126話 信じる心は美しくも不可解
〜爆弾牧場 人材派遣会社“純金の拠り所”〜
「おげぇ〜!? お、温泉に浸かると、ば、爆発するぅ〜!?」
パジラッカは仰天して飛び跳ね、その場に倒れ込む。
風呂から上がったラデック、バリア、パジラッカの3人は、館の一室で寝支度をしながら今後の行動について話し合っていた。ラデックから温泉と爆発の異能の関係性を聞いたパジラッカは、大好きな温泉の恐ろしい効能に青褪め震える。しかし、バリアは口元に手を当てたまま動かず、何かを考え込んでいる様子だった。
「バリア? 何か気になることでもあるのか?」
「全部」
「はぁ……」
ラデックの問いにバリアは真面に答えない。部屋には時計が秒針を叩く音と、パジラッカのぐずる声だけが虚しく響き渡る。
半泣きのパジラッカが涎と鼻水を垂らしながらバリアの袖を引いた。
「お姉さんお姉さん……」
「何。静かにしてて」
「最初の小屋の中でさぁ。お兄さんのこと生き返らせてたじゃん? アレって爆発してても出来たりする?」
「無理」
「ええ……」
「私達使奴がやってるのは、飽くまでも高度な治療に過ぎない。溺死、失血死、毒死辺りはまだ細胞が極端に変質してるわけじゃないから治せるけど、焼死、爆死、圧死、その他大規模な損傷は無理。仮に大部分を復元して治せたとしても、それは蘇生じゃなくて最早新たに生命を作るのと何ら変わらない」
「えぇ……」
「でも、その辺は多分心配要らないよ」
「マジ!? やったぁ!!」
手放しで喜ぶパジラッカを無視して、バリアはラデックの方に目を向ける。
「まだ確信が持てないから断言は出来ないけどね。ラデック、リィンディの企んでる“悪足掻き”については聞いた?」
「あ、ああ。リィンディは異能の元凶に心当たりがあるそうだ。詳しくは明日話すと」
翌日、朝食を済ませたラデック達が部屋を出ると、廊下にいた数人の女達がこちらへ詰め寄ってきた。
「お、おはようございます?」
「おはようじゃねーだろ。このネズミ共」
女達はこちらを鬼の形相で睨みつけ、その内の1人がラデックの襟を乱暴に掴む。
「こ、降参する」
「テメェら、リィンディ様に何かしたらタダじゃおかねーからな」
「大丈夫だ。何もしない。本当だ」
「リィンディ様はな、家も、家族も、学もないウチらを大金叩いて買ってくれたんだ! ここにいる奴隷全員そうだ! もしリィンディ様が買ってくれなかったら、ウチらは今頃どっかで凍えて死んでる! お前みたいな“幸せな奴”には死んでも解らねーだろうけどな!!」
幸せな奴。その言葉を聞くと、ラデックは自らの襟を掴む女奴隷の手に自分の手を重ね、熱を帯びた眼差しで答える。
「ああ。分かってる。“俺には解らないということを、分かってる“。」
脳裏を過ぎったのは、一匹狼の群れで見た鎖に繋がれた奴隷達。笑顔による文明保安教会で助けた善良な信者達。ヒトシズク・レストランに囚われていた大勢の料理人達。生贄の村で出会ったクアンタとヨルン。なんでも人形ラボラトリーに置いてきたスフィアとトコヨ。グリディアン神殿にいた被差別者としての男達。スヴァルタスフォード自治区で聞いたヤクルゥの生い立ち。神の庭で死にかけていた女性達。ピガット遺跡で知った使奴の苦悩。バルコス艦隊の巨竜として生き続けていたファジット。今までの旅で苦楽を共にした仲間達。話に聞くだけでは、到底理解出来なかったであろう現実。彼彼女らの味わった不条理の数々。
ラデックには痛い程身に染みていた。人生の殆どを安全な施設で過ごしてきた自分のような”幸せな奴“にとって、この世界の人達の痛みなど決して知ることは出来ないと。思い測ろうとすること自体が烏滸がましい行為であると。自分がすべきことは、相手を理解することではなく、認めることであると。可哀想な弱者として庇護するのではなく、対等な存在として扱い振る舞うことであると。
ラデックの眼差しに気圧された女奴隷達は、思わず手を離して一歩退く。そうして空いた通路を、ラデックは少しだけ頭を下げて通り抜けた。奴隷達の姿が見えなくなると、ラデックは安心したように呟いた。
「彼女達の話を聞くに、やっぱりリィンディは良いやつなんだな。奴隷にああも信頼されているとは」
「どうだか」
「どうだか! ね!」
ラデック達がリィンディの部屋まで来ると、彼は護衛の1人もつけずにソファに深く腰掛けて待っていた。リィンディに促されるままラデック達が対面に座ると、真っ先にバリアが口を開いた。
「あなたの目的に手を貸すつもりはない。でも、聞くだけ聞いてあげる。話していいよ」
極めて高圧的なバリアの発言に、リィンディは文句ひとつ言わず頭を下げて感謝を表す。
「それは助かる。では、単刀直入に言おう。私が望んでいるのは、“指導者の死”だ。即ち、“皇帝ポポロ”并に“レピエン・リエレフェルエン国王“の殺害だ」
「ふぅん……。随分思い切ったね。笑顔の七人衆になんか手を出したら、死ぬより辛い目に遭うと思うけど」
「だから“悪足掻き”なのだ。この館も、トナカイも、奴隷達も、全て売り払って金に換える。その金も奴隷達に持たせる。私には何も残らない。死ぬのは私と、君達の4人だけだ」
「死ぬのはリィンディ1人だよ」
リィンディが自嘲するように目を細めて笑う。
「私が思うに、爆発の異能者は”レピエン国王“で間違いない。奴が国王になったのは”爆弾牧場“建国と同じ40年前。国民の爆発現象が起きたのもその辺りからだ。そして何より、爆発は毎回レピエンの活動範囲付近で起こっていて、奴が爆発の合図をしているのを見たと言う者もいる」
「ふぅん」
「国王のレピエンが贔屓にしている、“大蛇心会“という宗教団体がある。そこの“教祖アファ“を脅して、レピエンを罠に嵌める。レピエンを始末した後、為政者のいなくなった爆弾牧場を不審に思い戻ってくるポポロを返り討ちにする」
「で、どうやって殺すの? レピエン国王はともかく、相手は天下無双の笑顔の七人衆の1人。とてもリィンディ1人で敵う相手じゃないと思うけど」
「……いや、策ならある」
「そ。じゃあ好きにすれば?」
「君達にはまず”教祖アファ”の元へ向かってほしい。見てくれは気のいい愉快なジジイだが、その心の底では何を考えているか解らない。奴の仮面の内を、化けの皮の中身を見てきてほしい。まずはここからだ」
「手を貸すつもりは毛頭ないけど、そのアファって男は気になるから見てきてあげるよ」
バリアがあっさりと承諾すると、ラデックは慌ててバリアを部屋の隅へ連れて行き、リィンディに聞かれないよう小声で抗議する。
「おい、そんなあっさり引き受けてしまって大丈夫なのか? まだ会いもしないうちから誰かと敵対することないだろう」
「うるさいな……。“ゾウラ”はラデックの100倍頼りになる。どうとでもなるでしょ」
「ゾウラ……? なんでゾウラの名前が出るんだ?」
「…………ラデック、まさか本当に暢気に温泉浸かってただけ?」
「温泉は暢気に浸かるもんだろう」
「呆れた……。ゾウラなら、液体と一体化する異能を使って温泉と温泉を行き来できるでしょ」
「あ、そうか。そう言えばそうだな」
「夕べ、ゾウラがこれだけ渡しに来た」
バリアが胸ポケットから、小さなエンブレムを取り出す。
「これは……蛇に、ハートマーク……。大蛇と心か!」
「そう。ゾウラとナハルは今、大蛇心会にいると思うよ」
〜爆弾牧場 “大蛇心会“〜
緑と金を基調とした宮殿の一室。巨大な円卓に次々と運ばれてくる料理に、ナハルは面食らって押し黙っている。
「ナハルさん、食べないんですか?」
「あ、いや、ま、まあ」
対面に座るゾウラに見つめられ、ナハルはぎこちない動きで食器に手をつける。
「ぬあっはっはっは。お口に合わなかったら残してくれて構わないよぉ。ぬあっはっはっは」
同じく円卓に座り、ケラケラと愉快に笑う小さな丸っこい老人。大蛇心会の教祖”アファ“は頻りに手を擦り合わせてナハルとゾウラに語りかける。
「”爆弾牧場“は温泉には自信があるけど、美食にはあんまり力いれてないんだよ。ほら、こうも寒いとね! 碌なものがとれなくて大変なんだよ! 特に香辛料! いやあ参ったよ! ぬあっはっはっは!」
「お塩だけでもとっても美味しいですよ! このタラも、脂がのってて身に弾力もあって美味しいです!」
「そうかい? そりゃあ嬉しいよ! おかわりなら幾らでもあるからねぇ! ぬあっはっはっは!」
アファは上機嫌でワイングラスを手に取り、チーズを齧って流し込む。それをナハルは訝しげに見つめ、静かに食器を置いて口を開いた。
「あー……ここまで持て成して貰っておいてなんだが、貴方は何故私達に友好的に接するんだ?」
「むん?」
「正直、私が見た限り貴方は悪人には見えない。しかし、だとすると尚更不思議なんだ。あの死体だらけのバスから私達だけを連れ去ったかと思えば、碌に話も聞かずに招き入れて、豪華な温泉に温かい食事、清潔な寝床まで用意した。それも監視の一つもつけずに……。貴方の視点からすると、ゾウラは不幸な生存者。私は発狂した殺人犯だったんだぞ? それを何故こうも野放しにしているんだ?」
「ぬあっはっはっは! なあに、ボクは君達をただ信じただけだよ! なんてったって、我が“大蛇心会”の教義は信頼だからね!」
「……本当にそれだけか?」
「本当だよ!! って……言いたいところなんだけど、実を言うとそんなことないんだよ。ぬははは」
アファは咳払いを一つ挟み、子供のようにキラキラとした眼差しで2人を見つめる。
「ボクはね、“白蛇様”に従っただけなんだ!」
「し、白蛇様?」
「ちょっと長話させてね。まだこの国が“邪の道の蛇”と呼ばれていた頃。ボク、こう見えて昔はケッコーな頑固者でね。学もない癖に疑り深い、それはそれは厄介な小僧だったんだよ。そんなボクも二十歳迎える前に一念発起してね。突然旅に出たんだよ。自分探しの旅なんて格好つけて言ってはみたものの、実のところ、嫌われ者のボクは地元に居づらくなっちゃったんだよ。いるはずもない青い鳥を探して、色んな国を回った。追い剥ぎに遭ったり、優しい人にあったかと思えば詐欺だったり。まあ想像に難くない馬鹿の末路さ。そしてある時、とうとう力尽きて倒れ込んだ。砂丘のど真ん中でね。腹は空っぽ喉はカラカラ、全身傷だらけの一文なし! ああ、我が人生ここで終わりか――――と思った。その時だよ! せめて日差しを遮ろうと潜り込んだ日陰の中に、真っ白な人影を見た。白蛇を思わせる真っ白な体に真っ赤な目! ボクは死を覚悟したよ。でもね、次に目を開けたのは近くの村の布団の上だった! 全身の傷は跡形もなく治っていて、ポケットには数枚の紙幣が入っていて、“二度とくるな”と文字が書かれていた! ボクはすぐに気付いたよ! 白蛇様が助けてくれたんだってね!」
興奮気味に語るアファに、ナハルは冷ややかな目線を向ける。
「白……蛇……ねぇ……。あー……まさかとは思うが……、もしかして、私達のいたバスの中に……」
「そう! そうなんだよナハル君!! 君達の乗ってきたバスの中に、“あのお方”がいたんだよ!!」
「カ、カガチか……」
ナハルは容易に理解出来た。恐らくカガチは、ピガット遺跡にいた頃に偶然若かりし日のアファと遭遇した。人嫌いなカガチは人死を放って面倒ごとに巻き込まれることを嫌い、瀕死のアファを適当に治療してピガット村へと送り届けたのだろう。と。紙幣を持たせたのも、態々お礼に来られても鬱陶しいからと思ったのだろう。ナハルはカガチの適当さに呆れ、下唇を噛んだ。
「あの日から数十年!! よもやこんな所で再びお目通り叶うとは!! 死体のように見えたあの方の目玉がギョロリと動き!! ボクの目を見て確かに言ったんだ!! “私の仲間を頼む”と!!」
「それ多分“ゾウラに手を出したら殺す”じゃなかったか?」
「似たようなものだよ!」
「そうかぁ?」
「ボクは今日という日ほど生きてきてよかったと思うことはないよ!! 砂丘であの方に命を救われ!!」
「絶対邪魔だっただけだぞ……」
「心を入れ替え、あのお方に教えられた”思い遣り“の大切さに気付き!!」
「カガチに思い遣りの心はないよ」
「この”大蛇心会“を立ち上げ!!」
「大蛇ってカガチから取ってたのか……本人聞いたら怒るぞ……」
「あのお方に頂いたこの身枯れ果てるまで!! あのお方の意思を語り継ごうと誓ったんだよ!! ぬあっはっはっは!!」
「それは素晴らしいな。是非とも本人に説いて聞かせてやってくれ」
アファの熱の篭った演説に、ナハルは眉を顰めて紅茶を一口飲み、ゾウラは嬉しそうに拍手をする。
「わぁ〜! カガチの思い遣りが、こんなに遠くまで伝わって育まれていたのですね! なんだか自分のことのように嬉しいです!」
「あのお方はカガチ様と言うのだね。今更だけど、会の名前を”大蛇心会“から”カガチ心会“に変えようかな!」
「わぁ! 素敵です!」
「やめとけ。滅ぼされるぞ」
「ああ、話の途中だったね。まあそう言うわけで君達を連れて来たんだよ。お仲間の死体も丁寧にここへ運ぶよう言ってあるよ!」
「そうか……ん? 言ってある? 誰にだ? 信者か?」
「え? いや、君達を爆弾牧場に連れて来た警備隊にだよ」
「…………。それは、何というか。すまない」
「え?」
〜爆弾牧場 ボロボロの倉庫〜
「うぅ〜寒っ!! あー早く温泉入りたいなぁ〜!! てか今すぐお風呂入りた〜い!」
ラルバは警備隊から奪ったコートを燃やして暖をとり、チョコレートを混ぜたホットミルクを啜っている。隣ではハピネスが警備隊から奪ったコートに身を包み、歯をガチガチと鳴らしながらラルバを睨みつける。
「だぁから私は何っ回も使い捨てバスタブを買おうと言っただろう!! あー寒い寒い!! 死ぬ!!」
「ホットミルク飲む?」
「飲む!! もっとチョコを入れろ!! もっと!!」
「これ以上入れたらドロドロになっちゃうよ……」
「あ、あの〜……」
そこへ、上着を剥ぎ取られて身を寄せ合ってガタガタと震える薄着の警備隊員達が恐る恐る割り込む。
「なんだスカベンジャー共。ホットミルクならやらんぞ」
「あ、あの、もう許していただけませんか……? 私達、上層部に言われただけなんですぅ……」
「死体を漁るようにか? 嘘つけ」
「う、嘘じゃないんですぅ〜。私達、これが仕事なんですぅ〜……」
「嘘だな。これだから悪人は……」
「うぅぅうぅ……許して下さいぃぃ……ちょ、ちょっとでも税金が足らないと、国王様に殺されてしまうんですぅ〜……」
「ハピネス、ホットミルクでけたよ」
「わーい! あっつぁい!!!」
「いきなり飲むな。飲み頃とは言ってないだろうが」
「もう許してぇ……うぅぅぅううぅぅ……」
「寒いっ……死んじゃうっ……!」
「うぅぅぅううぅぅぅうう〜……寒いぃぃぃぃぃいいいぃぃぃ……」
「た、助けてください〜…………」
「うるさいっ!! 寒いと思うから寒いんだ!! 気合いが足らんぞ気合いが!!」
「ホットミルクうまっ」




