133話 契約違反には制裁を
ラデック達がヒヴァロバと出会う少し前――――
〜爆弾牧場 温泉街“まほらまタウン”西区 (イチルギ・ラプー・ジャハル・ハザクラ・シスター)サイド〜
「こ、この突き当たり左の奥にある建物が“王宮”です」
警備隊の指示通りに角を曲がると、遠くに高い壁に囲まれた純白の王宮が見えてきた。雪が積もった街並みに溶け込みながらも、その態とらしい神々しさを一切隠さずに堂々と構えている。しかし、その正面大通りに構える家屋は対照的に見窄らしく、あちこちにヒビが入ったりタイルが剥がれ落ちたりしている。道を行く人達も皆痩せ細っており、頭を重たく前へ傾けながら足元ばかり見て歩いている。美しく厳かな王宮と、腐りかけた廃屋の群れ。まるで寓話の一部分を切り出したかのような風景に、シスターは思わず息を飲んだ。
「ひ、酷い……。コレが、本当に40年も続いた帝国ですか……?」
警備隊は怯えながら周囲を見回し、ゆっくりと王宮へと近づいていく。しかし、突如血相を変えて踵を返し、イチルギの背後に隠れて身を震わせた。
「な、何? どうしたの?」
「しししし、“執行官”が門番やってる……!! だめだ、もう戻れない……!!」
「執行官?」
イチルギが門の方を見ると、長い金色の杖を持った鎧の兵士が2人、門の前に立ち塞がっていた。そこへ、イチルギ達と同行している警備隊と同じような制服を着た女性が1人、何度も頭を下げながら歩み寄っていく。
「ああっマズイっ!」
警備隊が目を覆った直後、執行官が金色の杖を女性に突きつけた。すると、女性は忽ち“全身が葡萄のように粒状に膨れ上がり”、爆弾のように爆発した。爆煙と共に血飛沫が執行官の鎧を濡らし、鈍色の金属を赤く染めていく。その凄惨な光景に、イチルギ達は言葉を失って立ち尽くすしかなかった。
王宮の門から数人の清掃員が集まってきて、執行官の鎧と、散らばった肉片を掃除し始める。数分もしないうちに血や焦げ跡は綺麗に洗い流され、執行官は再び配置について動かなくなった。
「あ、ああ……そんな……」
警備隊の1人が、イチルギの後ろで頭を抱えて蹲る。
「シャルアラ……そんな……やっと仕事に慣れてきたばっかりだったのに……どうして……! ああっ……!!」
恐らくはたった今殺害されたであろう女性の名前を呟き、顔をぐしゃぐしゃに濡らして嗚咽を漏らす。他の警備隊員も絶望に打ち拉がれて俯き、同じように涙と鼻水で顔を濡らしている。
「終わりだ……私達はもう……!」
「何でだよっ!! レピエン様を”信頼“してたのにっ!! こんなにも”信頼“していたのにっ!!」
「最悪だ……。最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ……!!!」
門の前では未だ執行官が石像のように空を睨んでおり、イチルギ達はなす術なく阿鼻叫喚の警備隊を連れてその場を離れた。
人の気配のない廃屋に身を隠したイチルギ達。メンバーの中で唯一新聞に顔が載ったことのないシスターが1人見回りに出かけ、残されたメンバーは先ほどの出来事について話し合った。
「あれが……噂の“叛逆者への制裁”か……。何と惨たらしいことを……」
ジャハルの呟きに、イチルギが怒りに震える声を押し殺して答える。
「ええ……。クソっ……、派遣隊の報告には、こんな現象なかったわ……。けど、おかしい。派遣隊は皆買収されるような子達ではないし、嘘をついている様子もなかった……」
「イチルギはこの国に訪れたことはないのか?」
「ないわ。ジャハルも当事者だから知ってるでしょうけど、国家の運営に携わる者は相手国の招待無しに訪問してはならない。レピエンが私を呼ぶわけないでしょ」
「毎回思うんだが、その条約どうにかならないのか? 国交保持条約もそうだが、ここらへんの国際条約は不便で仕方ない」
「狼の群れ建国当時のヴァルガンに言って頂戴。こんな性善説大前提の条約、私だって猛反対したんだから。……でも、それにしたって不自然な点が多すぎる。私が派遣隊から受けてた報告の中には、処刑は疎か警備隊の存在も無かった。こんなの国営の追い剥ぎじゃない」
警備隊員がビクッと体を震わせると、イチルギは慌てて彼等を庇う。
「あっごめんなさい! いやでもね? やってることが悪いのは事実だから……」
「い、いえ……分かってます……。ウチらも、ちょっと腹癒せでやってる部分はありましたし、実際に外国人から奪った金で良い思いしてたのも事実です……」
「……強者に虐げられた人間が、その反動で別の弱者を虐げるのはよくあることよ。決して擁護できるものでは無いけれど、貴方達自身の悪性のみによるものでも無いわ。今こうして省みることも出来てるんだし、そこまで自分を卑下しなくても大丈夫よ」
側で話を聞いていたハザクラが、別の怯えている警備隊を見て訝しげに口を開く。
「しかし、よくもまああんな国王を信頼する気になったな。俺の国で見た映像では人望のじの字も無さそうな男だったが、自分の配下には優しかったりするのか?」
「い、いえ。全く……。機嫌がいい時はそれなりにお優しいのですが、いつもの無茶振りが一方的なお願い事になるだけで、実際特に変化はありません……。「さっさと行け!」って言うところを「今日も期待しているぞ!」って言うようになるだけって具合で……。あ、でも女王様や王子様は別ですね。毎晩同じ部屋でお休みになられる程仲が良いです」
「典型的な悪徳権力者だな……。さっきの“制裁”はレピエンの異能か? 実際には執行官が行使していたように見えたが……」
「あ、はい。そうですね……レピエン様の“契約”の異能だと言われています」
「契約の異能?」
「レピエン様と契約を結んだ者は、それに違反すると罰を受けるんです。それを執行する権利を持つのが、レピエン様と10人の執行官なんです」
「権利を持つ……? 異能の使用基準を第三者が決めるのか?」
「はい。さっきご覧になられたと思いますが、契約違反状態の人物に権利者が呪文を唱えると、あのように爆ぜてしまうんです……」
「……それは、また奇妙な仕組みだな。確かに異能者本人が執行の場に出てくるリスクを考えると合理的か……? その契約というのは、どんな内容だ?」
「え、あ、わ、分かんないです……」
「分からない?」
「あの、国民全員そうですが、契約時にものすごく分厚い本を渡されるんです。何百ページもある魔術書みたいな本を。そこには”嘘をつくな“とか”命令は必ず熟せ“とか事細かに規則が書いてあって、それが契約書になっているんです」
「……一方的に達成不能な契約を結ばせ、常に契約違反の状態を維持する訳か……。確かに、それならいつでもイチャモンをつけて不要な人間を葬ることができる……」
そこへシスターが見回りから帰ってきて、黙って首を左右に振る。
「……ほんの少し立ち聞きして来ましたが、執行官は警備隊全員を罰するまで見張りを続けるそうです。王宮に戻るのは諦めたほうが良さそうですね……」
その言葉に警備隊は意気消沈して俯くが、イチルギは苛ついた様子で唸り声をあげ髪を掻き毟った。
「あぁ〜もう! 要するに、“警備隊がしくじった”ってのがレピエンからしたら気に食わない訳でしょ? そんくらいはどうにかするわよ……。ラルバがやり過ぎた分くらいは精算させてもらうわ」
日が傾いてきた頃、王宮の警備をする執行官の元へ、数人の警備隊が近づいて行く。
「ん? あれは……」
2人の執行官が金色の杖を構えて警備隊の前に立ち塞がり、威圧するように見下して言い放つ。
「よくもまあノコノコ帰ってこれたもんだな負け犬共」
「そ、その声は……ルルガルスタ執行官ですか? 警備お疲れ様です!!」
「挨拶なんかいい。どうせお前らと顔を合わせるのも、これで最期だ」
執行官が杖を構えようとすると、警備隊長が慌てて制止させる。
「ま、待ってくださいルルガルスタ執行官!! 我々は決して外来人に屈してなどいません!!」
「ああ?」
「これを見て下さい!!」
そう言って警備隊長が、手に持っていた頭陀袋から“人間の頭部”を引っ張り出す。
「お、お前っ……!! それ……!!」
「ええ! あの“世界ギルド”の元総帥! イチルギの首です!!」
高々と掲げられたイチルギの生首に、執行官は狼狽えて数歩下がる。
「ば、馬鹿を言え!! お前なんかが使奴に敵うものか!! 偽物だろう!!」
「わ、私が斃したんじゃありません! 実はここにくる途中……その……」
「ああ? 何だ!」
「あ、えっと……ポ、”ポポロ様“にお会いしまして……」
「何だとっ!? ポポロ様に!?」
「は、はい……。この女はポポロ様が仕留めたそうです。それで、まだ暫く身を隠すから、これをレピエン様の元まで届けるようにと仰せつかった次第です。また明日ポポロ様の元へ向かわねばなりませんので、レピエン様への事情の説明をルルガルスタ執行官にお願いしても宜しいでしょうか?」
「なん……しかし、いや……う〜ん……」
爆弾牧場皇帝であり、笑顔の七人衆”収集家ポポロ“。その名を出された執行官は、返答に困り頭を悩ませる。レピエン国王の指示で、外来人に絆された警備隊を皆殺しにしろと言われてはいるものの、もし皇帝ポポロの指示が事実であるなら警備隊に危害を加えるわけには行かない。
暫く考え込んだ結果、もし皇帝ポポロの命を騙っているならば、後に処刑よりも酷い目に遭うだろうとの結論に至り、ルルガルスタ執行官は警備隊長から頭陀袋を引ったくった。
「あっ……」
「貴様、もしその発言が虚偽ならば早めに自殺するんだな。レピエン様が”殺してくれ“なんて懇願を受け入れることは決して無いのだから」
執行官が顎をしゃくって「早く行け」とジェスチャーをすると、警備隊はそそくさと門を潜って王宮へと帰って行った。
その様子を遠くから眺めていたハザクラ達は、ホッと胸を撫で下ろして息を漏らす。
ハザクラの無理往生の異能は、命令を承諾した相手に命令の内容を強制させる異能である。そして、その副次的な効果として、ハザクラは異能の影響下にある対象を判別出来るという能力も持っている。が、その命令が何の命令なのかまでは判別出来ない。もしもレピエンの契約の異能も同じ仕組みならば、対象の契約違反状態は見破られるが、それがどの契約を違反しているかまでは分からない――――ということになる。そこでイチルギは、ポポロの死亡が隠蔽されていること、そして国民が皆常時契約違反状態なのをいいことに、態と嘘をつかせて執行官を騙す作戦を考えた。
「しかし、幾ら使奴とは言え……コレは少し無茶をしすぎじゃ無いのか?」
ハザクラは文句を零してから、”担いだ首無しのイチルギ“を背負い直す。シスターもジャハルもコメントを控え、困惑の表情で首無しのイチルギを見つめている。ジャハルは暫く悩んだ後、思い切ってラプーに尋ねた。
「……あまり昔のことを聞くのは良くないと分かってはいるんだが、ラプー。イチルギは……その、こういうことをする人間なのか?」
「んあ」
「……昔からか?」
「昔っからだ」
「そうか……。もっとマトモなことをする人だと思っていたが……、いや、今はこれが最善なのか……?」
ジャハルがハザクラとシスターに目を向けるが、2人とも静かに目を逸らして言葉を返すことはなかった。
〜爆弾牧場 温泉街“まほらまタウン”西区 王宮内部〜
「おおおおっ!? これはっ!! これはこれはこれはこれは!!」
レピエンが興奮して執行官に駆け寄る。そして執行官からイチルギの生首を奪い取り、大喜びで掲げる。
「あの憎き便所蠅の王か!!! ああ夢のようだ!!! でかしたぞお前達!!!」
ボロボロの歯を鈍く輝かせて笑うレピエンに、執行官は少し狼狽えながら説明を続ける。
「あ、し、仕留めたのは我々ではなく……その、警備隊の者達が言うには”ポポロ様“だそうなのですが……」
「ポ、ポポロ様がか!? か、帰って来たのか!? ポポロ様がぁ!?」
「警備隊長の報告では、また明日訪ねに行くそうです。嘘をついている可能性もありますので、我々も同行し確認して参ります」
「その必要は有りません」
突然会話を遮った声。その方を2人が振り向くより早く、声の主はレピエンの手からイチルギの生首を掠め取った。
「ポポロの雲隠れ、イチルギの暗殺。全て私の指示通りです」
「せ、先導の審神者様……! 流石で御座います〜っ!! お見それしましたっ!!」
優雅にソファに腰掛けたハピネスに、レピエンが腰を低くして歩み寄る。
「予定よりも若干の遅れがありましたが……まあいいでしょう。そこの執行官。もう下がって結構ですよ」
「は、はい……!! 失礼致します……!!」
ハピネスはイチルギの生首を暫く眺めてた後、後ろに立っていたカガチの方へ乱暴に放り投げる。
「剥製にでもしようと思ったが、この腐れ切った正義面。死体でも不愉快だ。カガチ、細切れにしてトイレにでも流して来なさい」
ハピネスがカガチに手の甲を振って「出て行け」とジェスチャーをすると、カガチは何も言わずにイチルギの生首を抱えて部屋を出て行った。
カガチはそのまま王宮を出て、物陰から侵入経路を探っていたハザクラ達のところまで真っ直ぐ歩いて行く。
「カ、カガチ? 何故王宮から……」
「返す」
「え? あ、ああ……」
ハザクラに生首を手渡すと、カガチはそのまま王宮の中へと戻って行った。
「……何だったんだ?」
ハザクラが受け取ったイチルギの顔を覗き込むと、そこには生首とは思えない程生命力のある渋い表情が顔面に深い皺を作っていた。
警備隊を王宮へ送り届けた帰り道、イチルギを先頭に人気のない路地裏を進んでいた一行。しかし、突如イチルギが血相を変えて立ち止まったことに、ハザクラ達は不安そうに彼女を見つめる。
「そんな……この波導は、ナハル……!? それに、あっちにはパジラッカも……!! 嘘……!! 貴方達…………そこで一体何を……!?」
「ナハル? ナハルが近くにいるのか?」
「近く……違う、地下……!! でもこれって……こんなことって……!!」
「イチルギ?」
ハザクラがイチルギの肩を叩こうと手を伸ばした直後、彼女は全力で駆け出した。
「っ!? ジャハル!! シスターを頼む!!」
「わ、わかった!!」
ハザクラもすぐさま自己強化を挟んでから走り出しイチルギを追いかける。日が沈み切った真っ暗な街中を駆ける影ふたつ。ハザクラがやっとの思いでイチルギに肩を並べると、イチルギは速度を落とさぬまま戸惑いを隠せない様子で譫言のように呟く。
「ナハルの波導が……地下から流れてきたの……!! でも、この国には“人が通れるほどの地下空間は無い”!!」
「地下室くらいはあるだろう!」
「深さが違う!! ナハル達がいたのは、少なくとも30m以上深い!! そんな地下に空洞を掘った記録なんか、この国には無いのよ!! 何より、そんな空間があれば掘ってる間に温泉で水浸しになっちゃう!!」
「それなら確かに不思議ではあるが、それがどうしてそんな慌てる理由になるんだ!?」
「40年前…… 邪の道の蛇の幹部メンバーが突如姿を消した。それをポポロ達が支配し、爆弾牧場を造り上げた……。でもそのメンバーが本当は死んでなんかいなくて、どこかに身を隠していただけだとしたら……!!」
「地下に……いると言うのか……!?」
「ハザクラもグリディアン神殿で見たでしょう!? 人はそう簡単に消えやしない……!! もし、もしこの地下空間が邪の道の蛇によって作られたものだとしたら……!!」
朽ち果て崩壊した家屋の前でイチルギが急停止し、足元目がけて手刀を放つ。使奴の一撃によって地が裂け、中から“巨大な配管”と思しき空洞が現れる。
「この先にはまだ、地上なんか比べ物にならない“地獄”が待っているのかも知れない……!!!」




