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今、この時を。  作者: U
1/1

1日目

「にいちゃん、これ帰りの切符や」

「あれっ、すいません」

 慌てて行きの切符を探す僕は、ちょうど山形行きの夜行バスに乗り込むところだ。


 爺さん、行きの切符だぞって手渡して来たじゃんかよ。


 少し恨めしく入り口を振り返ると、こっちにカメラを構えておられる。何かにつけて記録に残しておかないと気が済まない性分なのがこの爺さんで、さながらタマちゃんの父ちゃんだ。


 そんなこんなで座席に座り、バスは走り出した。富山から山形まではるばる7時間。たかだか隣の隣の県なのに、新潟県が横に長いせいでやたら遠いのだ。もっと縮め新潟。


 夜の10時に出発し、朝の5時半に到着する予定だ。寝てれば着くから楽なもんだ。


 ーーと思っていたのが全く眠れず、窓の外の空が白み始めて絶望する。春休みとあって昼夜が逆転していたのがこんなところで響いて来るとは完全に想定外だった。


 僕が山形に来たのは、母と、妹と、弟と、次郎さんに会うため。

 次郎さんは、母さんの旦那さんで、僕の義理の父親ということになる……のかな。まぁ細かい事はどうでもいい。


 会うのは実に一年ぶり。眠れなかったのは、その気持ちが迅ったのもあるだろう。


 程なくして山形県庁前にバスは到着する。

 そういえば、誰が迎えに来るんだろう。

 去年は次郎さんが1人で迎えに来てくれたけど、今回もそうなのかな。


 そんな風に思ってバスを降りたが、誰の姿も見つからない。そんな事より寒!クソ寒い!

 来る途中も道路脇に雪が残ってるのを見て驚き驚きだった。富山ではもう雪なんてほとんど残ってない。流石東北。


 近くの駐車場かな、と見て回ったがいない。そんな時携帯が鳴って見てみると


 母さん『もうすぐ着くから!待ってて!』


 母さんやい、次郎さんはバスから降りたらもうそこにいたぞおいおい。


 そんなこんな寒い中を耐えて、程なくして母さんのワゴンが見えた。

 ごめんごめーんと手を振る母さんにやれやれだ。

「寒かったでしょ〜」

「凍え死ぬよ本当に、勘弁してよマミー」

「ごめんよ〜」

 そんなやり取りをしながら荷物を積み込み、

 黒のワゴンは走り出した。


「寝れた?」

「全然」

「なんで寝れないでそんな元気なのよ」

 笑いながら母さんがそう言うのも無理はないのだろう。僕は眠らないとハイになるタイプの人間なので、こうなるとしゃべり通しなのだ。


 小一時間ほど車を走らせると、母さんの家に着く。

 ドアを開けた途端、溢れる猫の声。母さんは行きずりの猫を見過ごせない人で、すっかりこの家は猫屋敷と化している。正確な数は分からないが、20匹くらいはいる。

「よう相棒、元気にしてたかおい」

 そして僕は大半の猫を『相棒』と呼ぶ。

「じゃあママ3時間くらい寝かしてな(笑)」

「ダメだよ、暇だから。起きてなさいよ」

「なんでよ(笑)ゲームでもしてればいいじゃん優ちゃん」

「じゃあ1時間半ね。はいスタート〜」

「はぁ〜やれやれ」

 とさっそくコタツに入り出す母さん。コタツで寝るとはなかなかにだらしない母である。

 時刻はまだ6時過ぎ、弟妹が起き出すにはまだ時間がかかるか。


 〜2時間後〜


 しばらくボーッと過ごしていると、居間のドアの方に気配が。そっちを見るとサッと隠れた。その感じ、懐かしい。

一生(いっせい)くん?」

 そう呼ぶと、ドタドタと駆け寄って乗っかって来たのが、弟の一生である。僕とは年が8歳離れている。

「ようよう、元気だった?」

「うん!」

「そうかい、良かった」

 守りたい、この笑顔。かわいい弟である。

 さてさて、弟の次は、

「みーちゃんの寝顔でも拝みに行きますか」

「行ってらっし〜い」

 弟妹が寝ているのは二階の部屋だ。

 そーっとドアを開けると、ここも猫がいっぱいだ。その中に、ピンクのモコモコパジャマに包まったかわいい奴が。

 グースカピーと眠っているのが、俺の妹のみゆきである。ずっと美雪という字だと思っていたが、平仮名でみゆきが本名らしい。

 というわけで、

「おはようございます」

「ヒャっ!」

 照れたように布団に包まるみゆきくん。かわいい奴め。

「久しぶりだな」

「……そうだね」

「よし。ハイ起床」

 脇の下に手を入れ無理矢理起こす。

「キャーセクハラ〜」

「うるせーやい」


 うだうだ寝ぼけるみゆきを連れて下に降りる。

「母さん、みゆきも起きたべ、起きんしゃい」

 グータラ母さんを起こし、まずはお風呂に行くことになった。母さん宅にも風呂はあるはずだが、まぁ色々あるのだろう。


 ワゴンに乗り込み、いざ出発。僕らの旅の始まりだ。

 後部座席に三兄弟で僕を中心に座る。次郎さんは明日から休みを取れたらしい。


「優ちゃんテンション高いね〜。酔っ払ってんの?」

「みーちゃんが可愛くてテンション上がっちゃうわ」

「またまた」

「バカップルか」

 鋭いツッコミは一生から飛んだ。とてもかわいいかわいい弟なのだが、何故か存外口が悪い。まぁ、優しい子なのだが。

 そんなこんなで銭湯へ到着。


「じゃ優ちゃん、一生よろしくね」

「はいよ〜」


 一生を連れて男湯へ。

 ババンババンバンバンだ。ジェットバスとか色々ある。

 さっそく泳ぎだす一生くん。他にお客さんがいないのでまぁ、いいだろう。子供だし。

 長い長い夜行バスで身体はガタガタだ。ジェットバスでしっかり疲れを癒す。

 いやぁ文明の利器だぜ。ジェットバス。

 肩や腰の痛みも幾分か楽になった気がする。

「もうOK?」

「うん!」

「よし、上がっか」

「全然大きさ違うね」

「ハイ、上がろうね」

 純粋無邪気な感想は上の空に流し、脱衣所へ向かう。

「上がる前に体拭いとけよ〜」

「あ〜い」

 小4の時の修学旅行で教師が言った「この脱衣所に一滴でも水滴を落としたら、分かってるな」という言葉、恩師の教えはしっかり活かされている。

 濡れ髪を拭き上げ弟を見やると、一人でちゃんとやっている。会うのが一年置きだからか、会うたびに成長して見えてしまう。

 すぐ大人になっちまうんだろうな、なんちゃって親みたいな事を。

 さて、ドライヤーだ。高校の修学旅行で、備え付きのドライヤーはパワーが弱いだの何だの文句を言ってる連中がいたが、僕にはよくわからなかった。

 乾きゃそれでいいだろ。

 乾かし終わったら、今度はヘアアイロンだ。この曲がりくねった前髪をなんとかしねぇと。

 まぁ人前に出られる程度には真っ直ぐにしてっと。

「一生もこれやっていい?」

 あっーー

「アッチ!」

 呼び止めるのが一歩遅れ、一生がアイロンに触ってしまった。加熱部分はロックしてあったから、大した事にはなってないだろうが。

「すまねぇ、大丈夫か一生」

「うん、大丈夫。熱い気がしただけ」

 心底良かったと思うと同時に反省した。兄貴として、危険は事前に教えてやらければならない。母さんは俺がいれば大丈夫だろうと、そう思って一生を預けたのだ。

 気を付けねぇと。兄ちゃんなんだから。


 そんなこんなで風呂を上がり、マッサージ機に座っていると、

「あ、ここにいたんだ」

「おう、やっと上がったのか」

 女というのは、風呂が長い。

 少し遅れて母さんも来た。

 その銭湯の食堂で昼飯を食う。

「なんだおめぇ、ダイエットでもしてんのか?」

 みゆきの盆に乗っかってるのはおにぎり一個だけだ。

「そんなんじゃないけど」

「そんなんじゃ俺みたいにでかくなれねぇぞ」

「別になりたくないし!」

 妹の身長差は15cmくらいある。まぁ、175ある俺と比べたら可哀想か(ドヤ顔)。

 まぁ、そもそも女ってのは別に身長を気にされないからいいのか。一生はというと、結構ガツガツ食っているので結構結構。大きくなれ、少年。


 そこから買い物を済ませて、気付くと母さん宅のコタツで寝ていた。帰るなりゴロンとなってしまったらしい。やっぱり人間が無睡で活動するには限界があったようだ。

 窓の外が暗いと思ったら、時計は7時を指している。随分と寝てしまった。

「優ちゃん寝すぎだよ」

 みゆきは俺のことを優ちゃんだったりお兄ちゃんだったり、その時気ままに呼ぶ。俺もみゆきだったりみーちゃんだったり、その時気ままに呼ぶ。性分は似た兄妹だ。そして、たとえ会うのが一年ぶりだろうと、最後に会ったのが昨日だったかのように話せるそんな兄妹だ。

 だから俺は、一年に一度しか会うことの出来ない今を嘆かない。嘆いたところで今は変わらないし、今を変えたいとも思わない。今、この時が、人生で一番幸せだからだ。皆で食卓を囲み、テレビを見て過ごす今を、何よりかけがえのないものだと、そう思うからだ。

 夜も更けて、そろそろお休みの時間だ。一生くんはコタツでそのまま寝てしまったので、俺とみゆきだけで二階へ上がる。

「おやすみ優ちゃん」

「またゲームする気だねあんた」

 母さんは全ての家事を片付けた深夜、ゲームを始める。去年それを知った時、驚愕すると同時に、俺のゲーム好きもこの人から来たんだと自覚した。離れようが親子である。


 こいつと寝る時改めて思う。世界でこんなに仲のいい兄妹はそうそういない。だって抱きついて来てるもん。中学生にもなってと思うかもしれないが、俺の可愛い妹をバカにする奴は無条件で呪ってやるので気をつけて。

 やっと寝付いたみゆきの寝顔を見て思う。この寝顔を見れるのも今日明日限り、明後日の夜に俺は帰らなければならない。

 ああ、クソ。

 カッコいい事を言っていても、頰をつたう涙が、俺の本音をバラしやがる。


 ずっと、一緒にいたい。









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