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シドの国  作者: ×90
診堂クリニック
147/286

146話 恐慌の手番

〜診堂クリニック 第一診堂中央総合病院 関係者用出入り口〜


 警備員の監視の隙間を縫って、紺色の人影が施設の中へと吸い込まれるように入って行く。中にいた警備員が退屈そうに欠伸(あくび)を溢した直後、紺色の人影が背後から両腕を首に絡めた。


「ふぁ〜あ……あっ!?」

「すまない、許してくれ」


 ジャハルは警備員を締め上げて昏倒させると、警備員から制服を剥ぎ取って袖を通す。帽子をなるべく目深に被り関係者様通路に入ると、足早に階段へと向かいながら先程起こった出来事の顛末を推測する。


 突如目の前に現れた“バシルカン”と名乗った黒髪の女性。その従者“ヴェラッド”と、加勢に来た“ゼクス”という男。そしてハザクラとバリアの態度。恐らくは敵勢力。しかし、世界の名だたる強者達、凶悪犯、そのどれとも一致しない。世間から秘匿にされた存在。そして、それによく似た特徴を持つ団体を、ジャハルはつい最近目にしている。


「……世界ギルドの秘密部隊が、どうしてハザクラを……」


 今のジャハルはこの疑問を解決する術を持たず、兎にも角にも今はハザクラの命令に従い、己の役目を全うする他ない。ハザクラがジャハルを逃した理由、自分達を拒絶し、バシルカンを盾に隠れ続けている使奴。診堂クリニック総合院長、“ホウゴウ”への接触を。


〜診堂クリニック 第一診堂中央総合病院 東駐車場〜


「リン君、検査頑張ったねぇ〜!」

「うん! ボク、泣かなかったよ!」

「偉い偉い!」


 ひと組の親子が、手を繋いで駐車場の真ん中を歩いて行く。その母親の跳ねた癖っ毛を、風と共に何かが一瞬触れた。


「うわっ! 今日は風強いわね〜」


 母親が髪を押さえて振り向くと同時に、母親の後ろを2つの影が突風を伴って過ぎ去って行く。それを見ていた子供が、影の過ぎ去った方を指差して笑う。


「ママ見て! 空神(そらがみ)様だよ!」

「ほんと〜? ママ見えなかった〜」

「ほら! あそこ! ほら!」

「え〜?」


 母親が鳥か何かだろうと想像して子供の指差す方を見る。そこには、太陽を背負う3つの人影が、旋風に巻き込まれた木の葉のように入り乱れて空を舞っていた。


「ハザクラ、速度上げるよ」


 バリアは空中に生成した透明な足場を蹴り、バシルカンに回し蹴りを放つ。しかし、使奴による目にも留まらぬ神速の一撃を、バシルカンは涼しい顔でひらりと(かわ)す。それを見越していたハザクラが同時に短剣による切り上げで挟撃を狙うが、これも籠手で容易く弾かれる。


「素晴らしい戦闘技能ですね。お二人の息をつかせぬ歯車のように噛み合った連携。感奮の極みです」


 常人の限界を遥かに超える速度の猛攻を、バシルカンは汗ひとつかかずに難なく対応して見せる。ハザクラは、人間である自分はともかく使奴であるバリアの攻撃も当然のように躱すバシルカンに、一際強い疑念を抱いた。


 使奴にも劣らぬ身体能力。恐らくは、これが彼女の“異能”。世界ギルドの秘密部隊“大河(たいが)氾濫(はんらん)”のリーダーに相応しい、使奴をも(しりぞ)ける無敵の異能。しかし、そんな最強の異能を持っていながら、バシルカンは未だ“一切の反撃をしていない”。


「これならどう?」


 ハザクラの結論の数手先を読んでいたバリアが後退して距離を取り、バシルカンの周囲に向かって波導の網を広げる。旧文明では“瓶詰めの鼠魔法”と呼ばれる拷問魔法の一種。人間には知覚出来ない波導網を展開し、内部の気圧を自在に操り対象者を死に至らしめる。


 直後、バシルカンは今までとは比べ物にならない速さで飛び退き、バリア達から数百m離れた地点で急停止する。そして再び急加速してバリアに近づき、観察するようにじぃっと見つめる。


「流石は使奴ですね。大変鋭い読みです。ですが、私の異能は“回避”ではありません。故に、攻撃には含まれない予備動作も、私の知り得ない技術も、私を止めるには至りません」

「そっか」

「信じておられないようですね。では、試しに一つご覧に入れましょう」

「いいけど、私硬いよ?」

「存じております」


 バシルカンは思い切り振りかぶると、そのまま何の魔法も纏わずにバリアの顔面を殴りつけた。


「――――――――!?」


 あろうことか、殆どの物理法則を無視する“防御”の異能者であるバリアが、殴られた勢いで後方へ大きく吹き飛ばされた。


「先生――――!!」


 ハザクラは思わず吹き飛ばされたバリアに体を向けてしまう。その隙をバシルカンは見逃さない。バシルカンはハザクラの首と腰のベルトを後ろから掴み、背骨に膝蹴りを打ち込む。


「がっ!!!」

「真剣勝負で相手から目を逸らすのはマナー違反です」


 そのまま投げ飛ばされたハザクラを、地面に衝突する寸前でバリアが受け止める。バリアはハザクラに回復魔法をかけながら、髪の隙間から目玉だけでバシルカンを見上げた。


「驚いた。まさか“同類”だなんて」

「勝負では、相手に“匹敵”するのがマナーです」



 一方その頃、虚構拡張内部。


「オラオラオラオラァ!! まだまだ行くぜっ!! 灼熱地獄の煤煙ヘル・スモッグ・バーニング!!」


 デクスの手から放たれた炎弾が、水平に弧を描いて地面に伏しているラルバへと飛んでいく。しかし、ラルバは回避も防御もしない。炎弾はそのままラルバの脇腹へと命中し、使奴の肉体を穿(うが)った。だが、それでもラルバは動かない。避ける避けないの問題以前に、デクスの存在など既に彼女の眼中には無かった。ラルバは、攻撃力の低いデクスよりも圧倒的に重要な“避けなければならない一撃”を警戒していた。


 無抵抗のラルバに炎魔法を撃ち込み続けるデクス。その爆炎の隙間から、もう1人の男、ヴェラッドの目が覗いた。


 ラルバの背筋に稲妻が走る。“アレ”だけは避けなければ。もう二度と“アレ”を喰らうわけには行かない。ラルバは全身の火傷を回復魔法で瞬時に治療し、“デクスの炎魔法に(わざ)と体を押し付け“再び火傷を負う。


「あっ、やべっ!! ヴェラッド!!」


 デクスは慌ててヴェラッドの方を向く。ヴェラッドは不安そうに杖をぎゅっと握り、自分に向かって突進してくるラルバと対峙する。


 ラルバは自分を中心に闇魔法を構築し、ヴェラッドに向けて薄く(よど)んだオーラを飛ばす。投網のように放たれたオーラがヴェラッドに触れ、彼の視界が真っ黒に染まる。音も、温度も、光も、全てが失われた世界で、ヴェラッドはラルバに向け眼光を放った。




 世界ギルド“大河の氾濫”所属。“ヴェラッド”。異能、“恐慌(パニック)”。




 ヴェラッドは幼き頃より無口な少年であった。しかし、同年代の子から虐められることもなく、かと言って親しい友人がいるわけでもなく、親兄妹から責められるわけでもなく、かと言って特別過保護に愛されるわけでもなく、平々凡々とした並の“孤独”を過ごしていた。


 そんなある日、幼きヴェラッドは小学校の裏で虐められている子を目にする。同じクラスの女の子。彼女とヴェラッドの接点といえば。学年が同じなことくらい。クラスも違えば目を合わせたこともない。対するいじめっ子は、ヴェラッドよりも2歳年上の上級生3人。主犯と見られる男の子は、最近スポーツの大会で優秀な成績を収めた人気者。勉学も運動も不出来なヴェラッドには到底敵う相手ではない。ただ一つの方法を除けば。


 ヴェラッドは、異能を使うことがどれだけ恐ろしいことか知っていた。コレを使ってしまったら、自分はもう二度とマトモに生きてはいけないだろう。そう思っていた。社会の授業で習った歴史上の異能者達のように、無惨な死を迎えるか、惨めな一生を過ごすかの2択だろう、と。ヴェラッドは聡明ではなかったが、子供にしては達観した倫理観を持っていた。


 先生を呼びに行こうと一歩後退(あとずさ)った時、いじめっ子の1人が女の子の腹を踏みつけた。女の子は水鉄砲のように嘔吐し、聞いたこともないような音で咳き込んだ。その瞬間、ヴェラッドの中にあった倫理観は、人助けという大義に容易く塗り潰された。


 結論から言えば、ヴェラッドの選択は不正解だった。“恐慌(パニック)”の異能により、主犯の子は尻餅をついて恐怖に身を震わせた。糞尿を垂れ流し、顔は青褪め、瞳孔を揺らし、泡を吹いて、呼吸の仕方を忘れ、さんざ息を乱した後に気を失った。今後の人生でどんな間違いを犯そうとも、決して味わうことが無いであろう極上の恐怖に耐えられなかった。その異常とも言える怖がり方に、他のいじめっ子2人は血相を変えて逃げ出した。そして、助けられた女の子でさえも、ヴェラッドと目が合うなり絶叫して走り去っていった。ひとり取り残されたヴェラッドは、生まれて初めて使った異能の恐ろしさを噛み締めながら家路についた。


 その翌日、ヴェラッドはすぐに気付いた。クラスのみんなの様子がおかしい。今まで挨拶することも、されることもなかったヴェラッドだが、その日は明らかに雰囲気が違っていた。ヴェラッドの姿を見るなり離れる者、目を逸らす者、怯える者。ヴェラッドの隣の席の子に至っては、保健室に行ったきり帰ってこなかった。先生達も目に見えてヴェラッドを避け、あろうことか家族もヴェラッドを避けるようになった。数日後に知ったことだが、逃げたいじめっ子の2人は精神を病んで家から出られなくなり、助けた女の子は転校し、異能を浴びた主犯の子に至っては、事件の翌日に飛び降り自殺をしていたという。恐怖は伝播する。これは“恐慌(パニック)”の異能の性質ではなく、恐怖そのものの性質である。


 それからヴェラッドは、本当の孤独を生きることになる。朝は学校に行くフリをして、人気のないトンネルの側で教科書を読んで過ごした。アパートに帰っても誰も居らず、机の上に置いてあったお金で料理を作った。そんな生活が、1週間、半年、そして1年が過ぎた。


 ヴェラッドは知ってしまった。


 ヴェラッドがアパートに帰る途中、母親が部屋から出てくるのを目撃した。咄嗟(とっさ)に隠れたヴェラッドが恐る恐る母親の後を尾行して行くと、バスで数駅離れたマンションの一室で、父親と妹が母親を待っていた。久しぶりに見た家族の姿は、今まで見たことないほどに幸せそうな笑顔だった。家族はとっくに別のところに引っ越しており、今のアパートにはずっと自分1人しか住んでいなかった。ヴェラッド、当時11歳の出来事である。





 ヴェラッドの視界に色が戻り、温度や音の感覚が戻ってくる。目の前には倒れ込んで首を抑えるラルバと、こちらに駆け寄ってくるデクスの姿が見える。


「ヴェラッド!! 大丈夫か? 大丈夫だよな!! ヨシ!!」


 デクスのギラついた笑みに、ヴェラッドは少し困惑して頷く。そして、未だ倒れ込んでいるラルバに目線を移した。


「ぐっ……がっ……!!!」


 使奴は、愛玩用人造人間という性質上、己の欲望や感情に忠実である。そして、それ以上に我慢強くもある。感情の(たかぶ)りなどで簡単に精神が崩壊しないよう、快楽や苦痛への感度は人並み以上ではあるが、その限界値は可能な限り高く設定されている。


 しかし、ヴェラッドの異能はこの“限界値を超えた状態”、即ち“恐慌(パニック)”を発生させる異能である。本来、使奴が味わうことはない感情の限界値。使奴が最も嫌う状態異常。これにラルバは耐え切れず、使奴の我慢強さを()ってしても立つことすらままならない。


 ヴェラッドが杖を上下に引っ張ると、杖は切れ目から3等分され三節棍へと姿を変える。デクスも両手に魔力を込め、ヴェラッドをサポートする態勢をとる。ヴェラッドはラルバを冷たく見下ろしたまま、異能を緩めることなく三節棍を振り上げる。


 間違いを犯した自分を救ってくれたイチルギの為ならば、彼は忌み嫌っていた異能を使うことに躊躇(ためら)いはない。生来より心優しい筈の彼は、今だけは、お気に入りの毛布を取り上げられた子供のように不安定で、恨みに染まりきっていた。イチルギを奪ったラルバの頭部に、崩壊魔法を纏った三節棍が振り下ろされる。


 この時、ヴェラッドも、デクスも、そしてラルバさえも気付いていなかった。景色を塗り替える性質を持つ虚構拡張が、“小さな水溜まり”を塗り替えていなかったことに。


「え――――?」


 ヴェラッドの手を、2本の矢が貫いた。三節棍は3本目の矢に弾き飛ばされ中を舞う。いち早く異変に気づいたデクスが指を組み合わせるが、それよりも早く真っ暗な虚構拡張の世界に異変が生じる。闇に染まった景色の半分が”点滅して“別の景色へと切り替わり、”幻想的で煌びやかな海中”の景色へと姿を変える。アニメ映画のワンシーンのように広がった珊瑚礁(さんごしょう)の大地の奥に、1人の人物がクロスボウとショテルを構えて笑いかける。


「初めまして! 私、“ゾウラ・スヴァルタスフォード”と申します! ラルバさん! 私もお手伝いしますね!」

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[一言] 異能の性質が怖かったのか異能そのものが怖かったのか
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