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シドの国  作者: ×90
バルコス艦隊
119/286

118話 ハザクラ対ゾウラ

〜バルコス艦隊 竜宮山 山頂〜


 午前0時。竜宮山頂上は依然として月明かりを遮る程に厚い雲に覆われている。しかし、辺りには街灯のように明るい光魔法の珠が幾つか浮かんでおり、対峙する2人の姿をハッキリと映し出している。


 ハザクラは右手に短剣、左手はいつでも魔法を発動できるように魔力を集中させたまま軽く握っている。対するゾウラは右手にショテル、左手にクロスボウ。フックのように大きく湾曲したショテルと、クロスボウの弓の部分をピッケルのように扱い、宛ら双剣のように構えている。


 ハザクラがほんの少し足を前に出すと、ゾウラはその分足を引いてクロスボウの矢先をハザクラに向ける。ゾウラがショテルを振るおうと半身の姿勢になると、ハザクラは腰を落として重心を後ろへずらす。ハザクラが右肩を上げればゾウラは下げ、ゾウラが膝を曲げればハザクラは足を引く。側から見れば立ち尽くしているだけのように見える2人の間には、瞬きの一つすら命取りとなるような無音の攻防戦が繰り広げられていた。


 ゾウラ・スヴァルタスフォード。スヴァルタスフォード自治区、悪魔郷の皇族、スヴァルタスフォード家の嫡男。皇族と言えど、遺伝子的には至って平凡な能力の家系であり、容姿以外には特別秀でた才能があるような血統ではない。しかし、特筆すべきは彼個人の生い立ち。4歳の頃に血縁者全員をコモンズアマルガムによって滅ぼされ、それ以降は使奴の手によって育てられてきた。そして、その育ての親である使奴があの“カガチ”であるということ。


 冷酷で排他的。そして他の何よりもゾウラを優先させる過保護な守護者。そんな彼女が、今この状況でゾウラを助けに来ないという違和感。それがハザクラにはどうしても不可解であった。もしも今カガチが現れていれば、カガチはハザクラよりもゾウラの方を止めるだろう。ゾウラは今回の戦闘に対して強い思いなどはなく、育ての親の立場なら容易に止めさせることができるだろう。そして、カガチのように冷淡な効率主義であれば、ハザクラの作戦を止める意味もないと瞬時に理解してもらえるだろう。しかし、カガチの不在という想定外の事情に、ハザクラの計画は大きく傾きかけてしまった。


 ハザクラの今回の竜討伐計画は一般的な道徳思想からは大きく外れたものであり、本人もそれを自覚している。当然ながら、一般的な道徳思想を有するラデック達には到底受け入れてもらえないであろうことも理解している。仲間割れは必死。つまり、ゾウラの身を第一に考えるカガチは、ハザクラとゾウラが敵対する可能性に当然気がついている筈である。カガチは果たして“来ない”のか、それとも“来られない”のか。もし前者であれば、ゾウラはカガチによって何かしらの大きな力を隠し持っている可能性がある。迂闊に近寄るわけにはいかない。そしてもし後者であれば、カガチの怒りを買わないためにゾウラを攻撃するわけにはいかない。そして、そのどちらにも抵触しない唯一の安全な解決策である“ゾウラを無傷で戦闘不能にさせる”ことは、ゾウラの並外れた戦闘能力により困難を極めた。


「そろそろ行きますよーハザクラさん!」


 ゾウラがクロスボウで空を撃つ。上空高くに放たれた矢は複製魔法によって増殖し、数千の矢の雨となってハザクラに降り注ぐ。ハザクラは跳び退こうと腰を落とすが、突如足元が沼地のように泥濘み足を取る。ハザクラはすぐさま上空に手を伸ばし防壁魔法と炎魔法を同時に発動した。直後にゾウラが反魔法によって防壁魔法の発動を打ち消すが、ハザクラの掌から舞い上がった炎は渦を巻いて天へと昇り、烈風で矢の雨を弾き飛ばした。ゾウラは攻撃が失敗に終わると、拍手でハザクラの技術を褒め称えた。


「おお〜すごいですね! 魔法の2種同時展開までは読めていたんですが……矢を防ぐのに炎魔法を使うとは思いませんでした! いやぁ風か氷かで読んでいたんですが、流石に甘くないですねぇ」


 楽しそうなゾウラとは対照的に、ハザクラは険しい表情で彼を睨みつける。そして覚悟を決め、思い切り地面を蹴りつけ前に飛び出した。


「おや?」

『生捕りにしてやる』


 ハザクラの呟きに、ゾウラはにぃっと笑って武器を構え直す。ハザクラが手に魔力を込めた瞬間、ゾウラはあろうことか自分の首にショテルを突きつけた。


「なっ――――!?」


 ハザクラは無理往生の異能により“自分の意思とは関係なく”足を止め急停止する。それを見たゾウラは、悪戯が成功した子供のように腹を抱えてケラケラと笑った。


「あーはははははは! やっぱりそうなりますよね! 予想的中です!」

「ゾウラ……今、何を………………?」

「“生捕り”という命令……てことは、やっぱり“自殺”はさせられませんよね!」


 ゾウラは朗らかに笑顔を作るが、ハザクラはその笑顔の奥に底の見えない井戸のような闇を感じた。


「ずっと不思議に思っていたんです。ハザクラさんの異能が命令を強制的に遂行させる能力なら、何で“世界平和を実現させる”って自己暗示をかけないんだろうって」

「…………」

「それで、今の「生捕りにしてやる」って命令が簡単に止まったことで確信しました。ハザクラさんの命令は、単純であれば単純なほど強制力が強く、複雑なほど解けやすい!」

「…………」

「ラデックさんの話では、イチルギさん達への命令は200年で脆くなるのに、トールさんへの命令は200年経ってもしっかり効いてるとのことでした。てことは、最初に使奴の皆さん達へは複雑な命令をいっぱいしていて、トールさん達リサイクルモデルには“過去の命令の再発令“という単純な命令で上書きしたんですね!」

「そんなことは……」

「そして今それをしなかったってことは、”再発令“による強化は特定の条件が必要……多分、ある程度回数をこなした上でのパターン化が必要、とか! どうです? 合ってますか?」

「そんなことはどうでもいい!!」


 肩を震わせながらハザクラが怒鳴り声を上げてゾウラを睨む。しかし、その怒りは今までの苛立ちや敵意ではなく、限りなく心配に近い叱責によるものであった。


「ゾウラ……今、自分が何をしたのか分かっているのか……!?」

「はい?」


 最早、今のハザクラにとってカガチの不在など気にする問題ではなかった。突如浮き彫りになった、ゾウラ・スヴァルタスフォードという人物の“闇”。


「き、君は今、“本気で自殺しようとした”んだぞ……!?」


 ハザクラの言葉に、ゾウラは一切表情を変えずに答えた。


「はい。そうですね」


 ハザクラの観察眼の精度は凄まじく高い。それもそのはず、彼は記憶のメインギアによって使奴と何ら変わらぬ知識を植え付けられており、それらを用いれば骨董品の真贋から役者の演技まで遍く見定めることができる。故に、ゾウラ1人の演技を見抜くことなど造作もない。そして、造作もないからこそ、彼の自殺が演技でないことが容易に分かってしまった。


「何故……何故そんなことをする……!?」

「え? そうすればハザクラさんが止まると思ったので」

「俺が止まらなかったらどうするんだ!!」

「そうですねぇ……他の方法を試します!」

「他のって……死んでしまったら他も何もないだろう!!」

「そしたらハザクラさんの勝ちですね! ……っと、おわ?」


 ゾウラが突然蹌踉めき、その場に倒れ込む。ハザクラはブラフかと思い短剣を構えるが、ゾウラは髪を振り回して頭についた砂を振り落とす。


「えへへ、まだちょっとくらくらしますね」

「くらくら……?」

「”高山病“って言うんですかね? ごめんなさい、さっきまで少し横になっていたんですが、まだちょっと残ってるみたいです

「さっきって……もしかして、俺達がここへきた時に、先に来ていた君がいなかったのは……!!」

「お昼に機械運んできた時もそうだったんですけど、身体中が痛くなって起きていられなくなっちゃうんですよね。あ! でも手加減とかしなくて良いですからね! 正々堂々、一所懸命やりましょう!」


 いつもと変わらぬ笑顔を浮かべる彼に、ハザクラは狼狽えて歯を食い縛る。まるで噛み合わない会話、表情、状況。そして、彼と出会ってから今までの全ての違和感に対する一つの答え。


「ゾウラ……君は、死ぬのが怖くないのか……?」

「はい? そうですねぇ……死んだらお父さんとお母さんにも会えるので、寂しくはないと思います!」


 何故カガチが来ないのか。何故彼はラルバについて来たのか。


「寂しいかを聞いてるんじゃない。怖いかどうかを聞いているんだ」

「怖い……ですか?」


 何故彼はこの歳でここまでの戦闘能力を有しているのか。


「死だけじゃない。俺と戦って大怪我をすることや、こうやって突然病気になること。旅をしていて予期せぬ事情に見舞われること。それら全て」

「はぁ……。よく分かりません……」


 何故彼は全てに肯定的なのか。


「……これだけは”はい“か”いいえ“で答えて欲しい。君は、”ご家族が惨殺されて悲しいか“?」


 彼は、


「…………いいえ?」


 壊れている。


「――――っ。当時のことを覚えていないのか?」

「いえ、ちゃんと覚えてますよ!」


 ゾウラはクロスボウを脇の挟んで、空いた手で指折り数え始める。


「えっと……私が4歳の頃ですね! あの日は確か庭でお母さんとお菓子を食べてて……あ、お母さんの作ったマドレーヌ美味しいんですよ! でもって、お父さんが仕事から戻ってきた時でしたかね。入り口の門から沢山の人の大きな声が聞こえてきて、門が破られました。止めに行った兵隊さん達がどんどんやられてしまって、お母さんが大泣きする私を抱えて屋敷に逃げ込んだんです。でも屋敷の中にも沢山知らない人がいて、お手伝いさん達もみーんなやられてしまっていました。追い詰められたお母さんは、中庭の水路を指差して私に飛び込むように言ったんです。私は怖くてお母さんにしがみついていたんですけど、お母さんは泣きながら私を引き剥がして水路に投げ込みました。それで……えっと、あれ? よく覚えてませんね……。すみません! あんまり覚えてませんでした!」


 少し反省した様子で笑うゾウラを見て、ハザクラは唇を噛んで俯いた。自分の思慮の足らなさを、彼は深く恥じた。


 ゾウラの話には、本人は気付いていないようだが明確な矛盾が存在する。それは、家族が惨殺されて悲しかったかと訊かれて否定したにも拘らず、大泣きをして母親にしがみついていたと供述している点である。つまり、単純に考えればゾウラは“あまりの悲しみに耐えきれず感情を閉ざしてしまった”可能性が高い。彼の異常とも呼べる戦闘能力の高さは、負の感情がない故に使奴の課す過酷な修行を100%受け入れた結果であり、それらが文字通り血の滲むような毎日であったことは想像に難くない。失った感情が悲しみや恐怖といった負の感情であることだけが唯一の救いではあるが、そのせいで彼は最愛の家族を悼むことさえ出来なくなってしまっていた。


 この失われた感情を取り戻すことは、ハザクラは疎かカガチでも十分に可能である。無理往生の異能でも、医学的なアプローチでも、容易でなくとも彼を治療することは出来る。しかし、それは果たして人道的な救いだろうか。悲しみを思い出させ、家族を失った痛みを呼び起こし、スヴァルタスフォード自治区で戦ったであろう軍人達の命の重さを理解させる。それらは今まで感じていた喜びや感動の概念さえも蝕んでしまうかも知れない。そして、この”命の重さ“を理解させないことには、ハザクラの正義を理解させることは不可能である。


 ゾウラは今、容易に死を選べる。命の重さを理解していないからこそ、自らの体を傷付けることを厭わない。そんな彼を無傷で仕留めることなど、ハザクラには到底無理な話であった。


「ゾウラ……どうして君は、ファジットを助けたんだ?」

「はい? そう教わったからからですけど……何か変ですか?」


 そう、変ではない。それが教わった通りの善意を身につけた結果であれば。


「じゃあ仮に、カガチにファジットを殺してくれと頼まれた時は、どうする?」

「ん〜理由にもよりますけど、殺すんじゃないでしょうか」


 彼は、本当に教わった通りの善意を、教わった通りにこなしているだけである。何が善くて、何が悪いのかを自分の中で理解出来ていない。ゾウラの言う善とは、カガチに聞かされた善そのものでしかない。


 ゾウラはクロスボウとショテルを打ち付けて火花を散らし、再び構えてハザクラに微笑む。


「さて、続きやりますか!」


 ハザクラは漸く理解した。カガチの不在の理由を。


「行きますよーハザクラさん!」


 カガチは分かっていた。ハザクラが、ゾウラの心の闇に触れるであろうことを。高山病によって視界が歪み、吐き気が込み上げ、倦怠感と痛みで全身を蝕まれ、そんな中でも楽しそうに笑って見せるゾウラ。ハザクラは小さく息を漏らし、何かを堪えるように歯を擦り合わせた、


「…………こんなの、どうやって勝てと言うんだ」


 ハザクラの手から短剣が滑り落ち、山の斜面を転がり落ちていった。

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