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シドの国  作者: ×90
笑顔による文明保安教会
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13話 笑葬の儀

〜巨塔の地下牢獄〜


 時刻を告げる鐘の音だけが響く満月の夜。虫の鳴き声は巨塔の地下へと反響し、亡者の(うめ)き声に似た怪しい叫びを木霊させる。そこへ突然の檻を叩く金属音にラルバは目を覚ました。

「んむむ……なんだラデック……ぬおっ!バリア!?」

「おはよう」

 檻の向こうに鎮座する珍妙な2人にラルバは笑顔で近寄り、檻の隙間から手を伸ばしてバリアの頬を摘みからかうように揺らす。

「なんだぁ助けに来てくれたのかぁ?可愛い奴めぇ〜」

 暫くバリアを(もてあそ)んでいると、眠っていたラデックも目を覚ましゆっくり体を起こした。

「……バリア?とラプーか、よく来れたな」

「ラプーが案内してくれた」

「成る程……」

「ラデック!ここ開けろ!」

 乱暴に急かされたラデックは寝ぼけ眼を擦り、鉄格子を異能で折り曲げ、干してあった布団を取り込むように手繰り寄せ一つの塊にした。

「……後で元どおりにして欲しかったんだが」

「……先に言って欲しかった」

 ラルバは文句を言いながらも檻の外へ出て大きく背伸びをする。

「さぁてど〜こ〜に〜行〜こ〜お〜か〜な〜?」

 ラルバはふらふらと周辺を彷徨(うろつ)きながらへらへら笑い、突然踊ってみたりと不規則な動きで遠ざかる。

「ラルバ。バーレンがいない」

 ラデックが隣の檻を見ると、そこは(もぬけ)の空であった。

「ん〜?私達が寝ている間に連れてかれたんだろう。気にするな」

 そう言ってふらふらと階段を登っていく。

「ラデックー早く来ないと迷子になるぞー」

「今行く」

 少し遅れて3人はラルバの後を追いかけた。



〜巨塔の中層〜


 石造りの巨塔を登っていく一行。深夜だと言うのにも(かかわ)らず、まるで機械の様な動きで巡回する信者達の合間を縫って遥か上層を目指す。

「上でいいのか?」

「ひっひっひ。偉い奴ってのは大体一番上か一番下に居るって相場がきまっている」

「そうか」

「こっち入るだ」

 突然階段脇の部屋に入っていくラプー。ラデックとバリアも後に続き、ムッとした顔でラルバが乱暴に入室する。

「なんだラプー。ここに何がある」

 苛立った声でラルバは静かにラプーを睨む。

「何もないだ」

「じゃあ何でココに入った!」

「撒くだ」

「誰もついてきてない!」

「いるだ」

 そう言って扉の向こうを指差すラプー。扉の向こうからは塔の中を吹き抜ける不気味な風の(いなな)きだけが重苦しく響いている。

「ラプー、まだか」

 ラルバが神妙な顔つきで問いかける。

「まだだ」

 ラプーは誰もいないはずの扉の向こう側を、いつもと変わらない呑気な顔でじっと見つめる。

「……………………まだか」

「まだだ」

 ラルバもラプーの言葉を信じていないわけではないが、理解できない抑圧に好奇心を押さえつけられ、晩ご飯を待つ子供の様に苛立ちを(あら)わにする。木箱の上で足を組み、わかりやすく貧乏ゆすりをして依然呑気なラプーを急かした。

「まだか」

「まだだ」

「まだか」

「まだだ」

「まだか!!」

「声大きいと見つかるだ」

 不満が限界近くに膨らみ、部屋を徘徊するラルバ。そのまま数分間待っていたが、遂に我慢がきかず壁に手をかざした。嫌な予感がしたラデックは、後ろから制止しようと近づく。

「何をする」

「登る」

 そう言うと、手をかざした壁から溶岩が流れ出し、ポッカリと開いた穴を潜ってラルバは外壁をよじ登り始めた。

「お前らも来いっ!」

「馬鹿を言え」

 若干の呆れ顔で穴を見つめるラデック。やれやれとタバコを咥えようとすると、バリアがスッと横切りラルバの真似をして外壁をよじ登り始めた。

「…………本当に登るのか?」

 ラデックがポカンとしていると、ラプーもバリアに続き塔の外壁をよじ登る。ラプーの指先からは小さな魔法の様な発動光がチラつき、ぺたりと(てのひら)を外壁に貼り付けヤモリの様にスルスルと登っていく。

「…………出来ないことはないことはない……かも知れない……多分……」

 決心した様に小さく頷くと、青ざめた顔でラデックは靴を脱いでその場で準備運動がてら数回飛び跳ねる。壁の穴から外を覗くと、どす黒い暗雲が大火事の煙の様に立ち込め、数百m下には笑顔による文明保安教会の夜景が小さくキラキラと輝いている。

「下を見るんじゃなかった」

 ゆっくりと上半身を穴の外に突き出し、左手をゆっくり石の壁に“差し込み“腕に力を入れる。昨日教会の役人が言った「祝福」のせいか塔の壁は異能の影響を受け辛く、うまく改造できずに指が刺さらない。集中しなければすぐに手を滑らせてしまいそうだった。

「右……解除……左……解除……右足……解除……」

 異能で壁を柔らかくして指を差し込み、異能を解いて引っ掛けて、再び異能を使って引き抜く。まるで両手両足で別々の絵を描く様な繊細な作業を繰り返して、カタツムリの如くゆっくりと登っていく。先に登って行ったラルバとバリアは既に何処かから侵入した様で姿は見えず、少し遅れて登っていくラプーの尻がリズミカルに左右に揺れている。一歩間違えれば即肉塊となるこの状況では、その滑稽(こっけい)な様が少しだけラデックの心の助けになった。

 カメムシの様に壁にへばりつき指先に血を(にじ)ませて壁をよじ登るラデックを、鋭く凍てついた夜風が(あざけ)るように掻き(むし)る。次第に暗澹(あんたん)とした煙雨(えんう)が降り始め、暗雲がごうごうと吠えて放電を始めた。まるで石を削る様なガリガリとした音がすぐ耳元まで……

「遅い」

 音のする方を見ると、ラルバが爪を石壁に突き立てて滑り落ちて来ていた。ムッとした顔でラデックの首根っこを掴み、壁の上を跳ねる様に駆け上がる。古びた小さな跳ね上げ扉からするりと中に入り、ラデックを床に転がす。

「死ぬかと思った」

「登れないなら最初に言わんか」

「言ったんだが……」

「それより見ろラデック。面白いものが見れるぞ」

 楽しそうに笑うラルバがそう言って下を指差す。ラデック達が入ってきた窓は、大きなホールの天井近い部分にある換気口だったらしく、床だと思っていたのは鼠返しの様に壁から迫り出しただけの幅僅か1m程の狭い足場であった。ホールの中心付近には横長椅子が並べられ、私服の国民がニコニコしながら静かに座っている。椅子の前には、円形の大きな台座の上に、手足を柱に縛られた怯えた顔の国民が立たされており、その周囲をぐるっと黒い宗教服を着た信者数人が囲っている。

「何だこれは」

「さぁ〜てねぇ……わからん。わからんが、非人道的なお遊戯会であることは間違い無いだろうなぁ」

 ラルバはラデックの魔袋(またい)に手を突っ込み酒瓶を取り出して足場に足を組んで腰掛ける。手品師を見つめる子供の様にキラキラした瞳で、眼下でガタガタと怯える仔羊の末路を心待ちにしている。

「助けないのか?」

「んー?まあどっちでもいいかなぁ〜」

 酒を盛大に(あお)り、2本目を取り出して頭を左右にゆっくりと振る。

「ひとまず悪事の内容だけは見ておきたいから、取り敢えずは観察だねぇ」

 そうこうしているうちに、1人の信者が座っている国民と縛られた者たちの間に立ち、透き通った声で宣言をする。

「それでは!これより“笑葬(しょうそう)の儀”を執り行います!」

 宣言と共に、座った国民が突然大声で笑い出した。イタズラが大成功した悪ガキの様に(わざ)とらしく、(あざけ)るかの様に、それを見て宗教服の信者達も大口を開け高らかに笑う。

 耳を握り潰す様な笑い声に、縛られた者達は堪らず歯をガチガチと打ちつけ涙を流し青ざめる。諦めたかの様に一緒に笑う者。余りの恐怖に失禁する者。発狂して縛られた手を引き千切れる程に引っ張り回し、のたうちまわる者。

「笑顔でない者はっ!笑顔によってっ!笑福の神へと導かれるっ!!!」

 1人の信者の合図で、台座を囲んでいた信者が持っていた松明に火をつける。まるで誕生日を祝うように楽しそうに歌って踊りながら、松明を台座や床に打ち付け振り回す。

「だっ……だすげでっ!!お父さんっ!!お父さんっ!!」

 縛られている子供が、仕切りに長椅子の方へ向かって何度も泣き叫ぶ。恐らく「お父さん」であろう中年の男性は、目から涙をぼたぼたと溢れさせながら大声で笑い続ける。膝の上に置いた震える握り拳からは鮮血が流れ、ズボンに大きな染みを作っていた。

 悪魔も怯えて逃げ出すような阿鼻叫喚に、ラルバはウンウンと頷きながら笑みを溢す。

「ふぅん……火炙りを笑ってお見送りとは、中々悪くないな……どうしたラデック、探し物か?」

「階段か梯子を探してるが……ないみたいだな。そもそもこの足場は登るところじゃないようだ」

「探してどうする」

「見殺しにするのか?」

「ひとまず観察だと言ったろう。まあ大丈夫だ。へーきへーき」

 ラデックは渋々腰を下ろし、呑気なラルバに従う。

 その間にも儀式は続き、笑いに包まれながら信者たちは松明を振り回して踊り狂う。時折火を縛られた者たちへ掠らせるように近づけて、炎の恐怖を植え付ける。

「おどうざんっ!!おどうざんっ!!」

「あっ熱いっ!!熱いっ!頼む助けてくれっ!!」

「もう二度と泣きませんから!!怒りませんから!!許してください!!」

「あはあっはっは!!あひっ!ひひーっひっひはは!!!」

「うああああああああっ!!あーっ!!あーっ!!」

 信者たちの大爆笑と縛られた者たちの絶叫が混じり合い、音の津波となって荒れ狂う。

「合点がいった!」

 ラルバが拳で手をポンと叩いて頷く。

「これは見せしめだ!教会はなんらかの方法で忌面(いみづら)を見つけ監禁する。椅子に座っている者たちは“初犯”だ。そして、恐らく「次に忌面を見せるとこうなるぞ」と見せしめに縛られているのが“再犯者”だ。これにより笑顔の強制力が高まり、この異常な狂気が教会の犬としての首輪となっているのだ!多分!」

 嬉しそうなラルバに拍手をするラデック。それを見たバリアがボソッと呟いた。

「なんで笑顔……?」

「それは知らん」

 ラルバは信者たちが台座に火をつけようとしているのをみて「おっと」と呟いた。

「そろそろスーパーヒーローの出番だな!」

 持っていた酒を、円を描くように零す。高濃度のアルコールは台座を囲んでいた信者たちの松明に引火し、見事に信者だけを炎のカーテンとなって包み込んだ。

「あぢぢぢぢぢぢっ!!!」

「ぎゃああああああっ!!!」

「うわっわ!ななっなんだっ!?」

 悶え慌てふためく信者が、火のついた服を脱ぎ捨てて上を見た。そこには今まで見たことないような邪悪な笑みを垂れ流す怪物(ラルバ)が、今まさにお前らを喰い殺さんと言わんばかりにこちらを見下ろしていた。

「どうした信者共。私にそんなケッタイな面を見せるな」

  怪物(ラルバ)が、より邪悪を深めて笑った。

「笑顔でない者はぁ!笑顔によって!笑福の神へと導かれるっ!!!」

次回14話【先導の審神者】

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