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シドの国  作者: ×90
爆弾牧場
141/285

140話 毒にくすんだ銀

〜爆弾牧場 宗教法人“大蛇心会”〜


 街に戻ってきたイチルギ、ラプー、ハザクラ、ジャハル、シスターの5人は、迎えに来たナハルの案内で大蛇心会の教祖“アファ”の元を訪れていた。そこには既に、ラデック、ハピネス、ゾウラ、カガチの4人がおり、教祖アファを交えて談笑をしていた。


「やあやあ、ご苦労皆の衆」


 合流に気づいたハピネスが、ハザクラ達に向かってひらひらと手を振り報告を急かす。アファも事前に何かを聞いていたようで、ハザクラ達に向かって深々と頭を下げた。


「お初にお目にかかります。ワタクシ、大蛇心会の教祖、アファと申します。この度は我が爆弾牧場ににご来訪いただき、誠に――――」

「それ以上言うな」

「え、はい?」

「俺達は、感謝されるようなことは何もしていない」


 ハザクラの苦しそうな自虐めいた発言に、アファは押し黙ってハザクラを見つめた。喉まで込み上げてきている疑問を飲み込んで発言の場を譲ってもらったことに、ハザクラは小さくお辞儀をして口を開く。


「荒唐無稽に思われるかもしれないが、話せる限りのことを話そう。信じる信じないは任せる」


 爆弾牧場の前身、邪の道の蛇。その末路。ポポロの目的、所業。そして、ディンギダルの存在と自爆の異能。爆弾牧場のカラクリ。それらを細かく告げると、アファはいつもの朗らかな表情のまま、悲しそうに目を細めて俯いた。


「俺が思うに、恐らくはポポロの目的は“爆弾の拡散”。ディンギダルの子孫は、70年の歳月をかけて全世界に散らばっているだろう。もしその子孫全員が自爆の対象となるならば、この上なく便利な人質になる。恐らくは、近いうちに爆弾牧場を観光地にするつもりだったんだろう。人の出入りを活発化させ、子孫を繁栄させる為に。この国は、名前の通り“爆弾の牧場”だったんだ」

「そうか……。そんなことが……」

「……ここに来る途中ナハルに聞いた。レピエンが処刑されたと。ならば、恐らくは次の統治者は……アファ。貴方だ。今は受け入れられずとも……」

「ハザクラ君」

「何だ?」

「その、ディンギダルと言うお方は、右目が3つあったりしなかったかい?」

「――――!! し、知っているのか?」


 アファは(おもむろ)に顔を上げ、ゾウラに目を向ける。


「ゾウラ君、昨日のボクの話を覚えているかな。ボクには、赤ん坊の頃の記憶があるって」

「はい! あっ! そう言えば“大蛇から生まれた”って……」

「うん。やっぱりボクは間違っていなかったんだよ。ボクが見た大蛇様は、ディンギダル様だったんだよ。言われてみれば。どこか薄暗い洞窟の中だった気もする」


 アファはハザクラ達に背を向け、部屋の天井に刻まれている大蛇心会のシンボル――――ハートに絡みついた蛇の紋章を見上げる。


「ボクのしていたことは、強ち間違っていたわけでもなかった。大蛇様の、ディンギダル様の愛を受け継ぎ、次の世代へ繋いで行く。この不信と疑心の蔓延する爆弾牧場で、侵されることのない信頼を紡いで行く。……ディンギダル様が生きていたら、ボクを褒めてくれたかな?」


 どこか哀しそうに天井を見上げるアファに、ハザクラは慰めるように言葉を投げかける。


「きっと感謝したはずだ。ディンギダルは、家族をこの上なく大切にしていた。今の貴方の偉業は、彼にとっても誇らしかったに違いない」

「ありがとう。ハザクラ君」

「……彼も勿体ないことをした。もしも俺達と地上へ戻れていたら、こんな素敵な家族が待ってくれていたと言うのに……」

「ハザクラ君、たられば言っちゃあ前には進めないよ。過去は、受け入れるか、忘れるか。どっちかだよ」

「……そうか。そうだな」

「ぬあっはっは」


 するとそこへ、軽快な足音と共に傍若無人な暴れん坊が戻ってきた。


「たっだいまー! 皆ここにいたのねー!」


 両手いっぱいに土産物を抱えたラルバと、若干下唇に力を入れているバリア。対局的な表情の2人の登場に、全員が発言権を押し付けあって沈黙した。しかし、そんな気不味い静寂にも怯まずラルバは上機嫌に近づいてきて全員に土産物を配り始める。


「ほいハザクラちゃん!」

「……何だこれは」

「ちんちんおっきく見えるコンドーム」

「…………」

「シスターはこれね! ピロピロ笛デラックス!」

「はぁ」

「もっと喜べよ。五方向に飛び出るんだぞ」

「はぁ」

「ハピネスにはねぇー、あっ!! そうだ!! ハピネス!!」


 何かを思い出して声を上げるラルバに、ハピネスが態とらしく踏ん反り返って鼻を高くする。


「ふふん。呼んだかね」

「お前お前お前! なぁに勝手にレピエン殺しちゃってんのさ!」

「いやぁ〜めっちゃ楽しかった!! やっぱ正義パンチに勝る快楽はないねぇ~」

「ずるいずるいずるい!! 私にも一声かけてくれたっていいじゃん!!」

「独り占めしたかったんだも~ん。あー楽しい~」

「ず〜る〜い〜!!」

「た〜の〜し〜い〜」


 拳をぶんぶんと振って羨ましがるラルバと、その真似をするように踊るハピネス。人でなし2人の奇行を他所目に、バリアがひとり出口に向かって歩き出した。それに気付いたラデックは、茹で卵の殻を剥く手を止めてバリアを呼び止める。


「バリア? どこに行くんだ?」

「行きたい所がある。みんなも来て」


 普段は自分の意見など一切言わないバリアの主張に、ラデック達は顔を見合わせて首を捻る。しかし、不思議と誰も質問ひとつ溢すことなく、バリアの後を追いかけて大蛇心会を後にした。




〜爆弾牧場 人材派遣会社“純金の拠り所”〜


 爆弾牧場の郊外。日はすっかり沈み、夕暮れに取り残された空は毒々しい紫に覆われている。雪に埋もれ見えなくなってしまった道の先には、見渡す限りの雪原には似つかわしくない木造の館が鎮座している。しかし、敷地を囲う塀のように建てられたトナカイ小屋には、トナカイどころか犬1匹見当たらず、館の窓からは蝋燭(ろうそく)の灯りひとつ見えない。


 バリアが館のエントランスホールの扉を開けると、まだ夕方だと言うのに中は真っ暗で、よく見れば幾つもあったはずのシャンデリアが一つ残らず無くなっている。それどころか、家具から置物から絨毯(じゅうたん)まで無くなっており、床と壁だけになった館は暗闇も相まって廃墟のようであった。


「これは……一体? たった一日で何が……?」

「全部売ったんでしょ」


 ラデックの呟きに、バリアがぶっきらぼうに答えながら真っ直ぐ2階への階段を登って行く。一行が追いつくよりも前に、バリアはオーナー室への扉を開いた。


「――――……。――――は――――だった(はず)だ……。なのに――――……。――――が――――では……」


 中には、扉が開いたことにも気付かずに独り言を溢す人影がひとり。執務机も本棚も彫像も無くなった殺風景な部屋で、唯一残されていた踏み台に腰掛け両手で顔を覆い項垂れている。足元でひかるランタンの明かりだけが焚き火のように彼を照らし、心の闇を映し出すかのように壁に濃い影を描いている。その人影に向かってバリアは数歩近づき、心の内を見透かしたかのように言い放った。


「“ウルグラ”なら来ないよ」


 項垂(うなだ)れていた男、リィンディ・クラブロッドが顔を上げる。震えた瞳孔でバリアを見つめ、舌根で微かに喉を弾いた。


「え……」

「アナタの弟は、ヒトシズク・レストランの老舗料理店“純銀の台所”5代目料理長。ウルグラ・クラブロッド」

「な、何故……君が……ウルグラの名を……?」

「ウルグラ殺害の共犯者だから」

「さ、殺……害……!? おと、弟を……!?」


 リィンディは取り憑かれたかのように蹌踉(よろ)めきながら立ち上がり、バリアの胸倉を掴んで大きく揺さぶった。


「こ、ころ、殺した……のか……!! 私の……私の弟を……!!!」

「そう。だからアナタの期待している援軍は来ないよ」

「何故……何故……!! 何故だ!!! 何故殺した!!!」


 バリアは何も答えない。リィンディは鬼気迫る表情で、今にもバリアを殺さんと血走った眼で睨みつけている。ハザクラ達は割って入ろうにも一切の事情を知らず、事情を知っているイチルギは言葉を探して地に視線を這わせている。


 状況が理解出来ないラデックがバリアに問いかける。


「すまない。ヒトシズク・レストランでラルバがウルグラと料理勝負をしたのは知っているんだが、あの後殺したのか? 俺は何も聞いていないから分からない。説明を頼む」

「……それには、2人の生い立ちを話す必要がある」


 バリアは未だ胸倉を掴んで項垂れているリィンディを一瞥(いちべつ)し、殺人を省みる様子など欠片も見せずに淡々と話し始める。


「ウルグラとリィンディ。2人は物心ついた時から路上で生活してた。そんな2人を凍りつく路地から救い出したのが、2人の育ての親。“キルケーブル・クラブロッド”。子も成さぬまま妻を早くに亡くしたキルケーブルは、2人を我が子同然に可愛がって育てた。でも、彼もそこから数年もせずにレピエンに処刑され亡くなってしまった。2人は復讐を誓った。リィンディは国内に留まってキルケーブルの残した商会を守り、ウルグラは資金を稼ぐ為に亡命した。そして今年が、キルケーブルの40回忌。爆弾牧場の文化で言うところの、死者の魂が浄化される年。リィンディは、ウルグラなら今年に襲撃を合わせる筈だと思い計画を立てた」


 リィンディはバリアの(えり)から手を離し、再び椅子に深く腰掛け俯いた。


「…………バリア。君の、“ここにパジラッカを呼んだのは私か”と言う問い。あれには心底肝が冷えた。世界ギルドにこの国を調べるよう何度も挑発を繰り返してきた。何人ものスパイも送った。そして、幸運なことに今日という特別な日にパジラッカ(あの子)はやってきた。やるなら今日しかない。奴隷を売って、家財を売って、兵士達全員を買収するつもりだった」


 リィンディの貧乏ゆすりが徐々に激しくなっていき、顔を覆っていた両手で髪をガシガシと掻き乱す。


「それなのに、ウルグラが死んだなど……!! もう今更レピエンが死んだところで!! 私の家族は帰ってこない!!! たった1人の、たった1人の家族は!!!」


 リィンディがバリアに殴りかかろうと立ち上がり拳を振り上げると、バリアは彼の眼前にナイフの持ち手を差し出した。


「っ!? …………。何の真似だ……!!」

「どうせ私は使奴。刺したくらいじゃ死なない。好きなだけ刺せばいいよ。それで気が済むなら」


 リィンディは恐る恐るバリアからナイフを受け取り、それを両手で強く握って構える。強く握り過ぎて震える刃の先端が、バリアの首筋に触れる。


「……ああそうか。分かったよ。殺してやる……!! よくも、よくも弟を、俺の弟を……!!!」


 荒らげた呼吸と共にガタガタと震えるナイフが、バリアの首筋に擦れて僅かに切り裂き丸い血の雫が生まれる。バリアは防御の異能を解除したまま、じっと黙ってリィンディを見つめる。そこには、同情も、反省も、哀れみも、何の感情も無い。剥製にされた鹿と全く同じ置物の表情。リィンディが外れかけていた目の焦点を合わせると、バリアの目玉の奥に映った自分と目が合った。


「お、俺の、弟を……」


 皺くちゃにひしゃげ、ポケットに入れた紙屑のように見窄(みすぼ)らしい自分の姿。


「返せ……。返せよ……!!」


 力が抜けたリィンディの手からナイフが滑り落ちる。そのままリィンディは膝から崩れ落ち、床に両手をついて(むせ)び泣く。バリアは落ちたナイフを拾い上げ、どこか彼を責めるように言い放った。


「やっぱり。分かってたんだ」


 バリアの指摘に、リィンディは何も答えない。だが、それは肯定の沈黙に他ならなかった。


「ウルグラは、もうとっくに全部忘れてる。復讐のことも、リィンディのことも。もし私達が彼と出会ってなかったとしても、今日も、明日も、ウルグラが来ることはなかった」

「そんなことはない……!! ウルグラは、覚えていた筈だ……!!! お前のせいだ……!!!」

「じゃあどうしてリィンディはこんなに苦労をしているの?」


 バリアの問いに、またしてもリィンディは言葉を詰まらせる。


「ウルグラは資金を稼ぐ為に国外へ亡命した。そのお金はレピエンと戦う為の軍資金でもあっただろうけど、キルケーブルの商会を守る為の維持費でもあったわけでしょ? なのに、物価高と賃金の低下。重税の煽りで商会は存続不可能になり、今は奴隷商として苦肉の自転車操業。僅かな売上も、奴隷に不自由をさせない為に人件費へと消えていった。挙句の果てに奴隷商も続けていけなくなって館は(もぬけ)の殻。ウルグラからの仕送りは、商会の維持費には少な過ぎた」

「ち、違うっ……。ウルグラも、苦労をしているんだっ……。私に経営の腕がなかっただけでっ……!!」

「ウルグラが私の前で飲んでた高級ワインは、この館の維持費一年分に匹敵する値段だったよ」

「……そ、そんな筈、ない」

「食糧庫にあった高級食材の数々。その半分以上は毎月手付かずのまま廃棄されてた。上層部への意味のない上納金。格下連中から巻き上げたみかじめ料。新規店舗への出資金。提携業者への法外な契約料……。ウルグラがほんの少しでも気を遣えば、この館の維持費くらい何の問題もなく払えてた筈だよ」

「そんな筈ないっ……! そんな筈ないっ……!!! ウルグラは、ウルグラはっ……毎年、ちゃんと、金を送ってきていたんだっ……!!!」

「ヒトシズク・レストランの銀行には定期仕送りのサービスがある。解約を忘れてただけでしょ」

「きっと、きっと何か事情がっ……。手紙っ!! 手紙だって毎年送ってたんだ!!」

「それ、返事は来たの?」

「それはっ……それは…………」


 頑なに現実を受け入れようとしないリィンディに、バリアは小さく溜息をついて魔袋を取り出し、中から紙屑を掴んで放り投げる。


「ほら」


 雑巾のように捻れた紙屑はリィンディの目の前に落下し、その衝撃で一つの物体と化していた形が崩れる。それは、幾つもの未開封の封筒だった。


 リィンディの頭の中を埋め尽くしていた妄言狂言の海が、蝋燭を吹き消すように消え失せた。彼は何の思考も出来ないまま、赤ん坊が無意味に物を掴むように封筒へと手を伸ばす。


 “兄より”。


 間違いなく自分の字だった。恐る恐る封を切って中を確かめる。紛れもない自分の字。記憶にある写真。日付を見る。10年前。慌てて他の封筒にも手を伸ばす。11年前。12年前。13年前。


「うあっ……ああああっ……!!!」


 14年前。15年前。16年前。


「ごめん。開けてはないけど勝手に読ませてもらったよ。二人の関係と過去はそこから知ったの。だって、ウルグラの会社には何の情報もなかったんだもん」


 17年前。18年前。19年前。


「それは、ウルグラのレストランの倉庫で発見したもの。尤も、引き出しの中とかじゃなくて、大きな冷蔵庫の後ろで埃塗れになっていたものだけど」


 20年前。22年前。23年前。


「そんな……そんなっ……!!!」


 24年前。25年前。26年前。


「便りが無いのは良い便り……なんて、所詮は忘れられた者の言い訳に過ぎない。実際はこんなものだよ」


 27年前。28年前。29年前。その全てが未開封。


 リィンディは汚れた封筒を握り締め、抱き寄せて咽び泣く。その声は、今までの怒りや恨みによるものではなく、想像を遥かに超えた現実に対する悲しみと悔しさによるものだった。


 覚悟はしていた。弟が亡命先の国で幸せになり、復讐心を失ってしまうのではないかと。しかし、それはそれで良かった。憎しみに生きるよりも、幸せのために生きた方が何倍もいい。それがたった1人の家族なら当然。だが、忘れ去られるとは考えてもいなかった。


 トナカイですら凍死するような寒い冬でも、弟の幸せを願っていた。レピエンが大虐殺を起こした日でも、弟の無事を祈っていた。度重なる災害で飢饉(ききん)が起こった時でも、言いがかりで投獄された時でも、ポポロの我儘(わがまま)で奴隷の(ほとん)どを奪われた時でも、いつだって、どこでだって、弟のことを思っていた。


 でも、弟はそうじゃなかった。


「うっ……ううっ……!! 返せ……。返せよ……!! 俺の、俺の弟を…………!!! 返せよぉっ…………!!!」


 リィンディは(うずくま)ったまま頭を抱え、額を床に力一杯擦り付ける。彼の呟きはバリアに向けたものではなく、この世のどこかにいるであろう、弟を狂わせた“何者か”に向けて発せられている。


「優しい奴なんだ……! こんな不出来な兄でも、いつだってついてきてくれた……!! 困っている人を放っておけなくて、そのせいで何度も騙されそうになった……!! 辛い時ほど笑ってて、努力する姿はいっつも隠してた……健気で、努力家で、お人好しで……!! 俺の、自慢の弟なんだ……!!! 頼む、返してくれ、返してくれよ…………!!!」


 彼の呟きは、徐々に何者かへの説得から、神への嘆願へと変わっていく。受け入れられるはずもない現実が、無惨に散った数十年の月日が、守れず終わらせてしまった父親の形見の館が、彼が愛し、信じ、尽くしてきた全てが、彼に背を向けた。




 程なくして、大蛇心会の信者達がリィンディを迎えに来た。館はアファの計らいによって買い取られ、リィンディの精神が落ち着くまでは現状維持ということになった。


〜爆弾牧場 温泉街“まほらまタウン”〜


 早朝。空は薄い雲に覆われて、一際強く風が吹く厳しい寒さだった。しかし、悪の大王がいなくなった温泉街は昨日の夜からお祭り騒ぎが続いており、兵士も浮浪者も酒を酌み交わして歌い踊る大宴会が開かれていた。


「まだ飲んでんのかコイツら……」


 珍しく一行の最後尾を歩いているラルバは、出店で買った鮭の丸焼きを串ごと噛みちぎりながら眠そうな顔でぼやく。その隣で、バリアが同じく出店で買ったアザラシのスープを(すす)っている。


「こういう場所で寝る時の虚構拡張って便利だね。すごい静かだった」

「今晩の野宿はバリアちゃんやんなさいよ」

「やだ。またラルバやって」

「何でよ」

「星空が綺麗だから」

「んん〜……。悪い気はしないけどさぁ……」


 ラルバは困って唸りながら残りの鮭を串ごと口に放り込む。そして近くの出店に駆け寄り、手早く支払いを済ませて戻ってくる。


「あっそうだ。文句言うの忘れてた」


 ラルバが買ってきたばかりのフライドチキンを骨ごと(かじ)り、(ろく)咀嚼(そしゃく)もせずに飲み込んだ。


「バリアちゃん何で嘘ついたのよ」

「嘘?」

「リィンディに、ウルグラ殺しの共犯って言ったでしょ。アイツ自殺じゃん」


 バリアがスープを飲み干してから素知らぬ顔で目を背ける。


 ヒトシズク・レストランでラルバがゼルドームを殺害した数週間後。ウルグラは人肉料理食べたさにレインフォン邸へと単独忍び込んだ。しかし、当時レインフォン邸はゼルドームの不可解極まりない変死の捜査が続いており、そんな厳戒態勢の殺人現場に忍び込んだウルグラは筆頭容疑者として留置された。その過程でゼルドームの死を知ったウルグラは、もう二度と人肉料理を食べられないことに絶望し、留置所内で自ら命を絶った。


「新聞にあれだけでっかく記事が載ってたら、リィンディも気付きそうなもんだけどねぇ」

「知らなかったのか、知らないふりをしたのか、信じなかったのか、作戦の内だと思ったのか。いずれにせよ、現場を見てないリィンディに私を疑う(すべ)はない」

「そこよそこ! 何で“殺した”とか言うのさ! しかも私のせい! 歯ぁ全部折っただけじゃん!」

「十分でしょ」

「不十分でしょ」


 バリアはラルバの持っていたフライドチキンを「一口ちょうだい」と言って残り全てを一口で平らげた。


「一口がデカい!!!」

「んぐんぐ……。ま、中途半端だけど関わっちゃった手前、知らんぷりも可哀想だと思っただけ」

「今は私の方が可哀想。フライドチキン返せよ」


 ふと、バリアは視界の端に映った姿を追って振り返る。そこには、リィンディの元で働いていた奴隷だった女性が、屋台の手伝いで機械の修理をしていた。その顔はどこか寂しそうで、国王の死を喜んで皆が笑顔を浮かべる通りの中では一際異質に見えた。バリアはラルバに言うフリをして、恩着せがましく呟いた。


「このご時世、家族無しに生きるのも厳しいけど、仇無しに生きるのもまあまあ厳しいでしょ」


 

 

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