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初陣

「それは、ボクの父が見込んだ人だからね」

 和哉の背後から声を掛けて来たのは聖女クリスだった。

「クリス様、お早うございます」

 ジョアンヌは素早く立ち上がると、右手を胸に当てて挨拶する。

「ジョアンヌがジャネットに戻るかと思ったよ」

「お戯れを」

 ニコニコ微笑むクリスと、苦笑するジョアンヌ。

「ところで、何を食べているのかな?」

「こちらは、プリンという食べ物です」

 ジョアンヌが紹介したので、和哉はテーブルの上に置いたままにしていたもう一皿をクリスに渡した。

「美味しいぞ」

 和哉に皿を手渡されたクリスはしかし、匙を返して来る。怪訝な表情で匙を受け取る和哉。

「食べさせて」

「なに? ちょ、待てよ(注1)」

「あーん」

 慌てる和哉を無視して、クリスは目を閉じ、口を開ける。美少女然としたクリスに恥をかかせまいと、和哉は平静を装いつつも、震える指先で匙を握りプリンを運ぶ。

「ん、美味し」

 クリスの笑顔はとびきりだった。和哉の心はマクミランTAC50対物狙撃銃(注2)の如き威力で再び撃ち抜かれる。

「そろそろ出立しましょう。夜が明けます」

「そうだね、今回はボクも行くよ」

 クリスがプリンを食べ終えるのを見計らって、ジョアンヌが立ち上がる。クリスにプリンを食べさせていた和哉は放心状態だったが、その後頭部をジョアンヌが小突いた。

「さあ、行きますよ」

(いて)ー」

 正気に戻った和哉は、教会から出る二人を追い掛けた。

「あれが隣の砦で、守備隊はいないはずなのですが」

 兵士たちを率いて騎馬で進んで来た和哉たち一行は、砦の前に布陣する一団を見て立ち止まった。銀色に輝く鎧の一団は、全員が長い黒髪を兜の後ろから露出させている。ジョアンヌのように顔を覆う完全兜ではなく、半帽子のような簡略化された兜だ。無表情で立ち並ぶ様子は人形のようだ。

「人ではないようだな」

 和哉は百貨店(デパート)の店先に並んだ綺麗なマネキン人形を思い出していた。

「俺が様子を見て来よう」

「和哉だけでは危険です。わたくしも共に行きましょう」

 単身で行こうとした和哉をジョアンヌが引き留める。

「クリス様は、こちらでお待ち下さい」

「ええ、危ないようでしたら、すぐに助けに向かいますよ」

 クリスと兵士たちを置いて、ジョアンヌと共に和哉は馬を駆けさせた。近づいても銀色の鎧の一団はピクリとも動かない。

「悪趣味な人形だな」

 アニメキャラのような人形を見て、和哉は思わず呟いた。

「悪趣味とは、失礼でござるお」

 頭の上から声が降って来る。砦の壁を見上げるとそこには小太りの中年男性が一人いた。眼鏡を掛けたその男性に、和哉は驚く。

「あいつは……」

「知っているのか、和哉?」(注3)

「俺の記憶が確かならば(注4)、あいつはモリモット」

 モリモットと呼ばれた小太り中年は、丸顔に眼鏡をかけ、出っ歯の上、落ち着きのない様子で動き回っている。その容貌と仕草がモルモットを想起させた為、本名の森本からモリモットと呼ばれるに至った、和哉の小学校以来の友人でもある。

「和やん、お(ぬし)だけ若返るなんて狡いでござるお。拙者はお主を心の友(注5)と信じていたでござるのに」

 四十五歳の男性が発するとは思えない台詞を臆面なく放つモリモット。和哉はしばし唖然とした。

「こうなったら、お主の小学校時代の恥ずかしい思い出で、公開処刑してやるでござるお!」

「待て、それだけはやめろ!」

 和哉が我を忘れて砦に突入する。彼の後を追ってジョアンヌも砦の中へ駆け込んだ。

「フヒヒ、罠に掛かったでござるな」

 砦の中には急造の部屋があり、その中に和哉とジョアンヌは閉じ込められた。

「はい、ズドーン! 出でよ、松千代(まつちよ)の木(注6)。和やんを存分に苦しめてやるでござるお」

 部屋の床から筋骨隆々の男性像が出現する。植木鉢から生えている様子からすると、モリモットの言う通り樹木の一種なのだろう。一様に頭の後ろに両手を回して(注7)筋肉を誇示している。ニカッと笑う表情が不気味だ。

「な、なんだ、こいつらは?」

「落ち着け、あの足元では動けないはずだ」

 言われて植木鉢の足元を確認し、ジョアンヌは落ち着きを取り戻す。それと同時に松千代の木の腕がゆっくりと動き始めた。警戒する二人の目の前で松千代の木は両腕を水平に、肘を曲げて上腕二頭筋を誇示(注8)する。だが和哉はその美事な上腕二頭筋ではなく、松千代の木が握っている松の枝に視線が釘付けになった。

「どうだ、和哉。思い出したかお、小学校の時の浦島太郎を!」

 忘れるはずもない。いや忘れていたのに走馬灯で思い出した嫌な思い出の一つだ。心の傷(トラウマ)を刺激する松千代の木は、更に腕を下に回しつつ、上体を傾け全身の筋肉を誇示(注9)する。

「フヒヒ、これで思い出しなさい。……さい、……さい?」

 モリモットが呟く。

「はい、サイドチェストー!」(注10)

 モリモットの号令で松千代の木が胸の筋肉を見せつけて来る。ジョアンヌは圧倒されて冷静な判断力を失いかけていた。

声の想定(ボイスイメージ)

・桐下 和哉  鈴木達央さん

・聖女クリス  小林ゆうさん

・ジョアンヌ  河瀬茉希さん

・モリモット  関智一さん



注1 ちょ、待てよ

 90年代トレンディドラマで一躍有名になった、あのアイドルの台詞である。

 物真似されることで拡大再生産され、彼の代名詞ともなっているぐらいだ。

 本人もこの状況には「ちょ、待てよ」と思っているかもしれない。


注2 マクミランTAC50対物狙撃銃

 アメリカのマクミラン・ファイアアームズ社が製造する長距離狙撃銃である。

 公称の有効射程距離は1800mだが、カナダの特殊部隊がイラクにて作戦任務遂行中に、3540m先の対人標的に命中させた世界最長記録を樹立している。


注3 知っているのか、和哉?

 『魁!!男塾』で多用され、最早テンプレと言って良いやり取り。

 本来は「むう、あれは……」で始まり、誰も知らないはずの技や存在に対して解説を始める枕詞である。


注4 記憶が確かならば

 「甦るがいい、アイアンシェフ」の掛け声でお馴染みの鹿賀丈史美食アカデミー主宰が、食材を紹介する時に使った台詞。

 元ネタはアルチュール・ランボーの詩集『地獄の季節』序章「かつては、私の記憶に狂いがなければ・・・」である。


注5 心の友

 大体、この言葉を信用してはならない。無理難題を吹っ掛ける時に使われる台詞でもある。


注6 松千代の木

 筆者がずっと温めていたネタの一つ。

 筋骨隆々の男性の姿に似た松の木である。

 マッチョニクニクなポージングを行う不気味な木。

 樹木の幹から採取する樹液は高タンパクで、肉体披露時の栄養補給に定評があるマッチョナミンCの原材料となる。

 この樹木があの星にあれば、あのような汗臭く暑苦しい戦いは起きなかったはずである。

 ……こんな設定を思い付いたヤツの気が知れない。


注7 頭の後ろに両手を回して

 ボディビル競技で、アブドミナル・アンド・サイと呼ばれるポーズで、主に下半身の筋肉を強調する。


注8 肘を曲げて上腕二頭筋を誇示

 ボディビル競技で、フロント・ダブル・バイセップスと呼ばれるポーズで、両腕の上腕二頭筋を強調する。

 これを後ろ向きで行うバック・ダブル・バイセップスでは背中の筋肉を強調する。


注9 上体を傾け全身の筋肉を誇示

 ボディビル競技で、モスト・マスキュラーと呼ばれるポーズ。


注10 サイドチェスト

 ボディビル競技で、横向きになって胸を強調するポーズ。

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