最初の晩餐
夕日が沈んで夜の帳が降りる頃、オモチャが箱を飛び出して踊り出す(注1)ように、教会の中を無数の兵士たちが埋め尽くし、朝の騎馬武者も聖女の前に姿を現した。
「お帰りなさい、ジョアンヌ」
「恥ずかしながら戻って参りました(注2)、クリス様」
優しく声を掛けられて、ジョアンヌと呼ばれた若武者は恭しく聖女の前に跪いている。
「さあ、お立ちになって。新しい救世主様を紹介しましょう」
クリスが和哉の方へ向き直った。ジョアンヌは右手を胸の前に当てて一礼する。
「今朝は失礼しました、救世主様。わたくし、ジョアンヌ・ド・アークと申します」
「救世主様ってのは堅苦しいから、和哉と呼んでくれ」
和哉は言いつつも若武者の名前に引っ掛かりを感じていた。どこかで聞いたような気がするのだが、思い出せない。
「それでは、ボクのことも、クリスと呼んで下さい」
聖女は和哉の手を握る。
「はい、分かりました」
微笑むと花が咲いたような印象のクリスに、和哉はメロメロだ。ジョアンヌが軽く咳払いする。
「晩餐の準備をせねばなりません」
「そうでしたね。ずっと一人でしたから、忘れていました」
クリスは何気なく返したが、ジョアンヌの表情は曇る。
「寂しい思いをさせて申し訳ありません」
「荒野で四十日近く荒行していた頃に比べれば、何程でもありません」
ニコニコ微笑むクリスに邪念などは見えない。ジョアンヌも気を取り直して、教会の奥へ向かった。
教会の奥は食堂になっていて、大きなテーブルの周囲に兵士たちが一堂に会すよう着席している。上座の四席が空けられていて、和哉は中央右寄りに座らされた。その右隣にジョアンヌが腰掛け、クリスは座席を一つ空けて左端に着く。
「それでは、主の降臨です」
クリスが宣言すると和哉の隣の空席に、あの老人が出現する。
「こうして晩餐会を開くのはいつぶりであろうか? 流石、ワシの見込んだ救世主よのぅ」
「たった一日でジョアンヌを取り戻し、これだけの兵を集めた手腕は、比類なき偉業です」
クリスも持ち上げるので、和哉は気恥ずかしさに照れるばかりだ。
「それでは、大いなる勝利の美酒に酔うとしよう」
一同は立ち上がり、酒杯を手にしている。
「我らに勝利の栄光あれ」
唱和して、一気に酒杯を空ける。後は食事の時間だ。だがテーブルの上にはパンが一つあるのみ。
「父と子と聖霊の御名に於いて、皆さんを祝福します」
クリスの祈りの文句を受けて、ジョアンヌはパンを千切って食べ始めた。黙々と食べ続けるジョアンヌらに和哉は絶句する。
だが場の雰囲気を壊してもならない。和哉は席に座ると、パンを残していたワインに浸した。
「それでは、明日も勝利を我らに」
老人とクリス、更にジョアンヌも退席してしまう。一人残された和哉は兵士たちから不満の声を浴びせられた。
「幾ら空腹を感じないとは言え、こんな食事ではやる気は出ないぞ」
「全くだ。だからここはいつも負け戦ばかりなんだよ」
「あんた救世主様なんだろ?」
「俺たちの胃袋も救ってくれよ」
和哉はニヤリと笑って立ち上がった。
「こんなこともあろうかと、このテーブルには俺が望む食べ物が出るよう、恩寵を賜っている!」
和哉が宣言すると、テーブルは淡く光った。
「取り敢えずナマ(注3)だな」
和哉の要望に応じて、テーブル上には人数分のジョッキ、もちろん中身は生ビール、が出現する。
「つまみは若鶏の唐揚げとフライドポテトでいいだろう」
和哉の求めに応じて、テーブル上には大皿に盛り付けられた唐揚げとフライドポテトの山が出現する。各自にフォーク(注4)も行き渡った。
「ここからが祝宴だ。飲め、食べ尽くせ!」
「おおー!」
生ビールと若鶏の唐揚げという最強コンビ(注5)はこの後、兵士たちをさんざんに打ち負かした。
声の想定
・桐下 和哉 鈴木達央さん
・聖女クリス 小林ゆうさん
・ジョアンヌ 河瀬茉希さん
注1 オモチャが箱を飛び出して踊り出す
オモチャが夜会を開くという設定で、作詞は「火垂るの墓」の著者である野坂昭如氏、作曲は「光る東芝の歌」でお馴染みの越部信義氏。
しかし、夜中に胡桃割り人形が動き出したら、小銃で撃ちたくなるほど怖いと思う。
注2 恥ずかしながら戻って参りました
昭和47年、グァム島で敗戦を知らないまま潜伏していた日本軍人が発見され、帰国した。
横井庄一氏が帰国の際に行った発言は「何かのお役に立つと思って恥をしのんで帰ってまいりました」と、「恥ずかしながら生きながらえておりましたけど」で、この二つを組み合わせた「恥ずかしながら帰って参りました」がその年の流行語となった。
注3 取り敢えずナマ
何故、人は最初に生ビールを頼むのだろうか?
その謎を解くに当たり、取り敢えずナマを飲もう。
西洋文学ではビールとエールが登場するが、エールは麦芽と水と酵母のみで醸造され、ビールはそれらに香料を入れる。
この為、イングランドの古典などでは「不純物入り」のビールは下等な飲み物とされ、王侯貴族はエールを飲む習慣になっていた。
しかしビールはシュメール人が開発し、それがメソポタミアやエジプトに伝わって、ピラミッドの建設現場でもビールが振る舞われた記録があるほど歴史は古い。
人類が「取り敢えずナマ」と頼むのは遺伝子に刻まれた記憶に因るのかもしれない。
注4 フォーク
西洋人がフォークで食事するのを目にしたのは、ヴェネツィアへ輿入れしたビザンティン帝国の姫君テオドラ・ドゥーカイナ・コムネナ(1058年-1083年)が初見と言われている。
そもそもフォークは調理器具であって、食器ではなかった。
フォークの普及はイタリアで始まり、富裕層から浸透を始める。
普及以前は手掴みが作法であり、イギリス王室の宮中晩餐会は19世紀まで手掴みを正式作法としていた。
それでもフランスのシャルル五世はチーズ用のフォークを所持し、廷臣達も所持している。
ヨーロッパにフォークを普及させるきっかけはフランスのヴァロア・アングレーム王家に嫁いだメディチ家のカトリーヌ(カトリーヌ・ド・メディシス)で、彼女の尽力でフランス王室の食事情と作法は大きく様変わりした。
なおシェイクスピアと同年代、17世紀初頭のイギリス人がイタリア旅行をした際に、同地でフォークを使う習慣を憶えて帰国した。
彼は早速、友人知人たちにフォークの使用を勧めて歩いたが付いた渾名が「フォーク使い」だったという。
注5 最強コンビ
いつの時代にも、どのような作品にも最強コンビは存在する。
ビールのお供と言えば、唐揚げである。異論は認めるので、ドンドンオススメコンビを教えて頂きたい。
他には、シャーロック・ホームズとジェームス・ワトソン、明智小五郎と小林少年、西川きよしと横山やすし、など枚挙に暇がない。
だがやはり名コンビと言えば、虎丸と富樫である。