”」

「チッ!」


 ラルバが技名と共に手に魔力を集中させると、咄嗟にデクスは舌打ちをして防壁を展開する。


歪んだ断罪の剣ディストーション・リップ!!」


 鎖で編み込まれた円形の盾が、怪しげな紫の発光と共に形成される。それを見たラルバは、ニヤリと北叟笑(ほくそえ)んだ。


「これで、私が“後攻”になるわけだ」


 ラルバが手に込めていた魔力を霧散させ、魔法式の構築を中断する。技名を呟いただけのブラフ――――


デクスは気付いた。やはり、全て“見抜かれている”。


 世界ギルド“大河の氾濫”所属。“デクス”。異能、“手番(ターン)”。


 異能の中でも珍しい“行為対象”の劣化系。攻撃行為に反応して発動され、攻撃者と自分をテレビゲーム内での戦闘のようなターン制バトル形式に持ち込む異能。互いに行動は攻撃、防御、回復、道具、逃走の(いずれ)か一つしか行えず、相手が任意の行動を終えるまで再び行動することは出来ない。そして、手番(ターン)のもう一つの特性は、異能の影響下では行動の内容にも特性が付与されること。攻撃魔法や武術には必中効果やデバフが、防御魔法には反撃機能や先制発動が。異能の影響下では使奴であろうが子供であろうが、誰もが等しく手番(ターン)に従うことを強制される。


 デクスはこの異能の影響下で、自身の魔法がどういった性質を持つのかを調べ、優秀な性質を持つ魔法と技名を紐付けていた。灼熱地獄の煤煙ヘル・スモッグ・バーニングは“必中”と“次ターン攻撃失敗“。 神速の邪牙(ソニック・ファング)は”先制攻撃“と”次ターン逃走失敗“。万象の拒絶パーフェクト・フィールドは”先制発動“と”遠距離攻撃の無効化“。歪んだ断罪の剣ディストーション・リップは“先制発動”と“近距離攻撃の無効化”。


 デクスが先攻で灼熱地獄の煤煙ヘル・スモッグ・バーニングを放っている限り、ラルバに打つ手は無かった。灼熱地獄の煤煙ヘル・スモッグ・バーニングの命中率低下のデバフを後攻で治療した後に、無限とも言える選択肢の中から一か八かで”先制攻撃“の特性を持った技を引き当てなければならず、その後のデクスの対応によっては更に”必中“か”防御貫通“の特性も兼ね備えてなければならない。そして何より、コレらのルール全てがラルバにとってはブラックボックス。ルールも操作方法も分からない格闘ゲームで、初心者が熟練者に蹂躙されているも同義。



「猿真似ぐらいどうにかして見せろ。“崩壊する亡霊の聲(コラプション・ロア)”」


 そんな一方的な戦いの中で、デクスはミスを犯した。自分の戦術を信じ切れず、初心者(ラルバ)の不気味な眼差しに怯み、勝ちを急いだ。その隙をラルバは見逃さなかった。ラルバがデクスの放った魔法を真似て魔法陣を展開する。使奴の潤沢な魔力で練り上げられた陣はギラギラと輝き、精巧な亡霊の群れを生み出した。それらは枷が外れたように魔法陣から飛び出して、吸い込まれるようにデクスへと襲いかかる。


 本来であれば展開した防壁魔法を張り続けていればいいだけの話。しかし、ラルバの放った攻撃、崩壊する亡霊の聲(コラプション・ロア)の特性は”防御貫通“と”次ターン行動不能“。異能を解除すれば圧倒的魔力差で敗北確定。だが、異能を解除しなくとも特性の相性により次ターン行動不能は確定。


「はっ。クソゲーだな」


 デクスの身体を、無数の亡霊が怨嗟の声と共に貫いた。



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[気になる点] 異能を見抜けたのは使奴のスペックゆえかな?
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