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シドの国  作者: ×90
爆弾牧場
132/285

131話 チグハグ

〜爆弾牧場 まほらまタウン西区 (ラデック・ナハル・ゾウラサイド)〜


 町には相も変わらずカラフルな家屋が立ち並んでいる。しかし、街の中心部に向かって行くにつれ、人影は増えるものの家屋の損傷が大きく目立つものになっていく。塗装は変色してひび割れ剥がれ落ち、外壁そのものもところどころ朽ちて崩落している。町を行く人々は痩せ細って虚な目をしており、皆何かを引き摺るように足元ばかり見て歩いている。


 上を見ることなど忘れ、前を見て歩くことをやめ、下ばかりを見て過ごしている。自分の立ち位置を見つめることで、自分がまだ立っていることに安堵する。地面が割れて奈落に落ちるその直前まで、彼らは下だけを向いて歩くのだ。そうすれば、(うずくま)る物乞いの姿と未来の自分を重ねずに済むから。


「これは……酷い有様だな」


 ラデックが思わず口にした言葉に、道端に座り込んでいたボロ衣を纏った女性が嘲笑を零した。


「はっ。お兄さん、ヨソの国の人だな」


 元は相当な美人であったであろう30代半ばと思しき女性は、全身由来不明の汚れに塗れたまま腐りかけの何かを素手で貪っている。歩みを止めたラデックに、先頭を歩いていたナハルが怪訝(けげん)そうな顔で呼びかけた。


「ラデック! 早く行くぞ!」


 ナハルの「相手にするな」という意味の篭った呼びかけを、ラデックは理解しながらも無視して女性の方を向く。


「……ああ、そうだが。良く分かったな」

「この町程度で“酷い”なんて感想が出てくるのは、外で良い暮らしをしていた連中だけだからな。それに、そんな良いモン着てると追い剥ぎに遭うよ。 どうだ、アタシの一張羅と交換しないかい?」


 女性はすっかり性が抜けたボロ布を捲り、ふざけて自らの胸や局部を見せつける。今でも充分美人である女性の裸体ではあるが、浅黒い肌を皮膚病と思しき紅斑が覆っており、胸はガリガリに痩せ細って模型のように肋骨が浮き出て、衰えた腹筋で支えきれなくなった内臓が皮肉にも贅肉のように腹を膨らませている。


 ラデックはほんの少し考えた後、自分のコートを脱いで女性に差し出した。


「それなりに防寒魔法がかかっている。凍死は避けられる筈だ」

「……は?」


 女性はぎょっとした後に、焦った様子で辺りを見回してからラデックの腕を掴んだ。


「ちょっと来い!」

「え? いや、ちょ」


 女性はラデックを無理やり路地裏へ引き込み、その両肩をガッと掴んで睨みつける。


「オマエ何考えてる!? 何も考えていないのか!? 軽率に物乞いに物を恵むな!!」


 女性の突然の激昂に、ラデックは面食らって硬直する。


「いいか!? アタシらみたいな失うものが何もない貧乏人は、オマエのような道徳心のある馬鹿を食い物にすることに躊躇(ちゅうちょ)がない!! アタシらに硬貨の1枚でも与えてみろ!! オマエはあっという間に“くれる奴”として知れ渡る!! 国中の貧乏人がオマエに物をねだって追いかけ回すぞ!!」

「そ、そんなつもりは……」

「オマエの考えなど知ったことか! アタシらは皆生きるのに必死なんだ! そこに勝手に入ってきたのはオマエだ! アタシらに関わるなら覚悟をしろ! ここにはなぁ! 貧して、貧して、鈍して、鈍して、自分が人間であることすら思い出せなくなったような畜生しか居ないんだ!! 思慮の浅い金だけ背負った大マヌケが、思いつきで近づいて良いような場所じゃないんだよ!!」


 女性のギラギラと燃えるような眼光に、ラデックは気圧(けお)されて押し黙る。後ろで様子を見ていたゾウラとナハルも、女性の勢いに飲まれ言葉を見失っていた。そして、ラデックは再び女性に自らの上着を差し出した。


「オマエッ……人の話を――――」

「貴女の言う通りだ。俺は大マヌケだった。そんな愚かなマヌケに、貴女は考える時間と機会をくれた。これはそ御礼だ」

「……っ。マヌケがよっ……!」


 女性は引ったくるようにコートを受け取る。


「コレが勉強代だっつーんなら足らねーよ! 食いモンと金! あと有れば寝袋も寄越せ!」

「え、あ、ああ」

「さっきの今で飲まれてんじゃねぇよマヌケ!!」

「ご、ごめんなさい」

「飲まれんなっつってんだろ!!」


 ラデックの下げた頭を、女性は思い切り引っ叩いて背を向ける。苛立(いらだ)ちを露わにして大股で立ち去る女性の背中を、ラデックは叩かれた頭を摩りながら見送った。


「……なあナハル。俺はそんなにマヌケなのか?」

「……まあ。頭が良い方ではないな」

「相当か?」

「……相当だ」


 3人が路地を出ようとすると、ナハルが何かに気付いて振り返る。ラデックが同じように振り向こうとすると、それより早く後頭部に小石が命中した。


「いてっ」


 ラデックが振り向いた時には路地には誰も居らず、凍り付いた暗闇がじっとこちらを見つめているだけであった。ふと足元に目を向けると、先程飛んできたであろう小石が紙に包まっている。ラデックが紙を広げると、そこにはこう書いてあった。


 “夜11時、北区の港に来い。絶対誰にも気取られるな”。




〜爆弾牧場 まほらまタウン北区 旧温泉街〜


 真夜中。風化した廃屋が風が吹くたびに呻き声に似た音を発し、去ってしまった人たちを呼ぶように泣き叫ぶ。雪の重みで潰れてしまった家は、自らの墓標を遺したかのように支柱を雪の中から突き出している。(かつ)ては多くの工場従事者で賑わっていたであろう旧温泉街は、政府に立ち入り禁止の看板を幾つも建てられ、今や獣一匹通らぬゴーストタウンになっていた。


 ラデック、ナハル、ゾウラの3人は、小石のメッセージに従って港を目指し北へと歩いている。ゾウラが雪を踏んだ拍子に何かが足裏に当たり、何の気なしにソレを引っ張り上げた。長い間雪に埋もれていたソレは、鉄の棒を格子状に針金で結んだ柵の残骸であった。ふと顔を上げて辺りを見回すと、自分のいる場所が他の道よりも少し小高いところにあることに気が付いた。


「ゾウラ、行くぞ」


 ナハルがゾウラの手を引いて先を進むラデックの後を追う。


「ナハルさん。あそこって――――」

「言うな」

「牢屋、ですよね?」


 ナハルは小さく歯を食い縛り、ぎぎぎと音を鳴らす。


「でも、作りがあまりしっかりしていませんでした。細い鉄の棒を針金で結んだだけで……あれでちゃんと機能していたんでしょうか?」

「考えるだけ無駄だ」

「考えられることは考えた方がいいと、昔良く言われました!」

「考えない方がいいこともあるんだ」




 港、と言うよりは、少し開けただけの海辺。見れば、朽ちた木杭や人工物らしき紐状の物体が散乱しており、辛うじて文明の痕跡を辿ることができた。ラデックが浜の方に歩いて行き、埋まっていた板状の突起物を摘み上げる。


「……船の残骸か? 看板……? 錆びていて良くわからないな……」

「ったく、ノコノコやって来たのか。この大マヌケ」


 暗闇から転がって来た声に、3人が顔を向ける。そこには、昼間見た物乞いの女性の姿があった。


「コレが罠だったらどうするんだ。もう少し考えて動けペンギン野郎」


 女性は警戒して辺りを見回し、自分達以外に誰もいないことを確認すると、3人に背を向けて歩き出した。


「オマエら、レピエン国王をシバきに来たんだろ? ついて来な」


 ラデックとナハルは目を丸くして顔を見合わせる。何せ、ラデック達は大蛇心会を出てから今まで、レピエンのレの字も口にしていなかった。それなのに、この物乞いの女性は確信を持ってラデック達の目的を言い当てて見せた。


「…………記憶操作の異能者か?」

「へぇ。そんなのがいるんだ。お仲間?」

「あっ」

「オマエ、あんま迂闊(うかつ)に喋んない方がいいぞ」


 女性は瓦礫の山に近づき、朽ちたスコップで辺りを掘り返して何かを探し始めた。


「良い服来た外国人が、温泉街も寄らず王宮のある西区に直行。こんなデンジャラスな独裁国家で案内の1人もつけずにうろちょろしてりゃあ、大方の予想はつくさ」

「だが、だからと言って断言は出来ないだろう」

「そんなに目立つ格好を隠さないってこたぁ、用事が済んでも五体満足で帰れる自信があるってこったろ?」

「ぐっ――――……」


 ラデックはスヴァルタスフォード自治区でハザクラ達が身を隠したり、真吐き一座でイチルギが偽名を使っていたのを思い出した。


「最近は皇帝ポポロも一切姿を見せないし、レピエンは何かに取り憑かれたように国民を殺しまくってる。ここまでくると妄想に近いが、もしかしてアンタらがポポロも()っちゃったとか?」

「うぐっ……」


 今度の指摘は当てずっぽうだったのか、如何(いか)にも図星ですと言わんばかりのラデックの反応に、女性は唇を真一文字に固く結んで呆れ果てる。


「……迂闊に喋んなってのは訂正するよ。オマエ、覆面でも被って生活したら?」

「なんだか覆面越しでも色々バレるような気がしてきた」

「違いないね」


 女性は足元に魔法陣を描き始め、短く呪文を唱えて毒魔法を発動する。すると、足元に埋まっていた石のような物体が音を立てて腐食を始め、異臭を放つガスを伴って大きく穴を開けた。


「一応言っておくが、このガス吸うなよ」

「ゲホッ。ちょっと吸った」

「マヌケ」


 女性は石に開いた穴に飛び込み、ラデック達に続くよう手招きをする。一瞬躊躇したラデックを押し退け、まずはナハルが安全確認のため飛び込み、続けてゾウラ。最後にラデックが飛び込んだ。


「わあ! なんでしょうかここ!」

「あんまデケー声出すなよガキンチョ」


 (はしゃ)ぐゾウラを制止して、女性は光魔法で辺りを照らしながら歩き出す。腐食した石はどうやら配管の外殻だったようで、中は直径3m近い巨大なパイプが通っていた。腐ったような異臭が立ち込める中、ナハルは“嗅ぎ覚えのある臭い”に眉を(ひそ)めた。


「これは、温泉の配管か……?」

「お、正解だデカネーチャン」

「デカネーチャンはやめろ……。私の名前はナハルだ」

「私はゾウラです!」

「ラデックだ」


 何故か自己紹介を始めたゾウラとラデックに続き、女性も半ば呆れながら口を開く。


「……アタシは”ヒヴァロバ“。この配管を使って、銭湯”渾混堂(こんこんどう)“を経営してた番台だ」


 ラヴァロバは3人に背を向けて歩き出し、配管の内部の案内をしながら話を続ける。


「北区がまだ温泉街として栄えていたのは20年以上も前。港の桟橋も崩れ落ちてたが、昔はあそこから他の国との交流もしてたんだよ」


 20年という言葉に、ラデックがギョッとしてヒヴァロバを見る。


「し、失礼を承知で聞きたいんだが……ヒヴァロバは今何歳なんだ? どう見ても30後半がいいとこだが……」

「あ? 40そこらでこんな老けてたまるか。50手前だよ」


 使奴の子孫の特徴を表す言葉として、“早熟急枯(そうじゅくきゅうこ)“という言葉がある。使奴の特徴は主に女性に引き継がれていくが、引き継がれやすい要素とそうでない要素がある。特に角や獣の耳などの、本来の人間には不要な身体的特徴は引き継がれにくく、次に膂力(りょりょく)や魔力の循環率。次に白肌や結膜の黒さが挙げられる。そして(ほとん)どの女性に引き継がれている要素が、美しい容姿を始めとしたこの“早熟急枯”である。


 使奴は本来成長も老いもしないが、それが人間の細胞に混ざった結果、現代の女性達は僅か15歳前後で成熟した姿にまで成長し、50歳前後まで老化することはない。そして、一度老化が始まると、旧文明で言うところの年相応の容姿まで一気に老けていく。稀に20歳半ばまで緩やかに成長したり、40歳手前から緩やかに老化が始まることはあるが、それでも旧文明に生きていた人間や、現代に於ける男性とは確実に異なった構造を持つ。そのため、現代では50歳から急激に老けていくことや、40後半からその前兆が始まることを老化ではなく”死化(しか)“と呼び、使奴細胞によって美しい容姿の女性が増え外見蔑視が激化した昨今では、死や病よりも恐ろしい現象とされている。


 今更ながら旧文明と現代の常識の壁に衝突し、ラデックは混乱して首を捻った。ヒヴァロバは小さく鼻を鳴らし、ラデックに向かって怪しげな笑みを浮かべた。


「ラデック。オマエもしかして、大昔からタイムスリップして来たーとかって感じか?」

「なっ――――!?」


 思いもよらぬ指摘に、ラデックは思わず声を上げる。世間知らずと嘲笑されることは覚悟していたが、まさか自身の特殊な状況について言及されるとは夢にも思わなかった。


「図星でも顔に出すなよ。デカネーチャンは“タネ”に気付いてるぞ」


 ラデックがハッとして振り返ると、ナハルが渋い顔でラデックを見下していた。


「タネ……って、何のことだ?」

「ラデック……。ヒヴァロバに上着をあげただろう」

「え、ああ。だがポッケには何も入れてないぞ」


 ヒヴァロバは上着の左側を捲り、揶揄(からか)うように“タグ”を見せびらかす。


「質の良いポリエステル100%で、中綿にはフェザーやアクリル。タンブラー乾燥に限定した注意書き。最先端の科学技術を詰め込んだ、上流階級専用の超高級衣服……かと思いきや、縫い目が恐ろしく均一な割に手縫い部分は乱雑で、ファスナーの作りも簡素で甘い。格安の量産品だろうよ。だが、ここまで素材と技術がチグハグってことは、アタシの知らない文化圏の製品だ。オマケに良くわからん文字っぽいものも書いてある。聞いたことしかないが、大昔は言語が沢山あったそうだな。この文字らしきものは大昔の文字じゃあないのか?」

「だ、だからってタイムスリップを疑うなんて。どうかしてるぞ」

「大昔の品がこんな良い状態のまま残ってる方がおかしいだろうよ」

「そういう異能かも知れないだろう……」

「それに、これと似たようなチグハグな物を使ってるのはオマエだけじゃない。何度か見たことがあるのさ」


 ラデックは返す言葉を失い、言い訳が思いつかなくなった子供のように押し黙る。


 200年前に脱走した使奴達。バリアのいた第四使奴研究所の研究員達。彼彼女らが身に付けていた物は、大体がこの“チグハグな衣服”だろう。銃火器や電子端末。使い捨ての量産品など、例を挙げればキリがない。何せ、ラデックの今使っている量産品の使い捨てのライターでさえ、この現代では摩訶不思議なオーパーツなのだから。


 硬直して歩みを止めたラデックを、ラヴァロバは目を細めて見つめる。そして、同じく怪訝な顔をしているナハルに視線を移して、再び揶揄うように口を開いた。


「オマエも他人のこと言えないよ。デカネーチャン」

「デカネーチャンはやめろ」

「オマエ、使奴だろ」






「な……」


 今度はナハルが言葉を失う。使奴の本気の擬態を、使奴寄りですらない物乞いの女性に、僅か数分相対しただけで見破られた。そして、ヒヴァロバがカマかけやハッタリで物を言っていないことは、使奴の優秀な目と頭脳を持っているナハルが一番良く分かっていた。


「……番台をやってたって言ったろ?」


 ヒヴァロバは案内を再開しながら思い出話を始める。


「男と女。それぞれの脱衣所を見張る受付係。だが、幾ら仕事とは言え、お客さんの裸をジロジロ見るわけにもいかない。だからさ、こうやって手元を見るフリして、目玉だけ上向けて見るのさ。主にお客さんの足元をよ」


 ヒヴァロバが首を90度近く曲げて俯き、極端な上目遣いでナハル達を見る。


「そうやって仕事してると、段々と分かるようになってくる。足の肉づきや形で性別が、歩き方から身長や体つきが、ソレらを踏まえれば個人まで分かるし、場合によっちゃ性格や生業、出身まで分かる。でもよデカネーチャン。オマエの歩き方は、どうも“チグハグ”だ」

「な、何がチグハグなんだ……?」

「見てくれは上にも横にもデカいが、歩き方がどう見ても痩身の男……それも日頃(ろく)に歩いてない、学者連中の歩き方だ。使奴には2回だけ会ったことあるが、そいつらも同じように“チグハグ”な歩き方だったよ。スッキリ細身のクセしてデブの歩き方だったり、根明のチビのクセして長身根暗の歩き方だったり。こんなヘンテコな歩き方する奴ら、忘れたくても忘れらんないね」

「……歩き方でそこまで分かるのか?」

「分かったことはもう一つ。使奴っつーのは知識も技術も相当良いが、こういったレアな職人技みたいなモンには(うと)いらしいね」


 肯定も否定もしないナハルを見て、ヒヴァロバは顎を摩ってしたり顔で笑う。


「……歩き方っつーのは意識してやるもんじゃない。そうなっちまうもんだ。だからこそ、そういったチグハグなことにはなり得ない。でもそうなってるっつーことは……だ。使奴っつーのは人造人間的な存在で、知識を後から植え付けるタイプのヤツかい? さっきラデックが失言した“記憶操作の異能者”。そいつがデカネーチャン達の記憶を統括してて、あれやこれや無理矢理詰め込んでる……とか? そうだったら全部説明がつくんだがよ」


 ナハルの正体どころか、使奴の作り方まで言い当てたヒヴァロバに、ナハルは声を低くして半ば攻撃的に答える。


「…………ヒヴァロバ。貴方の観察眼が鋭いことは良く分かった。だが気を付けろ。使奴の中には、そういったコトを嫌う連中は山程いる。口は災いの元だぞ」

「お褒め頂きどーも」


 使奴の威嚇(いかく)を軽く流したヒヴァロバに、ゾウラが駆け寄って袖を引いた。


「ヒヴァロバさん! 私のことも当ててみてください!」

「ああ? オマエは興味ないよ」

「それは残念です」

「白状するとよくわからん。辛うじて腕が立つっつーことは分かるが」


 褒められたことにお礼を言おうとしたゾウラの口を、ヒヴァロバが咄嗟(とっさ)に塞ぐ。そして懐から魔法陣の書かれた紙を取り出し、独自の隠蔽(いんぺい)魔法を発動した。


「オマエら、もっとしゃがめ。効果範囲から出ちまう」


 ヒヴァロバの指示に従い3人は固まって姿勢を低くする。ヒヴァロバが光魔法を消し、何かを待つように息を潜めて暗闇を見つめ続ける。


 数分もしないうちにナハルが何かに気づき、慌ててヒヴァロバの隠蔽魔法に強化魔法を重ねがけした。その様子に、ラデックは小さくナハルに尋ねた。


「ナハル……? 何に気がついたんだ……?」

「ずっと考えてはいたが、まさかもまさかだ……! 温泉の配管にしては、ここは広すぎる……!」


 永遠に続いているようにも感じられる暗闇。その遥か遠くに、うっすらと何かが動いているのが見えた。ラデックやゾウラやラヴァロバの目では、何かが動いているような気がする程度にしか感じられないが、ナハルの使奴の瞳には信じられない存在が映っていた。


「な、なんだ……あれは……!?」

「ナハル? 俺達にも教えてくれ。何が見える?」

「あれは……人間……!? いや、なんだあれは……!? 巨大な、人の頭部……!! それに、二本の足が生えて歩いている……!!」

「何だと……!?」


 ヒヴァロバが小さく舌打ちをして、その化け物がいるであろう暗闇を睨む。


「アタシら温泉の経営者にだけ知らされる化け物。“温泉坊主(おんせんぼうず)”だ。この配管は温泉を運ぶだけじゃない。奴ら温泉坊主も一緒に運んでくるのさ」




 

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[一言] とんでもない観察眼だぁ……
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