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真紅のサウスポー(注1)

「あいつは……!」

「知っているのか、和哉?」

 砦の出入り口で立ち止まっていた和哉は、攻めて来た人物が見知った顔だったので驚いた。いつの間にかその隣に来たジョアンヌが尋ねて来る。和哉は答えた。

「武藤、龍。シュガー四天王(注2)の一人だ」

「シュガー四天王?」

「ああ、だが奴は甘くない(注3)」

 二人が遠目に見ていると、真紅の胴着の武藤は右手を前に突き出し、左手を腰に構えた。武藤は古武術の免許取得者で、生前は道場を開いていた。その一挙手一投足には注意が必要だ。

「ハー……」

「またか」

 武藤の呻り声に近い発声に、ジョアンヌが反応した。

「リー……」

「ジョアンヌ、何が?」

 和哉の問い掛けに対する答えは、武藤自身の行動で返って来る。

「ケーン!」

 武藤は気合と共に左の正拳突きを行う。彼の拳の形をした何かが砦に飛んで来た。そして揺れ。

「揺れの正体は、これか」

「どうだ和哉、我が破力拳(ハーリーケーン)の威力は」

「大したものだぜ、武藤」

 ニヤリと和哉は笑った。

「ジョアンヌはここで待機だ」

「和哉……」

 ジョアンヌは引き留めようとしたが、二人の男の関係性を慮って見送った。和哉は砦から出ると単身で武藤の前に立つ。

「武藤、残念だったな。こんなこともあろうかと、そいつを打ち返せるバットがあるんだよ」

 和哉は背中から金属バットを抜き出した。

「面白い。勝負だ、和哉」

「へへ」

 武藤は再び正拳突きの構えに戻る。和哉は左バッターボックスに入る要領で横を向くと、右手でバットを握り真っ直ぐ水平に伸ばし、左手で右袖を小さく引き上げた(注4)。

「ハー……リー……」

 武藤の気合を込める動作に合わせて、和哉は右足を左足の前に浮かせる。

「ケーン!」

 武藤の気合が飛んで来た。和哉は右足を伸ばしたまま前方へ振る(注5)。後は腰の回転と合わせてバットを出すだけだ。

 カキーンと快音を残して、武藤の気合は打ち返される。それは武藤の横を通り過ぎて、後方に控えていた武藤の部隊の兵士たちに命中した。

「ぎゃあ!」

 敵兵数人が吹き飛ぶ。

「バカな。まぐれ当たりだ」

「じゃあ、もう一度やってみるか?」

 武藤を挑発すると、彼はアッサリと乗って来た。砦の壁の上には兵士たちに混じって、クリスやモリモットも二人の勝負の行方を確かめようと見守っている。

 繰り出される気合。

「ケーン!」

 カキーンと響く快音。

「ぐわあ!」

 倒れる敵兵。

「ケーン!」

 カキーン。

「うわあ!」

「ケーン!」

 カキーン。

「しぎゃあ!」

「ケーン!」

 カキーン。

「お助けー」

 武藤が肩で息をし始めた頃、彼の部隊は壊滅していた。対する和哉はまだまだ元気だ。

「勝負あったな」

「まだだ、まだ終わらん」(注6)

 武藤は往生際悪く勝負に固執する。

「残る力を全て注ぎ、最大の威力で勝負をつけてやる」

「そうか。では応えてやろう。ホームラン王(注7)に俺はなる」

 和哉はフラミンゴみたいにヒョイと右足を上げて、一本足で立った。武藤は逃げずに真っ向勝負で気合を打ち込んで来る。

「ハーリーケーン!」

 今までとは違う、明らかに大きな気合が和哉を襲った。だがこれまでとは違って和哉はバットを振らない。

「和哉!」

「大丈夫、ボクは信じているよ」

 ジョアンヌは叫び、クリスはジッと凝視した。迫る気合の塊をギリギリまで引きつけて和哉はバットを振る。

 カッキーンと真芯で捉えた気合はピッチャー返しのように武藤に向かって弾き返された。

「うおおおお!」

 弾き返された気合を受け止めようとした武藤ではあったが、その勢いには抗えず後方へ飛ばされる。そのまま武藤は空の彼方へ飛び去り上空で爆発、散華した。

「汚い花火(注8)でござるな」

「シュガー四天王、武藤龍。死亡確認(注9)」


 その頃、ヘファイストス陣営。薄暗い部屋で蠢く三人の人物。

「武藤がやられたようだな」

「ふん、奴はシュガー四天王の中でも最弱」

「和哉如きにやられるとは、シュガー四天王の面汚しよ」

「次は誰が行く?」

「俺が行こう」

尾藤(びとう)か、頼んだぞ」

 新たなる刺客が動き始めた。


「武藤、気がついたか?」

「ここは?」

 砦で大広間で武藤は意識を取り戻した。既に日は暮れている。

「俺は死んだはず」

「ああ、それでこの世界に転生したんだろ?」

「和哉と森本か、和哉だけ若いのは何故だ?」

 和哉はこれまでの経緯を掻い摘まんで説明した。

「そうか、では微力ながら力を貸そう」

「ああ、しかし、向こうではそんなに多くの人々が亡くなったのか?」

 和哉は日本の医療水準では考えられない状況に問い直した。

「うむ、道場で稽古していて倒れるまでは、普通に生活していたから、ニュースもチェックしていた」

 武藤の語る惨状はまさにパンデミックと言って過言ではなかった。

「政府の移動自粛要請を無視して、観光客が連休中に動き回ったのが原因だろう」

「そうか、俺は連休前に死んだからな」

 和哉、武藤、モリモットの三人は現実世界の惨状を憂慮した。

「まあいい、今は晩餐会から、祝宴だ。武藤、今夜はお前の歓迎会だから、好きなものをリクエストしてくれ」

 和哉の言葉に、武藤はニヤリと笑う。

「ここの連中に、寿司や刺身の味が分かるか?」

声の想定(ボイスイメージ)

・桐下 和哉  鈴木達央さん

・聖女クリス  小林ゆうさん

・ジョアンヌ  河瀬茉希さん

・モリモット  関智一さん

・武藤 龍   玄田哲章さん

・尾藤 大輔  稲田徹さん

・四天王    櫻井孝宏さん



注1 真紅のサウスポー

 今回の話はピンクレディーの「サウスポー」をBGMにどうぞ。


注2 四天王

 元々は仏法を守護する明王を指した。

 転じて組織の中の実力者四人を総称するようになり、定着して行く。


注3 甘くない

 武藤=無糖なだけに。


注4 左手で右袖を小さく引き上げた

 平成の安打製造機、イチローの構えるまでの所作。


注5 右足を伸ばしたまま前方へ振る

 安打製造機の打撃方法である振り子打法。


注6 まだ終わらん

 『機動戦士Ζガンダム』で、クワトロ大尉が追い詰められた時に発した台詞。

 事実、彼は生き延びて地球連邦と全面戦争を展開している。


注7 ホームラン王

 世界のホームラン王こと王貞治は福建省出身の中華民国(台湾)国籍の人物である。

 通算本塁打数868本は世界記録でもあり、一本足打法は彼の代名詞となっている。

 その偉業を称えて日本の国民栄誉賞第一号でもある。

 但し、王貞治が現役時代の本拠地、後楽園球場は今より狭かった。両翼88m、中堅120m、柵2~4m。東京ドームは両翼100m、中堅122m、柵4mだ。

 大きさの変わらない阪神甲子園球場にはラッキーゾーンが設置されていた。

 なお引退後に野球がオリンピックの正式種目に加えられたことで、国際規格に合わせた球場の新設が始まり、川崎球場や南海スタジアムなどの小さな球場は姿を消した。


注8 汚い花火

 初出は鳥山明の名作『DORAGONN BALL』のサイヤ人の王子様の台詞。

 飛び散る肉片を花火に見立てたのだから、汚いに決まっている。


注9 死亡確認

 『魁!!男塾』の登場人物、王大人(ワンターレン)の台詞。

 なお死亡確認は医師免許を所持する者しか判断できない為、素人の我々から見ても蘇生不能な損傷であったとしても軽々しく死亡と判断してはならない。

 王大人が死亡確認した人物は、ほとんど死んでおらず再登場することからも、死亡確認は慎重を要する事柄と理解できるだろう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 [一言] ・王貞治さんは高校の時、日本国籍を持っていないので国体に参加出来なかったけど、どうしても参加したかったので入場行進だけ他のメンバーに紛れて参加したとか。 ・消…
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