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シドの国  作者: ×90
笑顔による文明保安教会
12/284

11話 笑顔の国

〜笑顔による文明保安教会〜


「なんだか間の抜けた名前だな。本当に国名か?それ」

 ラルバがラデックの読んでいる資料を後ろから覗き見する。雲を突き抜けて(そび)え立つ巨大な塔の足元に広がる国。”笑顔による文明保安教会“その城門の手前で4人は馬車を降り、イチルギに渡された書類を再確認していた。

「ああ。『笑顔による文明保安教会』で合ってる。他にも『崇高で偉大なるブランハット帝国』『スヴァルタスフォード自治区』『愛と正義の平和支援会』どうやら国名は俺たちの知っているような単語ではなく文章等で記されることが多いようだな。世界ギルドの国名も『境界の門』だったし」

「あれ門の名前じゃなかったのか……」

 ラデックが4人を代表し、旅人を装って門番に話しかける。

「こんにちは。少しお尋ねしたいことが……」

「ようこそ『笑顔による文明保安教会』へ!!!!!」

 門番の2人がニカっと歯を見せつけて大声で挨拶を返す。ラデックとラルバは少し気圧(けお)された。

「パスポートはお持ちでしょうか!?」

「あ、ああ」

 ラデックが4人分のパスポートを手渡す。

「拝見いたしますっ!!!……はいっ!!!ありがとうございまぁす!!!」

 まるで機械のようにマニュアル通りの所作を素早くこなす門番は、輝くような笑顔を貼り付けられたロボットに見えた。

「どうも……ひとつ尋ねたいんだが、この国の正式な国名を教えていただいても……」

「はいっ!!!ここは『笑顔による文明保安教会』ですっ!!!」

「……それが正式な国名?単語ではなく?」

「はいっ!!!ここは『笑顔による文明保安教会』ですっ!!!」

「……どうもありがとう」

 門番の不気味な笑顔に圧倒されたラデックは、大人しく引き下がり門を潜る。

「やたら元気な門番だったな」

 ラルバが振り向いて門番の方を向くと、こちらに向かってブンブンと手を振っていた。

 門を潜り街へ入ると、そこには華やかかつ朗らかで奇怪極まりない光景が広がっていた。

「いらっしゃいませっ!どうぞご覧くださいませっ!」

「お父さん!僕荷物持ちます!」

「こんにちはユグロさん!今日もお綺麗ですね!」

「募金をお願いしますっ!ありがとうございますっ!募金をお願いしますっ!」

 町中の人は門番と同じく輝くような笑顔で元気に溢れる振る舞いを見せている。老若男女問わず活気に満ちた広場は、まるで御伽話に出てくるような平和な世界を連想させた。

「な、なんだぁここは……」

「気味が悪いな……」

「みんな笑ってる」

 ラデック達が唖然としていると、横から募金の箱を持った女性が近づいてきた。

「こんにちは!!募金をお願いします!!」

「あ?ああ……」

 ラデックが熱意に気圧されてコインを一枚箱に入れる。

「ありがとうございます!」

 女性は元気よく返事をして頭を下げると、足早に別の通行人へと向かっていった。

「……まるで笑顔の国だな」

「お姉さん!こんにちは!」

 突然小さな子供がラルバに挨拶をしてきた。

「ん?あ、ああこんにちは」

 一瞬困惑したラルバは思わず会釈をして挨拶を返す。すると子供は人差し指で口角を持ち上げ「笑って」とジェスチャーをしてきた。

「お姉さん達も笑ってください!笑顔による文明保安教会のマナーです!」

「はあ?」

「笑って!」

 子供は小さくぴょんぴょんと飛び跳ねながらラルバ達にアピールをする。ラルバは呆れた様に溜息をついて無視をする。移動しようと振り向くと、ラデック達3人とも子供の真似をして人差し指で無理やり笑顔を作ってコチラを見ていた。

「やめんか気持ち悪い」

 ついてこい、とジェスチャーをして足早に立ち去るラルバ。子供はラデックの足元へ近寄り、先ほどと同じ仕草で見上げる。

「笑わないとどうなる?」

 ラデックが真顔でそう尋ねると、子供は変わらぬ笑顔で小さく答えた。

「笑って下さい」

 表情に似つかわしくない掠れたか細い声にラデックは違和感を覚えつつも、ラルバを見失ってしまう前にその場を離れた。

「笑って……」

子供はいつまでもそこで微笑み続けていた。



〜閑散とした住宅街〜


「表通りはあんなに賑やかだったのに、こっちは随分と静かだなぁ」

 ラルバが露店で買った焼きそばを食べながらうろちょろしながら住宅を観察する。

「皆出払っているのだろうか」

「いや、中にいる」

 ラデックの言葉にラルバが耳を澄ませて否定した。片手を耳の後ろに添え、獲物を睨む狼の様に鋭い眼差しを家屋に向ける。

「1人ないし2人……いや、もう少し居そうだな……」

「なんだ、外に出ていないだけか……それそんなに美味いのか?」

 ラルバがニヤニヤしながら焼きそばを頬張っているのを見て、ラデックは「俺にも少しくれ」と手を差し出す。

「皆家の中で何をしているかと思えば……まるでコソ泥のようだ。抜き足差し足、何をそんなに怖がっている?」

 後ろでバリアがラルバの真似をして耳に手をかざしている。

「バリア、何か聞こえるか?」

 ラデックの問いに暫く沈黙したあと、静かに口を開く。

「……沢山の笑い声」

「笑い声?」

 同じようにラデックも耳を澄ますが、風の音がそよそよと鼓膜を撫でるだけである。

「本当だ!あっちだ!」

 興奮したラルバが突然走り出した。

「俺たちも行こう」

「あと……」

 バリアが少しだけ歩いて立ち止まる」

「あと?なんだ?」

「あと………………命乞い」

「……そうか、成る程」

 ラルバが興奮した理由を知ったラデックは2人を連れて足早にラルバを追いかけた。




〜笑顔による文明保安教会本部 笑顔の巨塔〜


 街の中心に(そび)え立つ巨塔は、古びた石造りで今にも崩れそうなほど朽ち果てていた。

「うひゃあ……地震でも来たらドンガラガッシャン生埋め祭りだな」

「演技でもないことを言うな」

 ラルバは塔を見上げながら驚嘆の声を上げる。

「どっかから入れないかな〜」

「お手を触れないようお願いしますっ!!」

「お手を触れないようお願いしますっ!!」

「む」

 塔に近寄ろうとしたその時、後ろから宗教服を着た2人組が満面の笑みで近づいてきた。胸には笑顔による文明保安教会の紋章が描かれており、すぐに教会の役人であることがわかった。

「これは失礼した。少しお話をいいだろうか」

 ラデックがラルバの代わりに頭を下げる。

「あなた方は我が国の国民ではありませんね!?旅のお方!この国では笑顔でっいることがっマナーなのですっ!!!」

「マナーですっ!!!」

 2人組は手に持っていた槍の石突を勢いよく何度も地面に打ち付けて威圧した。

「それはすまない。我々は昔からあまり笑ってなかったもんで、笑顔でいることが中々に難しい」

「それはなんと嘆かわしいこと!」

「あなた方も我が国の民になるべきです!きっと数多の祝福が訪れる事でしょう!」

「結構」

 後ろからラルバが顔を覗かせ割って入る。

「ここは何だ?ただの役場じゃあないだろう」

「ここは笑顔による文明保安教会本部!“笑顔の巨塔”ですっ!」

「本部なら修繕くらいしたらどうだ。今にも崩れそうだぞ」

「問題ありません!これは初代“先導(せんどう)審神者(さにわ)”の祝福によって当時の姿を保ち続けているのですっ!」

「祝福?」

「俺達の言うところの異能だろうか」

 ラデックが塔を見上げて目を細める。

「笑顔の巨塔付近は関係者以外立ち入り禁止ですっ!お引き取り願いますっ!」

「ああ、すぐに離れよう」

 お辞儀をして立ち去るラデックに続きその場を後にする3人。ラルバだけが少し立ち止まり、暫く塔を見つめた後口元を手で隠しながら早足でラデック達に追いつく。

「どうした?ラルバ」

「んふふふふふ」

 ラルバは人差し指で口角を持ち上げ、先程の子供と同じジェスチャーを取る。

「ワクワクしてきた」


【笑顔の国】



〜豪奢なホテル〜


「『幸福のシャングリラ』へ!ようこそいらっしゃいましたっ!!!」

 宮殿と見間違う程豪華な館に足を踏み入れた一行は、自分たちは貴族なのではないかと思う程に手厚い歓迎を受けた。

「荷物はこちらでお預かりいたしますっ!」

「いや、結構だ」

 強引に荷物を持とうとするポーターにラデックは怪訝そうな顔をする。

「こちら土足厳禁となっておりますっ!こちらで館内靴に履き替えてお上がりくださいっ!」

「む、かかとがぺったんこだ」

「普通はそうだ」

 ラルバとバリアはハイヒールを脱ぎ、慣れないスリッパに少し不快感を示した。

「お客様のお部屋は右手奥の階段を登り、三階の左から2番目31号室になりまぁす!何かご用事がありましたらなんなりとお申し付けくださぁい!!」

「どうも」

「ラデック!凄いぞここ!目薬と耳かきの自動販売機がある!あっはっはっは!この棚の酒全部タダだそうだぞ!」

 館のサービスに逐一大笑いしながらうろつくラルバを尻目に、象が通れるほど広い階段を登っていくラデック達。

「28……29……30……あった、ここだな」

 部屋の鍵を開けると照明が連動して点灯し、優雅な赤を基調とした豪華なスイートルームが広がっていた。

「むおおっ!広い!風呂がでかい!!」

「確かに……トイレの便座が勝手に開く」

「ベッドふかふか……」

 いつも通り隅に鎮座するラプーを除いて、充実した設備に感嘆の声を漏らす3人。

「いやあ素晴らしい!風呂も寝室も空調も完璧だ!いやはやこれほどの拘りとは恐れ入ったぞ文明保安教会!まるでココは……豪奢(ごうしゃ)な監獄のようだ」

 手を広げながらくるくると回り喜ぶラルバは、突然ピタリと静止して呟く。

「監獄?随分特殊な例えだな」

「特殊なものか……見ろラデック」

 ラルバが街を一望できる巨大な寝室の窓ガラスをコンコンと叩く。

「マジックプルーフ加工の強化ガラスだ。簡単には破壊も壁抜けもできまい……天井の至る所に開いた換気口ならば毒ガスを満たすことも容易いだろう。風呂釜の魔導大理石には模様をカモフラージュに刻み込んだ魔法式!多分雷か氷の類かな?無駄に広い廊下や階段は軍隊や衛兵を迅速に流し込むためのものだろう!このスリッパも……見ろ。ちょっと炙っただけでアロエの粘液のようだ。これではまともに歩けまい」

 興奮気味に早口で語るラルバの横で、バリアは眠そうに羽毛布団を抱きしめ欠伸をした。ラデックは口元に手を当て、暫し沈黙する。

「いっひっひ……い〜香りがするなぁラデック。この部屋で死んでいった、悔恨に塗れた怨念が身体中に纏わりついている気分だ……」

 崩れるように椅子に座り込んだラルバは、後ろに傾き大きくのけぞって恍惚(こうこつ)の表情を浮かべる。

「案ずるな悪霊ども……お前らの仇も、じきに地獄の釜へ蹴り落としてやる……」



〜???〜


 暗い石造りの小部屋にはあちこちに儀式的な模様が刻まれ、蝋燭に照らされた壁に大きく『笑顔による文明保安教会』の紋章である目が描かれている。その紋章に向かって1人の宗教的な白い衣装を着た女性が跪き、祈りを捧げている。彼女の長い金髪が蝋燭の火をキラキラと反射して宝石のように光っていた。

 後ろの小さな木の扉が開き、色違いの黒い衣装を着た女性が入ってくる。

「ハピネス様。神託を賜りに参りました……」

 ハピネスと呼ばれた白い衣装の女性は祈りを中断し、ゆっくり振り返る。

「ラルバ……ラデック……バリア……ラプー……今日入国した4人……彼らは世界ギルドから送り込まれた刺客です……我が国に大きな災いを(もたら)すでしょう」

 静かに黒い衣装の女性を見つめ、暫く沈黙したあと少し身動(みじろ)ぎをして言葉を続ける。

「4番地区……ハムカーン。1番地区……ステフォニー、6……6番地区、バイゼン。忌面(いみづら)による黒い(もや)がかかっています……」

 黒い衣装の女性は深々と頭を下げると、扉を閉めて立ち去っていった。ハピネスはゆっくりと背を向け、紋章に向き直る。

「……哀れな溝鼠(どぶねずみ)に、僅かな光を」

 ハピネスは再び跪き、懺悔か懇願のように祈りを捧げ続けた。

次回 12話【運悪く】

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