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お願い事の前のよる

作者: 雲間真黙

クレールさんの前世の家族。

成人する前は(してからも、か)些細なことで喧嘩するような普通の、ごく普通に仲の良い家族でした。

アップテンポなJ-POPを爆音で鳴らしながらイライラと山道をとばす。

少し長かった下り坂の最終コーナーをスリップしかけて思わず舌打ちした。

今日もついてない日だった。

現在の直属の上司は同期入社の嫌味な男で、随分前にチームのメンバーが犯した些細なミスを重箱の隅をつつくみたいにネチネチ上から目線で攻め立てて来やがった。

そいつは、私がやつより入社時点では成績が良かった事を未だに根に持っているのか、キャリアアップしてからずっとこんな事を何度となく繰り返している。

下っ端の社員や、アルバイトの子たちの離職に対する相談がこいつが上司になってから激増している事をそろそろ上にチクるべきだろうか。

今日だって、残業後に件のチームメンバーの相談に乗っていたから日付が変わってしまった。

一応彼は退職だけは留まってくれたものの、このままだったらきっと近いうちに不満が決壊する。

一人でも辞めてしまったらもう止めることは難しいだろう。


(何考えてんだ、あの阿呆。部下はテメェの不満の捌け口じゃねぇんだよ、もう少し考えて発言しろ)


もう一度舌打ちした。

車窓を流れる黒いシルエットの杉並木の間に住宅地の明かりが見えてきたので、スピードを落とすついでに音量も下げる。

窓も開けると、深い森林の香りのする冷たい風がごうごう音を立てて車内の生ぬるくて淀んだ空気を押し流していった。

ちょっと痛いくらい冷たい風を肺の奥まで吸い込んで、体の中の熱く凝ったものを浚う様に吐き出す。

何度か深呼吸を繰り返して心をそれなりになだめて、車窓をしめた。

住宅地の入り口に入るくらいには車内に残った森林の残り香のする冷たい空気だけが残っていた。




***





「ただいま〜…」

珍しくこんな深夜になっても明かりのついていた我が家に首を傾げながら、玄関のドアをあけ帰宅の挨拶を口にする。

「あ、おかえり〜」

開けた瞬間理由が分かった。

「ただいま。なに?姉さん、出戻り?」

「失礼な!今日から旦那、出張だから帰ってきちゃった」

ちゃった、って。

一児の母が良いのかそれで。

「おかえり。お疲れだね、お姉ちゃん」

ダイニングキッチンから妹が顔を出した。

ふんわり酒精が香った。

「…ただいま。久しぶりだね、妹よ。明日も平日だが、酒盛りか?」

病院勤めの栄養士である妹は朝が早く、夜も早くに寝てしまう。

朝は比較的普通の時間で夜の遅い私とは、休みも合わなくてここ半月は顔も見ていなかった。

「久しぶり。大丈夫、明日はわたし、休みだから」

「なぁに?アンタ達同じ家に住んでるくせに“久しぶり”とか」

ケラケラ笑う姉は授乳期間中のはず。

手に持っているカップの中身はジュースだよな?

「最近合わなくて」

「アンタまた忙しいの?適当に流しなさいよ〜。そんなんだから彼氏の一人もできないのよ」

姉の言葉は大概正論だが、大きなお世話だ。

「あ、お姉ちゃん。リビングにチビ寝てるから気をつけて」

「了解」

リビングのドアに手をかけたところで妹から注意が飛ぶ。

そっと中を覗いたら母と甥っ子がスヤスヤ寝ていた。

「さっき寝たんだよ。やっぱり実家は楽でいいね」

姉はそう言って妹が酒のツマミに作ったサラダをつついて笑った。

私が軽く溜息を吐いて「風呂入ってくる」と踵を返すと、後ろから「お姉ちゃんが最後だから」と妹の声が追いかけてきた。

ヒラヒラ片手を振って、風呂掃除と洗濯機のタイマー係をうけおった。




さっぱりしてダイニングキッチンに戻ると、酒のツマミの他に一膳分の軽食が用意されていた。

「もう遅いから軽くね」

なんて良くできた妹。

「出し巻き美味しかったよ」

先に食べたのか、姉。

「いただきます」

食べ始めると、「で?」と姉が促してきた。

「今度はなに?クズ上司、今度は取引先に女でも作った?」

「ネネちゃん、違うよ。社内デキ婚上司の人は去年アルバイトの子に手を出したのばれて蒸発したって言ってたでしょう。今は粘着系油汚れみたいな上司だって」

年の離れた妹は何故か私をお姉ちゃん、姉をネネちゃんと呼ぶ。

姉の名前には一切“ネネ”要素はないから、アネの“ネ”なのだろう。

私と姉が妹を“チビ”の“チーちゃん”と呼ぶのと同じに。

「だっけ?2連続とか、アンタ上司運なさすぎ!」

となりのリビングで眠る息子への配慮か、いつもよりは声を落として笑う姉。

私にも少しは気を使ってほしい。

「…今日は私には何にもなかったよ」

「“私には”。…ふぅん?ナニ、バイトさんヘマでもやらかした?」

姉は身内の気安さで、煩わしいくらいズケズケ突っ込んで聞いてくる。

本当に、家族で無かったら口もきかない人種だ。

「…違うよ。虫の居所が悪かったのか、もう終わった事を蒸し返してネチネチやらかされただけ」

不快な気分を思い出して眉間に力がこもる。

お酒からお茶に切り替えたらしい妹が、苦笑した。

「あー。それでやられた人のフォローしてたの?ご苦労様だねぇ。アイスいる?」

「いる。…だって、今辞められたら困る。前ののせいでタダでさえ人手不足なのに」

「アタシにもちょーだい。チョコのね」

まだ食うのか、姉よ。

この前妊娠中に太りすぎたからダイエットするとか言ってなかったか?

「チーちゃん姉さんをあんまり甘やかすな。太るよ」

「お姉ちゃんよりは甘やかして無いよ。わたしはネネちゃん家の掃除したことないもん」

「チーちゃんだって姉さんの家行けばやるよ。ゴミが落ちてるカーペットに座りたくないでしょ」

あー…、と曖昧な返事をした妹は賢明にも苦笑で誤魔化した。

「旦那が掃除するから放って置いていいのに」

お前は気にしろ、姉よ。

その内旦那さんにゴミと一緒に捨てられるぞ。

「アンタさぁ、そんな人の事ばっかしてるから彼氏もできないのよ。だいたい、その上司のフォローなんてアンタがする必要ないでしょ」

姉は、妹から受け取ったチョコアイスを一口食べたそのスプーンで私を指した。

うるさい。事実でも、お前には言われたくない。

「だって…」

「辞められたら困るって?ちょっと人に止められたくらいで残るんなら最初から辞めるつもりなんてないわよ。仮に辞表出すんでも、それはその人と上司の問題でしょう。アンタが出張る必要なんてないわ。その上司だって、上の人間が上に立つ能力があるって認めたから出世したんでしょう。そのくらい自分で捌けるわよ。アンタのそれは自己満足」

「ネネちゃんきつい」

「アタシが言わなきゃ誰も言わないでしょ。甘やかしてばっかなんだから」

甘やかされてばっかの姉の言い分は、大抵筋が通っていて耳に痛い。

「アンタもう三十なんだから、そろそろ自分のこと考えなさいよ」

私が不承不承頷くと、タイミングを見計らったかのように甥っ子が泣き出した。

ミルクの時間らしい。

「あー、はいはい。今行きますよ」

一瞬で母親の顔になった姉は、いそいそとリビングにいった。

「あら、ミーちゃん帰ってたの?おかえり。また遅かったのねぇ」

開いたリビングのドア越しに母が笑う。

私の名前にミー要素はない。

アイ・マイ・ミー・マインの、ミーだ。

母の名前がアイだから。三姉妹の名前にそんな要素は欠片もないのに。

意味がわからない。

私達姉妹の互いを呼ぶ呼び名の名付けはきっと母のこの微妙なネーミングセンスを受け継いだのだと思う。

「ただいま」

「ミーまた忙しいんだって」

「また?いいわね。あなたは今まで面倒事は避けて生きてきたんだから、今の内な揉まれて修行しなさい」

「あはは!それはいいわ!頑張りなさい、ミー」

母や姉の言葉は耳に痛いし、出来れば聞きたくない正論を述べるが、私の事を考えて言ってくれていると知っている。

溜息を吐いた私に、妹は笑う。

「お茶淹れる?」

「うん。…ありがと、お茶碗洗うから流しそのままでいいよ」

「いいよ。明日休みだって言ったでしょう?代わりに週末ごはん作ってくれると嬉しいなぁ」

妹のかわいいおねだりに私は笑った。

リビングで姉と甥っ子と母がキャラキャラ騒ぐのを横目で見ながら、溜息を吐く。

私だって、人並みに結婚願望はある。

前の上司から続く騒動でちょっと疎遠気味だが、二人きりで呑みに行く同期の男性だっている。

今の所、友人以上恋人未満な感じの彼。

でも、そこからが一歩踏み出せないのだ。

「ねぇ、チーちゃんは彼氏いる?」

「ん〜?いないよ。今の所仕事したいから欲しくもないし。だからわたしはお姉ちゃんに何も言わないよ。お母さんとネネちゃんの矛先がこっち向いたらこまるもん」

妹はさすがに強かだった。

「それよりさ、あのアプリどうだった?」

アプリ?と一瞬考えて、そう言えば前に携帯ゲームを紹介してもらった事を思い出した。

「お姉ちゃん、漫画なら何でも読むのにゲーム全然しないんだもん。それでもオタクなの?」とか言われて。

いや、オタクだが、ゲームしないオタクだっているし。

私はむしろ活字中毒寄りの読専なんだよ。

「ん。結構面白いね。時代考証がしっかりしてる」

「え、気に入るところそこなの?イケメンいっぱいだよ?お姉ちゃん、面食いなのに選り好み激しい」

「チーちゃん騎士ワンコ好きそう」

「何だ、ちゃんとやってくれてるんだ。うん。かわいいよね、騎士ワンコ。お姉ちゃんは腹黒公爵?」

「ん〜?いや、今回のは爽やか王子かな。今の所」

「へぇ?珍しい。腹黒ドS好きでしょ?」

「キャラとしてはね。乙女系ゲームのは、なんか、違うの」

「そういうもの?」

「そういうもの。」

言い切ったところで両親の寝室に続くドアが開き、寝ぼけ眼の父がヌゥッと現れた。

「あ、お父さん。ゴメン起こしちゃった?」

甥っ子をあやす姉と母を見て溜息を吐いた後、私と深夜を回った時計を眉を顰めながら見比べてボソリと父は言う。

「…今帰ったのか」

これで“おかえり”のつもりなのだ。

「ただいま。何か飲む?」

「…水」

「はい、どうぞ」

言った直後には妹から水を手渡されている。

本当によく出来た妹だ。

「…ん。寝る」

「はい。おやすみなさい」

妹に空のコップを返し、父はさっさと踵を返した。

「…おまえ達も早く寝なさい」

言葉は短いが、父の声は労わりに満ちていて、耳に心地よかった。

「…はい。おやすみなさい」

「おやすみなさい」

ぱたん、と軽く閉まるドアをみて、ふと隣に視線をやると妹と目が合って、笑った。

「寝よっか」

「だね。おやすみなさい」

「アンタ達も寝るの?おやすみ」

「明日は何時?」

「わたし休みだから、昼まで寝る」

「私はいつも通りだから大丈夫。勝手に行くから寝てていいよ」

「そ。おやすみなさい。娘は楽でいいわ〜。育て方がいいのかしら」

「息子のがかわいいわ。母親がかわいいからね」

娘息子自慢に見せかけた自画自賛の言い争いを尻目に、私と妹は肩を竦めて苦笑しあった。


結婚後もちょくちょく顔を出すのは、自分のストレスにさえ鈍感な()の愚痴を聞いてあげるため。

でないと、気づかず溜めたストレスで()が無意識に自死しかけると知ってる。

例)夜道を爆走してスピン。風呂場で寝こけて浮いてこない。赤信号に突っ込む。など。


姉達を見習ってストレス溜めずに容量良く生きる末っ子典型。

()がストレス溜めてクソ長い小説にハマったりし始めると姉を召喚する。

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