123話 合法的密入国のすゝめ
〜バルコス艦隊 黒猫荒野〜
バルコス艦隊の中心街“繰闇地区”を発って3日ほど。辺りは一面の銀世界に包まれており、一行を乗せたバスは薄い雪に覆われた荒野の道なき道を走り続けている。バルコス艦隊北部“黒猫荒野”は、一応バルコス艦隊の領土ではあるが、資源が少ない故に野生動物なども極めて少なく、開発や整備などは全く行き届いていない。
「皆さま右手をご覧くださぁい。遥か先に見えます石の塔は、バルコス艦隊の国境石でございまぁす。これより当バスは黒猫荒野を抜け、“爆弾牧場”の領土へと入って行きまぁす」
「いぇいっ! まだ見ぬ冒険が我々を待っているぅ!」
陽気な声で案内を続けるバスガイドに、ラルバ以外の面々は冷ややかな視線を注ぐ。そして、今まで触れないよう言及を避けてきたハザクラが、漸く口を開いた。
「…………いい加減、軍に戻ったらどうだ? “ザルバス”」
バスガイド、もといザルバス元大統領は無言の笑みを返し、運転手を務めている“友人”に問いかける。
「だってさ“ロゼ”。帰る?」
「すぐにでも帰りたい」
「まだ帰らないって! 折角だから爆弾牧場で少しゆっくりしていこうかな!」
「ザルバス、お前洗脳されたせいで知能指数下がってんじゃないのか?」
「かもねー」
バルコス艦隊からラルバ達についてきた、ザルバス、ロゼの2人。ラルバ達が手配したバスに何故か乗っていた2人は、困惑する一行を他所目に次なる目的地への案内役を務めた。何を聞いても碌に答えない2人に、一行は半ば諦めた様子で状況を受け入れていた。
バスが国境を跨ぐと同時に、ラルバが高らかに宣言をする。
「密っ!! 入っ!! 国!!! っはぁ!!!」
上機嫌にポーズを決めるラルバに、ザルバスが拍手で讃える。
「はーい。これで皆さんは立派な密入国者でーす。警察に捕まらないように気をつけましょうねー」
「はーい!」
ずっと外の景色を眺めていたゾウラは、つぶらな瞳をザルバスに向けて尋ねる。
「ザルバスさん! “爆弾牧場”ってどんなところなんですか?」
「んー? そうだねぇ。元々は“邪の道の蛇”って名前の盗賊団が牛耳ってた集落だったんだけど、それを数十年前にとある人物が壊滅させてから“爆弾牧場”という名前に変わったんだ。でもって、その”とある人物“っていうのが何を隠そうあの”ポポロ“だ」
「ポポロ?」
「笑顔による文明保安教会の生ける伝説、笑顔の七人衆がひとり。”収集家ポポロ“。主に毒魔法と幻覚魔法の扱いに長けていて、気に入った女であればどんな猛者でも傀儡にして遊び道具にしてしまう。脳味噌を男根に支配されたキチガイ老人だ」
「はぁ……あれ? でもその人って確か――――」
ゾウラがふとラルバに視線を向けると、ラルバは楽しそうに目を細めて歯を輝かせた。
「ああ、私が殺したねぇ。それも随分前に」
ザルバスが静かに頷く。
「うん。そうだね。でも、恐ろしい統率者が死んでもなお、爆弾牧場は何一つ変わっちゃいない。それは……あれ? この先って言ってもいいのかな?」
「いや、駄目だ。ネタバレは許さん!!」
「わかった。じゃあ時間も良さそうだし、私達は帰るとしようかな」
「時間?」
ザルバスは大きく伸びをして息をつき、腰のホルスターの拳銃に手を伸ばす。それを見たラデックやシスターはギョッとして顔色を変え、カガチは若干の侮蔑が込められた憤怒の形相でザルバスを睨む。
「おい、スカラベ女。ゾウラ様にコンマ1秒でも射線を掠らせてみろ。全身の皮膚を剥いでナメクジの餌にしてやる」
「そんな怖いこと言わないでよカガチさん。何人かは助けてあげるってば」
そしてザルバスは銃口をラデックに突きつける。
「お、おい待てザルバス。それ本物じゃないよな?」
「まさか。本物は高級品だよ?」
「そ、そうか。よかった」
バァン!!!
銃口から発射された鉛玉が、ラデックの眉間を撃ち抜いた。
「マジックエイム補正が雑なコピー品。グリディアン神殿では、なんとラムステーキと同じ値段で買えちゃいます」
「ん……うう……」
「あ、起きた」
「バ、リア……?」
「おはよう。どっちかと言うとこんばんは」
「こんばんは」
ラデックは気怠い頭を何とか持ち上げて辺りを見回す。ランタン一つで照らされた木造の小屋。埃と錆の臭いが充満しており、ランタンに数十匹の羽虫が集っている。ふと足元に手をつくと、ぬるりとした液体の感触がした。ランタンに照らして見てみると、それは真っ赤な血溜まりであった。
「うっ!」
そこでラデックは思い出した。自分がザルバスに撃たれたことを。
「お、俺は……死んだのか?」
「生きてるよ」
「いや、そうじゃなくてだな……。さっきまで死んでいたのか?」
「旧文明基準では死亡には程遠い状態」
「死んでたんだな……」
「うん。私に感謝してね」
「バリアへの感謝よりも、ザルバスへの恨みが勝つ。なあ、俺が死んだ後、みんなはどうなったんだ? ザルバスのあれは何だったんだ?」
バリアは膝を抱いたまま少しだけ目を背けた後、いつも通りの無表情で淡々と答える。
「私達は、黒猫荒野にピクニックをしに来た」
「は? ピ、ピクニック?」
「でも途中で道に迷って、うっかり爆弾牧場の領土に侵入。出られなくなった」
「何を言ってるんだ? バリア」
「不測の事態に私達はパニックになって、取っ組み合いの喧嘩が勃発。激しい言い争いの中、カガチがラデックを撃ち殺した」
「………………」
「その一発の弾丸が殺し合いに発展。身を寄せ合って震えていた私とゾウラ。そして、唯一殺し合いを生き延びたナハル以外のメンバーは皆死亡した。そこへ丁度通りかかった爆弾牧場の警備隊が、私とゾウラとナハルを保護……もとい拉致して、死体を含めた拾得物を自分達の塒に持ち帰った」
「……そして今に至る」
「と、いうことになってる。ザルバスとロゼは、ラデック達を殺した直後にさっさと帰って行ったよ」
「な……なんでそんなことを……」
「爆弾牧場は割と排他的な閉鎖都市なんだって。で、ザルバスが考えてきた方法がコレ」
「死体に偽装して密入国か……た、確かに死体にはパスポートも何も要らなそうではあるが……」
「イチルギが渋い顔してたけど、ゾウラに手を出さないことを条件にカガチも了承したし、シスターとハザクラが受け入れたから通った」
「俺は?」
「さあ?」
ラデックはムスッとして下唇を噛む。バリアはのっそりと立ち上がり、少しだけ耳を澄ませてから小屋の扉を開いた。
「今分かってるのは、私達は死体のラルバ達をバスに置いて連れ出されたこと。ゾウラとナハルは警備隊の上官に連れて行かれたこと。私は恐らく奴隷商に売られたということ。くらいかな」
「……俺は何でラルバ達と一緒じゃないんだ? さっきまで死体だったはずだろう?」
「私が演技で「お兄ちゃん」って言ってラデックに泣きついてたら、売人の一人が感化されたらしくてここまで運んでくれた」
「良い人なのか悪い人なのか分からないな」
「悪い人だよ」
「そりゃそうだ」
「な、なあ! お姉さん方!」
小屋のどこかから聞こえる声。ラデックが声の主を探そうと辺りを見回すが、広さ4畳ほどの小屋の中に人が隠れられそうなスペースは無い。すると、バリアがラデックの袖を引いて足元を指差した。
「床下」
バリアが床板を強引に引き剥がすと、中から1人の少女が現れた。
「ぷぁっ!! へへへ、さんきゅさんきゅ。ありがたやありがたや」
「誰?」
「すんませんすんません。オイラの名前は“パジラッカ”。エンジニア兼、大工兼、プログラマ兼、傭兵兼、コック兼、狩人兼……まあ“何でも屋”って感じね。へへへ」
「はあ」
自らを何でも屋と名乗る幼い顔立ちの少女、“パジラッカ”。薄い緑色のショートヘアは、額のすぐ上で乱雑に纏められ噴水のようなポンパドールになっている。普段は室内で過ごしているであろう色白の肌にはそばかすが目立ち、クマが模様のように染みついた気怠そうな目には薄い紫の瞳が鈍く輝いている。大きくはだけたブカブカの茶色いコートからは年齢不相応の大きな胸がはみ出しており、留められたシャツのボタンが悲鳴を上げている。大きめのコートに隠れて下は何を履いているのかは窺えないが、これまたブカブカのブーツへ伸びる生足は細かい擦り傷だらけで本人の大雑把な性格を察することができる。
「今は“雇われ調査員”ってとこでしてね、人攫いの動向を調べてたら逃げらんなくなってしまいましてね。隠れて隠れて逃げて逃げて隠れた先が、この小屋の床下って訳ですね。しかも上にお姉さんらが乗っかっちゃうから出るに出れんくてね。へへへ。失礼失礼」
「それで、パジラッカは私達に何の用?」
「ああそうだったそうだった! あんねあんね、お姉さん見たところ、使奴だよね?」
「違うかもよ?」
「いやいや! さっきそこのお兄さん蘇らせてたじゃんね! ね! いやあ折り入って頼みがあるのよ〜。ね? ちょっとでいいから!」
「内容と気分による」
「それオッケーてコトだよね! いやあ助かっちゃうなぁ〜!」
道化師と呼ぶに相応しいパジラッカの剽軽な態度に、バリアとラデックは思わず顔を見合わせる。
「何だか不思議な子だな」
「不思議というよりは厄介。置いて行こう」
「駄目駄目ぇ! ね? ちょっとだけちょっとだけ〜!」
バリアが早足で立ち去ろうとすると、パジラッカはバリアの前に立ちはだかって両手を大きく左右に振る。
「こんな可愛らしい少女を人攫いの縄張りど真ん中で置いてけぼりにしないでよぉ〜!」
「自分から来たんでしょ」
「そうそう! そうなの! でね? コンプラ的なアレで色々話せないんだけどねぇ〜。 まずはぁ〜」
「“まず”って、何で複数前提なの」
「お姉さんを買ったと思しき奴隷商! そのオーナーである、“リィンディ・クラブロッド”を調べたい! ね? 協力してね?」
バリアが僅かに眉間に皺を寄せる。ラデックは賑やかな少女を呆れた眼差しで眺め、タバコに火をつけた。
「まぁ……いいんじゃないのか。どうせ俺達だって特に目的があるわけじゃないんだ。ラルバが戻ってくるまでなら手伝ったっていいだろう」
ラデックの肯定的な意見に、パジラッカは両手を上げて喜び、ラデックの手を掴んでブンブンと振り回す。
「いやぁ〜お兄さんありがとねぇ〜!! お兄さん独り身? お嫁さんにどお? 料理も炊事も掃除も出来るよ!」
「いや、結構」
「機械修理も家屋修理も出来るよ? おっぱいも大きいし。妾にでもどう?」
「結構」
「あらぁ。就職失敗」
〜爆弾牧場 人材派遣会社“純金の拠り所“〜




