初めてのC(注1)
「主よ、それは真でしょうか?」
教会で祈りを捧げていたクリスは、救世主が降臨するという神のお告げを受けた。
「旭日の昇る丘に、救世主は来たれり。その者、青き衣を纏いて、金色の野に降り立つ」
クリスは受け取った言伝を口の中で繰り返すと、慌てたように教会の外へ走り出た。まさに太陽が昇り始め、周囲を金色に染め上げている。その曙光の中に人影が見えて来た。逆光で服の色までは分からないが、教会に向けて歩いて来るのは分かった。
「あれが、救世主様?」
聖女の待つ教会に向けて歩いていたのは、和哉だった。その姿は高校生、青い制服姿(注2)である。
「確かに、十八の頃の姿にしてくれって頼んだけどよ」
まさか高校時代の制服姿に再現されるとは思ってもみなかった。
半ばふて腐れて教会まで歩く。教会の前には、老人の部屋で鏡越しに見た聖女が待っているようだ。和哉は歩みを早めた。
「あんな美少女のいる教会、絶対に守ってみせる」
美少女の前でいいところを見せたいのは男の本能だ。駆け出そうとした彼の横を何かが猛スピードで追い越して行く。
「ケホッ、何だよ?」
砂埃を巻き上げて駆けて行くのは、一人の騎馬武者だ。槍を構えたまま、一直線に教会に向かっている。
「あいつ、何をするつもりだ?」
教会の前に佇む聖女は微動だにしない。このままでは確実に聖女の身に危険が及ぶ。
「何をどうしても間に合わないなら、爺さんの力を借りるぜ」
和哉は声高に叫んだ。
「こんなこともあろうかと、教会の前には騎馬武者が落ちる落とし穴を仕掛けておいた!」
後は文字通り、運を天に任せるしかない。騎馬武者が聖女に迫る。と思えた瞬間、騎馬武者の姿は消え去った。和哉が急いで近寄ると、教会の前には、深い落とし穴ができている。騎馬武者は穴の底で倒れていた。
「どうやら、上手くいったようだな」
落とし穴を迂回して、教会の前に向かう。美貌の聖女を間近で見て、和哉は赤面した。
「本気で綺麗だな」
「救世主様、危ない!」
聖女の鋭い声に周囲を見回すと、騎馬武者は馬を捨てて穴から這い上がって来ていた。武者は腰の剣に手を掛ける。
「こんなこともあろうかと、一撃で昏倒させられる武器を用意していた」
言いつつ和哉は襟口の後ろに手を回す。そこに確かな感触を掴み、背中から引き出す要領で抜き放った。
「金属バット?」
どこかのマンガで似たような場面(注3)があったと思いつつも、和哉は目の前に迫る武者に集中した。剣道で鍛えた足運びで武者の斬撃を躱し、大上段からバットを振り下ろす。
「お面ー!」
気合を入れた一撃はしかし、武者の剣に阻まれた。
「やるな」
武者は剣を水平に構えると、鋭く突き込んで来る。矢継ぎ早に繰り出される突き込みは和哉を防戦一方のままに壁際へ追い込んだ。
確実に仕留めるつもりか、武者はそこで攻撃の手を止めて間合いを保つ。あのまま突き込んで来れば反撃しようと身構えていた和哉は、武者の勘の良さにニヤリと笑った。
慎重に間合いを詰めて来る武者は、引き絞った弓矢を放つように、これまでよりも早い突き込みで襲い掛かる。
「頂きだ」
武者の切っ先が和哉を捉えたと思った瞬間、その姿が消え失せた。
「胴ー!」
和哉が袈裟掛けに切り上げるようにバットを振るうと、武者は仰向けに倒れて動かなくなった。
声の想定
・桐下 和哉 鈴木達央さん
・聖女クリス 小林ゆうさん
注1 初めてのC
こういう名称の書籍があり、電車内で読んでいた男性が白眼視されたという過去もある。それはコンピューター関連のC言語について学ぶ内容の至って真面目な書籍であるので、勘違いしないよう願いたい。
ここではコンバット(combat)の「C」であって、害虫ホイホイではない。
注2 制服姿
学生服と言えば詰襟の黒服という学校が多かった中で、平成の始め頃からブレザーの制服が増えた。
詰襟学生服は長ランや短ラン、ドカンやボンタンなど変形学生服が増えた為に敬遠され、次第にブレザーへと移行した。
注3 どこかのマンガで似たような場面
俺の背中で懺悔しな。