妄想アフロ
夜明け前、和哉は再びモーニングコーヒーを飲んでいた。
床には串焼きと唐揚げで痛飲した兵士たちとモリモットが枕を並べて討ち死にしている。
「和哉、何してる?」
「クリスか、こんな時間に珍しいな」
コーヒーカップをテーブルに置いて、和哉は振り返る。クリスが微笑みながら隣へ腰掛けた。
「これは何だい?」
「モーニングコーヒーだよ」
コーヒーカップに手を伸ばすクリスに、和哉は簡単に答えた。
「美味しいのかい?」
クリスは和哉の返事も待たずにコーヒーカップに口を付ける。
「……苦い」
「エスプレッソ(注1)だからな。ちょっと待ってな。クリスにはこちらがいいはずだ」
和哉はカフェオレ(注2)を出現させた。
「色が違う?」
「ああ、牛乳を入れたコーヒーだ。これなら苦くないはずだ」
クリスは恐る恐る口を付ける。
「美味しい。それに意識がスッキリする」
「コーヒーに含まれるカフェイン(注3)の作用だな」
和哉は言いつつ何気なく自らのコーヒーカップを口元に運ぶ。
「和哉が来てからボクは楽しいよ。新しい物事が次々と起きるし」
「クリスは、ここで何をしていたんだ?」
和哉の問いに、クリスは含み笑いをするだけだった。
「そろそろ、ジョアンヌが朝の鍛錬を終えて来る頃かな?」
クリスが言い終わるかどうかでジョアンヌが入って来た。
「お早うございます、クリス様、和哉」
「おはよう、ジョアンヌ」
三人は互いに挨拶を交わし、和哉を挟み込むようにクリスの反対側へジョアンヌが腰掛ける。
「和哉、昨日のアレ、出して貰えるか?」
「あー、アレ。ボクも欲しい」
「分かった、分かった」
和哉はモテ期到来を感じながら、黄色いやんごとなき逸品を出現させる。
「これだろ?」
「そう、これ」
「和哉は立派なものを持っていますね」
ジョアンヌの足音で目を覚ましたモリモットは、三人に背中を向けたまま会話を聞いていた。
「早く早く、あーん」
「そんなに急かすなよ」
「か、和哉、やはりそういうのは、人目を憚るから、その……」
「何を照れているんだ、ジョアンヌ。お前も口を開けろ」
「え? あ、イヤ、それは、ダメ」
「そこまでだお、リア充爆発しろ!」
モリモットが耐えきれずに起き上がると、ジョアンヌが和哉からの口あーんをされているところだった。
「全く、紛らわしいにも程があるでござるお」
モリモットは言いつつプリンを口元へ運ぶ。現在、四人はプリンを食べていた。
「拙者は和やんがチョメチョメ(注4)しているかと思って、焦ったでござるお」
「お前は何を言っているのだ?」
勝手に変な妄想を膨らませていた上に、文句まで言われてはやるせない。
「で、今日はどうするでござるお?」
「隣接する砦に攻め込む下準備として、ここの防御を固める」
和哉は堅実策を選んだ。
「その為には浩、お前の人形が必要だ」
「拙者は働きたくないでござる!」(注5)
モリモットはプリンを食べながら拒否した。にべもなく断られた和哉が何かを言うより早く、クリスが立ち上がる。
「あなたの力が必要です。協力して下さい」
ニッコリと微笑みかけられて、モリモットは大きく頷いた。
「任せるでござるお!」
鼻息が荒い。
「クリスたんの頼みなら、人形の千や二千、すぐに作ってみせるでござる」
「……チョロイン(注6)だな」
和哉の感想は辛辣だ。だがモリモットは生前、凄腕の造形作家として活躍していた実力を持つ。
「よーし、原型起こしで量産化するでござる」
「浩、必要な材料や道具があれば遠慮なく言ってくれ。こんなこともあろうかと、筆記用具を用意しておいた」
和哉は鉛筆、消しゴム、帳面をモリモットに渡した。
「一覧にして渡してくれればいいぞ」
「分かったでござる。まずは昨日の女戦士たちを修繕して、即応できるようにしておくでござる」
そういうとモリモットは食べ終えたプリンの皿をテーブルに戻して食堂から出て行った。
「今日は防衛に徹しよう」
「和哉の言う通りです。わたくしは兵士たちを訓練しておきましょう」
そろそろ夜明けだ。兵士たちも起き出して装備を整えている。
「ボクはジョアンヌの訓練を見物しているよ」
クリスが微笑んで出て行こうとしたその時、砦全体が大きく揺れた。揺れの衝撃で倒れるクリスを、和哉が抱き止める。
「何があった?」
「敵襲です!」
駆け回る兵士を呼び止めると、一言答えて行ってしまった。
「敵襲だと?」
「和哉、そろそろ離してくれてもいいんじゃない?」
腕の中にいたクリスに見上げられる形で見詰められている。和哉は慌ててクリスを隣の椅子へ座らせた。
「け、怪我はないか?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう」
相変わらずの眩しい笑顔を見せるクリスに、和哉はドギマギしてしまう。
「て、敵襲だとか言ってたから、確認して来る」
「気をつけて」
クリスに見送られて、和哉は外門へと向かった。
「ケーン!」
野太い声が響き、続けて砦が揺れる。和哉は急いで外に出た。野原には赤い胴着のハゲ男が一人。
「俺より強い奴に会いに来た(注7)つもりだったが、和哉、お前が相手か?」
声の想定
・桐下 和哉 鈴木達央さん
・聖女クリス 小林ゆうさん
・ジョアンヌ 河瀬茉希さん
・モリモット 関智一さん
・真紅のハゲ 玄田哲章さん
注1 エスプレッソ
加圧して抽出するコーヒーや紅茶のこと。
単純に滴下抽出するよりも早く、濃厚な香りと味わいを抽出することができる。
なお筆者が珈琲専門店で頼むのは、エスプレッソのブラック一択である。漢は黙ってブラックコーヒー。
注2 カフェオレ
同量の牛乳とコーヒーを混ぜて作られる。
本場のフランスでは専用の大ぶりな器を用いて愛飲されている。
よく似ているカプチーノは泡立てた牛乳を使っている別物である。
大雑把にはどちらもコーヒー牛乳としてカテゴライズされる。
注3 カフェイン
コーヒーやお茶などに含まれる成分で、覚醒作用および弱い強心作用、脂肪酸増加作用による呼吸量と熱発生作用による皮下脂肪燃焼効果、脳細動脈収縮作用、利尿作用などがある。
カフェインには中毒性が報告されており、過剰摂取は健康被害もある。またカフェインアレルギーという症状もあり、コーヒーやお茶を飲んだ後でお腹が下るようならば、カフェインアレルギーを疑って良い。
注4 チョメチョメ
山城新伍というタレントが主に使っていた言葉。
クイズ番組で伏せ字になっている部分を「チョメチョメ」と読んだことで認知度が高まり、その他伏せ字にせざるを得ない語句(放送禁止用語)にも使われるようになって、男女の濡れ場を表現する言葉となった。
なお初出は楳図かずおの「まことちゃん」に登場する園長先生らしい。
注5 働きたくないでござる
明治時代を舞台にした剣豪漫画の流浪主人公は無職なので、台詞を改変したコラージュが大ウケして独り歩きしてしまった。
拙者、本当は言ってないでござるよ、おろー。
注6 チョロイン
通常は女性に使われる言葉。
ふとしたことで主人公に惚れてしまったり、少しでも優しくされるとコロリと態度を軟化させる様子を揶揄して使われる。
注7 俺より強い奴に会いに来た
あの超有名2D格闘ゲームのキャッチコピー「俺より強い奴に会いに行く」はプレイヤーを奮い立たせ、地元で腕を上げると他の地域に遠征したり、大会出場するなどの現象を惹起した。
キャラクターそのものも有言実行して、女忍者や兄弟ファイター、超能力者、ゴリラや配管工兄弟など作品やメーカーの壁を越えて戦うことになる。
主人公の名前が和哉なのは偶然だぞ。




