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シドの国  作者: ×90
診堂クリニック
145/285

144話 地獄の特急列車

〜診堂クリニック 東部警察署 拘置所 (ハピネス・ラプー・シスター・ナハルサイド)〜


 無機質なコンクリートの小部屋。冷たい鉄格子、綿の少ない潰れた布団。ペラペラのリネン服に身を包んだシスター。


「……納得行きません」


 不満げ、と言うよりは観ずる他無しと言ったシスターのぼやきに、隣の独房にいたハピネスがケラケラと笑って答える。


「そりゃあ診堂クリニック側の台詞だろうよシスター君。長閑さが売りの農村で、感染経路不明の大疫病の流行。関与していたのは入国審査待ちの旅人である我々のみ。そら普通は捕まえるさ。寧ろ感染を疑われて即焼却処分とかされないだけマシだね」

「ふざけるなこの道化が!!」


 更に隣の独房にいたナハルが、鉄格子を掴んで吠える。


「よくもシスターの経歴に傷をつけてくれたな……!! お前の目論見が何かは知らんが、下劣な道楽に巻き込もうと言うならば額の火傷痕が全身に広がると思え……!!」

「ナハルちゃんあんまり大声上げると看守来るよ」

「……ここを出たら覚悟しておけよ」

「独房ってのも意外に快適だね。こんな恐ろしい怪物から私を守ってくれるんだから」


 憤怒の相を浮かべるナハルを窘めるかのように、天井のスピーカーからアナウンスが鳴り響いた。


「拘留番号3番、拘留番号3番。取り調べの時間です。直ちに準備を済ませて、4番通路へ来て下さい」


 アナウンスの終了と共にナハルのいた独房の電子錠が解除される。


「ハピネス、変なことするなよ。シスター、この狂人の言うことに耳を傾けないで下さいね!」


 目くじら立てながら通路を進んで行くナハルを、ハピネスとシスターは手を振って見送った。ハピネスはここぞとばかりにシスター側の独房に擦り寄って話しかける。


「ねえねえねえねえ、ずっと不思議に思ってたんだけどさ、何で付いてきたワケ? お姉さん気になるなぁ〜」

「ハピネスさんが誘ったんじゃないですか……」


 羊煙村で義殺衝動による大量殺人事件と遭遇した後、あらぬ容疑を掛けられぬ為ラルバ達はすぐさまその場を離れた。しかしハピネスは何故かその場に残り、その上奇妙にもシスターに奇行の誘いをかけた。当然村に残れば逮捕は必至、一歩間違えれば不法入国と大量殺人で打首獄門。突飛で不可解な蛮行に、あろうことかシスターは首を縦に振った。


「それにしたって異常だ。お陰でナハルも付いてきたし、その所為で私は護衛にラプーを呼ばざるを得なかった。君の我儘の所為で2人も迷惑してるんだよ? ちょっとは申し訳ないとか思ったりしないのかねぇ」

「前々から気になっていたんですけど、ハピネスさんってラルバさんと出会うまでは奴隷同然の監禁生活だったんですよね? その傲慢さと愚かさはどこで覚えたんですか? 生来のものだと言うなら愁傷と言う他ありませんが」

「シスター君、割と言うねぇ」

「貴方のような人間と対峙した者ならば誰でもこうなります」


 シスターが敷きっぱなしの煎餅布団に潜り込んで態とらしい狸寝入りを決め込むと、ハピネスはつまらなそうに口先を尖らせて布団の上に寝転んだ。


「少しだけ言うのであれば……」


 シスターが布団にくるまったまま独り言のように呟く。


「貴方が私を誘った理由が知りたかったんですよ。貴方が私を何に利用し、何をさせようとしているのか。私の何を擽ろうと言うのか……」

「……ほお。シスター君は、私の悪ふざけに付き合ってくれるのかい?」

「状況によりけりですが、貴方は私をその気にさせる方法を知っているのでしょう」

「まあ、ね」


 ハピネスはニヤリと笑って天井を睨む。


「考えを改めなければな。君は相当に“優秀な”人間のようだ」

「それはどうも」




〜診堂クリニック 東部市街地 にぎやか通り (ラルバ・バリアサイド)〜


「あんれぇ? ラデックは?」


 屋台で購入したサンドイッチを咥えながら、ラルバは背伸びをして辺りを見回す。しかし、買い物客でごった返している屋台通りの中では、幾ら長身のラルバと言えど大して見通せはしなかった。隣では同じくサンドイッチを頬張るバリアが、視線を地面に這わせて歩みを合わせている。


「さっきゾウラと公園に向かってたよ。結構燥いでたし、多分夕暮れまで戻って来ないんじゃないかな」

「何で公園なんか」

「大道芸やってるらしいよ。目玉は十尺一輪車だって」

「私の方が凄いことできるぞ」

「じゃあ乱入してくれば?」

「……それもいいな」


 ラルバがサンドイッチの最後の一口を飲み込む。その時、少し離れたところで群衆の響めきが聞こえてきた。


「ふざけんじゃねぇぞオラァ!!」

「土下座しろ土下座!!」


 何やら穏やかではない喧騒に、ラルバは好奇心丸出しで人混みを掻き分けていく。


「おっ、何だ何だ? 喧嘩かぁ? 悪いのはどっちだ? どっちもか?」


 とあるアクセサリー露天商の前で、粗暴な態度の女性2人が1人の赤い髪の男性に向かって短剣を突きつけている。


「このクソ野郎が!! 誰のアクセがパチモンだってぇ!?」

「ゴミクソセンスのガキが、知ったかぶって舐めた口利いてんじゃーねーよ!!」


 女性2人の野蛮な嚇怒に、赤い髪の男は怯むどころか不敵に笑って嘲って見せる。


「餓鬼はテメェ等だ迂愚畜生が!! この仕込み刃のネックレス、どっからどう見ても三本腕連合軍が開発したサイレンス機構の猿真似じゃねぇか!!」

「あぁ!? 知るか!! ウチらの方が先に作ってんだよ!! なぁにが猿真似だ!!」

「はっ。こんな酔っ払いが作ったみてーに狂ったピッチで、よくもまあ威張れたもんだぜ!! この程度の規格で起源を謳うなんぞ100年早い!」


 互いにチンピラ紛いの口論を続ける様子を、遠巻きに眺めながらラルバがぼやく。


「……意外と両方悪そうだな。やぁん迷っちゃう」


 やる気なさげな発言とは裏腹に、ラルバは気付かれないよう手に魔力を込める。毒魔法によって生成された小さな蜥蜴は、地面を這って言い争いをする3人の元へ向かって行く。


「――――仕込み刃の切れ味もたかが知れてるぜ!! 妖金ケチって魔力が全然ノらねー……ん?」


 毒魔法の蜥蜴が赤い髪の男に飛びかかろうとした瞬間、赤い髪の男が咄嗟に足を引いて魔法を発動した。


「っ!! 万象の拒絶パーフェクト・フィールド!!」


 不必要な技名と共に翳された手を中心に、細かい六角形の鱗で形成された半透明の防壁が赤い髪の男を覆った。毒魔法の蜥蜴がその防壁に触れると、波導を狂わされ炙られた氷のように溶けて消えてしまった。


 赤い髪の男は口論していた女性達に背を向け、人混みの中にいたラルバの方を睨み指を突きつける。


「コソコソしてんじゃねぇ出歯亀野郎!! “デクス”と一戦交えたきゃ、名乗りを上げて前に出ろ!!」


 群衆は指差されたであろう人間を探すように一歩下がり、呆然と立っていたラルバと赤い髪の男の間に道が出来る。人混みに身を潜め気配を消していたラルバは、自分の居場所がバレたことに驚きつつも楽しそうに笑った。


「……やるねぇ。私の名前はラルバ!! 悪者退治を生業とする正義のヒーローだっ!! 弱い者イジメは許さん!!」


 髪を掻き上げ見得を切るラルバ。赤い髪の男は嘲笑して鼻を鳴らし、自分もド派手な真っ赤なマントを広げて決めポーズを取る。


「“地獄の特急列車”デクス!! テメェ見てぇな大ホラ吹きの偽善者野郎を裁く、正義の執行者だ!!」

「え? 何? 地獄の特急列車? それってマジのチーム名? ダサくない?」

「教養のねぇダボカスにゃあ美学は理解不能だろうな!!」

「美学に謝れよ」


 デクスと名乗る男は、ボールを投げるように振りかぶって魔法を放つ。


「さあ踊れ!! 灼熱地獄の煤煙ヘル・スモッグ・バーニング!!!」

「名前ダサッ」


 デクスの手から放られた火炎を纏った火の弾が、真っ黒な煙と紫の焔の尾を引いてラルバに向かって行く。そして、それはラルバの顔面へと命中し一際大きな火花を散らした。


「〜っ!! よくもやったなコノヤロー!!」


 焼け焦げた鼻を回復魔法で治癒しながら、ラルバは勢いよく走り出す。しかし、その走りは使奴にしては鈍く、常人のそれよりも少し早い程度だった。ラルバは己の身体能力の低下に強い違和感を覚えるが、デクスは容赦なく連続して魔法を放った。


「トロいぜ亀女!! もう一発喰らえ!! 灼熱地獄の煤煙ヘル・スモッグ・バーニング!!!」


 これを受けてはいけない。そう思いラルバは咄嗟に体を捻り、更には防御魔法を発動して火の弾から身を守る。しかし、デクスの放った火の弾はまるで吸い込まれるかのようにラルバの方へと軌道を変え、あろうことか防御魔法は“発動しなかった”。


「ぐっ――――」


 再び火の弾がラルバの顔面へとヒットする。ダメージとしては中の下。常人が使用する攻撃魔法と何ら変わりはない。しかし、それをラルバは躱せない。


「まだまだ行くぜぇ!! 灼熱地獄の煤煙ヘル・スモッグ・バーニング!!!」


 ラルバは素早く地面を蹴り、目にも留まらぬ速さでデクスの頭上へと飛び上がり手刀を放つ。しかし、手刀はデクスの頭部数センチ横を空振りして空を切った。


「なっ――――」

「残念ハズレだ!!」


 デクスの放った火の弾が、再びラルバに命中する。側頭部に被弾し、ラルバの真っ赤な角がへし折れ破片が宙を舞った。


「そんじゃもういっちょ――――あっ!! いっけね!!」


 デクスは魔法を中断し、何かを思い出して背を向けた。


「そういやまだ今日昼飯食ってなかった!! デクスの弁当が冷めちまう!!」


 ラルバの発した光魔法の円刃がデクスの首筋を捉える。しかし、またしてもそれは狙った場所を外れて明後日の方向へと飛んで行った。


「この勝負はお預けだ!! 命拾いしたな!!」


 デクスが足元に手を翳し隠蔽魔法を発動する。そこへラルバの光魔法による2枚目の円刃が迫るが、命中より早くデクスの魔法が発動した。


闇曇影渡り(ダーク・アウト)!!」


 デクスの姿が一瞬にして消え、代わりに真っ黒な煙幕が辺りを覆う。ラルバが慌てて追撃を仕掛けるが、それがデクスに届くことはなかった。


「ラルバ、大丈夫?」


 側で観戦していたバリアが近づいてきて首を傾げる。しかし、ラルバはデクスのいた地面を見つめて微動だにしない。


「……見てる分にはラルバが態ともらってるようにしか見えなかったけど、あれって避けなかったの? 避けられなかったの?」

「…………避けられなかった」

「不可避の異能かな。若しくは回避操作? 前例が無いから何とも言えないね」


 ラルバが徐に立ち上がる。依然として自分からは口を開こうとしないラルバに、バリアは余所見をしたまま話しかける。


「なんか、嫌な予感がするね。今までの経験上、こう言う変な異能者がいた時は碌なことにならない」

「嫌な予感……か。私は、そうは思わない」

「じゃあどう思うの?」


 感情の読み取りづらいラルバの物言いに、バリアはラルバの顔を覗き込んで尋ねる。するとラルバは


「めちゃ不愉快な予感がする」


 過去一番間抜けでブサイクな変顔をして嫌悪感を露わにしていた。


「そ、じゃあ帰る?」

「いや行くけどさぁ……。取り敢えず一番偉い奴んとこかなぁ……。今回あんま楽しくなさそう」

「じゃあサボりつつ行く?」

「さんせー。どうせハザクラ達が先に到着するだろうし、焼肉屋寄っていこーよ。タレたっぷりのお肉食べたい」

「私あれ嫌い」

「うっそぉ」

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