132話 お前の世界にはお前しかいない
〜爆弾牧場 まほらまタウン北区 旧温泉街 地下配管内部 (ラデック・ナハル・ゾウラサイド)〜
真っ暗闇の配管の先。ナハルの使奴の目には、恐ろしい異形の姿が映っていた。
2m近い巨大な人の頭部を、顎の付け根あたりから人の足が生えてヨタヨタと歩いている。口は半開きになって涎を垂らし、眼は揺れるように左右別々にあらぬ方向を向いている。とてもこの世のものとは思えない存在を目の当たりにして、ナハルは思わず口元に手をやった。
ヒヴァロバは小さく舌打ちをして、その化け物がいるであろう暗闇を睨む。
「アタシら温泉の経営に関わる奴らにだけ知らされる化け物。“温泉坊主”だ。この配管は温泉を運ぶだけじゃない。奴ら温泉坊主も一緒に運んでくるんだよ」
「お、温泉坊主……!?」
「ああ。あれを支配しているのは皇帝ポポロだ。”温泉経営責任者は決して配管の内部に立ち入ってはならない。配管の内部に第三者を立ち入らせてはならない。温泉坊主のことを口外してはならない。“このどれか一つでも破れば、問答無用で爆殺処刑か温泉坊主の餌食だとよ」
「一体、何のために……!?」
「監視役だよ。爆弾牧場の温泉は、店によって着色や調整粉末で多少誤魔化しちゃいるものの、実は全て同じ源泉を使っているんだよ。それをこの馬鹿でかいパイプで繋いでいる……。人気の温泉宿も、廃業した北区の銭湯も、王宮の大浴場もね……」
「……そうか。この配管からの侵入者を見張る番人か……!!」
「そこそこ魔法が使える奴なら、この先の高水圧の配管内も移動出来る。そのせいで昔は覗きが湧いて随分苦労したもんさ……」
遥か遠くの温泉坊主の気配が消え、ヒヴァロバが隠蔽魔法を解いて光魔法を発動する。辺りがパッと明るくなり、4人の背後にいた巨大な異形の吐息が耳を撫でた。
「危ない!!!」
ナハルがラデックとゾウラを抱き寄せ飛び退くと、2人がいた空間を温泉坊主が勢い良く齧りとった。不揃いな歯並びがガチンと音を立てて閉まり、巨大な頭部が鼻息を荒くして不恰好に立ち上がる。突然の襲撃に、ラデックが慌てて手に持っていたタバコをポケットに突っ込む。
「ま、真後ろにいたのか!? そんな気配など一切無かったぞ!?」
「退いていろラデック!! こいつ……波導が全く感じられん! 何をしてくるか分からん!!」
「こんな生き物、私初めて見ます!」
温泉坊主が再び口を開けて雄叫びを上げる。
「ゔぉぉぁぁああああああ!!」
そして走り出そうと温泉坊主の右足が地面を蹴ったその直後。
「とぉぉぉおおおっ!!!」
女性の掛け声と共に、温泉坊主の左足に鎖が投げられ絡まった。
「必っ! 殺っ! 大地の錨!!」
複製魔法によって鎖が枝状に延長され、それは凄まじい勢いで配管の奥へと伸びて行く。温泉坊主は左足が鎖に引っかかって大きく転び、それ以上前に進めず倒れ込んだ。
どこからともなく現れた鎖の先には、ドヤ顔でポーズを決めるパジラッカの姿があった。
「我ら世界ギルド!! “ 怪物の洞穴”所属、パジラッカ!! 助けに応えて只今参上!!」
「パジラッカ!?」
ラデックは見知った顔に驚いて声を上げるが、パジラッカは掌を大きく突き出して見得を切る。
「おおっとお兄さん! 感動の再会だけど、ここはオイラ達に任せな! なあに心配要らないぜ! オイラ実はめちゃめちゃ強いから!」
「いや、どっちかというと“よくもまあノコノコと俺たちの前に顔を出せたな”って思いなんだが」
「ええ? 助けたのに?」
「ひとの連れを八つ裂きにしておいてよく言うな……」
「だってアイツ悪い奴だし……お兄さん達無理矢理付き合わされてるって聞いてたけど、違うの?」
「いや、それはそうなんだが……」
2人が足を止めて話していると、温泉坊主がジタバタと両足を振り回して鎖を振り解いた。
「むむっ!!」
そこへ“何処からか”手投弾が投下され、凄烈な爆炎を温泉坊主に浴びせる。
「がぱああああああっ!!!」
温泉坊主が痛みに悶えて暴れ回っている隙に、ヒヴァロバがラデックとゾウラの首根っこを掴み、配管の奥へと走り出して振り返る。
「サンキューちっさいの! そいつらは任せたよ!」
パジラッカはサムズアップで応えるが、違和感にキョトンとして目を逸らす。
「おうさ!! ん? そいつ”ら“?」
「温泉坊主は山ほどいるからよぉ! パイプん中走り回って囮になってくれると助かる!」
そう言ってヒヴァロバ達は隠蔽魔法で早々に身を隠してしまう。パジラッカが嫌な想像と共にバッと後ろを振り返ると、遠くから3体の温泉坊主がこちらに向かって走ってきているのが見えた。
「おぎゃあああああ!?」
パジラッカは大慌てで走り出し、ヒヴァロバ達を素通りして配管の奥へと消えて行く。温泉坊主達も互いにぶつかったり転がったりしながら、それを追いかけてパイプの先へと姿を消した。
「……元気な子だわね。これで当面はアレを気にしなくて良いな」
配管内を全力で走り回るパジラッカ。不用意に泣き叫ぶ彼女の声に釣られ、至る所から温泉坊主が集まり、パジラッカを先頭に世にも悍ましい百鬼夜行が形成されていく。
「おぎゃああああ!! こいつら意外と足速いぃぃぃぃいいい!!」
「おいパジラッカ!! 馬鹿正直に逃げ回ってないで戦え!!」
浮遊魔法でパジラッカについていけなくなったラドリーグリスが、隣を走りながら爆発魔法で温泉坊主を足止めして怒鳴りつける。
「こ、ここまで人の形してないとオイラの異能の対象外!! 同調するならせめて両腕はないと!!」
「はぁ!? んなデメリット聞いてねーぞ!! そういうのは加入時に申告しとけ!!」
「だって人以外と戦うと思って無かったもん!!」
「気合いでどうにかしろ!!」
「それに今日はもう虚構拡張使っちゃったから頑張れません!!」
「だぁクソ!! だから無理矢理にでも“新入り”連れてくりゃ良かったんだ!!」
「今更遅い〜!!」
何処かから聞こえてくるパジラッカの叫びを聞きながら、ラデック達4人は配管内をヒヴァロバの案内で進んでいく。
「オマエらは何でこの国に来たんだ?」
ヒヴァロバの問いに、一拍置いてラデックが答える。
「成り行きだ」
「成り行きで国王殺しか? 厄災みたいな奴らだな」
「8割方合ってる」
「……さっきのチビ助は世界ギルド所属だと言ってたな。本来であれば、アイツらがやるべきことだ」
「そうなのか?」
「……爆弾牧場が出来るちょっと前。今から50年位前か。世界ギルドの下っ端連中が、邪の道の蛇に視察に来たらしい。その時はまだ世界ギルドも総裁が代変わりしたばっかだったから、ちょっと見に来ただけですぐに帰っていったんだ。だが、それが良くなかった」
「義賊とは言え、盗賊の統治する国だ。その場で粛清されてもおかしくなかったはずだが、見逃してもらえただけで十分じゃないのか?」
「まあな。だが、そこで邪の道の蛇を国家として認めてしまったがために、後身である爆弾牧場にも同じ法を適用せざるを得なくなった。この国が今日まで世界ギルドに介入されなかった1番の理由は、世界ギルドが定めた条約に違反していないからだ。そも世界ギルドと狼の群れが定めた国際条約に不備が多過ぎるっつーのが1番の問題だが、文句ばっか言ってても始まらない。邪の道の蛇は爆弾牧場に侵略されたっつー事実だけでも、狼の群れか世界ギルドが認めりゃ良かったんだがな」
「それなら大丈夫だ。すぐにでもイチルギに報告して――――」
ラデックの言葉を遮り、ナハルが肩を叩いて黙って首を振る。
「ナハル? 何か気になることでもあるのか?」
「イチルギにはどうしようもない。無意味だ」
「どうしてだ。彼女は世界ギルドの元総帥だろう? それに、そうでなくとも人道主義自己防衛軍に任せれば……」
「違うんだラデック。この一件を通すのは不可能なんだ」
「……何を馬鹿なことを。こんなに困ってる人たちがいるのに、無理なことがあるか」
「困っている人がいるかどうかは問題じゃない。ラデックは旧文明の政治を知らないんだったな……。そうだな……何か映画や小説でもいい。政治家達が、“前例がない”と言うだけで許可を出し渋っているシーンを見たことがないか?」
「ああ。それは沢山あるが……」
「前例のない一件を通す――――と言うのは、約束事と多数決で世界を保つ仕組みにとっては一大事だ。その一件が通れば、一度開いた法の穴を広げようと大勢の輩が不用意に雪崩れ込む。過去の取り決めも見直さなきゃならない。新たなルールを作るのに等しい行為だ」
「それは、新しいものを忌避して面倒臭がっているだけじゃないのか?」
ラデックが不用意に零した一言に、ナハルが語気を強めて徐に呟く。
「本当に、そう思うか……?」
彼女の逆鱗に触れた、否、己の無知を曝したこと。そして、それが彼女達の何か大切なものを傷つけたことに気付き、ラデックは返事すら躊躇った。
「面倒臭いのは、確かだ。でもなラデック。面倒事を避けることは、使奴が、イチルギが一番大切にしていることだ」
「……そんなに重要なことなのか? 俺にはどうも理解出来ない。面倒臭いだけなら、面倒臭がらずやればいいだけの話じゃないのか?」
「使奴がずっと面倒を見てくれるなら、な。だが、ハザクラはどうだろうか……?」
「ハザ……クラ……?」
「イチルギ達が今後も未来永劫政治を担ってくれるならそれでいい。ラデックの言う通り、出来ることは全てやるべきだ。でもなラデック。イチルギ達は飽くまでもでも、“今の文明が旧文明に追いつくまでの代理”としてしか支配者の立場に居ない。彼女のやることは、全て人間が達成できる範囲内でしか行われていないんだ。後の世を担う者の為。今はハザクラの為だ。その為に、彼女はどんなに辛くとも、人間離れした政治を行うわけにはいかないんだ。どんな意見も全て汲んでくれる万能の神様の後任を、ハザクラにやらせるわけにはいかないだろう?」
「そ、そんな馬鹿な話が……。じゃあ、この爆弾牧場の人間は助けないと言うことか!? 未来を見てばっかりで、現実から目を逸らすと言うのか!?」
「それは誤謬だ。ラデック。確かに世界ギルドは沈黙を貫いているが、それは現実から目を逸らしたが故じゃない」
「同じことだろう……!! 放って置かれたこの国はどうなる!!」
まるで聞く耳を持たないラデックに、ナハルは黙って目を伏せる。すると先頭を歩いていたヒヴァロバが、小さく溜息を吐いて振り返る。
「なあデカネーチャン。オマエの“優しさ”は見上げたもんだが、馬鹿正直に真正面から受け答えしてたんじゃあ馬鹿には伝わらないよ?」
「……私のは優しさじゃない。逃げだ」
「そういうのを優しさって言うんだろうよ。使奴のクセに甘いねぇ全く」
ヒヴァロバは光魔法の球体をラデックに突きつけ、喧嘩を売るように挑発する。
「おいマヌケ。今朝話した“物乞い”の話の続きだが……。オマエ、もしあの時ウン十人の物乞いに金を強請られたらどうするつもりだったんだ? 想像でいい。言ってみろ」
「それとこれとは話が……」
「言ってみろ」
「……その場は謝罪して立ち去る。流石に全員には金は渡せない」
「そのウン十人の中に、本当に困っている幼い少年がいてもか?」
「少年? 何の話だ?」
「オマエが物乞いに物を恵んでいるのを見て、あの人なら助けてくれるかもしれないと思って、凍って壊死した足を引き摺って、やっとの思いでオマエのところまで辿り着いた少年がいたとして。オマエはそんな可哀想な子供も見捨てて逃げるのか?」
「……それとこれとは話が別だ。そこまで困窮しているなら助ける」
「じゃあそれが中年の男だったら助けたか?」
「……は?」
「腐ってるのが足じゃなくて指一本だったら? 見た目には分からない病気だったら? 困ってるのが自分じゃなくて家族だったら? オマエはそれをどうやって見抜き、オマエを食い物にしに来た輩の手を掻い潜って、どこからソイツだけにコインを投げてやるつもりなんだ?」
「そ、それは……」
「それもこれも全部。オマエが物乞いに物を恵むっつー“前例”を作っちまったせいだろうが」
「………………」
「最初っからそういうやつを探して歩いて、こっそり薬でも渡してやりゃあ誰も困らなかっただろうに。面倒事を避けるってのは、本当に大切な物事を見失わない為に必要なことなんだよ。貧すりゃ鈍する。逆に、鈍しても貧するんだよ」
「だ、だからと言って」
「何より、部外者で幸せ者のオマエが、何をそんなにムキになってる? 困ってるのはオマエじゃない。アタシらだ。何でオマエが世界ギルド総帥に口利きできるのかは知らないが、勝手に代弁者面して架空の嘆願を声高に叫ぶな。それとも何か? その使奴の総帥は、オマエが意見して考えが変わるようなマヌケなのか?」
当然そんなことはない。ラデックが思いつくようなことは、イチルギ達はとっくに全て考えている。それを考えて尚、ラデックの知らない事情を全て汲み取り、国同士の関係性、国民の生活、利権者の事情、その全てを天秤にかけた上で判断している。自分のような知恵も知識もない人間ひとりが意見したところで、煩わしい“面倒事”にしかならないことは分かりきっていた。
そして漸く気がついた。自分は、“意見したいだけ”だということを。誰かを助けたいという、一方的で身勝手なエゴ。他人の不幸を見たくないという自分本位な我儘。
根っこでは他人の事など、何一つ考えていない。善人ぶった幸せ者の短絡的な世迷言。
ラデックは、なんでも人形ラボラトリーでジャハルが燃料にされている使奴を解放しようと言った時、当然のように反対した。何故なら、意識のない使奴は“困ってはいない”だろうから。グリディアン神殿の男達が内戦を始めた時も、彼等を助けようと叫ぶジャハルの味方をしなかった。命懸けで戦う方が、”奴隷生活よりも幸福“だろうと思ったから。結局、本人の真意や今後など眼中になかった。自分の視界に苦しんでいる姿が映らないだけで満足していた。
「……すまない」
ラデックの理解を察したヒヴァロバは、「けっ」と睨みつけて視線をパイプの先へと戻す。
「怠け者の無能よりも、働き者の無能の方が千倍タチが悪いよ」
「……すまない。だが、一つだけ聞いていいか?」
「なぁんだよ面倒臭いな」
「ヒヴァロバは……相当有能に見える。そんな貴方が、何故物乞いなどしているんだ……?」
「あぁ? んなもん、働きたくないからだよ」
「事情があるなら……無理には、聞かない……」
適当にあしらわれたラデックの側を、ゾウラが通り抜けてヒヴァロバの袖を引いた。
「私も聞きたいです! ヒヴァロバさんのお話!」
「あぁ?」
「お、おい。ゾウラ」
「さっき見せてくれた隠蔽魔法の陣、コーディスの汎用陣を参考に作られたものですよね?」
ヒヴァロバが突然ピタリと歩みを止める。
「前に本で読みました。優秀な汎用陣で、新魔法開発の3%がコーディス式だとか。ただ扱いが難しくて、魔導師検定二級の資格がいるとも書いてありました。そんな資格持ってたら、お金なんて楽に稼げるんじゃないですか?」
「……どれだ」
「どれ?」
「読んだ本。なんてタイトルの本だ」
「コーディスさんの書かれた、環状波導論入門ってやつです!」
「……ああ、それか」
「ヒヴァロバさんも読まれたんですか?」
「いや、正確に言えば“読まされた”。だな」
ヒヴァロバはほんの少しだけ笑みを浮かべて、再び前へと歩き始める。
「旦那にな」
「旦那さんは研究者だったんですか?」
「その本の著者だよ。コーディスは私の旦那だ」
「ええっ! すごい!」
「興味ねーっつってんのに、人の話なんか聞きゃあしねぇ。お陰でアタシも随分詳しくなっちまったよ」
「コーディスって言ったら世界を代表する魔導学者の一人ですよ! コーディスさんは今どちらに?」
「死んだよ」
顔色ひとつ変えずに、ヒヴァロバは冷たく言い放つ。
「……もう、20年以上前にな」
「それは……残念です」
「こらガキンチョ、残念っつーならもう少し申し訳なさそうな顔しろ」
「すみません!」
「……セラーリンドも、オマエぐらいの歳だったかな……」
全く悲しみの表情を見せないゾウラ。しかし、ヒヴァロバは特に怒る様子もなく話を続ける。
「20年前。北区で疫病が大流行した。“溺死病”っつー病だ。喉を中心に白い斑模様の痣が広がっていって硬化し呼吸が難しくなってくる。そして末期になると突然喉の血管が大きく破けて、自分の血で溺れちまう病だ。それと同時に“水泡病”も大流行した。僅か1週間で北区の3割の人間が死んだ。そこで、政府は北区をパンデミック地域として隔離。封鎖することにしたんだ。その時、アタシは無事だったが……旦那と子供は、ダメだった。2人とももう喉が真っ白になって硬くなってて、セラーリンドは、息子は、もう吐血し始めてた」
「ここにくる途中、雪の中に埋まってる鉄柵を見つけました。もしかして、レピエン国王はあれで皆さんを閉じ込めたんですか?」
「……違う。あの柵は、旦那と息子、北区の病人達が“自分達を閉じ込める為に”作った柵だ」
「自分達を?」
「アタシら無事な人間に感染さないように、柵を作って、その中から鉄の槍や木の杭でアタシらを追い払った」
ヒヴァロバがコートの襟を捲って胸をはだけさす。そこには、薄くなった切り傷の痕が微かに残っていた。
「息子に刺されたんだ。まだ13歳だったあの子が、アタシを近づかせまいと、病気を感染すまいと、凍った鉄柵に手を貼り付けさせて、木の杭でアタシを刺したんだ」
「優しい……息子さんだったんですね」
「優しいもんか……。お陰でアタシは生き延びちまった。こんなクソみたいな世界に、旦那も、息子もいない世界に、置いて行かれた。何度も死のうとしたさ。酒に溺れて、薬に溺れて。でも、最後までは狂えなかった。旦那とさ、息子がさ、最後に私になんて言ったと思う?「生き延びて」とかさ「逃げて」とかさ。そんなんだったら良かったんだ。でも、アイツらは私に「追いかけてこないで」って、言ったんだよ。そんなの、そんなのって、そんなこと、言われたらよぉ……! 何度死のうと思っても、最後の最期に正気に戻っちまうんだよ! 「追いかけてこないで」って! 頭ん中に聞こえるんだよ! あの世から今でも言われてるようでよぉ……!! そう思うと、死にたくても死ねねぇ……!! そうやって、今の今まで生き延びてきちまった……!!」
光魔法で作られた球体が、ヒヴァロバから魔力の供給を絶たれ消滅する。すかさずナハルが代わりに明かりを灯し、その場に蹲るヒヴァロバの背中を摩る。
「やめろよデカネーチャン……。まさかオマエまで“生きろ”とか言うんじゃねーだろうな……!!」
「……言わないさ。私だって、愛する人がこの世から消えたら……一瞬だって正気でいられない……」
「はっ……使奴が無理なら、人間のアタシにも無理だよ……。なぁ……もう、死んでもいいだろ……?」
「なあ、ヒヴァロバ」
「……何だよ」
「せめて死ぬなら、墓を建ててやったらどうだ?」
「墓……」
「私たちはこれからレピエンをぶっ殺しに行く。その後、人道主義自己防衛軍がこの国の統治に来るだろう。この国はマトモになる。少なくとも、物乞いが彷徨くような町にはならない筈だ。そしたら、少しだけ働いて、金を稼げ。そうして、貴方と、旦那さんと、息子さんの墓を建てればいい。そうすれば、旦那も息子さんも、「追いかけてくるな」なんて言わないと思う」
「……はっ。その人道主義自己防衛軍の話の真偽はさておいて……、墓はいい案だな。レピエンのせいで北区へは立ち入りも許されなかったから考えたこともなかったが……少しだけ、20年ぶりに生きる気力が湧いてきたよ」
ヒヴァロバはナハルに抱えられながら立ち上がり、3人の方へ振り返る。
「もうすぐ遮断バルブだ。そこからは高水圧の配管の中を魔法でなんとか忍び込んでいってもらうことになる。方法は教えるが……アタシはその先はついていけない。邪魔になるだろうし、たった今予定も出来ちまったことだしな」
「ああ、構わない。所詮人間の警備する王宮だろう? 幾らでもどうにかするさ」
「流石使奴、頼もしいね。あのクソジジイの死に様を直接見れないのは残念で仕方ないが……、こんなこと言ってたらセラーリンドに怒られそうだ。先に進もう」
4人は再びパイプの先へと歩き出した。そしてこの時、ナハルだけが真上に“知り合い”の気配を感じていた。ナハルは特にこの気配に対して違和感を覚えてはいなかったが、知り合いの方は“恐ろしい妄想に”とても平常心では居られなかった。
〜爆弾牧場 温泉街“まほらまタウン”西区 (イチルギ・ラプー・ジャハル・ハザクラ・シスター)サイド〜
「どうしたんだ? イチルギ」
警備隊を王宮へ送り届けた帰り道、イチルギを先頭に人気のない路地裏を進んでいた一行。しかし、突如イチルギが血相を変えて立ち止まったことに、ハザクラ達は不安そうに彼女を見つめる。
「そんな……この波導は、ナハル……!? それに、あっちにはパジラッカも……!! 嘘……!! 貴方達…………そこで一体何を……!?」




