モリモット
「キレてる、キレてる!」(注1)
モリモットの掛け声が掛かると、サイドチェストのポーズを決めたままの松千代の木が、植木鉢ごと浮き上がって和哉とジョアンヌの周囲を回り始めた。和哉は下唇を噛み締めると、高らかに宣言する。
「こんなこともあろうかと、火炎放射器を準備して来た!」
背中に燃料タンクを背負い、両手に放射銃を構える和哉。
「汚物は消毒だー!」(注2)
和哉が引き金を引くと、その手元から炎が噴き出した。轟然たる炎は松千代の木に引火する。燃え盛りながらも二人の周囲を飛び回る松千代の木。その熱気を浴びながらも、和哉は火炎放射を止めない。
「こいつらが、燃え尽きるまで、燃やすのを、やめない!」
「うわあー!」
突如、和哉の背後で悲鳴が上がった。
「火焙りは、嫌だー!」
どうやらジョアンヌの心の傷にも火を点けたらしい。彼女は抜き身の剣を振り回して、松千代の木を壁に弾き飛ばした。強く壁に叩きつけられた松千代の木は、壁を突き破って飛んで行く。
「ジョアンヌ、こっちだ!」
和哉は開いた壁の穴から外へ飛び出した。砦の中へ続く廊下を二人は走る。途中で火炎放射器を捨てた和哉は、その手に金属バットを握っていた。ジョアンヌも平静を取り戻す。
廊下の突き当たりに扉が見えて来た。二人はそのままの勢いで扉を突き破る。
「うるあー!」
部屋の中ではモリモットが画面を見ながら、手元の操作機を動かしていたが、二人が飛び込んだことで操作機を取り落とす。
「か、和やん。生きていたでござるか?」(注3)
「死後の世界で、それは皮肉か?」
和哉は金属バットを揺らめかせつつ、モリモットに迫る。
「ま、待て。話せば分かるお」
「もう遅い。テメーは俺を怒らせた」(注4)
逃げようとするモリモットは床に転がった。小太り中年が慌てて行動すると、体が付いて来ない(注5)典型例だ。和哉は金属バットを大きく振り被ってモリモットを見下ろした。
「言い訳は後で聞いてやる」
「待て和哉、親友なのだろう?」
ジョアンヌが和哉を止める。その隙にモリモットは逃げ出そうと床を這い回った。
「和哉の手を煩わせるまでもない」
ジョアンヌの剣が一閃し、モリモットの首は床に転がる。
その頃、砦の外ではクリス率いる兵士たちが、人形たちと激戦を繰り広げていた。
「ん? 動きが止まったようだね。砦に入ろう」
「おお!」
兵士たちは人形を無視し、砦の中へ入る。和哉たちは砦を占拠した。
「和哉様、ご無事でしたか?」
クリスは真っ先に彼の姿を見つけると駆け寄って来た。いつも以上に笑顔が眩しい。
「本拠地をこちらに移しましょう」
「クリス様の仰る通りです。この先は南北に分かれています。どちらか一方を防ぎつつ、進攻するのが良いでしょう」
「今回は南のヘファイストス陣営と戦っているのだから、そのまま南へ進めばいいだろう。北に向けては防衛に徹しよう」
和哉の提案にクリスはうっとりとした視線を向けて来る。本拠地の移動には特別な行動は不要らしいのだが、今回ばかりは食堂の大テーブルが必要とのことで、それを砦に運び込んだところで日が暮れた。
「あー、死んだお」
モリモットが姿を現す。和哉は小学校以来の親友に声を掛けた。
「浩、気分はどうだ?」
「この方が和哉様のご友人ですか? ボクにも紹介して下さい」
床に寝転んだままのモリモットは、想像を超える俊敏さで立ち上がった。
「ボクっ娘、美少女、キタコレ!」
「はい?」
突然に叫ばれてもクリスは言われている内容が理解できない。
「浩、いいから、お前が受けた恩寵を教えてくれ」
「人形に命を吹き込む方法(注6)を貰ったでござるお」
モリモットの能力はヘファイストスの能力の一つに近い。
「こいつは俺の親友で、森本浩。特技は人形製作で、恩寵により人形に命を吹き込むことができる」
「あの女戦士たちは、あなたのでしたか。素晴らしい能力ですね」
クリスが微笑み掛けると、モリモットは赤面した。和哉の肩に手を置く。眼鏡が怪しく光った。
「美少女に褒められた上、微笑み掛けられるなんて、痛みに耐えて頑張った甲斐があったでござるお。感動した(注7)」
「大袈裟だ。取り敢えず席に着け」
今宵の席順は上座中央を空けて右側へモリモットとジョアンヌが並び、左側へ和哉とクリスが腰掛けた。
「それでは、主の降臨です」
クリスが宣言すると中央の空席に、あの老人が出現する。
「今宵も晩餐会を開く喜びを皆と分かち合おう」
一同は酒杯を手に立ち上がった。
「我らに勝利の栄光あれ」
唱和して、一気に酒杯を空ける。後は食事の時間だ。昨夜と同様、テーブルの上にはパンが一つあるのみ。
「父と子と聖霊の御名に於いて、皆さんを祝福します」
クリスの祈りの文句を受けて、全員が黙ってパンを食べる。
「それでは、明日も勝利を我らに」
老人とクリス、ジョアンヌが退席した。それを待っていたかのように兵士たちの期待に満ちた視線が和哉に集まる。
「浩、何が食べたい?」
「リクエストしていいのかお?」
「当たり前だ。みんなで祝杯を挙げるのだからな」
ニヤリと笑った和哉に、モリモットは串焼き(注8)をリクエストした。
声の想定
・桐下 和哉 鈴木達央さん
・聖女クリス 小林ゆうさん
・ジョアンヌ 河瀬茉希さん
・モリモット 関智一さん
・謎の老人 石田彰さん
注1 キレてる
ボディビル競技で観客から掛かる声援。「筋肉に切れがある」の意味。
他に綺麗に割れた腹筋に対して「板チョコモナカ」「腹筋6LDK」などと呼び掛けたり、「背中が鬼の顔」「仕上がってるよ」「ナイス上腕二頭筋チョモランマ」「デカ過ぎて固定資産税かかりそうだな」「お尻、ムー大陸」など独特の掛け声がある。
全体への掛け声では「マッチョのインベーダーゲーム」「筋肉の集団面接、今まで一番力を入れた部位はどこですか?」「マッチョの豊洲市場」などがある。
興味のある方は『ボディビルのかけ声辞典』を御覧頂きたい。
注2 汚物は消毒だ
『北斗の拳』で南斗の将星、聖帝の部下が行く手を掃除した時の台詞。
アニメ版では台詞が差し替えられた。
注3 生きていたでござるか?
死んだと思われた人物と再会した時に放つ感動の言葉。
迫る壁を自ら石化して止めた双子や、塔の制御室で大爆発に巻き込まれたり、自分から爆弾をかかえて船団にダイブしたり、リバイアサンが起こした渦潮による難破に巻き込まれたり、海に投げ出されても、平然と生還する人物たちを温かく迎えられる、そんな大人に私はなりたい。
なお対句に「やったか?」もある。
注4 テメーは俺を怒らせた
『ジョジョの奇妙な冒険』第三部の主人公、空条承太郎が宿敵であるDIOに勝った時の台詞。
仲間や祖父たちを傷つけられて怒り心頭だった承太郎。普段はクールな彼が発することで、より大きな怒りが伝わって来る名台詞である。
注5 体が付いて来ない
一昔前は四十代ではなく、三十代から「やる気はあるけど体がついて来ん」と言われていた。
但し、鬱病の初期症状にも近いものがあるので、無理は禁物だ。
なおこの栄養剤の宣伝は、「5時から男」や「疲れにちゃんと効く」「楽にいこうぜぇ」など、名コピーも多い。
注6 人形に命を吹き込む方法
ギリシア神話ではヘファイストスが泥から美少女像を作り、これに他の神々が様々な贈り物をして、人類最初の女性としている。
しかし、神様が美少女人形を作るとか、ヘファイストスの外見がアレな感じで「フヒヒ、サーセン」なんて言いそうな気がして来た。
注7 感動した
「痛みに耐えてよく頑張った。感動した」と貴乃花関を激賞したのは小泉純一郎総理大臣。
ただ感動された貴乃花関は膝の怪我が酷くなり、引退を余儀なくされた。
注8 串焼き
様々な具材を串刺しにして炙り焼きにする料理の総称。
通常は鶏肉が多いが、野菜や牛肉、豚肉なども利用される。それらを総称して「焼き鳥」と呼ぶ地域もある。
味付けは塩、タレが主流で辛子や柚子胡椒を塗る場合もある。