105話 大団円
〜ピガット遺跡 ピガット・ウロボトリア遺跡 大聖堂〜
嘗ては大勢の信者が神に祈りを捧げるために設けられた広々とした大聖堂。しかし今となっては、土魔法によって作られた椅子と豪勢な料理が乗せられたテーブルが無造作に置かれ、和気藹々とした下品な宴会場と化している。
「はいはい“キビレマンボウの醤油ステーキ”と“マメイルカのユッケ丼”出来たよー!」
そこへヴァルガンが笑顔で料理を運んできて、ハピネスとシスターとナハルのいるテーブルへと乗せる。
「あれ? ラデックは?」
ヴァルガンの返事に答える前にハピネスは料理を受け取り、ユッケ丼を目一杯頬張ってから呟く。
「むぐむぐ……。ラデック君ならラルバを追いかけて出て行ったよ」
「あらぁ。嫌われちゃったかな」
「そりゃあ殺そうとしたんだから。当然だろう」
「駄目かあ」
ヴァルガンが大きく溜息を吐きながらシスターの隣に腰掛けると、シスターは露骨に椅子をずらして距離を取る。
「そんな露骨に嫌そうな顔されると傷つくなぁ」
「……実際に人を傷つけておいて、よく言いますよ」
「君が今こうして安全に暮らしていられるのも私のお陰なんだよ? ちょっとぐらい敬ってくれてもいいんじゃないかなぁ」
「グリディアン神殿の惨状を見ても同じことが言えますか」
「……あれでもだいぶマシになった方だよ」
そこへ、ヴァルガンからシスターを引き離すようにナハルが間に割って入り、無言のままヴァルガンを睨んで威圧する。
「やあ。君は……いいや、やめておこう」
ヴァルガンは席を立って3人から少し離れる。
「そんなことより! 今は楽しく飲んで食べてってよ! 今回はもうこれ以上辛気臭い話をするつもりはないし、君達の長旅を労りたいのは事実だ」
そう言ってヴァルガンは再び料理を作りに部屋を出て行った。その背中を見送りながら、シスターは少し寂しそうに呟く。
「柄にもなく当たってしまいました……。反省しなければなりませんね」
「当然の行動です。シスターが言わなければ私が言っていました」
シスターを慰めるナハルに、ハピネスは料理を頬張りながら嘲るように笑みを溢す。
「真面目だねぇシスター君は」
「彼女が数多くの人を救い、我々人間のために尽力してきたのは事実ですから。敬って当然です」
「当然のことを当然のようにやる人間なんて少数だよ」
「それが分かってるなら少しは目指して下さい」
「無理無理、労力に見合わないことはやらない主義なんだよ」
「とてもそうは見えませんが」
「…………これは失礼、訂正しよう。必要のないことはやらない主義だ」
「カガチさんお久っスー」
「消えろ」
「えー。なんで」
「消えろ。消すぞ」
ハピネス達とは少し離れたテーブルには、ハザクラ、ジャハル、ゾウラ、カガチが席についており、そこへトールを連れたキザンがジュース片手に混ざりに来た所であった。
「なんかカガチさん丸くなりましたねー。昔は触れる物皆八つ裂きにするみたいな感じだったのに」
「黙れ、消えろ」
「手より先に口が出るのもぅゔぉエアッ」
カガチがキザンの口の中に手を突っ込んで黙らせる。
「黙れ」
「ういおおおきううけあいいあいおおかあいあいうえうきっふお」
「カガチ。やめてあげて下さい」
ゾウラに笑顔で指示されると、カガチは酷く不満そうな顔をして手を引っ込める。そんな2人のやり取りを見ていたジャハルが、キザンに尋ねる。
「2人は知り合いなのか?」
「知り合いも何も、つい数十年前までカガチさんはここの住人だったんスよ」
「ええっ!?」
ジャハルとハザクラが驚いてカガチを見ると、カガチは今にも襲いかかって来そうな気迫を纏いながらこちらを睨んでいた。その隣では、手綱を握るようにゾウラがカガチの手を握っており、興味深そうにカガチを見上げている。
「そうなんですか? カガチ」
「……嘘ではありません。しかしこれを何かの共通点にしようとするのは、同じ星の上に生きているということぐらい無意味なことです」
「そんなこと無いっスよ」
カガチの言葉に、キザンが顔の前で手を振って否定する。
「だって、【魔王の国】の魔王って――――」
キザンが言い終わる前にカガチがキザンの頭部を手刀で両断した。しかし、鼻より上を吹き飛ばされても尚キザンは何事もなかったかのように言葉を続ける。
「カガチさんのことですもん」
この言葉に、ジャハルとハザクラは驚きのあまり言葉を失う。遠くの方でハピネスが盛大に噴き出す音が聞こえ、ゾウラは楽しそうに目を輝かせてキザンに近寄る。
「私、話の続き聞きたいです!」
「いいっスよ。ね? カガチさん」
「…………………………………………拒否はしない」
「じゃあ話します。カガチさんの髪って、今はなんか面白ヘンテコヘッドしてますけど、昔はボッサボサのジャングルヘアだったんすよ。そんでもって今よりもっと敵意殺意マシマシで、もう見るからに魔王って感じ? まあこの人隠遁派だったんで自分から誰かに会いに行くとはしなかったんスけど、マジで他人が嫌い過ぎて井戸小屋レベルに小さい遺跡でじっとしてたんすよ。でもって石像みたいに動かなくて朝も夜も同じ所にいるから、旅人とか放浪者と遭遇しちゃうんスよ。それをこの人怖い顔して追っ払うもんだから村で噂されちゃって、「あの遺跡には魔王がいるーっ!」って。それがクソ面白かったんで、ウチが幻覚魔法でカガチさんに変装して遊んでたのが魔王の国たる由縁っス」
「消えろ」
「嫌っス。因みに変装に飽きた後ウチが名乗ってた“紅蓮の青鬼”ってのは、昔のヴァルガンさんの渾名っす。青鬼ってのはウチのことね。“紅蓮の青鬼”ヴァルガン&キザンと、“漆黒の白騎士”イチルギ。カッコいいっしょ」
自慢げに胸を張るキザンに、ジャハルが嫌そうに尋ねる。
「……もしかして。そのダサい渾名を考えたのは」
「勿論ウチっス。ヴァルガンさんと世界復興旅行してる最中にあっちゃこっちゃで言い回ってました」
「イチルギが聞いたら怒るぞ……」
「だと思います。内緒にしといてください」
「約束はできん……」
「あとダサくないっス」
「いやダサいとは思う……」
「えー……」
そうしてキザンが話し終えると、ゾウラは感心するようにカガチを見上げる。
「そう言えばカガチ。私と初めて会った時は、髪のお手入れされていませんでしたね」
「……不要ですから」
「駄目ですよカガチ、折角こんな可愛い顔してるんですから。お洒落には気を遣わないと」
ゾウラが椅子に座っているカガチの髪に手を伸ばし、鼻歌混じりに髪を編み込み始める。カガチはどこかバツが悪そうに目を逸らし、時折ジャハルやハザクラを睨みつける。
「……おいジャハル。何が面白い」
「い、いや、面白くはない……」
「次その眼差しを向けたら全身の皮膚を剥いでやる」
「いけませんよカガチ」
「………………」
「カガチ」
「……はい」
ゾウラに髪をいじられながら注意されると、カガチはこの上なく嫌そうな顔をしながらジャハルを睨み付けた。
すると、そこへ別の席からメギドとハイアが近づいて来た。それを見て、キザンはメギドの方を指差す。
「あ、かませ犬先輩だ。チッス」
「メギドちゃんに指を指さないでください」
「あーハイアさん駄目。それは良くなあばばばばばば」
ハイアの夢の異能を受けたキザンは、目玉をぐるぐると回しながらその場で痙攣し始める。ハイアはキザンを勢いよく床へ張り倒すと、ジャハルの方に向き直る。
「さて、ジャハルちゃん。ハザクラちゃん。ヴァルガンちゃんから一通り説明はあったわけですけど、他に質問があれば答えてあげますよ。ゾウラちゃんも何かあればどうぞ」
「はい! なんでお二人は肌が黒いんですか?」
「いきなりセンシティブな部分来ますねゾウラちゃん。時代が時代なら引っ叩かれてますよ」
「ごめんなさい!」
「ま、聞かれたからには答えてあげますけど」
ジャハルが質問する間も無くゾウラの質問攻めに応対したハイアに代わり、メギドがジャハルとハザクラの方へ近寄る。
「おう、ハザクラっつったか? 怪我の方はどうだ」
「お陰様でどこにも不調はない。貴方が治してくれたらしいな。どうもありがとう」
「礼はいらない。謙遜じゃないぞ。私はジャハルとハピネスをボロ雑巾まで追い込んだ張本人だからな」
「聞いた上での返答だ」
「へぇ……」
メギドが物珍しそうにハザクラの顔を覗き込むと、それを遮るようにジャハルがメギドの前にはだかる。
「メギド! 約束だ、お前達の目的を聞かせてもらおう!」
「目的って……ヴァルガンが言った通りだよ。ベルの売り言葉を買っただけだ」
「……貴方は粗暴で喧嘩っ早いように見えて、その実几帳面で誠実だ。ベル様にも似たような部分はあるが、貴方の場合は疑り深さと配慮によるものに見える」
「それ、私は何て返事すりゃいいんだ?」
「本当のことを言って欲しい。ただベル様に売られた喧嘩を買ったわけじゃないんだろう」
「だから、それ。私は何て返事すりゃいいんだよ」
「何てって……」
困惑するジャハルの肩にハザクラが手を置く。
「代わる」
「ハザクラ……?」
ハザクラがジャハルの肩を引いて前に出ると、メギドは少し嬉しそうに目を細める。
「……アンタ。灰亜種を知ってるのかい?」
「灰亜種? 貴方のような黒い肌の使奴の名称か? いいや、今初めて聞いた」
「ほう……。なのに、私の黒い肌を見ても何も思わないんだな」
「当然不自然だとは感じる。だが、それ故に数々の困難があったことも容易に推測できる。とても初対面で聞けるような事情じゃない」
「ふぅん……そりゃお気遣い頂きどうも」
「そんなことよりも、聞きたいことは山ほどあるが……先に感謝を」
「ほう?」
「ジャハルの訓練相手になってくれただろう。その感謝だ」
「……ほう」
メギドが何かを窺うように口元を押さえると、ジャハルは目を見開いてハザクラを見つめる。ハザクラはジャハルの方に一度だけ目を向けると、再びメギドに向かって話し始める。
「ヴァルガンから聞いた話では、貴方はベルと対立しているように聞こえたが……。今思えば、ヴァルガンの正義を支持していた貴方が私情でベルの部下を襲うとは考え難い。貴方はきっと、ジャハルを心配してくれたんだろう」
「私が? 心配を?」
「人道主義自己防衛軍の訓練の中に、“堕落”という科目がある。ベルは人一倍責任感が強く、その遺伝子を受け継ぎ正義の下に鍛え上げられた人道主義自己防衛軍人は、自己犠牲の観念が非常に強い。その行き過ぎた利他主義を薄めるために、己を適度に堕落させ甘やかす訓練だそうだ」
「成程」
「そして……貴方はジャハルの未来を危惧した。ヴァルガンの正義に傾倒し過ぎないか。ベルの見えないところで壊れてしまわないか。だから、自ら試しにかかった」
メギドは少し考え込んだ後、大きく溜息を吐いて椅子にもたれかかる。
「いちいち言葉にするなよ小っ恥ずかしい」
「改めて感謝申し上げる」
「言うなっつーに」
「そして、ジャハルのみならず俺達のことを助けようとしてくれた」
「アンタ、少しは人の話聞けよな」
「俺達は今や、ラルバという快楽殺人鬼の協力者だ。近い将来、世間から爪弾きにされることは目に見えている。それを、ラルバと共に成敗することで俺達の世間体を少しでも良くしようとしてくれた」
メギドは最早ハザクラの話を真面に聞いておらず、少し苛立ちながら貧乏揺すりをしてそっぽを向いている。
「最後のは俺の推測だが……貴方の反応を見るに正解のようだな」
「ハザクラ……アンタ、結構頑固だね」
「頑固じゃなければ世界平和なんか目指さない」
「ふーん」
「で、ここから俺の質問に答えて欲しい。色々聞きたいことはあるが……喫緊の疑問はラプーについてだ」
ラプーの名を聞いて、メギドは途端に目を細め押し黙る。
「彼が異質な存在であることは知っていたが……まさか200年前にイチルギと遭遇していたどころか、貴方達と世界復興の旅をしていたなんて夢にも思わなかった」
「………………」
「その後も数十年近く一匹狼の群れで暮らし、自らラルバの仲間に加わったのも驚くべき事実だ」
「………………」
「そして、ラデック達から聞いた話だが……、ラプーはラデックとラルバの名前を初対面で答えて見せた。2人が研究所内で勝手に決めた互いの呼び名。“ラデック係レベル1技術者管理番号19-E“と、”ラルバ被験体56番“の名前を」
「………………」
「第三使奴研究所内部の生存者状況と地図の把握。世界ギルドでは監視システムを全て潜り抜け、打合せなく侵入したラルバと合流。笑顔による文明保安教会では、ホテルから笑顔の巨塔への侵入とハピネスの異能による尾行を撒いて見せた。ヒトシズク・レストランでは旧文明の希少な言語を難なく話し、人道主義自己防衛軍では国内の誰にも見つかることなく潜伏したどころか、ハピネスの指示でベルのクロークを盗み出した。グリディアン神殿の地下施設の見取り図だって完璧に把握していた」
「………………」
「俺は、同じことが出来る人物を1人しか知らない」
「………………」
「フラム・バルキュリアス。人道主義自己防衛軍創始者にして、“全知”の異能者。ラプーは、全知の異能者なのか?」
「………………惜しい」
「惜しい?」
「ラプーが全知の異能者っつーのは当たってる……。イチルギに口止めされてたが、こればっかしは隠しきれねぇ。隠しきれねぇ……が、もっと重要なことがある」
「……聞いてもいいか?」
「無理だ。だが、遅かれ早かれ知ることにはなる。そうだな……“狼の群れ”に来い。そこに、全ての答えがある」




