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シドの国  作者: ×90
バルコス艦隊
122/285

121話 嘘の上塗り

「ラルバ殿が挙げた事件など、氷山の一角に過ぎぬ!! 我の全てを知った時、我が全てを語った時!! バルコス艦隊中……いや、世界中が我の恐ろしさに身を震わせるだろう!!! バルコス艦隊で最も敬愛される善良なる元帥は、世界で最も恐ろしい連続殺人鬼であったのだ!!!」


 再び腹を抱えて笑い転げるファーゴ。ミシュラは魂が抜けたように座り込み、焦点の合っていない目で床を眺めている。


「そ、そんな……ファーゴ。何故……何でっ……!」

「悔しいか? ミシュラ。己が許せないか? 我を受け入れられないか? 好きに思うといい。どうせ貴殿のような愚図が何を(たばか)ったところで、成し遂げられることなど皆無であろうよ。お勉強さえ出来れば優秀になれると思ったら大間違いである。まあ、今更知ったところでどうしようもないがな」

「お前のせいでっ……ムグリア町長は自殺したんだぞ!! ヴァキマ警備隊長も精神を病んで、今も魂の抜けた人形のままだ……!! それに、1人取り残されたファジット君は……ファジット君は未だ見つかって……!!!」

「そう!! ファジット!!!」


 ファーゴは何かを思い出して大きく手を打った。


「ラルバ殿はもう気づいておるかもしれんが……ファジット少年の家族を殺したのは、実は我ではないのだ! ジャラワ達も同様! あれは我の手口を真似た何者かの犯行……それも、実に鮮やかで洗練された芸術である!!!」


 ラルバは暇そうに爪を弄り、のんびりとした気の抜けた声で返事をする。


「あー……アレね。うん。あの2件のせいで苦労したって、担当の使奴も言ってたよ」

「ラルバ殿は真犯人を知っておるのか!?」

「ん。まーね」

「やはり……やはりか……!!!」


 ファーゴは喜びに満ちた表情を手で覆い、部屋の中をふらふらと意味もなく歩き回る。


「殺害現場を見た時、我に衝撃が走った!! 恐ろしく無駄がなく、一切の意思も残さない残忍且つ無機質な犯行!! あれはまさしく我が目指していた、“現象としての殺人”!!! 殺意を含む凡ゆる意を削り落とした殺人は、最早落雷や竜巻と同じ災害に等しい!! 事故として扱われるような不運による死である!!! あの事件以来、我は“スランプ”に陥った……。もう10年も誰も殺していない。どうやって殺したら良いかが全く浮かばんのだ!! それほどに、あの犯行は美しかった…………」


 最早、ミシュラは返す言葉がなかった。彼女に投げかける言葉が見つからない、というよりは、何を言っても無意味である。そんな風に感じられた。ミシュラの中でずっと輝き続けていた誇るべき指導者であり、唯一無二の親愛なる友。その面影は、もうどこにもない。


 ファーゴはミシュラの方を一瞥すると、小さく鼻で笑ってから静かにラルバを睨んだ。


「……して、ラルバ殿」

「んぁ? 呼んだ?」


 突然話しかけられたラルバは、素っ頓狂な声で返事をする。


「貴殿は……一体どうやって我を“罰する”おつもりか?」


 ファーゴの問いに、ラルバは僅かに歯を擦り合わせた。


「……いい質問だねぇ」

態々(わざわざ)我をこんな人気のない場所に呼び出したということは……そういうことであろう? 貴殿が正義か悪かは知らんが……、我という大犯罪者を罰することが目的であることに変わりあるまい。だが残念であったな。我を肉体的に懲らしめようが、精神的に懲らしめようが……それらの罰を受けるのは“善良()つ犯罪者の自覚がない真人間のファーゴ”である。その善良なるファーゴが苦しんでいる間、我は痛みも苦しみもない“内側”で時が過ぎるのを待とう……。それでも貴殿は、何の罪もない善良なるファーゴを苦しめるつもりか?」

「ん〜……そういうことすると偉い人たちが怒りそうだねぇ。私も楽しくないし、殺しちゃおっか?」

「はっはっはっは! それも一興……我の犯した大罪の数々は、真犯人不明のまま闇へと葬られる! 少しばかり不満ではあるが、そういったエンディングもまた乙であるな」

「あらぁ。死ぬのも怖くないのねぇ〜」


 ラルバとファーゴは互いに朗らかに笑い合う。方や大罪を犯した極悪犯罪者。方や私刑を企む偽善者。2人の間に流れる空気が、その邪悪さに耐え切れず渦を巻いて腐敗していく。しかし、ラルバの薄気味悪い微笑みは次第に堪えるような笑いに変わっていく。


「ひひひひ……いやあ残念だなぁ。こんな悪いやつを殺せないだなんて、お前みたいな悪党がのうのうと生きていていい筈ないのに」

「では殺してみるか? ラルバ殿。案外上手くいくやも知れぬぞ?」

「そうだね! 考える前にやってみるか!!」


 そう言ってラルバがファーゴに背を向け壁の方を向く。先程までファーゴが過去の映像を映し出していた壁に、今度はラルバが通信魔法を展開して映像を映し出した。


「ん……? なんであるか? これは」


 そこは、バルコス艦隊のランドマークである繰闇塔(くりやみとう)を中心とした広場の生中継映像であった。ラルバは画面を4つ5つと増やし、広場に集まる群衆の表情から広場の中心まで隅々をモニターに映し出す。そのメイン画面、広場の最も中心にいるのは、困惑した表情のバルコス艦隊軍中将であった。


「えー……こ、これより、“ファーゴ元帥”の処刑を執り行う!!」


 スピーカーから発せられた声に、理解が追いつかず押し黙る群衆。それは決して映像の中だけでなく、モニターを見つめるファーゴも同様であった。自分は今ここにいると言うのに、映像の中では自分の処刑を計画している。理解不能な状況に、ファーゴは只管(ひたすら)に純粋な疑問に(さいなま)まれた。


「……? 何を言っておるのだ……? は……?」


 映像の中で中将が手を挙げると、彼の背後からヨボヨボの薄汚い老人が鎖を引かれ歩いて来た。カビだらけの汚らしいボロ布1枚を羽織った男性と思しき老人は、今にも泣き出しそうな情けない表情で高台に座らされる。中将が未だ困惑した表情のまま、手元の書類に目を落として再び声を発する。


「この老人が“ファーゴ元帥”である!」


 映像の中で群衆が響めく。しかし、誰よりも現状を受け入れられていないのは、今映像を見ているファーゴであった。


「なっ……どういうことであるか!? 我はここに……いや、そもそもあの男は誰であるか!? ラ、ラルバ殿!! 貴殿は一体何を企んでおるのだ!?」

「まあまあ。そう慌てなさんな元帥殿。今ここでアンタが泣こうが喚こうが現実は変わらない。うるせぇから黙って観てろよ」


 ラルバに強く肩を押されて無理矢理座らされるファーゴ。それでも彼女は取り乱したままであったが、使奴の前では如何なる抵抗も意味を成さず、ただただラルバの言う通りに大人しくせざるを得なかった。


 広場では滞りなく中将の説明が行われている。


「え、えー……静かに!! この男は“幻想の異能者”である!! 他人の意識に介入し、勘違いや思い込みを増長させ操作する卑怯極まりない下劣な能力!! 調査によれば、ファーゴ元帥なる人物はこの世に存在せず、その功績は全て中央陸軍大将ら自らが行ってきたものであることが判明した!! この男は、“ファーゴ元帥という存在しない人格者“を皆の意識に滑り込ませ、数多の功績を我が物と言い張ってきたのだ!!」


 中将の説明に、群衆の響めきがより強いものになっていく。


「な、なんだと……?」

「彼は何を言ってるんだ!? ファーゴ元帥が存在しない!?」

「まさかそんな……! だって、俺の娘はファーゴ元帥に助けてもらって……」

「私は確かにこの目でファーゴ元帥を見たわ! あんなの出鱈目(デタラメ)よ!」

「静かに!! 静かに!!」


 中将が声を張り上げ説明を続ける。


「また、18年前の甲板街(かんぱんまち)通り魔事件や、16年前の繰闇塔(くりやみとう)無差別殺人事件!! これらを始めとする未解決の殺人事件は、この男の能力の副産物であることが判明した!!」


 ファーゴが強く目を開き、小さく何かを呟いた。しかし映像の中での中将は、ファーゴの意志などお構いなしに事を進めていく。


「存在しない人物を作り出した結果、存在しない功績が生まれ、存在しない現実が生まれた! その存在しない現実の分、存在する現実が認識できなくなり、“ただの事故が(あたか)も連続殺人事件のように見えてしまう”思い込みが発生した!! 我々中央陸軍を翻弄し、国民を恐怖の底に陥れた大犯罪者など、最初からいなかったのだ!!!」

「違う!!!」


 映像に向かって、青褪めたファーゴが声を張り上げる。


「偽物である!!! 出鱈目である!!! ファーゴはここにおる!!! せ、世紀の大犯罪者はっ!!! ここにいる!!! 騙されるなぁあ!!!」


 当然そんな叫びは映像の向こうの国民達には届かない。しかし、国民達のファーゴ元帥への信頼は厚く、群衆は混乱しながらも中将の言葉を頑なに信じようとはしなかった。


「幾らなんでも、何かの間違いだろ……」

「都合よく行きすぎてる……!」

「でも否定材料もないんだろ?」

「ばーか。反論できないイコール真実じゃねーだろ」

「俺は信じない!! ファーゴ元帥は俺のヒーローなんだ!!」


 徐々に困惑の声が力強い否定の声に変わっていく。ファーゴ元帥は救われたかのように口角を緩め、乾いた笑いに潤いが戻っていく。


「は、はは……はははは……はーっはっはっは! どうだ!! 見たかラルバ殿!! 我を侮ったな……我への信頼は並みではない!!! この程度の杜撰な謀略、擦り傷にも至らん!!!」

「はっ、さっきまで泡食ってたくせに、なぁにを調子に乗っているんだか。黙って見てろよっつったろ」


 映像の中で中将が慌ててマイクを握り直す。


「しっ静かに!! 静かに!! 処刑は決定事項であり、発表は真実である!!」

「うるせー!! 俺達の元帥を馬鹿にするな!!」

「引っ込め愚図野郎ー!!」

「お前じゃ話にならねーよ!! 大将だ!! 大将出せーっ!!」


 群衆の声が次第に大きくなっていき、それは中将のスピーカー越しの声を掻き消していく。処刑台を囲む規制線を越える者が出始めた。


「静かにしろ!! 規制線を越えるな!! 処罰するぞ!!」

「やれるもんならやってみろよ!! このほら吹野郎!!」

「行け行けー!! ぶっ壊せ!!」


 群衆は暴徒へと変貌し、明確な敵対心を露わにする。そして軍隊と民衆が激突する寸前、スピーカーからほんの少しだけ音声が流れた。


「黙れ」


 怒りの篭った女性の小さな声。その呟きに軍隊も群衆も自然と動きを止め、壇上の方に視線を引っ張られた。そして、いつの間にか壇上に立っていた4名の人物の姿に釘付けになった。


 元グリディアン神殿統合軍最高司令官。”軍神“ロゼ。


 人道主義自己防衛軍クサリ総指揮官。“嵐帝”ジャハル・バルキュリアス


 元世界ギルド境界の門総帥。イチルギ。


 そしてーーーー


 元グリディアン神殿大統領。ザルバス。


  使奴による情報統制の敷かれた現代、ましてやバルコス艦隊では軍による情報の検閲が行われているため、国民達が得られる情報は更に少ない。しかし、彼女達4名は良くも悪くも言わずと知れた“有名人”であり、そんな中でもとりわけロゼとザルバスの知名度はずば抜けて高かった。


 マイクを握っていたロゼが吐き捨てるように言い放つ。


「俺達の調査に文句がある奴はもう一歩前に出ろ。相手してやる」


 先程の暴動寸前の勢いはどこへやら。国民達も軍隊も水を打ったように静まり返り、木の葉が地を這う音だけが走り回っている。


 ロゼは舌打ちをしてからザルバスにマイクを渡す。ザルバスは和かにそれを受け取り、美しい透き通った声で国民達に語りかける。


「初めまして、バルコス艦隊の皆様。私の名前はザルバス。元グリディアン神殿の大統領であり、今は人道主義自己防衛軍の軍団“アマグモ”で総指揮官代理を務めさせていただいている。中将の言葉は全て真実だ。ファーゴ元帥も、恐ろしい殺人鬼も最初から存在しない。そこにいるイチルギとジャハルも同意してくれると思うよ」


 そう言ってザルバスが2人の方を向くと、イチルギもジャハルも静かに目を伏せて肯定を示した。ザルバスは満足そうに頷き、再び国民達に向かって語りかける。


「信じ難いかも知れないけど、私とロゼの調査結果を、中央陸軍、人道主義自己防衛軍、世界ギルドの三者に監査してもらっての満場一致だ。疑うなら他の国にも監査を打診してもいいけど、必要かな?」


 国民達は答えない。犬猿の仲であるグリディアン神殿と世界ギルドの権力者同士が共に壇上に立っているという事実が、彼らにとっては悪い夢のように信じ難い出来事であり、その悪い夢が現実であるが故に、彼らはザルバスの言葉を受け入れざるを得なかった。今、自分達の知らぬところで世界を変える何かが動いている。そんな漠然とした予感に囚われた。


 群衆は再び響めきの声を上げ始めるが、それらは先程の疑念とは違い、限りなく肯定に近い審議であった。


「ま、マジなのか……?」

「ファーゴ元帥は……いない……?」

「じゃなきゃザルバス様があそこにいる理由が……」

「でも何で人道主義自己防衛軍なんかにーーーー」

「何か考えがあってのことでは……」


 壇上のザルバスがイチルギ達の方をチラリと見てから、処刑台の上でほったらかしにされていた“自称ファーゴ”の老人へと歩み寄る。


「さて、幻想の異能者“ファーゴ”さん。これから君の処刑が行われるわけだけど、辞世の句に何か残したい言葉はあるかな?」


 そう言ってザルバスは老人にマイクを差し出す。すると、老人は小刻みにプルプルと震えた後、大声で叫び出した。


「ご、ごめんなしゃい〜!!! もうしましぇんのでっ許してくだしゃいぃ〜っ!!!」

「やめろぉぉぉぉぉおおおおおっ!!!」


 映像を見ていた本物のファーゴが、鬼の形相で映像へと叫ぶ。しかし、当然ながらその叫びはモニターの先で情けなく泣き喚く老人には届かない。


「死にたくないでしゅぅ〜っ!!! も、もうやりましぇ〜ん!!!」

「やめろやめろやめろやめろぉぉぉおおお!!! 我の名で!!! そんな見窄らしい真似をするなぁぁああああ!!!」

「ふぇぇえええ〜っ!!! い、痛いのは嫌でしゅぅ〜!!!」

「許されん!!! 断じて許されん!!! お、お前のような輩のせいで我の名が、偉大なる大悪党ファーゴの名が汚されることなどっ!!! ふざけっふざけるなぁぁああああ!!!」


 映像の中で泣き喚く老人に向かって叫び続けるファーゴ。予想通りの結末にラルバは失笑を零した。


「ひひひひっ。あの爺さんはその辺で寝てたホームレスだよ。世界ギルドの永住権とちょっとのお小遣いあげるって言ったら、喜んで狸になってくれたよ」

「こ、こんなこと……!!! 何故だっ!!! 何故国民共は奴らの言うことを信じる!? どう考えてもおかしいだろう!!! こんなこと!!! 何故だ!!! 何故っ!!!」

「群衆なんてそんなもんだろ。合理性なんて二の次、見えない部分を補完出来るほど優秀じゃない。アンタは衆愚を操るのが得意だったみたいだけど、残念だったね。そういうの私の方が得意なんだよねぇ〜」

「目を覚ませ馬鹿共!!! そいつは本物のファーゴではない!!! やめろ!!! 我を、我を汚すなぁぁぁああああ!!!」


 ファーゴの怒りは次第に深い悲しみへと変化していく。


「やめろ……頼む、やめてくれ……!!! もう、もうやめてくれ……!!!」


 映像の中では依然として老人が泣き叫んでおり、国民や軍人達の呆れと軽蔑の眼差しが映し出されている。


「ファーゴ元帥……マジかよ」

「尊敬してたのに……」

「ファーゴ元帥シリアルキラー説、陰謀論だとは思ってたけどさ。まさかこんな……」


「ち、違う……違う……!!!」


「バルコス艦隊の恥だ……!」

「いい加減黙らせてくれよ……こっちまで恥ずかしくなってくる……」

「あー、私だ。至急、軍内部から“ファーゴ”の情報を抹消するように。急げ」


「我は……偉大なる……大、犯罪者で……」


「サイン、捨てるか……なんか急に気持ち悪くなってきた」

「一番可哀想なのはファジット君だろ……。彼が観てなきゃいいが……」

「なんかもう逆におもしれーわ」


「皆が……我の名を……語り、継い……で…………」








 斯くして、ファーゴ元帥はバルコス艦隊の歴史から葬られ、国民達もその名を口にすることを禁忌とした。中央陸軍は最高権力者の称号を“大将”に変更し、ファーゴ元帥なる人物の痕跡は急速に消滅していった。


「あ……ああ…………我を、ファーゴを、忘れないで……くれ…………」

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