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シドの国  作者: ×90
爆弾牧場
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138話 家族愛は何よりも尊い

〜爆弾牧場 代理出産倉庫 (イチルギ・ラプー・ハザクラ・ジャハル・シスターサイド)〜


 炎が生き物のように(うね)り、ハザクラ達へと襲いかかる。それをハザクラが防壁魔法で打ち消し、ディンギダルの足元へと潜り込む。同時にラプーが高く跳躍してディンギダルの頭部を捉える。


「させるものか……!!」


 ディンギダルはハザクラには目もくれず、目の前で魔法陣を浮かび上がらせるラプーに向かって念を送る。するとラプーの動きが突然鈍くなって、まるで時間が遅くなっているかの如く空中に縛り付けられた。しかしその直後、ラプーが跳躍のために踏み込んだ地面が紅く輝き、毒魔法で生成された大量の金魚を召喚した。それらはその場で閃光を放ち、弾丸のように勢いよくディンギダルに向けて発射される。同時に足元にいたハザクラも土魔法を発動し、地面から土の針を大量に生成して射出した。金魚に気を取られていたディンギダルの防壁魔法は間に合わず、長い胴体と無数の腕を針が貫く。


「がっ……! か、体が!! ヒスカロッチ!! ルルガラルア!! アテランカ!!」


 負傷した胴体の持ち主であろう女性の名前を叫び、ディンギダルが怒りに任せて爆発魔法を連発する。


「よくも、よくもワタシの家族を!!!」


 爆炎がハザクラとラプーを焼き、爆風が後方にいたジャハルとイチルギを吹き飛ばす。イチルギがジャハルを守ろうと防壁魔法を展開するも、同時にディンギダルが防壁魔法の内側を爆発させ、もう一度2人を吹き飛ばした。


「ぐっ……!! あっ!! イ、イチルギ!!」


 ジャハルが何とか受け身をとって顔を上げると、爆風によって上半身を失ったイチルギの下半身が転がっていた。ジャハルを庇ったことで爆炎によって傷跡は真っ黒に焦げ付き、血の一滴すら流れていない。思わずジャハルが手を伸ばすと、続けて発生した爆発によって吹き飛ばされたラプーが目の前に転がってきた。


 ラプーも至近距離で爆発を受けたようで、体の左半分が削れて焼け焦げ、腕は最早原型を留めていない。しかし彼はイチルギに一瞬目を向けた後にすぐさま立ち上がり、回復魔法で一瞬で腕を再生させてディンギダルに向かって走り出した。


 仲間を心配している場合ではない。戦わねば死。全滅。今目の前にいる人物は、メギドよりも、ハイアよりも、ベルよりも、恐らく今まで出会った誰よりも強い。ラプーの背中に勇気を貰ったジャハルは、イチルギが再生を始めているのを視界の端で確認し、”自分よりも早く覚悟を決めていた仲間“の手助けのために背中の大剣を構え地面を蹴った。


「重刀式断術奥義……」


 ディンギダルから数m離れた地点で大剣で空を切り上げ、ボソボソと呟きながら振り下ろしの姿勢を取る。


「―――― 氓礐變譱(ぼうごくへんぜん) 狂濤(きょうとう)(おと)し」


 ジャハルの力強く踏み込まれた右足が地を割り、背負い投げの要領で大剣が振り下ろされる。一切の魔力を伴わない見知らぬ剣術に、ディンギダルは思わずジャハルの方へ視線を向け防御の態勢をとった。しかし――――


「なんちゃって」


 ジャハルの不適な笑み。大嘘の技名と共に振り下ろされた大剣は、虚空を割いて地面を軽く(えぐ)ったのみ。この時、刹那(せつな)の油断が命取りになる死闘に一瞬の隙が生まれた。


「ストロボ――――!!」


 シスターがディンギダルの胴体に手を添え、異能を発動した。直前の記憶を消去し続けることで、擬似的に相手の時間を止める記憶操作の応用。


「“リオルドラーマ“に触るな!!!」


 しかし、記憶操作はディンギダルではなく胴体として吸収された女性を対象としてしまった。結果、ディンギダルの動きは止まることはなかった。ディンギダルがシスターに手を(かざ)すと、シスターは土魔法によって発生した地面の隆起によって弾き飛ばされた。それをハザクラが壁に激突する寸前で抱きかかえ、壁を蹴ってディンギダルから離れる。


「大丈夫かシスター!! すまない、無茶をさせた!!」


 シスターは息も絶え絶えに身体を震わせ、焦点の合っていない両目でハザクラを見る。それは痛みに(うめ)くと言うよりは、恐ろしい何かを見たことによる苦悶(くもん)の表情に似ていた。


「ち、違うんです……ハザクラ、さん。あの方、あの方は……!! ああ、どうして……!!!」


 記憶操作の異能。その発動条件を満たしたことで、彼はほんの少しだけだが記憶を読み取ってしまった。ディンギダルのものではなく、彼が触れた胴体の持ち主、リオルドラーマの記憶を。


「ディ、ディンギダルさんは……ディンギダルさんが、処刑の代行者――――!! リオルドラーマさんの異能は――――」

「黙れ!!!」


 シスターの声を遮ってディンギダルが異能を発動する。途端にシスター達の体は土に埋められたかのように固まり、甲高い耳鳴りと共に襲ってきた暗闇が視界を覆い尽くす。そして次第に重力も、己の手足の感覚も無くなっていく。


「ハ、ハザクラ、さん……!? そこに、いますか……!?」

『ぐ、クソっ……!! シスター!! 動けっ……!!!』

「は、はいっ……!」


 ハザクラの無理往生の異能による状態異常の解除。しかし、それも100年近く生きてきたディンギダルの“鈍化の異能”を超えることは出来なかった。指定した範囲内の空間に粘性を持たせる、範囲対象の変化系。長年の修練によって複数指定が可能となった今、ジャハルも、ラプーも鈍化に囚われて身動きが取れずにいる。


「黙れ黙れ黙れ黙れっ……!!! お前達などに、ワタシの苦しみを語られて(たま)るか……!!! 気安く触れられて堪るものかっ!!!」


 ハザクラとシスターの頭上に大岩が召喚される。それを、落下が始まる前にイチルギが蹴り砕いた。


「っ……! 死に損ないが!!!」


 上半身が黒痣に覆われたイチルギが、髪を解いてディンギダルの前に立ちはだかる。既に戦意を喪失していると思い込んでいたイチルギの復活に、ディンギダルは憤りを露わにして睨み付ける。


 突如、ディンギダルの足元から触手のように伸びてきた鎖が、その長い胴体を縛り上げる。続けて無数の槍が身体を貫き、彼を空中に拘束した。バリアが人道主義自己防衛軍でベル相手に見せた、対使奴用魔法の劣化版。見よう見まねで発動された非物体の槍と鎖は、ディンギダルの魔力を(たちま)ち吸い上げ閃光を放つ。


「鬱陶しい……! 忌々しい……!! 今更何だと言うのかね!!」


 ディンギダルはどうにかして拘束を脱しようと藻搔(もが)くが、複雑な魔法式で構築された槍と鎖は一切微動だにしない。


「ワタシを見捨てておいて、ワタシ達を見捨てておいて!! 今更、今更何が出来ると言うのかね!!!」

「貴方が処刑の実行者なら……世界ギルドの元総帥として、放っておくことは出来ないわ」

「詭弁も(はなは)だしい!!! 何が元総帥だ!!!」

「悪かったわね!! もう、自分を言いくるめでもしないと、前を向けないのよ!!!」

「知るか大マヌケがっ!!! 償いを望むなら……黙って殺されろ!!!」


 岩山の噴火と共に、天井の温泉配管が砕け数十体の温泉坊主が落下してくる。温泉坊主達は両足を暴れさせて何とか起き上がると、ディンギダルを守るようにイチルギを取り囲んだ。


「まさか……これは、“余り”の部位を……!?」


 巨大な頭部に、こめかみから伸びる一対の両足。それは、ディンギダルに合体の異能で吸収された女性達の体には“無い”部分であった。


「ディンギダル……聞いて!! ポポロはもう死んだの!! もう、苦しむ必要はないのよ!!!」

「それがどうした」

「……!? どうしたって、貴方……一体どう言うつもり……!?」

「どう言うつもりも何も……。見ての通り、聞いての通りだ……」


 温泉坊主達は一斉に口を開け、甲高い絶叫を上げる。


「うっ――――!!!」


 使奴の可聴域ギリギリの高周波に怯んだイチルギ目掛けて、温泉坊主達が口を開けたまま飛びかかった。そして、(からす)の死体を頬張る野良猫のように無造作に(むさぼ)り始める。


「言っただろう。家族への愛に、お前達への憎しみが(まさ)ってしまったと」

「そんなことないわディンギダル!! 奥さんのことを、娘さんのことを思い出して!! 蛇の道の蛇の皆のことを!!」

「黙れ」

「まだ間に合うわ!! 家族をこんなにされて……黙っていられないでしょう!?」

「黙れ!!!」


 ディンギダルの叫びと共に、温泉坊主達は勢いを増してイチルギを噛み砕く。


「性奴隷如きが、家族を語るな!!! 人の形をしただけの精液袋に!!! 家族の価値が分かるものか!!! 性欲を満たす為だけに性行為を重ねるお前らに!!! 家族の尊さが分かるものか!!! モノを言うダッチワイフ如きが!!! 家族を!!! 語るな!!!」


 (おぞ)ましい咀嚼音(そしゃくおん)を奏でる温泉坊主の群れを眺めながら、ディンギダルは荒らげた呼吸を何とか落ち着かせ、頬の内側を噛んで独り言つ。


「はぁっ……はぁっ……。はぁ…………。知っていたよ。ポポロが死んだことなど。だが、もう遅い。契約の異能は未だにワタシを縛り付け、愛した家族はこの有様。産み落とした国民も、誰一人としてワタシの顔など知らず、この異形を受け入れてくれる世界など存在しない。もう、助かりたいのか、恨みたいのかも分からない。ワタシは、空っぽになってしまった」


 背後に気配。しかし、ディンギダルは振り向かない。背中に何かが突き刺さり、金属の(つる)が胸を破いて飛び出した。鈍化の異能を脱したラプーの土魔法。それは細い(つた)となってディンギダルの身体中に伸びていき、無数の炎魔法の花を咲かせた。


「だから、復讐だけでも果たしたい。このままでは終われん」


 温泉坊主達が風魔法の突風で弾き飛ばされ、身体中血に塗れたイチルギが姿を現す。ディンギダルは炎に包まれたままイチルギに目を向け、歯を剥き出しに笑って見せる。


「この爆弾牧場の国民全員を道連れにしてやる。爆発の異能で、無意味に殺してやる」


 憎しみに染まったディンギダルが見せた最初で最後の笑みは、どの怒りの表情よりも醜く悍ましかった。


『やめろディンギダル!!!』


 鈍化の異能から解放されたハザクラが、ディンギダルに向かって異能で語りかける。だが、ディンギダルは炎の中で狂ったように笑い声を上げた。


「はははははははは!!! お前の所為(せい)だぞイチルギ!!! お前が邪の道の蛇を見捨てたから!!! お前が見て見ぬフリをし続けたからだ!!! お前の所為で、お前の我儘(わがまま)で、罪のない大勢の人間が無惨に砕け散る!!! はははははははは!!!」


『まだやり直せる!! ディンギダル!! 俺の命令に従え!! 俺がお前を救う!! ディンギダル!!!』

「ははははは!!! 無駄だ!!! みんな!!! みんな死ぬのだ!!! お前の所為で!!! お前ひとりの所為でだ!!! はは、はははは!! ははははは!!!」


 ディンギダルの笑い声が、焦がされて次第に掠れていく。炎に焼かれ死を迎えゆく彼に、誰も手を差し伸べることは出来ない。イチルギも、その場のへたり込んだまま声を発することもできず、ただただディンギダルの高笑いを聞いている。


「終わ、り、だ!!! ぜん、ぶ!!! お、まえの、せいだ!!! イチ、ルギ!!! おまえ、の、せい、だ!!! はは、ははは、ははははは、はは!!!」


 イチルギの頭の中にディンギダルの笑い声が木霊(こだま)する。


 お前の所為だ。お前の所為だ。お前の所為だ。お前の所為だ。


 側でハザクラが何かを言っている気がする。しかし、イチルギにはその声は届かない。彼女の目に映るのは、燃え盛りながら笑い続けるディンギダルと、その遺言のみ。そして、ディンギダルが倒れ込む直前。視界が一瞬で暗転した。
























〜爆弾牧場 まほらまタウン 北区 旧温泉街 銭湯”渾混堂(こんこんどう)“跡地〜


 ふと気がつくと、イチルギ達はいつの間にか地上に戻ってきていた。ディンギダルの“迷宮の異能”が解除されたことにより、イチルギ達の足元に埋まっている温泉配管は、何処にも繋がらない短い数mのパイプとなってボロボロに崩れている。辺りを埋め尽くす瓦礫や廃墟には雪が積もっており、青空には燦々(さんさん)と太陽が輝いている。


 全員が狐につままれたように固まるも、ハザクラがハッとして立ち上がり、西区の方に目を向ける。


「い、急がなくては……!! 今頃街は大パニックだぞ!!」


 ハザクラが走り出そうとしたその瞬間。街の方から空砲が打ち上がるのが見えた。


「……何だ?」


 続いてカラフルな昼花火も複数打ち上がり、微かではあるが金管楽器のような音色も響いている。ハザクラが状況を飲み込めずにいると、シスターが恐る恐る口を開いた。


「…………恐らくディンギダルさんは……。国民を殺さなかったんだと思います」

「殺さなかった……? 最期に、思い留まってくれたのか……」

「イチルギさん」


 シスターに呼ばれ、イチルギは茫然自失のまま顔だけをシスターの方に向ける。


「イチルギさんは、”親子矛盾(おやこむじゅん)“という性質をご存知ですか?」


 無言のイチルギの代わりに、ジャハルがシスターに答える。


「自己対象の異能が、胎児にも影響を与える……というやつか。稀にではあるが、出産後も自己対象の異能に子供を含めることが出来る場合がある」

「そうです。半分以上オカルトの話ですが、旧文明ではもう少し研究が進んでいたんじゃないですか?」


 イチルギは視線を逸らして目を伏せ、ポツリポツリと語り始める。


「…………親子矛盾は、子供への愛情が高いほど発生する確率が高い。心の繋がりが、自己と子の同一化を促してしまう。とある滅んだ国の人体実験では、ひ孫の代まで親子矛盾が適応されたケースが確認されているわ……」

「そうですか……。ディンギダルさんは、子供への愛情が、特に大きかったんだと思います。だって、彼が処刑に使っていた異能。リオルドラーマさんの異能は……。”自爆の異能“でしたから」


 イチルギがバッと顔を上げてシスターを見る。


「自爆……!?」

「ディンギダルさんは、子供達のことを本当に愛していたんだと思います。子が自分のことを知らなくても、血の繋がりは、彼にとってこの上なく尊いものだった。愛した子供達をポポロの命令で自爆させるのは、言葉じゃ表せない苦しみだったでしょう……」

「そんな……そんな……!!」


 イチルギの両目から涙が零れ落ち、それにつられてシスターの頬にも涙が伝う。


「家族への愛に憎しみが(まさ)ったなんて嘘っぱちです……!! あの人は、どんなに惨めで、苦しくて、憎んでも、家族への愛だけは何よりも強かった!! ポポロなんかに負けていなかった!!」


 イチルギは目を強く(つむ)り、幼子のように声を上げて泣いた。声を上げて涙を流したのは、彼女にとって初めてのことであった。200年を超える長い人生で、初めて大声で泣いた。その頭の中には、ディンギダルの最期の言葉が浮かんでいた。恐らくは、掠れ切って誰にも聞こえていなかったであろう、彼の本当の遺言。






「もう、ワタシのような人間を生み出さないでくれ」

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[一言] やりきれないオチだなあ
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