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シドの国  作者: ×90
ピガット遺跡
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101話 先導の審神者のお導き

〜ピガット遺跡 ピガット・ウロボトリア遺跡下層〜


「そんな、無茶だ……!! 私の異能は自分と相手の負荷を入れ替えるんだ!! 第三者同士は出来ない――――!!!」


 瀕死のハピネスがジャハルの右手に触れ、否定を示す。


「出来ない……出来ないんだよ……!!」


 右手に気配。否定の合図。


「そんな……ああ……!!! ハピネス……!!!」


 ジャハルは両手で顔を覆って泣き崩れる。全身の裂傷も、手足と(あばら)の骨折も、使奴に追い詰められた絶望も、今ジャハルを襲っている苦しみに比べれば些細(ささい)なものであった。自分と一緒に死の底へと飛び込んでくれた恩人。その期待に応えられず、為す術なく見殺しにしてしまう恐怖。


 しかし、そんな状況中ハピネスは、悪戯(いたずら)が成功した子供のように北叟笑(ほくそえ)む。自身の両目と両耳を(えぐ)り、服毒による激痛と苦しみを抱え死の(ふち)彷徨(さまよ)いながらも、楽しそうに笑い声を上げた。


「はっはっはっは……ゲホッ!! はぁっ……はぁっ……ふふふふっ……。あーっはっはっはっは!! がはっ!! ゲホッゲホッ!! さあ総指揮官殿……!! 君も……“共に地獄の苦しみを味わってもらおうか”……!!!」


 ハピネスは、死ぬ気などさらさらなかった。ジャハルの異能の詳細を知らないわけでもなかった。彼女の度が過ぎる自傷には、2つの理由がある。ジャハルはハピネスの狙いにまだ気が付いていないが、ハピネスは必ず答えに辿り着けると信じていた。もう少し厳密に言うならば、必ず答えに辿り着けると“知っていた”。ハピネスは、ジャハル以上に“ジャハル・バルキュリアス”という人間を理解していた。ハピネスは地獄の苦しみの中、血反吐を垂れ流しながらも嘲笑った。




 ジャハル君……。君は、君が思っている程“マトモ”じゃあない。君の強さは、その(たくま)しい正義感でも、卓越した技術でも、明晰な頭脳でもない。君の強さは、その異常と言わざるを得ない“潔癖”だ。君は、困っている人を放っておけない。困っている人を見捨てることが出来ない。善き人間であらなければならないという行き過ぎた道徳思想。強迫観念。独りよがりな自分の存在を許すくらいなら、命など平気で捨てられる。地獄の底へ飛び込むことが出来る。君の行動原理はいつだって、正義感ではなく潔癖感だ。だから、君は私を助ける為ならどんな狂気にだって染まれる。今君の頭の中にあるであろう“馬鹿げた策”に身を差し出せる。それを、私は知っている。さあ、私を助けろ善人(ヒーロー)




 ジャハルが、地に手をついて(おもむろ)に立ち上がる。




 折れた骨が肉を突き刺し、血を撒き散らしながら痛みに震える。依然として顔は涙と鼻水と(よだれ)(まみ)れ、恐怖に染まりきった顔から乱れた呼吸が漏れ出している。今まで味わったことのない激痛と絶望の中歩くことなど到底出来はせず、杖代わりの大剣に体重を預け立ち上がるのがやっとであった。


 しかし、彼女は己に言い聞かせるように言葉を漏らす。彼女の頭の中にはハピネスの思った通り、手段と呼ぶにはあまりに狂気的で(おぞ)ましい戦略が、神の啓示のように浮かんでいた。


「ハ……ハピネス……。駄目だ……死んじゃ……死んじゃ駄目だ……!!!」


 死ぬつもりなんか無いよ。ジャハル君。


「何とかする……わた、私が……何とかするから……!!!」


 だって、君が私を助けてくれるだろうからね。


「だから、もう少しだけ生きててくれ……!!! ハピネス……!!!」


 君の異能は恐らく……“疫病(えきびょう)の国”の医者と同じものだ。彼女に出来て、君に出来ない訳がない。






 もうもうと立ち込める煙を見つめながら、メギドは検索魔法によって作り出した羽虫を辺りに飛ばしている。攻撃魔法を察知して妨害する高性能デコイ。ジャハルの魔法による反撃を一切許さず、煙の中からの逃亡も見逃さない。そして万全の状態で土魔法を発動し、無数の槍を生成して煙へと向ける。ベルの強化したスモークグレネードの“察知不可”という特性に触れない無差別攻撃。弾丸の装填が完了したメギドが煙を指を差し、射出の為に魔力を込める。すると、槍が打ち出される直前、煙の中から上空へ何かが飛び出した。


「なんだ?」


 僅かに波導を帯びた物体に、思わずメギドはそれを目で追った。それは、鮮血を撒き散らしながら宙を舞う“ジャハルのブーツ”だった。


 メギドは気付いた。しかし、もう遅かった。自身の首筋に迫っていた“左手”を見て、彼女は全てを理解した。


 その血塗(ちまみ)れの左手から先に“腕”と呼べる部位は存在せず、代わりに“紐状の触手のような何か”が煙の中へと伸びていた。それを最後にメギドの視界は黒に染まり、音が消えた。


「メギドちゃん!!!」

「触れたぞ……!!! やったぞ!!! やったぞハピネス!!!」

「ああ、よく頑張ったよ」


 ジャハルの編み出した狂気的で悍ましい戦略。ハピネスが自傷による脅迫をしなければ到底踏み出せなかった戦法。それは、接近を許さない使奴に対して”煙の中から手を伸ばす“というものだった。


 まずジャハルは”ミサンガ“を結び、煙に包まれたまま”トレンチコートの使奴の方向を向きたい”と願いを込めた。“願いが成就した際に必ず切れるミサンガ”は、ジャハルの身体がメギドの方を向いた時に千切れ方角を知らせる。次に、左手に”ダーツ“を(くく)り付ける。そして、“自らの腕に 螺旋状(らせんじょう)の切り込みを入れた“。これによってジャハルの左腕の射程距離は10m以上にまで延長され、遠く離れたメギドに”触れる“術を得た。細く切り刻んだ腕が千切れないよう”傷口を保護する包帯”を巻きつけ、注意を逸らすために自らの足を切断する。切断した足を天高く放り投げ、直後に“ 必ず真っ直ぐ飛ぶダーツ”を括り付けた左手をメギドのいる方角目掛け投げつける。手がメギドに触れた瞬間に“自分を経由せず、ハピネスとメギドの負荷を入れ替える”。これが、彼女が編み出した作戦の全貌(ぜんぼう)である。


「やったぞ……勝ったぞハピネス……!!!」


 ジャハルは右手から伝わってくるハピネスの健康状態が全回復したのを感じ、自分の絶命寸前の大怪我すら忘れて喜びの声を上げる。


「勝った……!! 勝ったんだ……!!! 使奴相手に!!!」


 全身から力が抜けて行き、ジャハルは安心から気を失いそうになる。――――が、違和感がその意識を引き止めた。




 右手――――




 事前に決めた、否定の合図。




「逃げろ馬鹿者!!!」


 瀕死のジャハルを覆い隠していた煙が晴れ、その姿が露わになる。そして、標的を目視で捉えたもう1人の 灰亜種(はいあしゅ)”ハイア“が、ジャハルに向かって(てのひら)(かざ)した。


「死ね」


 直後、ジャハルの視界が一変する。辺り一面に青空が広がり、足元には太陽が 燦々(さんさん)と輝いている。


「え?」


 ジャハルは”地面を見上げて“ 愕然(がくぜん)とする。ジャハルがいた場所は、ピガット・ウロボトリア遺跡の遥か上空であった。ジャハルが状況を理解するより前に重力が身体を引っ張り、血飛沫が飛行機雲のように軌跡を描いて絶命までのカウントダウンが始まる。


 しまった――――


 使奴の襲撃とは比べ物にならないほど分かりやすい結末。 脊髄(せきずい)で理解できる明白な死。全ての生命に刻み込まれた恐怖。いつもとは正反対の方向に発生した重力に、全身が毛を逆立てて警告を発する。


 まずいまずいまずいまずいまずいまずい――――


 どうする? 助かる術は? 浮遊魔法? 魔力と時間が足りない。 そもそも生き延びたとて、あの使奴にどう立ち向かう? どうすれば。私はここで死ぬのか――――?


 自問自答が走馬灯のようにジャハルの頭を駆け巡る。その問いはどれもが容易に否定できる 杜撰(ずさん)な解決策。現実を認められない子供のような稚拙(ちせつ)な言い訳作り。思考は半分以上解決を諦め、現実を認めない方向へと目を逸らしつつあった。


 しかし、ハピネスだけは諦めていなかった。と言うより、諦めるという選択肢を選べなかった。


「くっ……!! ジャハル!! 気付けジャハル!!」


 ジャハルが生き残る道。先導の審神者が導き出した答え。それは確実にジャハルを助け出す唯一の方法であり、自身の協力が必要不可欠であるとハピネスは知っていた。


「気付け!! 気付け!! 気付け!! 気付け!! 気付け!!!」


 ハピネスの叫びは聞こえずとも、ジャハルは自身の頭部をハピネスが抱えていることを察知している。しかし、ジャハルはその意図を理解しながらも踏み出せずにいた。




 駄目だハピネス。今君と私の負荷を入れ替えても、私の魔力を回復しても浮遊魔法の発動は間に合わない。第一、私の怪我をハピネスに移す訳には行かない。


「気付け気付け気付け気付け気付け気付け気付け気付け――――!!!」


 地面に衝突する瞬間に入れ替える? 駄目だ。そんなことしたらハピネスは即死を(まぬが)れない。例えイチルギ達が死体を発見したとて、幾ら使奴でも粉々になった人間の再生など出来ない。どう 足掻(あが)いても、私かハピネス。どちらかが死んでしまう。ならば、絶対に、入れ替える訳には――――


「気付けぇぇぇぇえええええええええっ!!!」













 そして、“彼女“は地面に激突し粉々に砕け散った。

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[一言] どちらでもないんだろうな
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