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シドの国  作者: ×90
バルコス艦隊
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117話 相反する最善

〜バルコス艦隊 竜宮山(りゅうぐうやま)頂上〜


「漸く……漸く解りました。ハザクラさん。どうして、今回の目的を竜の調査任務なんてあやふやなものにしたのか」


 シスターが肩を震わせながらハザクラを睨む。


「ほう?」

「どうして使奴の力を借りなかったのか。どうして人道主義自己防衛軍が編入生なんて大嘘を吐いたのか。そんなあやふやな目的に1ヶ月など悠長な時間を設けたのか。ファジットさんを、どうするつもりなのか……!! あなたの目的は、バルコス艦隊の支配――――!!! 信仰対象の竜の殺害、そして、竜の調査任務を命じたのが最高権力者であるファーゴ元帥という事実!! この二つで、バルコス艦隊軍の信用を地に落とし征服すること――――……!! これは、あなたの最終目的である世界征服の腕試し――――……!!!」


 ハザクラの手に魔力が集中し始める。


「ファジットさん逃げて!!!」


 シスターの叫び声に反応してファジットが慌てて翼をバタつかせる。しかし、そこへ間髪入れずにハザクラが光弾を放とうと手を突き出した。シスターはファジットを守ろうとハザクラの前に立ちはだかるが、ハザクラは構わず数発の光弾を連続して打ち出した。そのうちの一発がシスターの肩に命中し、残りは緩やかな弧を描いてファジットへと命中する。


「ファジットさん――――!!」


 混乱魔法”大時化(おおしけ)の海“。物理的な損傷こそ与えないものの対象者の平衡感覚を狂わせ、まるで酷い船酔いのように精神を蝕む。ファジットは歪んだ視界に対応できず、姿勢を崩して斜面を転がり落ちてしまった。すぐさまラデックが助けに行こうと足を踏み出すが、ハザクラの敵意を感じ取って振り返る。ハザクラはいつでも魔法を発動できる状態を保ちながら、シスター達を冷たく睨み返し口を開いた。


「ご名答……と言いたいところだが、シスター。竜の殺害は言い過ぎだ。世界平和という大義を背負っていれば、善良な少年の命一つなど取るに足らない……などとは思っていない。あくまで死を偽装するだけだ」

「同じことじゃないですか!! 竜が死んだとなれば、ファジットさんが今までやってきたことは全て無駄――――!! 冒涜もいいところです!!」

「竜の存在を否定するわけじゃない。竜は確かに存在していて、それは人道主義自己防衛軍によって討ち取られた。そういうことにするだけだ。ファジットの保護も当然行う」

「それがファジットさんをどれほど傷つけるか!!」

「危害を加えるつもりはない」

「本気で言ってるんですか……!?」

「腐敗したバルコス艦隊軍を変え、国民を救済するには必要な代償だ」


 2人の押し問答に、ラデックが堪えきれない怒りに身体を震わせて口を挟む。


「俺達をここへ連れてきたのは、そういうわけか。ハザクラ……!!」


 ハザクラがラデックを一瞥する。ラデックは息を荒げながら自らの掌を見て、悔しそうに拳を握った。


「その口振りじゃあ、イチルギ達使奴はお前の作戦を容認したんだろう……!! そして、俺達を竜の捜索に連れてきたのは、俺達人間組から意を唱えられた時に、暴力による反論を許さない為――――!! シスターは正面からの肉弾戦じゃ勝ち目はないし、俺は気圧の変化に対応できない……お前の暴挙を止める術がない……!!!」

「ああ。ラデックがなんでも人形ラボラトリーで、上空の使奴研究所に行くのを過剰に拒否していたのを憶えていてな。神の庭でも(きゅう)に対応できていなかったし、もしや気圧もと思ったが……案の定か」


 ラデックは勢いよく地面を蹴り出してハザクラに突進するが、ハザクラが打ち出した氷の弾丸を避け切れず腹で受け止めてしまった。


「がっ――――!!!」

「動きが相当鈍っているな。その程度では足止めにもならんぞ」

「ラデックさん――――!!」


 シスターがラデックへ駆け寄り抱き起こす。崖の下に落ちて蹲っているファジットとラデックを交互に見て、状況の凄惨さに目を泳がせて狼狽えた。ハザクラはシスター達からゆっくりと視線を外し、ファジットの方へと歩き出す。


「グリディアン神殿での惨劇に比べれば温いものだろう。ファジットの望み一つとバルコス艦隊国民全員の幸福では、到底比べ物にならない」


 ハザクラがシスター達の側を通り過ぎる直前、シスターは跳ね上がる心臓を抑えつけ、必死に堪えていた最悪の賭けに出た。


「――――っ!!!」


 シスターは混乱魔法で歪む視界の中ラデックを一息に背負い、斜面を倒れ込むように駆け下りる。それをハザクラが追いかけようとする前に、大声で空へと叫んだ。


「ゾウラさんっ!!! ハザクラさんを止めて!!!」

「はいっ!」


 突如ハザクラの目の前に水の刃が出現し、彼の頭部を切り落とさんと回転した。ハザクラは難なくこれを避けるが、避けた直後に水の刃は忽ち人の姿へと形を変えてゾウラが現れた。ゾウラは片手に構えていたクロスボウをハザクラへと振り下ろし、それにハザクラが短剣を押し当てて応戦し鍔迫り合いになる。


「遅れてごめんなさい! でも、話は殆ど聞いていましたよ!」

『ゾウラ……邪魔をするな!』

「おっと!」


 ハザクラが蹴り上げと共に爆発魔法を打ち出し、ゾウラのいた足場諸共彼を吹き飛ばす。しかしゾウラは涼しい顔で跳躍してこれを躱し、フックのように湾曲したショテルを斜面に引っ掛けて姿勢を持ち直す。


「うふふ、やりますねえハザクラさん。エドガアさんより強いかも!」


 ハザクラは続けてゾウラに爆発魔法を展開すると、それを目眩しにゾウラへと接近する。ゾウラは楽しそうにニコリと笑うと、自分も地面を蹴ってハザクラに突進した。ハザクラの蹴りを、ゾウラが手の甲で殴りつけて軌道を逸らす。ゾウラの風魔法による衝撃波を、ハザクラが反魔法で打ち消す。一歩間違えれば大怪我をするような渾身の一撃の応酬。ハザクラは視界の端で遠ざかっていくシスター達を睨みながら、苛立ってゾウラに詰め寄る。


『これは遊びじゃないんだぞ……!! 止まれ………ゾウラ!!』

「ごめんなさい! カガチに、ハザクラさんの命令には答えるなって言われてるんです!」


 死の淵を渡り歩くような激戦の中でも、ゾウラは朗らかに笑いクロスボウの引き金を引く。ハザクラは飛んでくる矢を避けながら前進し、ゾウラの脇をすり抜けてシスター達の方へと接近する。


 漸く姿勢を持ち直したファジットが今にも飛び立とうと羽を広げ、シスターはラデックを抱えたままその背にしがみついた。


「ファジットさんごめんなさい! 乗れますか!?」

「ぐぁお!!」

「させるか……!」


 ハザクラが手を伸ばすと、その腕の周りに小さな光の球が出現する。光の球は勢いよく腕の周りを回転しながら一斉にファジット目掛けて射出された。しかし、そこへゾウラが割り込むように飛び込んで、防壁魔法を展開し光の球を全て弾き返した。


「ゾウラさん――――!!」


 シスターの叫びに、ゾウラはあどけない笑顔で敬礼を返す。


「シスターさん、また後で!」


 ファジットは2人を乗せたまま数回羽ばたいて地面からほんの少しだけ浮くと、翼を大きく広げて暗闇へと滑空し姿を消した。その後ろ姿を、ゾウラが大きく手を振って見送る。


「おお〜。あっという間に見えなくなりましたね! 私も乗せてもらえますかね? 楽しそう!」

「ゾウラ」

「はい? ああ、続きですね!」


 ハザクラの呼びかけに、ゾウラはショテルとクロスボウを両手に構えて戦闘態勢をとる。ハザクラは冷たく彼を睨みつけ、ぎりぎりと歯を擦り合わせる。


「俺にはバルコス艦隊の掌握という目的がある。お前の目的は何だ? 何故俺の邪魔をする」

「さっきシスターさんに頼まれましたので」

『ならば俺もお前に頼もう。俺の邪魔をするな』

「ごめんなさい! カガチに返事しちゃダメって言われているんです!」

「ゾウラ個人の意見を言え。話は聞いていたんだろう? お前は、ファジットの望みとバルコス艦隊国民全員の幸福。どちらを取るんだ」

「どっちも!」


 ハザクラがより一層眉間に皺を寄せて声を荒らげる。


「どちらかと聞いているんだ……!!」

「う〜ん。それって、本当に二者択一なんですかね? そうでないなら両方やりましょう!」

「そんなに簡単な問題ではない!!」

「じゃあ使奴の皆さんに頼みましょう!」

「そうやって、困ったらすぐ使奴に頼る気か? 使奴は都合のいい奴隷じゃあない!」

「はい! 大切な仲間です! 大切な仲間なので、困ったら助けてもらいましょう!」

「分かり合えないようだな……なら、結末は一つだ……!」

「ハザクラさん、何か焦っていますか? 矛盾するなんて、ハザクラさんらしくないですよ」


 ハザクラは短剣を構え直し、自己暗示を重ねがけして目を見開く。


『そこを退け!!!』

「初めての手合わせ……楽しみです!」


〜バルコス艦隊 竜宮山(りゅうぐうやま)上空〜


 ラデックとシスターを乗せたファジットは、バルコス艦隊の繁華街を目指していた。既に暗雲の下からは抜け出し、不気味なほどに美しく輝く月と星々が3人を照らしている。


「すまないファジット君。重くはないか?」

「ぐぁお!」

「それは否定と肯定どっちなんだ?」

「ぐぁあお!」

「……都合良く解釈させてもらうか」


 ラデックがふと隣を見ると、シスターが青い顔で胸を押さえていた。その酷く辛そうな表情を見て、ラデックは彼の肩を摩り支える。


「シスター、こういう高いところでは下は見ない方がいい。できれば目を瞑った方がいい。俺の体調も大分回復したし、最悪シスターを抱えての着地も充分――――」

「違うんです」


 シスターの静かだが力強い否定に、ラデックは少し驚いて言葉を止める。


「違うんです……ラデックさん……」

「……腹でも痛いのか?」

「私も、私もハザクラさん側なんです……!」

「……シスター?」


 シスターはますます辛そうに顔を歪め、ファジットの背に額を押しつける。


「ごめんなさいファジットさん……! 私は、貴方の意思を蔑ろにしてしまうかもしれない……!!」


 ファジットは何も言わない。当然動揺はしたが、背中から伝わってくるシスターの覚悟の前では、狼狽は失礼に値すると判断した。シスターもそれに気付いたようで、ファジットの思慮深さと優しさに改めて謝罪を口にした。


「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……!」


 涙ながらに訴えるシスターの背をラデックが優しく摩り続ける。


「……どういうことだ? シスター」


 ラデックは咎めたい気持ちをグッと堪え、飽くまでも純粋な疑問として問いかける。


「ハザクラさんの言うことは尤もなんです……。私だって、彼の立場ならそれが最善と考える……」

「10年間孤独と絶望に耐え忍んできたファジットの願いを犠牲にすることがか?」

「……そうです」

「シスターが言ったんじゃないか。これは彼に対する冒涜だと」

「ファジットさんを冒涜することになっても、彼の策には価値があるんです」

「俺はそうは思わない。バルコス艦隊の支配であれば幾らでも他に方法がある筈だ」

「既に、そこから違うんです」

「……? これもシスターが言ったんじゃないか。ハザクラの目的はバルコス艦隊の支配だと」

「それは今回の一件に限った話。私は、これは世界征服の腕試しだと言ったんです」

「……今行われていることに変わりはないだろう」

「いいえ。全く違います」


 シスターは涙を拭いてから呼吸を整え、真剣な表情でラデックの目を見る。


「ラデックさん。貴方は、世界平和が実現可能だとは思いますか?」

「え、いや、まあ。うん。出来るんじゃないのか? いや、漠然とした根拠しかないんだが、まあ不可能ではないとは思う」

「私は、ほぼ不可能だと思っています」

「何故だ?」

「この世に、宗教があるからです」

「……信仰は自由だ。それぞれ好きな神を信じたらいい」

「そんな回答が出来るのは、ラデックさんが敬虔な信徒ではないからです。グリディアン神殿や笑顔による文明保安教会がそうですが……信じる神様を否定されることが、最愛の恋人を嘲笑されること以上に憤慨する方は少なくないんですよ」

「だからと言って……第一、宗教が世界平和を害するなら何故貴方は修道女(シスター)の真似事なんかしているんだ」

「宗教は別に悪いものではありません。信仰は不条理から人を救い、律し、正すことができます。ただ、世界平和を実現させる上では相性が悪い……というだけです」

「だからファジット君を……竜を、否定するのか?」

「そうです。バルコス艦隊の竜信仰“竜然教”は、そこまで国民の心に根付いているわけではありません。竜の存在を否定されたところで、強いダメージを負う人は極僅かでしょう。そして加え、ハザクラさんは最初にこの“滅ぼしやすい宗教”を制しておくことで、今後征服するであろう国に例外を認めない姿勢を誇示するつもりです」

「……全く理解出来ないし賛同できないが、シスターはこの案に賛成なのか?」

「…………はい。もし本気で世界平和を目指したいのであれば、これが最短最善だと思います。でも、だから、私は、本気で……本気で世界平和を目指していないから、ファジットさんを助けたんです……!!」


 シスターの目から、堪えていた涙が一雫流れ落ちる。これは悲しさでも悔しさでもなく、自分に対する情けなさから来るものであった。


「私は、目の前で困っている人を助けることは出来ます……。でも、遠いどこかの誰かは、助けられない……! だって、その人は私に感謝をしないじゃないですか……!! その人の感謝は、私に伝わらないじゃないですか……!! 私は、顔の見えない誰かの為には頑張れない……!! 私は自分勝手で厚かましい、救いようのない人間なんです……!!! ああ、ゾウラさんごめんなさい……!! こんな醜い私のために、とんでもないことを頼んでしまった!! ハザクラさんごめんなさい!! 私のつまらない我儘で、正義の足を引っ張ってしまった――――!!!」


 シスターの両目から大粒の涙が流れ落ちる。月夜に照らされ泣きじゃくる彼を、ラデックは決して慰めることは出来なかった。


 ラデックは、ここまで本気で善悪を考えたことがなかった。ここまで本気で平和を考えたことがなかった。ここまで本気で誰かを思い量ったことなどなかった。もし、自分がシスターと同じように思慮を巡らせたとして、同じ選択をしたところで、今のシスターと同じように胸を痛めて涙を流しただろうか? 今ラデックの中にあるのは、悲痛に涙するシスターを慰める言葉ではなく、愚かで浅はかな自分を慰める言い訳と僅かな自己嫌悪だけであった。


 ラデックはゆっくりと視線を風景に滑らせ、遠くに輝くバルコス艦隊の街明かりを見つめる。何か言葉を吐き出そうと口を開いたが、どんなに考えても声が出ることはなかった。今は何を言葉にしても、そのどれもがいい加減で愚かな戯言になってしまう気がした。

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