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転身だ!

「これが現在、ワシの忠実な(しもべ)じゃ」

 鏡に映し出されたのは、美貌の少女だった。緩やかな神官着では体型の確認はできないが、愛くるしい顔立ちと亜麻色の髪は和哉の心を鷲掴みにする。

「周囲からは聖女と呼ばれておる。地上で唯一、ワシの声が届く者じゃよ」

「爺さん、あんたの教団を立て直してもいいぜ」

 和哉の視線は聖女に釘付けだった。

「但し、幾つか条件がある」

「どのような条件じゃ?」

「俺が望む時に、望む形で奇跡を起こしてくれ」

 和哉は自分自身でも無茶な願いと思っていた。

「内容にも因るが、約束しよう」

「じゃあ、奇跡を起こす前触れとして俺は『こんなこともあろうかと』(注1)と唱える」

「ふむ」

「続けて、起こして欲しい奇跡の内容を伝えるから、その通りにしてくれ」

「難しい注文はするなよ」

「能力強化とか、道具類を手元に招喚とか、そういう感じだが?」

「その程度なら造作もないことじゃ。本当に(ささ)やか過ぎて、ワシの方が不安になるわい」

「今まで起こした奇跡を教えて欲しい」

「そうじゃのぅ……、憶えておる限りでは、天に届く塔を(いかづち)で破壊(注2)したり、堅牢な城壁を一瞬で崩した(注3)り。天から食糧を降らせた(注4)こともあったのぅ」

 想像以上の出来事に和哉は絶句する。

「死んだお気に入りを生き返らせた時には流石に他の神々から怒られたわい。あいつらはそういう奇跡は起こせんからの」

 楽しそうに笑う老人。

「世界の全てを水没させた(注5)時もあるが、あれは全ての神々の同意を得てやったことじゃし、風紀の乱れた都市も腹立ち紛れに業火で焼き尽くした(注6)こともあったのぅ。昔はムチャをしでかしたもんじゃわい」

 遠い視線で懐かしむような口調だが、和哉はこの老人を怒らせてはならないと感じていた。

「ところで、爺さんの名前は?」

「ワシは名前を呼ばれるのが嫌いじゃ」

 急に不機嫌になる老人。

「いや、しかし名前も分からないのに、信者になれとか無理だぞ」

「そこは『いえへんわー』とか『宛てどない』とか、巧く答えてくれ」

「しょうがないな。『神の中の神』とか『在りて在るもの』とか、それっぽい呼び方でいいか?」

 和哉の提案に老人は満足顔で頷いた。

「さて、他に必要な事柄はあるかの?」

「言葉が通じないのは困る。後は、俺が爺さんの協力者だと分かるような証拠が欲しいな」

「ふむ、では地上に言伝(ことづて)しておこう。言葉の壁は外しておく。安心せい」

 和哉は他に必要なものが思い浮かばなかった。

「では、十八の頃の姿にお主を戻し、お主の望む奇跡をお主の呪文の後に起こす。それで良いな?」

「ああ、そうしてくれれば、信者を増やして爺さんの力も増やすぜ」

「それでは頼んだぞ、救世主よ!」

 老人は和哉の首根っこをムンズと右手で掴み、マサカリ投法(注7)よろしく高々と左足を上げ、梃子の原理も利用して和哉を虚空へ放り投げた。

 夜空に輝く星となる和哉。(もと)い、地上に向けて落下してゆく彗星。

 その日、地上の人々は見た。夜明け前の東の空を赤々と輝きながら迫る火の玉の姿を。

 ある者は震え、ある者は憤慨した。

 それは地上に災厄を持ち込む凶兆に思えたからだ。

声の想定(ボイスイメージ)

・桐下 和哉  鈴木達央さん

・謎の老人   石田彰さん



注1 こんなこともあろうかと

 松本零士先生の人気作品「宇宙戦艦ヤマト」に登場する真田技術班長の名文句とされているが、実は「多分、こんなこともあろうと思って」ぐらいの台詞を一回のみ発しただけである。

 このようにキャラクターの一部分が一人歩きする事例としては、「巨人の星」の星一徹が卓袱台(ちゃぶだい)をひっくり返す場面がある。

 これも作中で一度きりの描写だったが、星一徹と言えば卓袱台返しとまでされるに至っている。

 昭和にはこの他、「話は聞かせて貰った」「者ども出合え」など、名文句が多い。


注2 塔を雷で破壊

 人類が協力して、天に届く高さの塔を建設したが、落雷で崩壊する。

 この後、言語をバラバラにして人類が結束できないようにした。


注3 城壁を一瞬で崩した

 実際には民衆に七日七晩掛けて城壁の外をグルグル回らせてから、族長に角笛を吹かせて、その後に崩した。


注4 天から食糧を降らせた

 パンのような食べ物を提供したが、それ以外はなかった。

 荒野でこの食糧を40年間も食べさせたブラック企業顔負けの暴挙。


注5 全てを水没させた

 でもお気に入りの人々と、雌雄一対の動植物は船に載せて助けた。


注6 業火で焼き尽くした

 倫理観の退廃が高まった都市を、激おこプンプン丸を通り越してカム着火インフェルノで焼き尽くした。


注7 マサカリ投法

 昭和の剛速球投手、村田兆治の投球フォーム。

 左足を水平近くまで上げ、振り下ろしつつ上体を起こして投げ込むダイナミックな投球フォームは球速150km/hを超え、また速球とほとんど変わらない速度で投げ込まれる、落差20cmのフォークボールは予告されても打てなかったと言われている。

 現在も各地で少年野球の指導や、始球式を務めているが、2018年(68歳)の始球式では、ワイシャツと運動靴で112km/hの速球を投げている。

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― 新着の感想 ―
[一言] 信者でないので聖書を読んだ事はありませんが、聖書に載っているらしい奇跡をカバーしているとなると…エ○バ?
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