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シドの国  作者: ×90
爆弾牧場
138/285

137話 絶望の作り方

〜爆弾牧場 地下10km 代理出産倉庫 (イチルギ・ハザクラサイド)〜


 洞窟の中を、炎が燃え盛る音だけが響き渡る。ハザクラも、イチルギも、顔を伏せて微動だにしない。


 ディンギダルが右腕を高く持ち上げ、その先に桃色の焔を灯し始める。焔が渦を巻き、白い閃光を纏って膨らんでいく。その焔に2人は見覚えがあった。僅かに色が違うものの、焔の揺らめき方や輝きは、ピガット遺跡でキザンが発動した“死の魔法”そのものであった。


「もうお前の顔など見たくない。今すぐこの世から消え去れ」


 そしてそれを2人に向かって飛ばそうとした瞬間、イチルギの声が彼を制止させる。


「待って」


 イチルギが気力を取り戻したことにディンギダルは強い憤りを覚えつつも、焔を掻き消してイチルギを睨みつける。


「今更何だね」

「……もう止めるなんて言わない。許してとも言わない。でも、どうかひとつだけ願わせて。貴方を……助けさせて」

「手遅れだと言っただろう」

「まだよ。まだ……。だって」


 イチルギがゆっくりとディンギダルの方を指差す。


「貴方のすぐ下……最初に“合体”の異能で繋ぎ合わせた女性の身体は、奥さんの……遊撃隊長”ウィガリア・コンキスタスキル“の身体でしょう?」


 ディンギダルの瞳孔が僅かに開く。


「邪の道の蛇一のガンマン。“見切りのウィガリア”。誰もが防壁で銃弾を簡単に防げる魔術社会に()いて、早撃ち一本で戦い抜く彼女は境界の門でも有名人だったわ。”右肩を撃ち抜かれても“最前線を退かなかった勇姿から、不死鳥ウィガリアなんて呼ばれ方もしてたけど」


 ディンギダルの2本目の右腕。その付け根には、一部だけ色が抜けて変色した丸い傷痕がついている。


「でも、ウィガリアは死んだわけじゃない。貴方にまだ生かされている。貴方の“合体“の異能で、今も肉体を保ち続けている。ここから感じられる限り、波導もディンギダルのものとは全くの別物。他の節も、それぞれ別人の魔力が流れてる。それなら、もしかしたら、治せる使奴がいるかも知れない。私も探すわ。今度は使奴の全力を尽くして。だから――――」

「無理だ」


 言葉を遮って否定したディンギダルに、イチルギは慌てて言葉を続ける。


「まだ分からないわ。もしそれが“休眠”に数えられるものならピガット遺跡の異能者に――――」

「くどい!!!」


 ディンギダルが空を殴るように腕を振り払うと、イチルギは突如胸を押さえて倒れ込む。それをハザクラが咄嗟に抱えるが、彼女は息絶え絶えに血反吐を溢れさせた。


「イチルギ――――!!」

「無理だと言っているだろうが大マヌケめが!!! 何故考えない……!? ワタシが“最初の犠牲者に妻を選んだ”理由を!!!」


 イチルギが何かに気付いて目を見開きディンギダルを見た。


「“合体”の異能者はワタシではない……。これは、妻の、ウィガリアの異能だ――――!!!」





 ワタシとて最初は混乱していた。何せポポロから受けた命令は“国民の代理出産”だ。男であるワタシに何故そんな命令をしたのか。だが、ウィガリアの話を聞いて全てを理解した。ポポロは、この世で最も性格の悪い男だ。


 ウィガリアは合体の異能者だった。他者の肉体の一部を、自身の肉体に融合させる他者対象の異能。生涯それを隠し通していたが、ポポロに無理矢理白状させられていた。


 つまりポポロは、”妻を己の体に宿せ“と命令していたのだ。己の最愛の妻を使って、知らぬ男の赤ん坊を産み続けろという命令だったのだ。こんな屈辱があろうか。こんなに惨めなことがあろうか。ウィガリアを(はずかし)めるだけでなく、ワタシを苦しめるだけでなく、これから苦しむ国民を産み、己の悪行の共犯者にさせようなどと、一体どんな人生を送れば思いつくのだ?


 だが、ウィガリアは更に恐ろしいことを言った。自分が代理出産の役目を引き受けると申し出たのだ。当然ワタシは猛反対した。最愛の妻が、自分の知らぬ場所で知らぬ男の赤ん坊を産み続けるなど、口にしただけで卒倒してしまう。どうせ地獄を味わうのなら、ワタシ1人でいい。ウィガリアに地獄を歩ませたくない。だが、それはウィガリアも同じだった。ワタシに地獄を歩かせまいと、頑として聞く耳を持たなかった。そして彼女は翌朝にでもポポロに直談判をしに行くと言い始めた。ワタシにはもう選択肢がなかった。


 ワタシは、その日の晩にポポロの元を訪れた。部屋の中からは、嬌声(きょうせい)にも悲鳴にも聞こえる女性の声が響き、中で何が行われているのかは想像に難くなかった。廊下と部屋を隔てる薄い木の扉は、まるで鋼鉄のように重かった。


 前衛隊のマデュラ。狙撃隊長のギィリグル。見知った家族の見知らぬ裸。それを両手に抱え穢らわしい笑みを浮かべるポポロ。ワタシは奴を殴り飛ばしたい気持ちを必死に(こら)え、地に這いつくばって懇願した。代理出産はワタシがやる。だから、ウィガリアに代理出産を命じないでくれ――――と。マデュラとギィリグルが我が事のように涙を流してくれている中、ポポロは恍惚(こうこつ)の表情で笑ったのだ。恐らくは、この懇願も奴のシナリオ通りだったのだ。






「奴の“契約”は、“命令”と“代償”で構成される。命令に違反したことを咎められれば、強制的に代償を払うことになる。ワタシが課せられた命令は、“生涯に(わた)る国民の代理出産”。その違反時の代償は“娘の身柄”だ」


 この話の続きを、ハザクラは容易に推測出来ていた。ディンギダルの語る契約の異能は、恐らくハザクラの無理往生の異能の下位互換。無理往生の異能であれば承諾一つで命令を強制できるのに対し、契約の異能は違反というプロセスを挟まなくてはならない分発動が遅い。しかし、それはポポロにとってはデメリットではなかったのだろう。そのあまりにも惨い想像を否定したいがために、彼は言わなければ良かった筈の一言を投げかけた。


「………………っ。まさか、“次”のは……!!」


 ディンギダルが目を伏せて、己の“3節目”の胴体を撫でる。恐らくは、ウィガリアの、恋人の、次の被害者の身体――――


「ワタシはウィガリアを地獄から遠ざけるために、頭部を置き換える形で彼女に合体の異能を使用させた。生まれてくる赤ん坊のために乳房は残さねばならなかったからな。そして、その時にポポロの真の恐ろしさを知った…………!!!」


 バギッ!! と、音を立てて、ディンギダルの口元から歯の破片が零れ落ちる。


「奴は……ワタシに次なる契約を強要した……! 命令は“出産の禁止”……!! 代償は、“娘の身柄”!!!」


 噛み締めすぎたディンギダルの歯が更に砕け、歯茎に突き刺さって鮮血を溢れさせる。


「契約の異能は、相反する2つの命令を行える!!! そうなれば、ワタシはもう選ぶ権利などない……!!! ワタシは見誤っていた!!! あの男の底を!!! ワタシは当然娘を手にかけた……奴に奪われるくらいならと……ウィガリアから受け継いだ合体の異能を使い、己の身体に宿した!!! そこからはもう……分かるだろう……!?」


 ディンギダルが両手で顔を覆い、手の隙間から血と涙の混ざった雫を零す。


「奴の命令ではない……!! ワタシ自らやったのだ……!!! ティスキア……ウィルウィード……ジャクシズ……ヴェアスクラム……!! 奴の手から逃がすために……!! 他に方法がなかった……!! イルィット……カランレギア……レリア……!! 奴は、ワタシが自ら家族を襲い異形と化していく度に、指を差して嗤った……!!  マデュラ……ヒスカロッチ……ルルガラルア……!! 忘れるものか……!! 忘れるものかね……!!! この屈辱を!!! 苦しみを!!!」


 合体の異能で取り込んだのであろう女性の名を呟きながら、無数の手で愛おしそうに胴体を撫で、身体を伝い落ちる血を拭う。


「復活出来ると言うならさせてやりたい……ずっと願ってきた……!! そんな日を夢見て皆を大切に扱ってきた……!! この異形になってから、胴を地につけたことなど一度もない!! 愛する家族を地べたに擦り付けて寝られるものかね……!!」


 よく見れば、薄汚れて傷だらけのディンギダルの身体に対し、女性の肉体を持つ節々には擦り傷一つついていない。(てのひら)こそ肉体を支えるために汚れているものの、この灼熱の洞窟の中で数十年過ごしたというには不自然な清潔さを保っている。


「乙女の肌を傷物になどしようものなら、いつの日か再会した彼女らに何と言われるか……。だが、それも所詮は夢だ……。そして今、夢から覚める時が来た」


 ディンギダルが口に手を突っ込み、歯の破片を無理やり引き抜いて血を吐き捨てる。


「ワタシがウィガリアを手にかけてから数年後、境界の門が“世界ギルド”を名乗り、狼の群れと同盟を結んだ時、希望が見えた」


「それから数年後。世界ギルドが各国に派遣隊を送り調査を始めた時、地獄の終わりが見えた」


「それから数年後……。世界ギルドがスヴァルタスフォード自治区の内戦を治めた時、次に救われるのは自分だと確信した」


「それから数年後……。世界ギルドがグリディアン神殿の暴走を止めた時、良くない想像が頭を(よぎ)った」


 未だ口から血を滴らせながら、頭を低く下ろし顔を伏せる。


「ダクラシフ商工会の言い訳に世界ギルドが頷いた時、この想像が現実であると気付いた」


「愛と正義の平和支援会のハッタリを世界ギルドが見抜けなかった時、ワタシの前から希望が消え失せた」


「そして、笑顔による文明保安教会と世界ギルドが協定を結んだ時。希望を失って空いた穴に絶望が湧き出た」


 声は次第に震え出し、自らの胸に手を当て爪を立てて引っ掻き拳を握る。


「逆恨みなどと言ってくれるな。70年だ。70年待った。70年も待ち続ければ、助けを求め伸ばした手にナイフが握られていても不思議ではない。そうは思わんかね?」


 ディンギダルがハザクラに手を伸ばす。それを、ハザクラは避ける素振りもせずに呆然と眺めている。何かの異能にかかっているわけではない。ただ、目の前の彼に背を向けることがどうしても出来なかった。


 彼の恨みを否定することが、どれほどの侮辱になるか。家族を失い、さらに家族を失うために産み、仇に尽くさねばならなかった彼を、如何(どう)して否定できようか。


彼の恨みを認めることが、どれほどの軽蔑になるか。何の償いも救済もできない。そんな無力な傍観者の立場で、彼の心を如何して評価できようか。


 命を以て償うこと以外に、彼に何が出来るか。ハザクラはこの解決策を未だ見出せていない。故に、逃走も、抵抗も出来ない。


「家族への愛に、お前達への憎しみが(まさ)ってしまった。笑顔の妻よりも、娘よりも、お前達の死体が見たい」


 ハザクラの顔をディンギダルの手が覆う。


 逃げなければ――――


 ハザクラは必死に自分を説得するも、指は震えているのに足は一歩も動かない。


 世界を救うんじゃなかったのか? ディンギダルも救わなくては。


 イチルギとディンギダルのどちらが大事なんだ? 命を天秤にかけるべきじゃない。


 フラム・バルキュリアスとの約束はどうする? フラムさんだったらどうするだろう。あの人だったら……






「私も最初は君と同じように、あの娘達を助けたかったんだ」


「それを君は思い出させてくれた。だから君に手を貸したい。いや、手伝って欲しい。彼女達への償いの手伝いを」


「全てを君1人に任せてしまう事をどうか許してほしい」


「私もご両親共々、君の無事を心から祈っている。どうか君の願いが叶いますように」







 ディンギダルの手をハザクラが頭突きで弾き飛ばす。そしてイチルギを抱えて大きく飛び退き、足元に魔法陣を展開する。


「敗北を恐れよ……。死を恐れよ……。正義心を飼い慣らし、人道主義から己を守れ」


 魔法陣が閃光を伴って(きら)めき、検索魔法と混乱魔法が融合した白煙を噴き出し始める。白煙は周囲の景色を模倣し形を変え、(いびつ)な鏡のカーテンとなってハザクラ達の姿を眩ませる。


「危うく間違えるところだった。俺は、こんなところで足踏みをしている場合じゃない」


 精神を持ち直したハザクラを、ディンギダルが怨嗟の眼差しで睨む。


「……こんなところ? ワタシの愛する家族の墓場を、お前達が見捨てた犠牲者の墓場を、こんなところだと……!?」

「ああ、悪いなディンギダル。俺にもやるべきことがある。そのために、少しだけ邪の道の蛇のことは忘れさせてもらう」


 ディンギダルはハザクラの戦意に応えるように構え、両手の空間に(ひび)が入り始める。


「……これがお前の答えか。正義の味方よ。なんと、なんと浅ましいことか……!!!」

「短絡的は重々承知だ。最近は狂人と付き合いが多いせいか、こういう狂い方も覚えてしまった。だが、実際意外と便利だな。喉に刺さってた骨が取れた気分だ」

「ワタシにも一抹の情は残っていたが……、礼を言おう。心置きなくお前達を葬れる」


 ハザクラは失笑するように不敵に笑い、洞窟の天井を見上げる。


「律儀に押し問答に付き合い過ぎたな。ディンギダル。増援の到着だ」


 ハザクラが言い終わるよりも早く洞窟の天井から爆音が響き、天井に張り巡らされた温泉配管が砕けて中から3人の人影が落下する。


「ハザクラ!! イチルギ!! 無事か!?」


 落下してきたジャハルがシスターを抱きかかえて風魔法を展開し、ラプー共々受け止めてハザクラの背後に着地する。


「な、何だこの大ムカデは……!! イっイチルギ!? アイツにやられたのか!?」


 血塗れのまま動かないイチルギの姿に、半ばパニックになって慌てふためくジャハル。それを同じく狼狽(うろた)えながらも手助けするシスター。ハザクラは2人に背を向けたまま、ディンギダルを指差す。


「俺達は生きて帰る。お前はどうする? ディンギダル」


 ディンギダルは再び歯を噛み締め、塞がったばかりの傷口を圧迫して(よだれ)のように血を滴らせる。


「2人が5人になったところで何も変わらん……!!! 薪を()べる手間が省けたわ!!!」


 岩山で燃え盛る炎が噴火し、ディンギダルの手に吸い寄せられていく。烈火は一本の筋となって踊り、生き物のように(うね)りハザクラ達へと襲いかかった。


「さあ、反撃開始だ!! 行くぞラプー!!」

「んあ」

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[一言] さて、不毛な争いの始まりだ
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