1-7
本日の仕事も終わり、今日も早速虎嘯にログインする。
そろそろ一週間程のログインでAIが作られる頃のはずだ。
何だかんだ俺も虎嘯に嵌っているんだな。
日課と言っていいのかわからないが、ほぼ毎日行くダンジョンでのお金稼ぎと能力上げを行いつつ、市場で素材を売る。
その金稼ぎのお陰か、組の足軽たちも鍛錬に割く時間が少しずつ増えていっているようだ。
そして今日もダンジョンでの活動が終わり、市場に来たのだが……。
「なんか騒がしいな。どうかしたのか?」
俺は近くの町人に話を聞いてみることにした。
「なぁ、どうかしたのか?」
「いやぁおらたちもよくわからねえんが、何やら島津の行商たちが慌ただしくてな」
「島津!?」
あの噂の軍団か。
確かに裕哉も島津の行商が尾張に来るとは言ってたが……。
とりあえず関わらないでおくか……。
一先ず権蔵のところに向かう。
すると中から何やら話し声が聞こえてきた。
権蔵に客とは珍しいなと思い、戸を開ける。
「おめぇ何度言やわかんだ!」
「ダメなの?」
「……何やってんだおっさん……」
中では権蔵と、身長150cm程でこの時代には似つかわしくない銀色の髪に薄い蒼い色の瞳の和服少女が話し合っていた。
俺が来たことに気づいた権蔵が俺を呼ぶ。
「スグル! いいとこに来た! このうつけ娘追い出してくれ!」
「いや……何があったんだよ……」
「このうつけ娘、俺を島津で雇うとか言い始めやがったんだよ! 俺はこの店を離れる気がねぇっつってんのによ!」
「もっと良い店用意するから、ダメ?」
「だめだっつってんだろ!」
えーっと……つまり……。
「君は権蔵を雇いたいってこと?」
少女はコクンと頷く。
「有能な人材はいくらでも欲しいから」
「確かにそれはわかるけど、相手の意志は尊重した方がいいんじゃないのか?」
「……」
少女は何か考えるようなそぶりをし、少しすると口を開く。
「でも、これだけ良い腕なのにもったいないと思う」
「確かに権蔵は良い腕してるけどさ……」
そこは認めるが、相手の意志は尊重した方がいいとは思うな。
「わかった。今回は諦める。気が変わったら連絡して」
「連絡なんてするかうつけ者が!」
そう言うと少女は店から出て行った。
「たくっ! おいスグル」
「どうした権蔵?」
「あのうつけ娘、他のところでも変なことしないかついてってやれ」
「あー……」
あの調子だと他にも有能な人材見つけたら勧誘しそうだからなぁ……。
「わかったよ。じゃあ行ってくる」
「おぅ、すまねえな」
俺は先程の少女を追いかける。
幸い少女は近くをキョロキョロと見ており、すぐに追いつけた。
「あれ、さっきの」
「権蔵から君を見張っとけって言われたからね」
「むぅ……子供じゃないのに……」
「まぁこのゲームをやってるってことは未成年ではないんだろうけどさ、君みたいな子は変なプレイヤーに絡まれるかもしれないし、お付きの人とでも思っててよ」
「わかった。じゃあ市回りたい。せっかく尾張に来たんだし、尾張の食べ物食べたい」
「わかったわかった。んでお金は?」
「大丈夫。一杯ある」
んー……どこぞの姫プレイでもしてるプレイヤーなのか?
まぁそういうプレイヤーもいてもいいだろ。
「って、食いすぎじゃね?」
「だって美味しいんだもん」
「だからってな……」
もう十軒で買っては食ってんぞ。
何なのこの子。
大食いキャラなの?
「でもやっぱり尾張の食べ物って味濃いね」
「確か尾張は八丁味噌を使うとかあるからな。そのせいだろ」
「島津だと灰汁を使った料理が多いから。あれはあれでいいけど、たまには別の物も食べたくなる」
「あれは特徴的とかいう話あるけど……旨いのか?」
「最初はちょっとって思ったけど、もう慣れたし美味しいよ」
やっぱ食生活も地方によって変わるもんな。
お好み焼き一つでも変わってくるしな。
それにしても……。
「なぁ、何で一人で出歩いてるんだ?」
「……」
俺が尋ねると、びくっとして動きを止める。
この様子は……。
「もしかして島津の行商たちが慌ててた理由って……」
「なっなんのことかな……?」
「ほぉ……」
少女は気まずそうに顔を反らす。
俺はそんな少女を威圧を掛けながら見る。
流石に観念した少女は小さくため息をつく。
「まぁ……ちょっと街をうろうろしたくて……清州に来た時にこっそりと……」
「はぁ……。せめて一言言ってから出かけろよ……」
「ごめんなさい……」
こんなんで島津と戦争状態にでもなったら洒落にならん……。
「わかったなら早めに戻るんだぞ」
「はい……」
まぁ反省しているようだし、あまり叱るのも悪いだろう。
俺は先程島津の行商たちがいたであろう場所に少女を案内して歩く。
「ほらあそこだろ?」
「うん。……あの、ありがとうございます……」
「気にするな。じゃあな」
「はい。また会いましょう」
そう言うと少女は行商たちの元へ走って行った。
「はぁ……これで権蔵に頼まれてたのは終わったし、素材売りに行くかな」
頼まれ事やったんだし、多少値上げしてくれるよな?
店に戻った俺は、権蔵に行商たちのところに送り届けた事を報告する。
「ありがとよスグル」
「気にするな。それにしても権蔵、店の中にいたのになんであの子に勧誘されたんだ?」
「たまたま戸が風で開いてな、そこから展示してた武器が見えて声を掛けてきたんだよ」
「よく入り口から見えたな……」
「それにしても、よく一目で判断したなあのうつけ娘」
確かに、店の入り口からじゃ武器は見えても出来までは判断しづらい……いや、出来ないだろう。
それをあの子は判断した。
一体あの子は何者なんだ……?
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「おぉ! 戻っていらしたんですね!」
「ごめんね、心配させて」
「本当ですよ! もし御身に何かあれば我ら死んでも死に切れません!」
「もうっ。大丈夫だからそんなに心配しないで。それで? 取引の方は終わったの?」
「はい。全て完了し、必要最低限以外の人員は御身の探索に当たっております」
「じゃあ全員戻るように指示を出して。清州にいた人たちには出したけど、他はまだだから」
「はっ!」
尾張の港に停泊している商船に戻った少女は、自分よりも体格の良い男たちに指示を出し、一人甲板に移動する。
行商たちが乗っているのは商船だが、普通の商船とは異なり、後に織田家が開発する鉄甲船の形状と酷似していた。
「やっぱり今日尾張に来て良かったな」
少女は夕日を眺めながら微笑む。
「人材、市場、街の作り、そのどれもが素晴らしかった。私たちのにわか知識じゃ限度があるからね。とても参考になったよ。それに……」
少女は一度後ろを振り返り、清州の方を見る。
「あの鍛冶師にスグル……か。あの人は私と似た匂いがしたし、きっと気が合うと思うな」
少女はふっと笑みを浮かべる。
「あの人はきっと良い城主になる。だからその時を楽しみにしてるよ、スグルお兄さん」
そして商船は航路を島津領に向けて出発した。
あの少女は一体何者なんだ……(すっとぼけ