無垢と平凡
何か書くとしよう。
私は手触りの良い紙に執着する妙な嗜好がある。
滑らかであれば良いというものではない。
適度にペン先と絡み、インクを吸う。そういう紙でなければサラサラと書けないというものだ。
さて、私の中で最上と思われる紙に出会ったとき、人並みの稼ぎのある大人としては迷わずそれを買えるという至福を味わえるわけだが、手に入れた後ふと寂寥感に襲われた。
書くのに最適な紙質を私は愛でている。書かなければこの紙の美点は発揮されない。
しかし、何を書くというのか。
ひと度、このまっさらで分厚いノートに私の文字を記してしまうと、それは古びたものへと変貌してしまう。つい先程まで店頭で私の心をくすぐった、あのえもいわれぬ愛くるしさは戻ってこない。
まして、書き込んだ頁を後に破りとるなどは想像するだに堪え難い。
美しいノートに相応しい、美しいコンテンツ。永遠に残すに相応しいもの。
空っぽの自分
何も生み出せない
気がつけば顎に力が入り、眉間に皺を寄せてしまっている。顔の筋肉を緩めるために左右の口角を上げてみる。
まあ、いい
手稿すらも数百年後に美術館の展示物となるダ・ヴィンチを目指そうとでも考えていたのか。そのような大それた考えを一瞬抱いたところで人間の器が違う。負け戦に心を悩ませても無意味だ。平凡な人間が非凡でないことを嘆いても不毛だ。そこに救いはない。
美しいノートは、本棚に仕舞った。
翌日、ノートの1頁目を開くと、何を書こうか逡巡していた時の手の汗の後がクッキリ残ってしまっていた。
もはやまっさらではなくなったノート
急に思い付いて、気に入っている万年筆で頁の中央に今日の日付を書き込んだ。
曲がってしまい配置もアンバランスでインクも掠れてしまった
やはり、平凡な人間は何をしても出来が悪い
まあ、こういうものだ
こうして、ノートはその神聖さを失い、旅行の計画や賢人の格言を書き留めるための帳面というポジションを確立した。
時が経てば廃棄されることは言うまでもない。




