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デスマッチ

 夜明け前、和哉はいつも通りモーニングコーヒーを飲んでいた。隣席にはクリスが腰掛け、カフェオレを飲んでいる。

 床上には常の通り兵士たちやモリモットが枕を並べて討ち死にしていた。

「こうして、コーヒーを飲んでいると、心が落ち着くね」

 聖女クリスはニコニコと微笑んでいる。和哉はその笑顔をボンヤリと見つめていた。

「和哉?」

「ああ、スマン。この後を考えていた」

 三日もすれば状況にも慣れて来る。争いを収める為とは言え、派手に争いを繰り広げるのが本当に正しいのか疑問を感じていた。

「いい汗でした」

「久々に良い稽古が出来た」

 ジョアンヌと武藤が稽古を終えて戻って来た。

 モリモットも起き上がる。

「和やん、今日はどうするでござる?」

「武藤と浩でここを防衛して、俺とジョアンヌで攻め込んでみようかと思う」

「ボクは?」

 名前が出なかったクリスが尋ねると、和哉は真剣な眼差しで見詰め返した。

「正直に言えば、危ない目に遭わせたくない」

「惚気、乙!」

 モリモットがすかさず茶化す。その彼の脳天をジョアンヌがゲンコツでグリグリと制裁を加えた。

「和哉の言う通り、クリス様を危険に晒す訳には参りません」

「ボクはお留守番でいいのかな?」

「いや、クリスは俺について来て貰う。その方がいざという時に安全だ」

 和哉の方針に異論を挟む者はいなかった。

「防衛の主体は武藤がハーリーケーンで敵兵を吹き飛ばして、討ち漏らした分は浩のアマゾネスで防げばいいだろう」

「アマゾネスには弓矢を装備させたから、壊される心配もないでござる」

 防衛戦は大砲と弓矢で迎撃だから一方的な展開になるだろう。後は攻め手の作戦だ。

「シュガー四天王、次は尾藤だろうな。あいつ、レスリングジムを開いてたっけ?」

「うむ、俺の道場へ練習生を出稽古に出すぐらい熱心な指導だったな」

 武藤は道場を開いていた。尾藤自身も引退したとは言え、プロレスラーとして活躍した強敵だ。

「確か、ハルク・ホーガン(注1)やアントニオ猪木(注2)に憧れてレスラーを目指したんだよな」

 昔話に花が咲く。

「あの技、強烈だったでござるお」

「ケガさえしなければ、人気レスラーの仲間入りだったろうに」

 ちょっとした同窓会だ。談笑していた彼らの前に兵士が慌ただしく入って来た。

「て、敵襲です!」

「向こうから来たか。浩、武藤は迎撃準備を頼む。ジョアンヌは俺と共に門の外へ打って出る。クリスは俺の戦いぶりを見守ってくれ」

「分かった」

 一同は和哉の指示に従って配置場所に急いだ。

 兵士たちを率いて外に出ると、敵方は何やら大きな物体を運んでいた。それがレスリングリングと分かったのは、砦の前に運ばれて来た時点だった。そのリングの上に巨漢が上がる。

「ヘイ、桐下和哉、いるのは分かっているぞ! シュガー四天王が一人、尾藤大輔ことバイソン尾藤が勝負を申し付ける。正々堂々と立ち会え!」

 バイソン尾藤と名乗るだけあって、彼のリングコスチュームは全身を覆うタイプで、胸から腰に掛けて大きく牛の顔が描かれていた。名指しされた和哉は仕方ないといった風情でリングに上がる。

「名指しされて逃げたとあっては、男の恥だ」

「相変わらず、いい度胸だ」

 特設リングを囲むように、両軍の兵士たちが布陣する。モリモット、武藤、クリスらは外壁の上から観戦だ。

「それではレッツ・ファイティング、ゴングを鳴らせ!」

 用意周到の尾藤の陣営からゴングが鳴り響く。それと同時にリングは金網で囲まれた。

「これは?」

「有刺鉄線爆発デスマッチ(注3)ではないから安心しろ。邪魔が入らない対策だ」

 優に身長の三倍近くある金網を越えるのは難しい。和哉は尾藤に意識を集中した。

「さあ、どこからでも掛かって来い」

 尾藤は身の丈190cmを超える巨漢で、和哉よりも頭一つ大きい。レスラーなだけあって体格も良く、口髭と髪型はハルク・ホーガンを彷彿とさせた。

「遠慮なく行くぜ」

 和哉は金属バットを持ち出すと、尾藤の膝を狙った(注4)。大柄な人物の顔面などには攻撃が届かない可能性はあるが、膝から下は死角になり易く、避けようとして体勢を崩す可能性も誘える常套手段だ。

()ー!」(注5)

 和哉の打撃は狙い誤らず尾藤の膝を横から打つ。堪らず尾藤は膝から崩れるように屈み込んだ。

「オラオラオラオラオラオラオラオラ!」

 後は滅多打ちである。

「バイソン、頑張れー」

「バイソン、負けるなー」

「バイソン、バイソン」

 リングサイドからバイソンコールが始まる。素手の相手に金属バットで滅多打ちでは、和哉が悪役のような展開だ。尾藤は両腕で頭部を防護したまま小刻みに身体全体を震わせ始めた。

「ダメージが入っている気がしない。肉のカーテン(注6)かよ?」

 不意に和哉の金属バットが動きを止める。尾藤が左手でバットを掴んでいた。

「和哉!」

 ビシッと指差す尾藤。その人差し指を立てて左右に振る(注7)。

「効いてないお~?」(注8)

 モリモットが間の抜けたような声を挙げた。尾藤は掴んだバットを引き寄せ、そのまま和哉をロープに振る。自らは低い姿勢を取ると右腕を曲げ、頭の横に突き出す。コスチュームの牛の顔と合わせると、その腕が雄牛の角に見えた。そして突進。

「オックスボンバー!」(注9)

 猛牛の如き突進でエルボーを叩きつける。プロレスラーでも倒れるような威力を、素人の和哉が受けては一溜まりもない。ロープの反動で戻って来た和哉はカウンターでそれを受け、大きく弾き飛ばされる。

「和哉!」

 ジョアンヌとクリスの悲痛な叫びが響く。

声の想定(ボイスイメージ)

・桐下 和哉  鈴木達央さん

・聖女クリス  小林ゆうさん

・ジョアンヌ  河瀬茉希さん

・モリモット  関智一さん

・武藤 龍   玄田哲章さん

・尾藤 大輔  稲田徹さん



注1 ハルク・ホーガン

 身長2mの巨漢レスラー。

 必殺技はエルボースマッシュの変形技「アックスボンバー」である。

 一世を風靡したレスラーで、エアコンのCMにも起用されたことがある。

 彼をモチーフにした『やっぱアホーガンよ』という漫画も出版された。


注2 アントニオ猪木

 元スポーツ平和党の党首で参議院議員。

 全日本プロレスから新日本プロレスを分離独立させ、真剣勝負に拘った。

 得意技は「延髄斬り」「卍固め」など。

 千葉県浦安市を舞台にした某漫画ではそっくりな国会議員が毎回、便秘に悩む様子が描かれている。


注3 有刺鉄線爆発デスマッチ

 元参議院議員でレスラーの大仁田厚が有名にしたリング状況。


注4 膝を狙った

 剣術流派で足を狙う型を伝えている流派は柳剛流のみ。

 刀で足を狙うのは隙が大きく、有効打を与えられない可能性が高い為、他流では用いられないと解説されるが、実は足ほど狙い易い部位はない。

 剣道の竹刀稽古では防具を着けた部位以外は有効打に含めない為に生まれた誤解で、古武術では鍔迫り合いで普通に下半身に蹴りを入れ合ったり、刀を奪うような技などがあるが、剣道の試合では反則行為となる。

 例え効果的な打撃であっても、剣道の試合では無効或いは反則行為であり、その間に面打ちや小手打ちなどの有効打を当てられれば敗北となる。

 勝負に勝って試合に負けるような愚行は控えたい。


注5 脛

 和哉は気合を入れる際に、最後の音を省略する癖がある。

 なので、面打ちから小手に繋げる連続技は自重しているのだが、彼の弱点になっている。


注6 肉のカーテン

 漫画『キン肉マン』でキン肉スグルが攻撃を耐えた際に行われた防御方法。

 顔の前方に両腕で構えることにより、鋼鉄並みの防御力が得られる。元は悪行超人から自分のマスクを守るための技であり、考案者のキン肉タツノリはこの技で悪行超人の攻撃を3日3晩耐えたと伝えられ、その後どんな攻撃も防ぐ技になった。

 なおアニメでは「キン肉ガード」に名称が変更されているが、これは当時のソビエト連邦が情報統制していた「鉄のカーテン」に忖度した結果ではないかと思われる。


注7 人差し指を立てて左右に振る

 指ワイパーとも呼ばれる仕草。

 快傑ズバットが多用した。今時、こんな仕草をする人は見掛けない。


注8 効いてないお~?

 ダチョウ倶楽部の「聞いてないよぉ」とは似て非なる言い回し。


注9 オックスボンバー

 バイソン尾藤のフィニッシュへの技で、低い姿勢から強烈なエルボースマッシュを相手の胸に当てる。

 技の原型は漫画『キン肉マン』に登場する超人バッファローマンの「ハリケーンミキサー」に着想を得たもの。

 ハルク・ホーガンの「アックスボンバー」とは別の技。

 肘打ちを牛の角に見立てている。

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