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猛牛

 だが和哉は必殺の威力が乗った尾藤のエルボースマッシュを金属バットで受け止めていた。

「何て威力だ」

「そう来なくては面白くない」

 オックスボンバーを受け止めた金属バットはへし曲げられている。

「こんなこともあろうかと、お前の弱点は見破った」

「バルクアップ(注1)に弱点(ウィークポイント)はない」

 睨み合う両者。不意に天空から何かが降って来る。それを受け止めた尾藤の腕を一本の矢が貫通して刺さっていた。それで和哉は尾藤の弱点を知る。同じ頃、様子を窺っていた者の中にも尾藤の弱点を見抜いた者がいた。

「へへ、選手交替だな」

 取り囲む金網の高さは5m弱、和哉は一か八かの賭けに出る。幸い、尾藤は刺さった矢を抜くのに手間取っていて手出しはできない様子だ。

「こんなこともあろうかと、棒高跳びの用具を用意していたぜ」

 金属バットが棒高跳びの棒に変わる。和哉は迷わずリングを斜めに走って、跳んだ。(しな)る棒の反動を利用して金網を跳び越える。

「はは、中学記録を俺は跳べたんだな」

 あの時、棒が折れなければ彼が中学記録を更新していたと知り、喜びで胸中が満たされる。

「和哉、後はわたくしに任せてくれ!」

「ああ、頼んだ、……ぜ?」

 リングに向かって走って来たのはジョアンヌだ。だが彼女は鎧を脱いだ軽装だった。腰の細剣を抜き、金網を切り裂いてリングに上がる。待ち構える尾藤とは大人と子供ほどに見えるぐらいの身長差があった。

「和哉、逃げるのか?」

「俺と勝負したいなら、彼女に勝ってからにしろ」

「わたくしは和哉に負けている。そのわたくしに勝てないようでは挑戦権はありませんよ」

 ジョアンヌは右手に細剣、左手には旗を持っている。その青い旗に描かれている紋章は、一本の剣を挟むように百合の花が一対。

「この世界では殺人は成立しない。女だからといって手加減はしないぞ!」

「望むところです」

 左手の旗を身体の前で構えるジョアンヌ。尾藤は低い体勢から必殺のオックスボンバーを放った。

「はっ!」

 ジョアンヌは華麗にその突進を躱す。さながらスペインの闘牛士(注2)だ。両者は間合いを保つ。再び尾藤のオックスボンバー、これまたヒラリとジョアンヌは回避した。会場が(どよ)めく。

「避けてばかりで、ミーに勝てると思うなよ?」

「もちろんです、雄牛さん」

 ジョアンヌは微笑んだ。尾藤の瞳に闘志が宿る。

「バイソン、バイソン」

 バイソンコールが始まった。和哉は自陣営の兵士たちを促してジョアンヌコールを始めさせる。

「ジョアンヌ頑張れー!」

「ジョアンヌ、ジョアンヌ」

 鳴り響くジョアンヌコールとバイソンコールの中、リング上では緊迫した空気になる。風で靡くジョアンヌの旗が力なく垂れ下がった刹那、尾藤は猛牛の如き勢いで突進した。

「オックスボンバー!」

 突進した尾藤は不意に暗闇に包まれる。それはジョアンヌが手にしていた旗だった。

「小細工を!」

 旗を振り払うがジョアンヌの姿はない。

「尾藤、後ろ後ろー!」(注3)

「遅いです」

 歓声に振り返ろうとした彼の胸板からは、陽光を反射する鈍色の突起物が出現していた。

「ホーソーナガー!」(注4)

 それが彼の断末魔だった。

 日が暮れて夜の帳が降りる頃、砦内の大広間に尾藤が現れる。

「負けたか」

 正々堂々と戦って負けたのだ、悔いはない。

「尾藤、凄い試合だったぜ」

 和哉が彼の健闘を称える。

「素晴らしい戦いで、ボクも感動しました」

 クリスも笑顔で尾藤を称えた。心無しか尾藤の頬が紅い。

「これから、ボクたちと共に戦って下さいね」

「ああ、そうだな」

 尾藤は頷いた。

「では晩餐にしましょう」

 広間のテーブルの着席順は中央右側にモリモットとジョアンヌが腰掛け、角席に武藤が着席した。左側には和哉とクリスが座り、テーブルを挟んで武藤と向かい合う形で尾藤が着席する。

「それでは、(しゅ)の降臨です」

 クリスが宣言すると中央の空席に、あの老人が出現した。

「今宵も晩餐会を開く喜びを皆と分かち合おう」

 一同は酒杯を手に立ち上がる。

「我らに勝利の栄光あれ」

 唱和して、一気に酒杯を空けた。後は食事の時間だ。いつもと同様、テーブルの上にはパンが一つあるのみだ。

「父と子と聖霊の御名に於いて、皆さんを祝福します」

 クリスの祈りの文句を受けて、全員が黙ってパンを食べる。

「それでは、明日も勝利を我らに」

 老人とクリス、ジョアンヌが退席した。それを待っていたかのように兵士たちの期待に満ち満ちた視線が和哉に集まる。

「さて、ビールはいい加減、自分たちで自由に飲めるよう、こんなこともあろうかと、無限にビールが湧き出すビア樽を用意した」

 和哉の宣言に従って広間の両端にビア樽が出現する。

「これまで、唐揚げ、フライドポテト、串焼き、寿司、刺身と食べて来たが、尾藤は何が食べたい?」

「そうだな、ピザなんてどうだ? それもシカゴピザ(注5)は食い応えがあるぞ」

 尾藤の提案に和哉は感心する。

「ビーフステーキかと思ったら、シカゴピザとは意表を突かれたぜ」

「ビールに合わせただけさ」

 尾藤の提案に従って、今宵のメインはシカゴピザに決まった。

「勝利の祝宴だ、飲め、食い尽くせ!」

 今宵も夜は健全に更けてゆく。

声の想定(ボイスイメージ)

・桐下 和哉  鈴木達央さん

・聖女クリス  小林ゆうさん

・ジョアンヌ  河瀬茉希さん

・モリモット  関智一さん

・武藤 龍   玄田哲章さん

・尾藤 大輔  稲田徹さん

・謎の老人   石田彰さん



注1 バルクアップ

 尾藤の受けた恩寵で、打撃攻撃を一定時間、無効化する。

 ハルク・ホーガンの「ハルク・アップ」に着想を得ている。

 ちなみにバルクとは容量や大きさを意味する。ボディビル用語としては筋肉量、質感も表現するので、「ナイスバルク」という褒め言葉もある。


注2 スペインの闘牛士

 スペインの闘牛士は失業気味。

 動物愛護団体が闘牛禁止を訴えたことで衰退し、伝統が失われつつある。


注3 後ろ後ろ

 ドリフターズの『8時だよ、全員集合』で幽霊コントを行った際、志村けんの後ろから幽霊が迫った時に観客席から掛かった声。


注4 ホーソーナガー

 ハルク・ホーガン扮するホソナガおじさんがエアコンのCMで叫んだ言葉。

 軽量コンパクト設計を売りにした家電メーカーのキャッチコピーでもある。


注5 シカゴピザ

 ここで言われているのは「シカゴ風ピザ」で、チェーン店ではない。

 「シカゴ風ピザ」で最も有名なのはディープディッシュ・ピザで、幾重にも重ねた具材の層が織り成す深い味わいが特徴である。

 そのディープディッシュ・ピザに更に生地を被せて焼き上げたのがスタッフト・ピザである。

 これはピザというよりパイに近い重厚感溢れる逸品である。

 なお本場のシカゴでは、薄型のパリパリに焼いたピザがビールのつまみとしては好評である。

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