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シドの国  作者: ×90
バルコス艦隊
110/283

109話 筋書きはいつも強者が描く

シドの国一言メモ:人道主義自己防衛軍は建国当時、使奴のベルと使奴研究員のフラム・バルキュリアスの2名のみで、国民の殆どがベルとフラムの遺伝子を受け継いでいる。そのため、家名や姓を名乗る必要がある場合はバルキュリアスの姓を名乗ることになっている。

〜バルコス艦隊 羊雲牧場〜


「風が気持ちいい〜!!」


 雲一つない青空の下。草原の中に設けられた細いサイクリングロード。そこを、爽やかな笑顔で二人乗り用のレンタル自転車を漕いで行くラルバ。その真後ろ、長く伸びた車体のもう一つのサドルに腰掛けるハピネスは、全く漕ぐ素振りを見せずにソフトクリームを舐めている。


「ちょっと、ハピネスも漕いでよ! 二人乗りの意味ないじゃん!」

「……? 私が使奴に筋力を提供することに何の意味が?」

「雰囲気! そんなこと言うなら、そもそも移動するのにこんなヘンテコ自転車なんか借りずにガソリン車借りるわ! 折角のレジャーを楽しめ!!」

「ソフトクリームで充分楽しんでるよ……。あむ」

「一口ちょーだい。あーん」


 自転車の前側を漕いでいたラルバが、首を180度回転させて後ろを向く。ハピネスはギョッとした顔で固まり、恐る恐るソフトクリームを前に差し出す。


「あむっ。んー! うまい!!」


 ラルバが首を戻して前を向く。


「チーズケーキカスタードのバニラミックス! 舌触り滑らかでおいしぃ〜」

「…………ラルバ。君、関節どうなってるんだい?」

「ん? あれ、ハピネス知らなかったの? 使奴って普通の人間よりも可動域めちゃめちゃ広いんだよ?」


 そう言ってラルバが首を再び真後ろに向ける。その状態で両手を背中に回し、頭を持って顔を梟のように上下逆様に捻じ曲げた。


「気持ち悪い。普通にしててくれ」

「自分から聞いた癖に……」


 ラルバは不満そうに首を戻して前を向く。


「使奴にも臓器とか骨はあるけど、所詮人間を真似ただけの飾りだからねー。胃袋や腸は食べ物を吸収しないし、声帯がなくても声は出せるし、関節外れても自在に動けるよ。キザンが細切れにされても思考は出来るって言ってたし、無くなって困るのは目と耳くらいかなー」

「目と耳は無くなると機能しないのか……」

「不思議だよねぇ。性奴隷的に視聴覚を封じられないと不便なのかな?」

「成る程……」


 ハピネスはソフトクリームのコーンを齧りながら、ぼんやりと空を見上げた。


「平和だなぁ……。今頃ラデック君は半べそかきながら床でも磨いてるのかなぁ」

「ん? いや、意外と元気そうだったよ?」

「……会いに行ったのかい?」

「毎日どっかしらで忍び込んでる」

「……楽しそうで何より」




〜バルコス艦隊 中央陸軍射撃訓練場〜


 バルコス艦隊陸軍潜入 14日目、午後。


「放て!!!」


 上官の合図で、軍人達は構えていた銃の引き金を引く。その中に混じっていたハザクラも同じように銃を構え、発砲の直前ぼそりと呟く。


『左第8肋骨を撃つ』


 異能による自己暗示がかかったハザクラの放った弾丸は真っ直ぐ飛んでいき、100m先の人型の的の腹部。ハザクラの狙った部分から数cm離れた左第9肋骨へと命中した。


「……外れた? いや、銃の性能の問題か。こういう命令の拒否の仕方もあるんだな……」


 ハザクラが顔を上げると同時に、後頭部に強い衝撃が走った。


「――――っ!!」

「この愚図が!!! そんな腕でよく総指揮官を名乗れたな!!!」


 上官は手に持っていたライフルで、再びハザクラの頭を強打する。そのままハザクラに唾を吐いて蹴飛ばすと、今度は別の場所で銃を構えていたゾウラの方へと早足で近づく。


「貴様もだクソガキが!!!」


 今度はライフルを大きく振りかぶり、振り向きかけたゾウラの顔面を思い切り殴りつけた。怯んだゾウラが咄嗟に顔を押さえると、その隙間から大量の血がぼたぼたと滴り落ちた。


「どいつもこいつも、人道主義自己防衛軍の人間は貧弱過ぎる!!! 何が世界一の軍事大国だ!!! 数ばかりで能のない量産型の俗物共め!!!」


 上官は蹲るゾウラの襟を引っ張って無理やり起こし、地面に叩きつけて伏せの姿勢を取らせる。


「いつまでも痛がっているな泣き虫が!!! ノルマをこなすまで飯どころか便所にも行かせんからな!!!」


 上官は早々にその場を去ったが、何度も交代で別の軍人が2人を見張り罵倒し殴りつけ、日付が変わるまで射撃訓練が終わることはなかった。




〜バルコス艦隊 中央陸軍食堂〜


 バルコス艦隊陸軍潜入 16日目、正午。


「……少なくないか?」


 ラデックが受け取った給食を眺めて僅かに眉を顰める。渡されたお盆に配膳されていたのは、一口で食べきれそうな焼いた鰯が1尾。切り落とされたきゅうりのヘタが2つ、なんの味付けもされていないパンの小さな切れ端に、乾涸びたミミズが2匹。豚の餌にも満たない残飯に文句を溢すと、配膳係がムッとした顔でラデックを睨みつける。


「いや、何でもない」


 ラデックは逃げるようにその場を離れ、空いている席を探して腰を下ろした。


「さて……頂きます」


 ただでさえ小さいパンを更に半分に割いて、そこに鰯とミミズを挟んで一口で平らげる。


「むぐ……うん。初めて食べたけど、ミミズ不味いな。食べられなくはないが……せめてマヨネーズでもあればなぁ」


 口直しに乾いたきゅうりのヘタを食べていると、周囲の軍人達がクスクスと笑いながらこちらを見ていることに気付いた。


「うわ、本当にミミズ食べたぜ……」

「マジ? 次はゴキブリでも出してみる?」

「いやゴキブリは流石に食わないっしょー」


 ラデックは水を口に含みながら顔を背け、空になった皿を見つめて呟いた。


「……ミミズは食文化じゃなかったのか」




〜バルコス艦隊 中央陸軍宿舎屋上〜


 バルコス艦隊陸軍潜入 20日目、深夜。


「限っ界っだ!!」


 シスター、ゾウラ、ハザクラの3人の前で、ラデックが大の字になってその場に倒れ込む。


「何事も挑戦と思い引き受けては見たが……幾ら演技とは言え、謂れのない非難を受け続けるのはしんどい!! 俺はここで降りる!!」


 ハザクラは出入り口の扉に寄りかかったまま溜息を吐く。


「そう言わずに、後少しだけ頑張ってくれ。もうあと10日……いや、8日でいい」

「無理だ!! 今すぐ帰る!!」

「そう言わずに、手伝ってくれ」

「嫌だ!!」

『そう言わずに、手伝ってくれ』

「今異能使ったか?」


 子供のように駄々をこねて床を転げ回るラデックを見て、ハザクラは再び溜息を吐く。


「はぁ……。全く、少しはゾウラを見習え」

「ゾウラを引き合いに出すのはズルい。あの仕打ちの中笑っていられるなんて、最早病気の域だぞ」


 それを聞いてゾウラが首を傾げる。


「私、病気なんですか?」

「え、あ、いや、すまない。言葉の綾だ」

「ああよかった! 私、大きな病気になったことがないのが取り柄なんですよ!」

「もっと誇れる取り柄が山ほどあるだろうに……」

「そうなんですか? そうなら嬉しいです!」


 幸せそうにニコニコと笑いながら揺れるゾウラに、ラデックはどこか罪悪感に似たものを感じて怪訝な顔をする。そしてその不愉快な感情が心の底からだんだんと膨れ上がっていくと、気を紛らわそうとハザクラに視線を戻した。


「そうだハザクラ! お前、潜入直後に“逃げてもいい”って言ってただろう! なら俺が今ここで抜けても文句を言う権利はない!」

「言ってない」

「言った!」

「言ってない」

「言った!!」

「言ってない」

「言った!!! シスター!! 記憶の判定頼む!!」


 ラデックがシスターの方を睨むと、シスターは黙って首を左右に振った。


「嫌です……」

「俺達のじゃなくていい!! シスター自身の記憶で構わないから!!」

「遠慮します……」

「何でだ!?」

「見苦しいので……」

「ぐぐぐぐぐぐ…………!!!」


 ラデックが頭を抱えて悶えていると、ハザクラが少し不思議そうに尋ねる。


「しかし律儀だなラデック。俺の言うことなんか無視して勝手に逃げればいいものを。いや、正しいことではあるんだが、お前はあまり正しくない方の人間だと思っていた」

「何故急に悪口を? 嫌がらせか?」

「そうではないが……。まあどこかで首輪が繋がっているなら構わない。あと8日間、よろしく頼むぞ」

「うううううううっ……!!!」




〜バルコス艦隊 高級ホテル“絢爛龍堂“ 805号室〜


「ああ、大丈夫だろうか……。今からでも潜入に……いや、ラルバが怒るか……」


 部屋の中を彷徨きながらぶつぶつと独り言つナハル。部屋の隅に座っていたカガチは、そんな情けない姿を見せつけられて痺れを切らし怒鳴りつける。


「ええい鬱陶しい!! 少しは静かに出来んのかこの色情魔!!」

「なっ――――誰が色情魔だ!!」

「貴様だこの贅肉大魔神めが!! そんなに人肌恋しければ娼館にでも行って男でも買ってこい!!」


 カガチが懐から札束を取り出して投げつけると、ナハルはそれを叩き落として睨み返す。


「誰が買うか!!」

「じゃあ黙って座っていろ!!」

「うっ――――」


 カガチに怒鳴り返されると、ナハルは押し黙って顔を背ける。


「毎日毎日ぶつぶつぶつぶつ……! 私の聞こえない所でやれ見苦しい!!」

「だ、だって……」

「だってもでももないっ!!」

「心配だろう!!」

「お前のは心配じゃなくて性欲だろうが!!」

「ちっ違う!!」

「違くない!!!」


 2人が言い合いをしていると、部屋の布団がもぞもぞと蠢きバリアが隙間から顔を覗かせた。


「うるさいよ……」

「む」

「す、すまないバリア……」


 バリアはのっそりと起き上がり、不機嫌そうな寝ぼけ眼でナハルを睨む。


「ナハルが悪い……。全面的にカガチに賛成……」

「ううっ……」

「心配する必要はどこにもないし……、別にナハルが何したってラルバも文句言わない」

「わ、分からないだろう……」

「じゃあ行けばいい。私からラルバには言っておく」

「で、でも……」

「ナハル」


 バリアが少しだけ低い声で名前を呼ぶと、ナハルはビクッとして思わず背筋を伸ばす。


「ハザクラを育てたのは私。ハザクラへの不信は私への不信って意味になる。私、信用ならない?」


 バリアの薄暗く粘ついた視線に当てられ、ナハルは狼狽して肩を落とす。


「い、いや……文句はないが……その……。や、やっぱり……理屈じゃあないから……」


 それでもナハルが矛盾した言い訳を零すと、バリアは緩慢な動きで布団へと戻っていく。


「ふーん……ま、その辺はベルとシスターの人望に感謝だね」

「へ? ど、どういう意味だ?」

「4日前の新聞、読んでないの?」

「え、あ、よ、読んでない……」

「ん」


 バリアが自分の魔袋に手を突っ込み、新聞を持ってナハルに差し出す。


「ありがとう……。えっと………………えぇ!?」


 ナハルが目を見開いて驚愕する。視線の先に書かれていたのは、ごくごく小さな見出しの記事。


 “人道主義自己防衛軍観測記録。軍団”ヒダネ“所属と見られる人物の単独遠征を確認。階級は指揮官補佐と思われる。“














〜バルコス艦隊 中央陸軍特別演習場〜


 バルコス艦隊陸軍潜入28日目、午後。


 バルコス艦隊中央陸軍の全員が出席を強制される特別な日。この日に限っては、意識不明の重体でない限り点滴とベッドを引き摺ってでも参加することが求められる。基地の中央部に造られた、コロシアムのような摺鉢型の演習場。階段状の観覧席に軍人達が犇めき合い、半年に一度の“処刑”が行われるのを待っている。


 評価式特別公開実技演習。通称“スクラップ“。


 実力社会のバルコス艦隊軍では、全ての行動が絶え間なく監視されており数値化される。それは決して減点を直向きな努力や生真面目な人間性などで取り戻せる道徳的なものではなく、どんな振る舞いをしていようとも結果的に軍隊の役に立つか立たないか、厳密に言うならば戦って生き残れるかどうかで判断される。そして、その最下位から数名。バルコス艦隊軍にとって不必要な出来損ないと判断された人物を、トップレベルの戦闘力を持つ優秀な軍人がマンツーマンで指導する――――という名目の下、全軍人の前で痛ぶり辱め貶める事実上の公開処刑。それがこの“評価式特別公開実技演習スクラップである。


 今回選ばれたのは、4週間前に人道主義自己防衛軍から編入してきた新人。


 軍団ヒダネ総指揮官。ハザクラ・バルキュリアス。

 軍団ヒダネ大佐。ゾウラ・バルキュリアス。

 軍団ヒダネ兵長。ラデック・バルキュリアス。

 軍団ヒダネ一等兵。シスター・バルキュリアス。


 の4名。


 優秀な者は、自分達の貴重な時間を奪った足手纏いの地獄を冷たく見下ろし。平凡な者は、対岸の火事を今か今かと待ち侘びて涎を垂らし。弱き者は、次は自分かもしれないと心のどこかでは思いつつも暫定的な安全圏に悠長に胡座をかいて薄ら笑いを浮かべる。


 中央部に設けられたテニスコート程の広さの台の中央に、ミシュラ教官がゆっくりと歩いて行く。そして、手に持っていた長槍の石突を勢い良く地面に打ち付ける。その音は猛獣の咆哮のように響き渡り、静まり返った演習場に残響が厳かに漂う。


「これより、評価式特別公開実技演習を始める。ハザクラ・バルキュリアス!!! 前へ!!!」



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