神様のお願い
和哉が辿り着いたのは、一人の老人がポツンと座る部屋の中だった。
「ワシのところにお客さんとは珍しいこともあるもんじゃな」
老人の風貌は、七福神の寿老人(注1)に似ている。だが少し気難しそうだ。
「お主は他の神々にも見捨てられたか」
「それは、どういうことだ?」
和哉は見捨てられたという部分に引っ掛かりを感じた。
「この世界は、神々の争う世界。神々の力はそれぞれの信者の数で決まる。ワシなんぞ弱小底辺の木っ端のようなものじゃよ」
「随分と卑下するんだな」
「ほっほっほっ、髭なら自慢できるがの」
真っ白な顎髭は腹の中程まで垂れている。
「で、お主には二つの選択がある。この先、閻魔大王の元まで送られて、天国か地獄へ行く正規の道。もう一つはワシらの世界へ転生し、神々の争いに協力する道じゃ」
「こういうのって、美しい女神(注2)が迎えに来てくれるんじゃないの?」
「オーディンの奴は、色仕掛けで多くの者を集めたが、狼(注3)に全部食べられおったわ」
既にラグナロクは終わっていた。
「今は他の神々も、その者が望むものを提示して協力関係を結んでおる。お主の望みは神々の力を超える壮大な内容だったようじゃのぅ」
「楽して暮らしたいって、壮大か?」
「少なくとも、他の神々の手に余ったのは事実じゃ」
「じゃあ、爺さんは、俺の願いを叶えられるのか?」
落ち目の底辺では、何も力がないのではと和哉は思った。
「バカにするでない。落ちぶれても、ワシはここに在る。かつては全知全能(注4)の神だったのじゃ。どんな願いでも叶えてやれる」
「だったら、信者が減ることはないんじゃね?」
「それがのぅ、神々の取り決めで、あまり世界に干渉できないんじゃよ。信者を通じてしか奇跡が起こせなくての。ワシの信者は欲が薄くて奇跡を起こす機会が少ないんじゃよ」
「なるほど」
和哉は納得して見せたが、内心では目の前の老人を怪しく感じていた。
「しかし、転生して赤ん坊に戻ったら、爺さんに協力はできないぞ?」
「そこは、お主を希望する年齢にしてから転生させよう。なあに、緩い世界だから急に人が増えても誰も驚きはせん。むしろ処女を妊婦にしても奇跡と喜ばれたわい」
「じゃあ、十八とかに若返るとして、知識は?」
「知識は今のお主が持つままじゃ。もちろん、技能もな」
好条件を示されて、和哉は生唾を飲み込んだ。
「協力するとして、信者を増やす以外に何か条件はあるのか?」
「いや、特にないの」
「爺さんは、信者が増えれば、それで満足なのか?」
「左様、信者が増えればワシの力も強くなり、お主により強い加護を与えられる。他の神々から信者を奪うのも簡単じゃろうて」
和哉は迷った。条件が良過ぎて、ブラック企業の甘い罠にしか思えなかったからだ。
「それでは、ワシの信者を見せてやろう」
そう言って老人は一枚の鏡を和哉の目の前に出現させた。
声の想定
・桐下 和哉 鈴木達央さん
・謎の老人 石田彰さん
注1 寿老人
長い頭に豊かな髭を蓄えた姿の寿老人も、福禄寿と混同されて時々七福神から外されたりする。
切ないのぅ、切ないのぅ。
注2 美しい女神
北欧神話でワルキューレ(ヴァルキュリア)と呼ばれる女神。
九柱の姉妹で、非業の死を迎えた英傑を、オーディンの宮殿があるヴァルハラへ連れて来る役目を負う。というか、オーディンの罠で命を落とす英傑を連れて来る。
恋愛で能力が上昇するとかはないので注意したい。
時の三女神と混同されることもある。
注3 狼
北欧神話では悪神ロキの息子として、氷の狼フェンリルが登場する。
最終戦争はフェンリルが繋がれた紐から解き放たれることで始まり、オーディンを飲み込んでしまう。
注4 全知全能
一神教に多い全知全能の設定は「何で全知全能なのに、この世の悪事を消せないのか?」という問いに答えられないので、注意したい。