魔王襲来
「それで、剣道のルールで試合するのか?」
和哉が問い掛けると、佐藤は首を横に振った。
「それではこの世界に来た意味がない。何でもありに決まっている」
佐藤の口調には剣道ルールでは使えない技があると含ませる響きがあった。
「水の呼吸(注1)で技を出すつもりでござるか?」
「いや、左足を踏み込んでの居合斬り(注2)かもしれん」
「あいつ、ビール瓶で脛を鍛えた(注3)こともあったな」
モリモットたちがそれぞれにアニメの知識を披瀝する。なおこの中に正解があったようで、佐藤は動揺していた。
「確か、居合術免許の中に、左足踏み込みがあったな」
「和哉、何故それを知っている?」
「名目上では目録だけど、一応は免許の稽古もしていたからな」
「そんな話、聞いてないぞ」
「師範免許持ちのお前には及ばないから、気にするな」
和哉は飄々としているが、これまでとは雰囲気が変化していた。
「あれは、かなりの本気でござるお」
「うむ、久々に本気の和哉が見られそうだな」
「ソー、グレートな試合になりそうだな」
見守るのはオッサンたちと、外壁上には兵士たち、ジョアンヌ、クリス。
「和哉、武器は持たないのか?」
「心配せずとも用意してある」
佐藤は何やら筒のようなものを持っている。和哉は徒手空拳だ。制服姿の和哉に武器を隠し持っている様子は窺えない。
「一瞬で決めてやろう」
佐藤は大きく息を吸い込むと、手にしていた筒を左脇に構えた。
「やっぱり水の呼吸でござる」
「いや、龍の閃だ」
「レーザーブレード(注4)だろ」
オッサンたちの予想を無視して、佐藤は左足から踏み込んだ。居合斬りの要領で筒を振るが、その筒先に二尺ほどの赤い光の刃が出現している。
「そう来たか。こんなこともあろうかと、俺も同じものを用意していた!」
和哉の宣言に従って、彼の手許には佐藤と同じ代物が握られていた。赤い光の刃は、青い光の刃で受け止められている。だが佐藤は止まらない。身体全体を使って刃が押し込まれた。
「くっ……」
和哉は力負けして体勢を崩す前に、迫る刃を受け流す。反撃しようと構え直している間に佐藤はクルリと一回転して横薙ぎに刃を振った。まともに受けられないと判断して和哉は後ろへ跳び退く。その彼を追い掛けるように佐藤は鋭く突き込んで来た。
「……仕方ない」
和哉はその場で地面に座り込む。佐藤の刃が頭上を掠めて行った。目前に迫る佐藤の胴体へ、和哉は無造作に光の刃を突き込む。
「勝負あったな」
「いや、まだだ」
二人の攻防を見守っていた尾藤が呟くと、武藤が否定した。それを肯定するように佐藤の身体全体が光る。次の瞬間、和哉と距離を置いた位置に銀色のメタルスーツを着用した佐藤が立っていた。
「お前、そこまでやるか?」
立ち上がりながら和哉は呆れたように尋ねかける。
「和哉、腕を上げたようだな」
「お前は名を下げたぞ」
和哉に促されて佐藤がその方向を見ると、ジト目で生温かい視線を送るオッサンたちがいた。
「あれはないでござるお」
「ないな」
「レーザーブレードは正解だったな」
銘々に勝手な感想を漏らしているが、佐藤へは辛辣な感想だ。
「しかし、私の勝ちは覆らない。お前の刃はこのメタルスーツに傷一つ付けられなかったからな」
勝ち誇る佐藤の目の前で、和哉は手にしていたレーザーブレードを投げ捨てた。
「そうだな。だが、こんなこともあろうかと、何でも破壊できる武器を用意していた」
ニヤリと笑った和哉は、その背中から武器を取り出す。陽光を反射して輝くそれは、金属バットだった。
「和哉、それは冗談にしても笑えないぞ」
「そう思うなら、大人しく滅多打ちされろ」
金属バットで立ち向かって来る和哉に、佐藤は剣を構え直した。
「和哉、お前のことは忘れない」
目前に迫る和哉に、佐藤は剣を大きく振りかぶる。
「うなれ剣、レーザーブレードで真っ二つ!」
メタルヒーローカルタ(注5)の一枚を読み上げて剣を振り下ろす。和哉はその光の刃を金属バットで受けに来た。佐藤の予想はその金属バット諸共に和哉を叩き斬る光景だった。
「おお!」
「何ぃ!」(注6)
「バカな!」
三人の見ている目の前で、佐藤の赤い光の刃が砕け散った。何が起きたのか佐藤が理解する間もなく、和哉の金属バットは佐藤の頭を捉える。西瓜が割れるように佐藤の頭は砕け散った。
「シュガー四天王、佐藤竜也、成敗!」
「流石は桐下和哉、あの佐藤竜也を下すとはな」
勝利の余韻に浸りかけた和哉に声を掛ける者が一人。
「お前は?」
軍服の上に外套を羽織り、制帽を被った男性(注7)が宙に浮いていた。
「加藤!」
「あれが加藤だと?」
和哉の記憶の中にある加藤は、もっと陽気な人物像だった。
「くくく、この世界を我の物にする。どうだ桐下、世界の半分をやろう。だから我に協力しろ」
「お前、それは魔王の台詞だぞ」
「左様、我こそは魔王なり。魔王加藤周泰の力を思い知れ!」
加藤が叫ぶと、その傍らにクリスの姿があった。
「え? 何? ボク、浮いてる?」
「くくく、この女を……、痛っ」
加藤はクリスに顔面を引っかかれている。
「やめろ、加藤! クリスを離せ!」
「卑怯でござるお!」
「この女を取り戻したければ、西の果てにある魔王城まで来るんだな」
加藤は暴れるクリスを抱えて、高笑いを残したまま虚空へ溶け込んだ。
「クリスー!」
和哉の絶叫だけが辺りにこだました。
声の想定
・桐下 和哉 鈴木達央さん
・聖女クリス 小林ゆうさん
・モリモット 関智一さん
・武藤 龍 玄田哲章さん
・尾藤 大輔 稲田徹さん
・佐藤 竜也 櫻井孝宏さん
・加藤 周泰 子安武人さん
注1 水の呼吸
人気漫画『鬼滅の刃』にて主人公が使用する剣法の呼吸。
水の勢いや性質に由来する技を現出して、鬼の首を斬り落とす。
注2 左足を踏み込んでの居合斬り
人気漫画『るろうに剣心』に登場する秘奥義の足捌き方法。
実在する古武術でも左足を踏み込んで行う居合斬りは存在する。
注3 ビール瓶で脛を鍛えた
人気漫画『六三四の剣』で主人公が脛を鍛える為にビール瓶で脛を刺激した。
他にも空手や格闘技系の漫画で行われる。
最初はビール瓶を脛に転がして慣れることから始めよう。
注4 レーザーブレード
人気特撮番組『宇宙刑事ギャバン』の主要武器。
後にツインブレードが登場するが、例の星間戦争を描いた映画よりも早かった。
注5 メタルヒーローカルタ
昔の出版物の付録で多かったのがカルタである。
今でも作品内の名場面や名台詞をカルタにする事例はある。
注6 「おお!」「何ぃ!」
人気漫画『キャプテン翼』で多用される驚きの表現。
なお、自衛隊がイラクに派遣された際に、給水車などが日本の所属と一目で判断できるように、大空翼の絵が描かれたのはあまり知られていない。
キャプテン翼の国際的人気は、フランスのジダン、イタリアのデルピエロ、アルゼンチンのメッシなどに影響を与え、韓国では翼たち日本代表の日章旗を太極旗(韓国の国旗)に変造して「韓国の漫画」としたことからも窺える。
注7 軍服の上に外套を羽織り、制帽を被った男性
帝都東京の崩壊を画策する人物の衣裳を真似て加藤が着用している。
その内、闇の力を纏って両手を突き出し、蹴伸びの形で空中を飛ぶ技を披露してくれるに違いない。




